コラム「働き方改革で残業は減ったのに、なぜ職場の活力は低下するのか―『職場の低体温化』の実態」では、働き方改革が進むプロセスにおいて、上司が部下に対して「マイクロマネジメント」を行う傾向が強まっている可能性を指摘した。マイクロマネジメントとは、上司が部下の仕事の進め方に細かく介入し、頻繁に指示や確認を行うマネジメント行動である。
もし自分の上司からマイクロマネジメントを受けたとしたら、どのように感じるだろうか。自分で考える余地が奪われ、主体的に働きづらくなると感じる人も少なくないはずである。しかし、パーソル総合研究所の「働き方改革による就業と意識の変化に関する定量調査」からは、少し意外な実態が明らかになった。上司から細かく管理される(マイクロマネジメントされる)部下ほど、自身の成長実感が高かったのである。その一方で、マイクロマネジメントを行っている上司ほど、「部下をうまく育成できていない」と感じる傾向にあることも分かった。
部下は「成長している」と感じる一方で、上司は「育っていない」と感じている。この認識のズレは、現代の職場における人材育成の在り方を考える上で非常に示唆に富んでいる。本コラムでは、この上司の細かな管理によって成果を出した経験を、部下が自律的な成長と誤って捉えてしまう現象を「成長錯覚」と呼び、本人の成長実感と組織の実態との間に生じるギャップについて考察していく。
前回コラム「働き方改革で残業は減ったのに、なぜ職場の活力は低下するのか―『職場の低体温化』の実態」で触れた通り、「働くことを通じた成長」を重視する人の割合は、近年低下傾向にある。しかし、人材育成を考える上では、成長志向の低下そのものよりも、成長を重視する層が「どのような経験を通して『成長した』と感じているのか」を知ることのほうが重要である。
本調査において、成長志向を持つ一般社員(メンバー層)に注目すると、働くことを通じた成長実感は、2018年の55.1%から2026年には63.6%へと8.5ポイント上昇していた(図表1)。成長を重視する層に限っていえば、仕事に対する手応えは強まっていると見ることができる。では、その成長実感はどのような経験から生まれているのだろうか。
分析の結果、メンバー層が成長を感じるプロセスには、大きく分けて2つのパターンがあることが分かった。
1つは、仕事に深く没頭し、新たな課題に挑戦する中で成長を感じるパターンである。自分で考え、試行錯誤し、一定の壁を自力で乗り越える。その過程で「できることが増えた」「視野が広がった」と実感する。これは「自律的な成長」と呼べるものである。
もうひとつは、先述したマイクロマネジメントを通じて成長を感じるパターンである。上司から細かな指示や確認を受けながら業務を進め、その手厚いサポートによって成果を出す。その結果として、本人は「成長できた」と感じるのである。本コラムでは、これを「補助輪付きの成長」と呼ぶことにする。
ここで注意すべきは、前回コラム「働き方改革で残業は減ったのに、なぜ職場の活力は低下するのか―『職場の低体温化』の実態」でも確認した通り、近年は仕事への没入や挑戦の機会が減る一方で、マイクロマネジメントは増加傾向にあるという点である。つまり、成長実感が高まっているからといって、必ずしも自律的な成長が広がっているとは限らないのだ。むしろ、上司の手厚いサポートによって仕事が進むことを自身の成長と捉える、「補助輪付きの成長」がまん延している可能性がある。
この「補助輪付きの成長」について、上司側の視点も交えて多角的に見てみよう。
メンバー層のデータからは、マイクロマネジメントをされるほど自身の成長を強く感じる傾向が見て取れる。対する上司側のデータを見ると、自らが部下にマイクロマネジメントを行うほど、「部下を育成できていない」と感じる傾向が確認された(図表2)。
つまり、部下にとって成長を感じられる経験であっても、上司にとっては必ずしも「部下が育っている」という育成の手応えには結びついていないのである。このすれ違いは、本人が感じる成長と組織が求める成長が一致していない可能性を示唆している。
部下からすれば、上司のサポートを受けながら仕事を最後までやり遂げたことが、成長として感じられるのだろう。しかし上司から見れば、細かく指示を出さなければ仕事が進まない状態は、「まだ十分に仕事を任せられる段階にはない」という評価になる。この認識のねじれこそが、「成長錯覚」という問題の本質である。
仮にこの傾向が20代の若手に集中しているのであれば、納得できる部分もある。社会人としての基礎を身に付ける時期には、上司や先輩が手取り足取り仕事の進め方を教えることにも一定の合理性があるからだ。誰しも、最初は補助輪が必要である。
しかし今回の分析では、マイクロマネジメントによって成長を感じる傾向が最も強かったのは、驚くべきことに30代であった(図表3)。
この事実は見過ごすことができない。30代といえば、多くの職場で実務の中核を担い始める世代である。自身の業務をこなすだけでなく、周囲を巻き込み、後輩をサポートし、場合によってはチームを牽引していくことが期待される年代だ。
