働き方改革が本格化してから、およそ10年が経つ。この間、日本の職場では何が変わったのか。その問いに対しては、テレワークの広がりや柔軟な働き方の浸透など、さまざまな答え方があるだろう。ただ、働き方改革の成果を測る上で、やはり避けて通れないのが「残業時間」である。労働時間は、働き方改革の影響を捉えやすい指標のひとつだからだ。
もっとも、労働時間をめぐる議論は一筋縄ではいかない。マクロ統計では総労働時間の減少傾向がしばしば確認されるが、その背景には短時間就業者の増加なども含まれる。平均値が下がっているからといって、正社員一人ひとりの労働時間がどの程度圧縮されたのかまでは、必ずしも見通せない。特に、どの層で、どれだけ、なぜ減ったのかという具体像は、これまで十分に語られてきたとは言い難い。
そこで本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「働き方改革による就業と意識の変化に関する定量調査」を基に、正社員の残業時間の変化を読み解く。本調査は、2018年および2019年の先行調査と設計をそろえることで、働き方改革が本格化する前後を比較可能な形で捉えたものである。その結果から見えてきたのは、残業削減が一定の成果を上げた一方で、その傾向は一様ではないという事実であった。
関連URL:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/spe/zangyo/
本コラム内で「2018年」と表記する時は、上記調査の結果を指す
関連URL:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/middle-management/
本コラム内で「2019年」と表記する時は、上記調査の結果を指す
まず全体像を確認したい。結論からいえば、正社員の残業時間は2018年から2026年にかけて明確に減っている。メンバー層では、月間残業時間が23.8時間から17.1時間へと6.7時間減少。上司層でも、32.7時間から23.7時間へと9.0時間縮小している(図表1)。管理職の負担増が語られる場面は少なくないが、少なくとも残業時間という指標で見れば、上司層も減少トレンドの中にある。この点は、まず押さえておくべき事実である。
なお、本調査で把握している残業時間には、残業代が支払われない時間、いわゆるサービス残業のような時間も含まれる。したがって、単に申告上の残業が減ったという話ではない。現場で実際に生じている残業そのものが、以前より縮小している可能性が高い。
では、なぜここまで残業時間は減ったのか。調査結果を見ると、メンバー層・上司層の双方で、残業時間が減った理由として最も多かったのは「労働時間の管理が厳格になった」であった(図表2)。メンバー層では、「残業が原則禁止もしくは事前承認制になった」も上位に入る。つまり、企業がルールを強め、残業を発生させにくい運用を組織の中に埋め込んできたのである。
働き方改革の実効性を疑う声はこれまでもあった。だが、少なくとも残業時間の減少という点については、法改正やそれを受けた企業の労働時間管理の厳格化や運用見直しが、実態に作用してきたとみるのが妥当だろう。
一方で、上司層の残業時間の削減には別の力学も見える。上司層では「役職・階級が変わった」「業務プロセスの見直し」「DX化・ITツールの導入」などの回答割合が相対的に高い。単に会社から管理を厳しくされたから減ったというより、役割の変化に応じて仕事の進め方を変え、生産性を引き上げながら時間を圧縮している姿がうかがえる。上司層ほど、業績達成と残業時間の削減という二重の圧力を受けやすい。その緊張関係が、結果として業務改革を後押しした面もあったのではないだろうか。
ここまでは、残業時間が減ってきたこと、そしてその背景にある変化を見てきた。では、その結果として、働く人々の何が変わったのだろうか。ここで重要なのは、単に「早く帰れるようになった」という話にとどまらない点である。調査結果からは、残業減少が睡眠時間の増加を通じて、バーンアウト(燃え尽き症候群)の減少につながっている関係が読み取れる。
メンバー層では平均睡眠時間が5.91時間から6.18時間へ、上司層では5.80時間から6.02時間へと伸びた(図表3)。1日当たりでは十数分の差だが、1カ月換算では4~5時間程度の増加になる。小さな差ではない。
しかも、実際に残業時間が減った人に対して、その時間を何に充てているかを尋ねると、「睡眠・休養」が突出して高い(図表4)。SNSやTVの視聴、家事・育児、運動・散歩なども一定割合で見られるが、まず優先されているのは休息である。裏を返せば、それだけ以前の働き方が睡眠を圧迫していたともいえる。長時間労働の是正が健康面に効くというのは、直感的には当然に思えるが、今回の調査では、それをデータとして改めて示した点に意味がある※1。
※1
こうした睡眠時間の増加は、本調査に限った傾向ではない。例えば、総務省「社会生活基本調査」でも、2021年の睡眠時間は2016年より1日当たり14分増加していることが示されている。また、本調査では、在宅勤務をしていた人は、していない人に比べて睡眠時間が長く、通勤時間が短いことも示されている。残業削減に加えて、テレワークの普及による通勤時間の縮小も、この間の睡眠時間増加を後押しした可能性が考えられる。
