コラム「働き方改革は何を生み、誰に効いたのか―若手ほど減り、中高年ほど残る《残業減少格差》の背景」では、働き方改革による残業削減が進み、バーンアウトの改善や人生の満足度に上昇傾向が見られたことを確認した。長時間労働の是正という側面で見れば、働き方改革は一定の成果を上げてきたといえる。
だが、議論はそこで終わらない。「残業」という目に見えやすい負担が減る一方で、職場の内部では別の変化が静かに進んでいるのではないか。今回、データを追う中で浮かび上がってきたのは、働くことへの関心や学ぶ意欲、仕事への没入感、さらには挑戦への前向きな姿勢といった、組織の活力を支える《熱》そのものが冷めてきている可能性である。
筆者はこれを「職場の低体温化」と捉えている。職場が荒れているわけでも、露骨な不満が噴き出しているわけでもない。大きな対立や反発もない。それにもかかわらず、仕事へのやりがいや情熱が少しずつ薄れていく。そうした静かな冷え込みが、現在の職場で広がっている可能性がある。
本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「働き方改革による就業と意識の変化に関する定量調査」(以降、「働き方改革調査」)および「働く10,000人の就業・成長定点調査」(以降、「成長定点調査」)を基に、その実態と背景を紐解いていきたい。
「職場の低体温化」を捉える上で、まず注目したいのが「働くこと」そのものに対する意識の変化である。成長定点調査では、「『働くことを通じた成長』が自分にとってどの程度重要か」を継続的に尋ねてきた。その推移を見ると、成長を重視する人の割合が2021年の79.4%を境に減少し、2026年には65.3%へ低下している(図表1)。
ここで押さえておくべきなのは、「重要ではない」という否定的な回答が急増しているわけではないという点だ。もし「重要ではない」と割り切る人が増えているのであれば、仕事との距離感が明確になっただけで、別の意味で《熱》は残っているとも解釈できる。しかし実際に増えているのは、「どちらともいえない」という曖昧な回答である。「成長したくない」層が増えたというより、「働くこと自体に強い意味を見いださなくなった」層が増えていると考えるほうが、実態に近いのではないか。こうした曖昧さや無関心を伴う中立的な回答の増加は、職場の冷え込みを示す兆候として決して軽視できない。
成長定点調査の中では、「読書」や「資格取得のための学習」など複数の学習行動を挙げた上で、「とくに何も行っていない」という選択肢も設け、人々の勤務先以外での「学び行動」も測っている。この「何も行っていない」と答える人の割合も、2021年の47.9%から2026年の57.9%に増加している(図表2)。これは、成長志向の低下と軌を一にする動きである。
また、学ばない層の内訳を見ると、成長志向が比較的高い層の割合は大きく変わっていない一方で、成長志向が弱い層の割合が膨らんでいる。「忙しくて学ぶ時間が取れなくなった」というより、そもそも「仕事のために学ぼうという意欲が湧きにくくなっている」層が増加していると見るべきだろう。
この傾向は、働き方改革調査からも裏付けられる。2018年と2026年を比べると、AIに関する項目を除いて、学びに対する意識は総じて低下していた(図表3)。しかも、それは一般のメンバー層に限った話ではない。本来、部下の手本となるべき上司層においても、学びへの意欲は下がっているのだ。
これらのことから、職場の《熱》の低下は、特定の個人の問題ではなく、職場全体の空気として広がっている可能性が高い。
変化は意識の面だけにとどまらない。日々の仕事の中にも表れている。働き方改革調査によれば、目の前の仕事に深く没入する機会も、新しい仕事に挑戦する機会も、メンバー層・上司層の双方で減少していた(図表4)。仕事への向き合い方そのものが、以前よりも起伏のない、単調なものになりつつあるのかもしれない。
これは見過ごせない変化である。生成AIが普及し、人間の生み出す価値がこれまで以上に問われる時代において、仕事への没入や挑戦の機会が減っているとすれば、それは企業の競争力低下にも直結しかねない。
では、なぜこのような低体温化が進んでいるのか。要因を1つに絞ることは難しい。人々の就業観の変化や、社会環境の影響も当然あるだろう。だが、今回のデータ分析からは、働き方改革の推進が一定程度影響している可能性が見えてきた。
