公開日 2022/11/22
近年、日本経済の停滞が叫ばれると同時に、終身雇用といった日本型雇用の枠組みが崩壊し、学び直しやジョブ型雇用といった新たな枠組みが模索されている。そのような中、就業者は会社にキャリア形成を任せるのではなく、自ら主体的にキャリアを築く「キャリア自律」の必要性が増している。とりわけ過去の日本企業を知らず、キャリアの先が長い20代の若手社員は、このようなキャリア自律の意識が他年代よりも強く(※1)、日本経済の先行き不安も相まって、自身の仕事での成長やキャリア形成が思うようにできない焦燥感(「キャリア焦燥感」)を抱きやすい(※2)といわれる。
さらに、コロナ禍で大企業を中心に在宅勤務が普及したことにより、20代若手社員を取り巻く仕事環境は従来から大きく変化した。在宅勤務により、ワークライフバランスの実現や、出張費のコスト削減など多くの恩恵がもたらされたことは周知の事実だが、コミュニケーション不足からくる孤独感の問題(※3)や、生産性の低下(※4)、企業の求心力低下(※5)といった問題も指摘されている。
そのような中20代若手社員では、在宅勤務の実施により、能力不足による不安感や疎外感、働きすぎを感じる者が増え、はたらくことを通じた不幸実感が高い社員が増加した(※6)。また、在宅勤務下の新卒新入社員のオンボーディングにおいては、上司・同僚とのコミュニケーション活性化施策がないと、定着・活躍が進まないことも指摘された(※7)。
このような状況を踏まえ、パーソル総合研究所が毎年実施している「働く10,000人の就業・成長定点調査」の調査データから「20代若手社員の成長」にフォーカスし、成長意識の変化および在宅勤務の影響を分析した。そこから見えてきたことを、本コラムでご紹介する。
※2 尾野裕美(2020)『働くひとのキャリア焦燥感』
※4 第四回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査
※6 はたらく人の幸せに関する調査【続報版】(テレワーカー分析編)
※7 新卒入社者のオンボーディング実態調査(コロナ禍影響編)
まず、20代若手社員の成長に関する意識変化を見ていこう。図1のように、20代前半社員の「仕事選びの重視点」を見ると、2019年~2022年の過去4年間で「色々な知識やスキルが得られること」、「資格や免許の取得につながること」、「入社後の研修や教育が充実していること」が増加している。つまり、20代前半社員が会社を選ぶ際に、入社後に「成長の機会があるか」を重視する傾向が高まっている。
図1:仕事を選ぶ上で重視することの変化(20代前半社員)
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査2022」
入社後に成長したい新人が増えているというのは企業にとって朗報だ。しかし、20代若手社員が考える「成長の質」も変化している。20代若手社員は、「仕事を通じた成長」を「キャリアの明確化」と捉える傾向が年々強まっている(図2)。つまり、会社に成長機会を期待するが、その成長とは、今の会社に囚われない自分なりのキャリア形成のための成長を意味している。さらにいえば、今後社会で通用するように自分の市場価値を高められるようなポータブルスキルの獲得を求めているといえるだろう。そのような20代若手社員が増えていると推測される。
図2:仕事における成長に対するイメージの変化「キャリアの明確化」
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査2022」
他方で、コロナ禍を経て広まった在宅勤務は、若手社員の成長の阻害要因となりやすいのが現状のようだ。在宅勤務は20代若手社員にも人気があり、2022年2月調査時点で42.6%が希望している。また、実際に在宅勤務を行う20代若手社員は35.7%にのぼり、大企業を中心に多くの20代若手社員が在宅勤務を行いながら仕事をするようになった。
在宅勤務の成長への影響を見るため、調査データを用いて、在宅勤務で働く20代若手社員を「過去1年間に在宅勤務を行ったことがある者(以降、在宅勤務者)」と「出社のみの者(以降、出社者)」に分けて比較分析した。分析には重回帰分析を用い、在宅勤務者と出社者で性別・業職種・企業規模・最終学歴が偏っている影響を取り除いた。
すると、20代若手社員の在宅勤務者は出社者よりも残業時間が長い傾向があった。なお、30代以上社員にはこのような傾向はなく、20代若手社員のみ残業時間が長い。具体的な残業時間の差は、図3の通りである。20代若手社員はいずれの企業規模において残業時間が長いが、30代以上社員は企業規模1,000人以上で差が認められるもののそれ以外ではほぼ差がない。
図3:在宅勤務者と出社者の月平均残業時間の差(20代正社員と30代以上正社員の比較)