その世代が、上司の細かな管理の下で成長を感じているとすれば、これは単なる新人育成の問題にとどまらない。組織の中核を担うはずの人材が、自律的に判断して仕事を推し進める力を十分に身に付けられていないのではないか、という重大な懸念につながる。
もちろん、今の30代が未熟であると言いたいのではない。むしろ、30代を取り巻く職場環境そのものが変化している可能性が高い。失敗が許されにくく、短期間で成果を求められる中で、上司もリスクを避けながら部下を動かさざるを得ないのが現状だろう。その結果、部下に全面的に任せるよりも、細かく確認しながら進めるほうが合理的になっているのかもしれない。しかし、その合理性を追求しすぎた結果、人が自律的に育つ機会は静かに奪われているのである。
補助輪は、最初は間違いなく必要である。だが、それを外す機会を失ってしまえば、いつまで経っても自力で走り出すことはできないのだ。
こうした成長錯覚が生じる背景については、「働く10,000人の就業・成長定点調査」の結果からも読み取ることができる。同調査で「働くことを通じた成長」に対するイメージの変化を見ると、近年は「新しい仕事への取り組み」「上司・同僚からの評価」「感情制御」「社内協力」といった項目のスコアが上昇している。一方で、「部下育成」や「社会人基礎力」に関する項目のスコアは低下していた(図表4)。
ここから読み取れるのは、ビジネスパーソンの成長に対する捉え方が、以前よりも《近視眼的》になっている可能性である。新しい仕事に取り組む、周囲から評価される、職場でうまく協力する、感情をコントロールする——これらは、日々の業務の中で比較的すぐに実感しやすい成長である。
一方で、部下を育てることや、社会人としての基礎的な力を高めることは、目の前の仕事の達成感とは少し距離がある。仕事を1つ終えたからといって、すぐに実感できる性質のものではない。成長のイメージが目先の達成や評価に偏っていくと、上司の支援を受けながら仕事を完了した経験だけでも、本人にとっては十分な成長として受け止められやすくなるのである。
こうした成長観の変化が、補助輪付きの成長を蔓延させる土壌のひとつになっていると考えられる。
また、成長錯覚が厄介なのは、それが短期的には問題として表面化しにくい点にあるかもしれない。今回の調査でも、企業業績や営業利益には明確な悪化は見られておらず、組織パフォーマンスも一定水準に保たれていることが確認された(図表5)。
仮に人材育成の質に変化が生じていたとしても、それがすぐに業績悪化として表れるとは限らない。上司が細かく管理し、既存の業務を滞りなく回せているうちは、短期的には組織が問題なく機能しているように見えるからである。
しかし、人材育成のほころびは遅れて現れる。今日、人が育っていないことは、今日の売上や利益に直ちに反映されるわけではない。むしろ数年後になって、新しい役割を任せられる人材がいない、複雑な課題を自力で解ける人が少ない、管理職候補が十分に育っていない、といった形で組織の制約として表面化する可能性がある。
このことは、個々人のキャリアにとっても無関係ではない。上司の支援の下で仕事を進めている間は、本人も成長を感じやすい。だが、自ら判断し、仕事を設計し、周囲を動かす経験が十分に積み上がっていなければ、異動や昇格など役割が変わる局面で、思うように力を発揮できない可能性もある。
人的資本の価値は、短期的には表れにくい。だからこそ、足元の業績が安定している時期ほど、育成の質を見誤りやすい。部下が成長を感じている。仕事も回っている。業績も大きく崩れていない。その表向きの安定感が、成長錯覚という問題を見えにくくしているのである。
本当に問うべきなのは、「今仕事が回っているかどうか」だけではない。その仕事を通じて、次の役割を担える人材が育っているのか。その点に目を向ける必要がある。
一般的に、マイクロマネジメントはネガティブな文脈で語られがちである。部下の自律性を奪い、主体性を削ぐ関わり方として問題視されることも多い。しかし今回の分析からは、それとは少し異なる実態が見えてきた。マイクロマネジメントをされるほど部下は自身の成長を感じており、その一方で上司は部下を育成できていないと感じている。現代の職場には、成長と育成に関する大きなすれ違いが存在しているのである。
成長実感があること自体は決して悪いことではない。働く上で重要なモチベーションとなるからだ。しかし、その実感が「自ら考え、判断し、次の役割を担う力の獲得」に結びついているとは限らない点に注意が必要である。仕事は無難に回り、部下も成長を感じ、業績も維持されている。だからこそ、育成の質の変化は見えにくくなっている。
この問題は、組織だけでなく個人のキャリアにも関わる。本人が成長を感じていても、その経験が次の仕事や役割で通用する力になっていなければ、キャリア形成上のリスクになり得る。
働き方改革の次のフェーズでは、単なる労働時間の短縮だけでなく、「その限られた時間の中で、人がどのように育っているのか」を問い直す必要がある。成長実感と育成実態のズレを見逃さないことこそが、これからの組織づくりを考える上での核心ではないか。
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