働き方改革調査で「働き方改革によって何が変わったか」を尋ねたところ(図表5)、目立ったのは「時間管理が厳しくなった」「短い時間で成果を出さなければならなくなった」といった、職場に圧迫感をもたらす変化であった。さらに、「ただ業務をこなすだけになった」「職場の一体感が失われた」といった、仕事の無機質化や人間関係の希薄化を示す回答も一定数見られた。しかも、この傾向は上司層でより強く表れている。
ここから見えてくるのは、残業を減らすプロセスが職場に圧迫感を生み、その結果として「失われたもの」があるのではないか、という懸念である。労働時間を減らすことが最優先されるあまり、仕事の意義を分かち合う余白や、試行錯誤を許容する余裕、同僚との関係を温める時間までもが削ぎ落とされてしまったとすれば、職場の熱量が下がるのも無理はない。
さらに分析を進めると、こうした「働き方改革の歪み」が、仕事への没入や挑戦を妨げる方向に作用している傾向も確認された(図表6)。また、上司によるマイクロマネジメント(過干渉で細かな管理)を助長する可能性も示唆されている。余裕が失われた職場で、限られた時間内に成果の創出とリスク管理の両方を求められれば、上司が部下への細かな指示や統制を強めてしまうのは、ある意味で自然な成り行きである。実際に、マイクロマネジメントは2019年よりも増加傾向にあることがデータからも読み取れた。
働き方改革の影響は、上司が置かれている状況変化のデータからも読み取れる。上司が抱える業務上の課題を見ると、2019年に6位だった「働き方改革への対応増加」が、2026年には3位にまで上昇している(図表7)。働き方改革そのものが、管理職にとって無視できない大きな負担となっていることがうかがえる。
また、その他の課題の内容も大きく変化している。以前は「自分の業務量の増加」や「自分の学びの時間を確保できない」といった、上司自身の個人的な悩みが目立っていた。ところが現在は、「部下の育成不足」「部下のメンタル問題への対応増加」「コンプライアンス・ハラスメントへの対応増加」など、部下のマネジメントに関する課題へと悩みの重心が移っているのだ。しかもそれは、未来に向けた《攻め》の行動というより、問題を起こさないための《守り》の対応に追われている姿として表れている。
今の管理職は、自身の成果だけを求められるのではない。部下を育成し、細やかな配慮を欠かさず、問題が起きれば対処し、さらには未然防止まで求められる。その一方で、現場には時間的な余裕がない。攻めの事業づくりや人材育成よりも、トラブル回避のための守りの対応に多くのエネルギーを割かざるを得ないのが実情かもしれない。そうした厳しい構図が、「管理職」という仕事の魅力そのものを奪っている可能性がある。
実際に本調査でも、「管理職は魅力的な仕事だ」という意識が2019年と比べて大きく低下していた(図表8)。「管理職になって意欲が高まった」「学びが多いと感じる」といった前向きな感情も軒並み弱まっている。職場の低体温化は、メンバー層だけでなく、上司の側からも確実に進行しているのかもしれない。
働き方改革が長時間労働を是正し、日本の職場に不可欠な改善をもたらした意義は疑いようがない。しかし、「時間を減らすこと」が目的化した結果、職場に圧迫感や無機質化を招き、組織の活力を奪う「低体温化」を引き起こしている可能性は直視すべきである。
本調査が浮き彫りにしたのは、残業削減の裏側で、働くことへの関心、学びへの意欲、仕事への没入や挑戦、さらには管理職のやりがいまでもが静かに失われつつある実態だ。これを単なる就業観の変化や社会環境のせいにすることはできない。
当然ながら、長時間労働や過度な自己犠牲に依存したかつての姿に回帰すべきではない。だが、働き方を整える過程で、仕事への情熱や人が育つ手応えまで削ぎ落としてしまえば、本末転倒といわざるを得ない。
職場の低体温化を防ぐために私たちが目指すべきは、昭和的な熱量の復活ではなく、令和の職場にふさわしい「新しい熱」の創出である。働き方改革の次なる論点は、「いかに時間を減らすか」から、「短くなった時間の中で、いかに職場の活力を生み出すか」へと移行しなければならない。
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