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査2022」
さらに、20代若手社員の在宅勤務者は、出社者よりも成長志向(仕事を通じた成長を重視する度合い)が高いが、成長実感やパフォーマンスは変わらなかった(図4)。一方、30代以上社員では、在宅勤務者の方が出社者よりも仕事を通じた成長実感やパフォーマンスが高い。つまり、20代若手社員の在宅勤務者は、30代以上社員よりも多く残業し、成長志向も高いが、その分高まるであろう成長実感やパフォーマンス実感を持てていないということだ。
図4:在宅勤務実施が成長志向、成長実感、パフォーマンスに与える影響(20代正社員と30代以上正社員の比較)
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査2022」
この要因は、在宅勤務下で上司・同僚とのコミュニケーションが希薄化したため、日本企業が行ってきたOJT中心の若手育成が機能低下していることだと考えられる。出社時は「先輩社員の背中を見て覚える」というように観察学習ができ、こまめなフィードバックも受けやすいが、リモート環境ではそのような対応が難しく、OJT中の学びが減少する。
また、残業が成長に結びついていない点でいえば、チャットなどで上司からの返答が遅く待たされたり、タイムリーに相談ができずに相談すればやらずに済んだ作業が増えたり、上司の管理が行き届かないために突発的な仕事の依頼を抱え込んだりなど、即時的なコミュニケーションがとりづらいために、裁量のない20代若手社員の成長につながらない無駄な時間が増えているのではないだろうか。
会社に成長機会を求める若手社員が増える中、在宅勤務が20代若手社員の成長を妨げているのであれば、企業にとって憂慮すべき事態だ。在宅勤務ができるという魅力と、成長機会があるという魅力を両立させていく必要がある。
20代若手社員のキャリア自律を前提として会社に成長機会を求める意識の高まりに対し、従来の会社が考えたレールに一方的に従業員を乗せる会社主導型の育成方法は馴染まなくなっていくだろう。若手の定着・活躍のためには、個々のキャリア意向を聞き取りながら会社の方針とすり合わせる、「キャリア自律支援型の育成」がポイントになってくるといえる。
例えば、社内のポスト・ポジションの見える化や個人目標と組織目標の丁寧なすり合わせ、社内公募などの手挙げ制度といった人事施策によって、若手社員が思い描くキャリアに向けて成長実感を持ち続けられる環境を作るといったことだ。足元の現場のマネジメントとしては、ポータブルスキルが身につく仕事や学習機会を与えることや、20代若手社員の興味関心やキャリア意向を傾聴しながら、今後自社でどのような知識・スキルが身につき、どのようなキャリアを描けるのか、ということを若手社員にしっかりと伝えていくことが重要だ。
さらに、大企業を中心にテレワークを今後も定着させる企業もでてきたが、在宅勤務が若手の成長を阻害するという課題は、若手成長支援の障壁となる。1on1などでフィードバック機会を増やす、複数人で育成するといったコミュニケーション不全を補う施策に加え、一定の裁量を持たせ丁寧に傾聴・フォローするといった在宅勤務に合うマネジメント方法への転換が求められる。また、デジタルネイティブである20代若手社員の声を聞きながら、社内SNSを活用した若手社員用の質問コーナーや、人事データベースを活用した面談・サーベイ記録の蓄積・活用といったデジタルな方法を取り入れることも有効だろう。
本コラムでは、20代若手社員の成長意識の変化と、在宅勤務で高まらない20代若手社員の成長実感について、「働く10,000人の就業・成長定点調査 2022」の結果からご紹介した。
本コラムのポイントは以下の通りである。
・20代前半社員は、ここ数年で会社に対して成長機会を求める意識が高まっている。その成長とは、自分なりの主体的なキャリア形成(キャリア自律)のための成長、という意味合いが強まっている。
・近年広がった在宅勤務は、20代若手社員の残業時間を延長させているが、成長実感やパフォーマンス実感は高まっていない(30代以上社員は、在宅勤務でも残業時間はほぼ変わらず、成長実感やパフォーマンス実感は高まっている)。在宅勤務が育成機能を低下させ、20代若手社員の成長実感を阻害している。
・企業は従来の会社主導からキャリア自律支援型の育成方法を取り入れていく必要性が増している。特に在宅勤務は若手育成の障壁となりうるため、傾聴型のマネジメントやフィードバック機会の確保などにより、成長支援機能を高めていくことが求められる。
本コラムが20代若手社員の育成・マネジメントの参考になれば幸いである。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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