インタビュー

「屋根瓦式」に育成姿勢を受け継いでいく 看護師OJTに学ぶ、組織で育てる方法 

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医療現場の労働力不足が深刻な社会問題となる中、看護業界では人材の定着と育成を両立させるため、個人任せだったOJTを見直し、組織的な支援体制の整備を進めてきた。看護師育成に関する研究を行う保田江美氏に、企業にも応用可能な育成の仕組みや、人が育つ組織づくりについて話を伺った。


国立保健医療科学院 主任研究官

保田 江美 氏

慶應義塾看護短期大学卒業後、大学病院などで臨床経験を積み、2017 年に東京大学大学院学際情報学府学際情報学専攻博士課程を満期退学。国際医療福祉大学成田看護学部で講師、准教授を歴任し、現職。博士(学際情報学)。新人看護師への効果的な支援などを研究。共著に『中小企業の人材開発』(東京大学出版会)など。

属人化を回避する「ラダー」という共通言語

看護業界では、大学や専門学校などで基礎を学び、国家試験を経て臨床現場に入るのが一般的です。看護学生から看護職への移行(トランジション)を円滑に進めるため、多くの医療機関が新人看護師の育成支援に注力しています。教育体制の整備は、採用や人材の定着にも直結する重要な取り組みとなっています。

その教育体系の基盤として、多くの医療現場で導入されているのが、「クリニカルラダー」です(イメージは図表参照)。看護師に求められる臨床実践能力を4〜5段階程度に分け、各レベルでの具体的な行動目標を示した評価指針で、レベルごとに積み上がっていく階段状の図でよく示されます。自身のスキルレベルと目指すべき方向を把握しやすく、キャリア形成にも有効に機能します。また、目標が明確に提示されているため、職場の「共通言語」としても機能します。多くの医療機関では、自院の方針に合わせて、「我が施設のクリニカルラダー」を作成し、看護師育成に活用しています。さらに、認定看護師や専門看護師といった資格制度に加え、管理職やジェネラリストなど多様なキャリアパスを支援する体制が、全国に整備されています。

図表:看護師の「クリニカルラダー」のイメージ

図表:看護師の「クリニカルラダー」のイメージ

出所:公益社団法人日本看護協会「看護師のまなびサポートブック」内表「看護実践能力習熟段階(臨床実践能力)」 を参考にパーソル総合研究所にて作成

特に、2000年代に入り、新人看護師の早期離職が深刻な社会問題として顕在化し、これを背景に、新人教育はトランジションと定着を支援するものとして体系的に整備されてきました。看護の現場の多くは、「プリセプター制度」といって先輩看護師が新人を1対1で指導する方法を採用しています。1990年代までは、指導役に当たる3~5年目の若手看護師一人に育成責任が集中していたために、育成の質が指導者側の経験・力量に左右されることや、責任の重さによる若手の早期離職が問題になっていました。

そこで、2008年に厚生労働省が「新人看護職員研修ガイドライン」を策定し、2010年からは新人研修の実施が努力義務化されました。ガイドラインでは、プリセプターやメンターによる個別指導だけでなく、看護部門に教育責任者を配置することを推奨しています。これにより、属人的な指導に依存しない、組織的な育成体制への転換が進められてきたのです。

経験を学びに変える「経験学習」と「思考発話」

看護の仕事は定型的に見えるかもしれませんが、患者さんは一人ひとり異なるため、対応は毎回異なってきます。「採血」ひとつとっても、若い方と高齢の方とでは血管の状態が違いますし、不安や痛みに対する反応もさまざま。毎回、その患者さんにとって何が一番良いかを考えながら対応する必要があります。

こうした現場での判断力や対応力は、日々の経験で育まれます。看護業界では経験を通して学び、成長につなげる「経験学習」の考え方を重視しており、患者さんとの関わり方を振り返ることで学びを得ていきます。例えば、手術後すぐの患者さんに食事を配膳する場面で、先輩看護師は患者さんの病状を見て、「まだ傷が痛み動けないため、自分でテーブルを準備するのは難しいだろう」と判断し、声掛けをしながらテーブルを動かします。一方、新人の看護師はそこまで予想できず、食事をただ置いていくという対応になることがあります。患者さんをよく観察して、状況を汲み取り、適切な介助やケアを判断して行動につなげていく。この経験の積み重ねによって、看護スキルの幅が広がり、より柔軟で的確な対応ができるようになっていくのです。

そうした学びをさらに促進する方法として、最近注目されているのが「思考発話」です。これは、先輩看護師など熟達者が、自身の思考プロセスを言葉にして新人に伝える方法です。「私はこう考えたから、こう動いた」とあえて言語化することで、暗黙知だった熟達者の判断基準が共有され、経験の浅い新人の気づきとなるのです。思考発話は、教える側にとっても自身の行動を整理して振り返る機会となり、相互の学びになります。

人から人へ屋根瓦式の多層的な育成構造

人が育つには、教える側と教わる側の相互作用が欠かせません。理想は双方が前向きであることですが、まずは教える側の育成、教え方の体系化が大事だと思っています。プリセプター制度が中心だったかつての看護現場では、「どう教えればいいか分からない」「忙しくて手が回らない」と悩む声も多くありました。教える側にこそ、「教えることを学ぶ場」が必要なのです。

そして、学びのサイクルとして「屋根瓦式」の多層的なOJTを続けていくことが重要だと思っています。屋根瓦のように、上の層がその下の層を教え、さらにその下の層へと育成の姿勢や学びが伝播していく仕組みです。どの組織にもいえると思いますが、新人だけが楽しそうだとか、部長だけが生き生きしているという職場はあまりないでしょう。活気のある職場というのは、若手もベテランも皆が元気で、互いに重なり合い支え合う屋根瓦のように、強固な信頼関係で結び付いているものだと思います。

実際、看護の現場でも、育成に前向きな看護師長がいる職場は、学ぶことに前向きな傾向にあり、自主的な勉強会の開催や業務改善のきっかけにもつながっています。また、体系的に学んだ人が増えていくことで、指導内容を相互に是正し合える風土も生まれ、単年の成果にとどまらない、持続的な効果が期待できます。

企業に応用するための長期的な育成視点

これから少子高齢化が加速していく日本において、若手人材はますます貴重な存在になっていきます。新人の育成を徒労に終わらせず、一人前に育て上げて戦力化することは、看護業界に限らず、あらゆる組織において喫緊の課題といえるでしょう。

しかし、近年の日本企業では、人材育成に十分な時間やコストをかける余裕がなく、短期的な成果を求める傾向が強くなっていると聞きます。もちろん、早く一人前に育てて即戦力になってもらわなければ、現場は回っていきません。しかし、長期的な視点で「人が育ち続けられる場」をつくることも大切です。この両輪をいかに回していくかがこれからの育成の鍵になると考えます。

組織が継続的に成果を生み出していくには、質の高い人材を確保しておくための仕組みづくりが必要です。今後急速に人が少なくなる中で、組織としての文化が継承されず、継続性も保たれない組織は、残念ながら淘汰されてしまうでしょう。

だからこそ今、自社の理念や目標に立ち戻り、組織のトップが「どのような人材を、どのくらいの時間軸で育成していくか」というロードマップを策定する必要が生じているのだと思います。その際、看護業界で活用されているラダーのような育成の道筋や成長の基準の可視化、組織で育てる仕組みは、企業の人材育成においてもヒントになるのではないでしょうか。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。

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