総務省(2022)「令和3年社会生活基本調査」https://www.stat.go.jp/data/shakai/2021/pdf/gaiyoua.pdf(2026年7月9日アクセス)
そして、バーンアウト(燃え尽き症候群)も2018年より改善している。バーンアウトとは、仕事による疲弊感が強まり、仕事や周囲への関心・前向きさが失われていく状態を指す。本調査では、先行研究を参考に、情緒的消耗感や脱人格化に関する計11項目の回答傾向をもとに測定した。その結果、バーンアウトのスコアは、メンバー層・上司層ともに減少傾向にあった(図表5)。
また、人生満足度の上昇も確認されている(図表6)。もちろん、人生満足度は仕事以外の要因にも左右されるため、その変化を残業時間の減少だけで説明することはできない。それでも、睡眠時間の増加、バーンアウトの改善、人生満足度の上昇が同時に表れている点は示唆的である。
働き方改革に伴う残業削減は、個人の健康リスクを下げ、生活全体の質を底上げする効果を一定程度持っていた可能性がある。
ここで話は終わらない。
正社員全体で見れば、働き方改革は残業削減に成功したかに思える。だが、それはあくまで平均の話である。属性別に分解すると、残業削減の傾向には偏りがあることが分かる。特に顕著なのは男性の年代差だ。男性20代では月間残業時間が10.4時間減、30代では9.3時間減である一方、50代では3.4時間減にとどまる(図表7)。以前は、20代、30代の若年層ほど残業する傾向がやや見られたが、今はむしろ40代、50代の中高年層ほど相対的に残業が残る構図へと変わってきているのだ。
また、こうした残業削減の偏りは、その先にある変化にも表れている。バーンアウトの改善幅や人生満足度の上昇幅は若年層ほど大きく、中高年層では相対的に小さい傾向が確認されたのだ(図表8、図表9)。残業削減による成果の現れ方も、一様ではないということである。
さて、こうした現象を、安易な世代論で説明するのは適切ではない。「今どきの若者は働かない」といった語りは分かりやすいが、実態を見誤らせる。本当に読むべきなのは、残業が特定の世代に残る背景として、どのような業務や役割が偏っているのかという構造である。
ここからは別調査の結果も参照しながら、その背景を見ていきたい。
図表10はパーソル総合研究所の「働く10,000人の就業・成長定点調査」で聴取している残業理由の結果だ。これを見ると、残業理由として、「自分の仕事が終わらない」「突発的な仕事への対応」「納期のひっ迫」などを挙げる回答が軒並み低下している(図表10)。つまり、職場全体で見れば、以前に比べて際限なく働くことを常態化させる圧力は弱まっていると考えられる。
ただし、年代別に見ると様相は異なる。「突発的な仕事に対応しなくてはいけない」「組織やチーム全体の仕事が終わらない」といった理由は、若年層ほど以前より減少しているのに対し、50代ではむしろ上昇している(図表11)。ここから見えてくるのは、働き方改革以降、若手の残業は削減される一方で、調整業務や突発対応、チーム全体の取りまとめのような仕事は50代に残りやすくなっている、という可能性だ。
また、「残業手当が欲しい」という理由の変化も見過ごせない。この回答も中高層ほど上昇していた。背景には賃金構造の変化が考えられる。図表12の試算では、30代までは過去と現在の実質賃金の差が比較的小さい一方で、40代以降になるとその差が次第に大きくなる傾向が示されている。かつての年功的な賃金上昇が弱まり、高齢層ほど想定していた伸びが得られにくくなっている傾向が示唆される。そうした中で、残業代が実収入を補う意味を持ちやすくなっているとすれば、彼らにとって残業削減は、必ずしも歓迎されるだけのものではないだろう。
こういった世代では家計を夫が支える世帯が相対的に多い点も踏まえると、中高年層に残業が残りやすいのは、本人の意欲というより、職場で担う役割の偏りと、家計や賃金をめぐる事情が重なっているためではないだろうか。
本コラムでは、2018年から2026年にかけて働き方改革が進展する中で、正社員の残業時間がどのように変化してきたのか、また、その変化が何をもたらしたのかについて見てきた。調査結果からは、メンバー層・上司層のいずれにおいても残業時間が着実に減少しており、その背景には、企業による労働時間管理の厳格化や業務プロセスの見直しがあったことがうかがえる。さらに、睡眠時間の増加やバーンアウト傾向の改善も確認されており、働き方改革が個人の健康や生活の質に一定の成果をもたらしてきた可能性が示された。
一方で、残業時間の減少傾向は一様ではない。特に男性のメンバー層では、若年層ほど残業時間の減少幅が大きく、中高年層ほど残業が残りやすい傾向が確認された。そこには、突発対応や組織全体のしわ寄せを引き受ける役割の偏りに加え、賃金構造や家計上の事情も関係している可能性がある。残業時間は確かに減った。だが、その負荷が職場の中で均等に軽くなったわけではないのである。
今後、企業に求められるのは、残業時間を抑えること自体よりも、誰にどのような負担が残っているのかを丁寧に見極めることであろう。働き方改革の次の課題は、残業削減の先にある業務配分や役割設計の見直しにある。その視点を持ってはじめて、改革の成果をより広く、持続的なものにしていけるはずだ。
THEME
CONTACT US
こちらのフォームからお問い合わせいただけます
{{params.not_modal_movie| }}
{{params.modal_movie| }}