人的資本経営が注目される中で、人材育成においては情報開示を意識し、投資実態が数量で表現しやすいOff-JT(Off-the-Job Training)を重視する傾向が見られる。しかし、時代が変わってもOJT(On-the-Job Training)の重要性や本質は変わらない。一方で、昨今のOJTは、前年踏襲の運用や担い手・時間の不足など、質的・量的な劣化が見られる。
そこで本コラムでは、劣化するOJTの構造的問題を掘り下げ、現場任せのOJTではなく、意図的で計画的な「戦略的OJT」の重要性について紹介する。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」――。これは、連合艦隊司令官として太平洋戦争の火ぶたを切った軍人、山本五十六が残した人材育成の言葉だ。しかしこの至言は、OJTが100年以上前にアメリカでチャールズ・R・アレンが考案した4段階職業指導法(やって見せる→説明する→やらせてみる→補修指導)として形式化され、その時代にアメリカに留学していた山本が影響を受けたことから発せられたことは、容易に想像がつく。
日本でも長期にわたって浸透してきたOJTは、その形態は現在もほとんど変わっていない。一方でその位置づけは、経済状況や働く職場環境の変化、あるいはOff-JTとの関係によって、振り子のように変化してきた。
OJTとOff-JTとの関係は、図表1のように経営層を対象にしたリーダーシップ調査として広く知られる「ロミンガーの法則」に例えることができる。「人の成長に影響する要素は、7割が経験、2割が薫陶、1割が研修」といわれる。この法則に当てはめてみれば、OJTは経験と薫陶が入り混じった9割の部分に当たり、人材育成にとってかなり重要な要素であることは疑いない。
ここ数年、人的資本の情報開示が進む中で、数値化しやすいOFF-JTへの企業の関心は高まっている一方で、OJTはどうなのか。現在でもなおOJTは、人材育成において、もっとも重要な施策であることに変わりがないことが、図表2や、企業に属する管理職、人事部、あるいは有識者への取材を通じて確認できた。また一般の企業だけではなく、看護業界や伝統芸能を継ぐ京都五花街においても、人材育成におけるOJTが担う本質は同じであることが、示唆された※1。
※1
パーソル総合研究所(2025)「『現場任せで、短期に効率的に』では人は育たない。京都花街のOJTに学ぶ人材育成の本質」
パーソル総合研究所(2025)「屋根瓦式」に育成姿勢を受け継いでいく 看護師OJTに学ぶ、組織で育てる方法」
一方で働く個人への取材において、職場で指導をした人、指導を受けた人の経験談から見えてきたことは、OJTを重視しながらも、その実効性は質・量ともに二極化しており、全体的には以前より劣化しているという現実である。
その劣化は、企業の個別事情というよりも、日本社会の構造的な問題が引き起こしていると考えられる。その象徴が「負の連鎖」であり、その連鎖は重層的に発生している。負の連鎖とは、図表3のように本来の教える側の人が「教えない」ことで、教えられる側が「育たない」ことになり、育てられていない人がいずれ教える側になった時に「教えられない」ため、教えられる側に「育たない」人が生まれ、それが連続していくという現象のことである。
この連鎖を放置すると、知識や技術、サービスの劣化につながり、そのことからトラブルやクレームに発展し、いずれ顧客離れに至ることもあり得て、経営的に大きなリスクを背負うこととなる。
負の連鎖が起きる要因を突き詰めると、労働人口の減少とそれを補うための業務の自動化、そこに成果主義人事が重なった構図が浮かび上がる。
参考文献
小池和男(2005)『仕事の経済学』東洋経済新報社、リクルートワークス研究所(2005)「OJTの再創造」『Works』71号、三谷直紀(2020)「労働政策の展望~日本のOJTとPIAAC調査」独立行政法人労働政策研究・研修機構
負の連鎖の要因の1つ目に関しては、人材不足や業務の効率化を背景としたAIやロボットの活用場面に現れている。例えば昨今の製造現場では、操作がコンピュータで制御されていることが多く、教えることは主に操作法である。しかし何かトラブルが生じた際に、その因果関係が理解できていないと根本的な解決とはならず、問題が問題を引き起こす連鎖が起きる。
やり方(How)を教えても、自動化されているが故に、その成り立ちやメカニズムといった原理原則(Why)を教えることが少なくなっているのだ。あるいは若手が苦悩している時に、指導する側が仕事に対する向き合い方よりも、効率よく知識・スキルを教えることを優先してしまうことも、困難に正面から向き合う姿勢を遠ざけ、連鎖が断ち切れない状況となっている。
負の連鎖の2つ目の要因として考えられるのが、成果主義人事の導入だ。高度経済成長を支えてきたOJTは、バブル経済崩壊後に導入された成果主義によって、管理職でさえも部下の育成より個人の短期業績を優先し、じっくりと寄り添う人材育成からは程遠い、場当たり的なものと化してしまった。
結果的に、教えられた経験が少ない人が増え、その人が逆の立場になると教えることができなくなり、その負の連鎖が続いていく。その上、さらに労働人口の減少による慢性的な繁忙さが、教える機会と教わる機会の量的・質的な充実を奪う連鎖に拍車をかけていく。
このような構造的要因を理解した上で、改ためてOJTに目を向けて、負の連鎖を引き起こす「現場任せのOJT」を見直すことが肝要である。
実際に、OJTを戦略的に位置付け直す企業も出現している。参天製薬は、現場任せを改めて製造部門内に人材育成を担う専門部署を設け、製造ラインとメンバーとの間で教え方を共有することで、チーム内の平準化を図るなど、新しい形でのOJTを始めている※2。
※2
パーソル総合研究所(2025)「新体制で挑む人材の早期戦力化とOJTの深化」
NECビジネスインテリジェンスでは、組織内でビジネスチャットツールを通じて日々の業務経験を振り返り、それを意味付けし、学びとして次に生かす「経験学習サイクル」を自律的に回せるように、フォーマットを共通化して運用を開始している※3。
※3
パーソル総合研究所(2025)「意味ある経験と多様な経験で『人材の質』を高めていく」
日本企業は、労働人口の減少による人材不足の常態化と、その人材不足に起因する余裕のない職場が散見される。さらに、その対策としてのAIによる業務の自動化がもたらす人材育成の歪みに加え、成果主義人事が拍車をかける。このような先細る日本の未来に対し、人材育成の重要施策であるOJTを問い直し、現場任せのOJTから意図的・計画的な「戦略的OJT」へと転換する時が来ている。
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