副業といえば、これまでは主に収入補填の手段と捉える向きが一般的だった。しかし、その様相は大きく変わりつつある。コラム「副業推進の質的転換点―副業は「キャリアの自己防衛」の手段へ」で論じたように、副業実施率は過去最高を記録し、その背景には若年層を中心とした「キャリアの自己防衛」ともいうべき意識の変化がある。本業だけでは得られない成長機会や、自身の市場価値を試すための手段として、副業は新たな役割を担い始めたのだ。
では、キャリア形成を目的とした副業の、その先にはどのような未来が待ち受けているのだろうか。その延長線上にあるひとつが、副業先の企業に正社員として転職する「副業転職」という新たなキャリアパスである。
パーソル総合研究所「第四回 副業の意識・実態に関する定量調査」では、この「副業転職」が顕在化しつつある実態が定量的に明らかになった。本コラムでは、副業転職の実態を紹介し、これからの時代に企業が取るべき姿勢について考察していく。
まず、副業転職がどの程度行われているのか、その実態を見ていこう。副業経験者約5,000人に対し、副業先の企業へ転職した経験の有無を尋ねたところ、6.7%が「経験あり」と回答した(図表1)。この割合は若年層ほど高く、20代では13.6%と1割を超える。現状ではまだ大きな割合ではないが、決して無視できない数の人材が、副業をきっかけに新たなキャリアを歩み始めていることが分かる。
この実態を企業側から見ると、より大きな潮流として捉えることができる。副業人材を受け入れている企業に「副業人材が自社に転職してきたことがあるか」を尋ねたところ、2025年調査では半数を超える55.6%が「ある」と回答した(図表2)。この割合は2023年調査から上昇しており 、副業経由の入社が、企業にとって決して珍しくない出来事になりつつあることを示している。
副業する側の6.7%という数字に対して、企業側の55.6%という数字が大きいのは、副業転職が一部の企業に集中しているのではなく、多くの企業で普遍的に起こりうる現象として広がっていることの証左であろう。副業は、企業にとって新たな人材獲得チャネルとして、確実に機能し始めているのではないだろうか。
では、こうした「副業転職」という行動を選択するのはどのような人材なのだろうか。本調査では、通常転職者※1との比較から、その特徴を探った。
※1
本調査では、直近3年以内に一般的な採用プロセスを経て転職したことがある正社員を「通常転職者」と呼んでいる。なお、通常転職者の性年代構成比は、副業転職者に合わせて割付を行っている。
まず、キャリアに対する考え方を見てみると、副業転職者は「昇進・昇格し、高い役職に就くこと」や「新しい環境や役割に挑戦し続けること」といった、上昇・挑戦志向が際立って高い(図表3) 。一方で、「仕事と生活の調和」や「1つの組織で、長く安心して働き続けること」などの安定志向は低い。
副業転職者は現状維持に甘んじることなく、自らのキャリアをより高みへと引き上げるための機会を求めている層だといえる。
こうした志向は、彼らが当時(転職前)の本業先に抱いていた不満の内容にも色濃く反映されている。副業転職者は通常転職者よりも本業先への不満を抱えている割合が高いが、特に差が大きいのは、「やりたい仕事やアイデアがあるが、実現できない」という項目だ(図表4)。
近年ではこうした本業への不満が、そこで費やすエネルギーを抑える「静かな退職(Quiet Quitting)」という内向きな行動につながるケースも増えているが※2、副業転職者とは、そうして抑制したエネルギーを副業という社外への外向きな活動に振り向け、より自分らしく挑戦できる環境へと移籍する道を選んだ人々と捉えることもできるだろう。
そして副業転職は、個人と企業の双方にとって、入社後のミスマッチを減らす上で有効な手段となり得る。なぜなら、副業は実践的な「お試し期間」として機能するからだ。
転職前に把握していた情報について比較したところ、副業転職者は通常転職者よりも、転職先の情報を広く、深く理解していることが分かる(図表5)。特にその差が顕著なのは、【社員・組織】や【キャリア・成長】といった、書類や面接だけでは見えにくい情報である。「上司の人柄」や「組織の文化・風土」といった《組織のリアル》、「自身のスキルが活かせるか」や「入社後のキャリアパス」といった《未来の展望》。こうした点を実際の業務の中で通じて肌で感じ、納得した上で入社を決めているのだ。
この「事前の相互理解」が、入社後のエンゲージメントに大きく寄与していると考えられる。副業転職者の「はたらく幸せ実感(はたらくことを通じて幸せを感じている)」と「ワーク・エンゲイジメント」は、いずれも通常転職者のスコアを大きく上回っている(図表6)。期待と現実のギャップが少ないため、入社後も高い意欲を維持し、組織にスムーズに溶け込みやすい。採用した人材の定着や活躍に頭を悩ませる企業にとって、この結果は重要な示唆を与えるだろう。
これらのことから、企業がまず考えるべきは、他社の副業人材を自社に積極的に受け入れる視点だ。これは、社員の紹介を通じて人材を採用する「リファラル採用」と同様に、副業を人材獲得チャネルのひとつとして戦略的に位置づける考え方といえる。リファラル採用が社員の信頼を基に行われるように、副業では実際の業務を通じて能力や人柄への理解が深まる。どちらも、既にある程度の関係性が構築されているため、採用後のミスマッチを低減できるという共通の利点を持つ。
しかし、副業人材を「経営上の明確な目的をもって活用している」企業や、「受け入れに関するガイドラインや研修がある」企業は、いまだ3割程度にとどまっているのが現状だ。
副業という実践的な「お試し期間」を経て入社した人材が高いエンゲージメントを示すという事実 、そして、労働力不足が一層深刻化する未来を踏まえれば、副業人材の受け入れをより戦略的に設計し、優秀な人材との継続的な関係を築く視点が不可欠ではないだろうか。
さて、そうなってくると、社員の副業を認める企業側は、人材流出を懸念するかもしれない。しかし、副業推進の流れが止まらない以上、内向的な囲い込み策は現実的ではない。それは、「子どもを学校に通わせずに家の中だけで育てる」といっているようなものだ。
重要なのは、社員の副業を「前提」とし、その経験をいかに自社の成長に生かすかという視点である。成長意欲の高い人材から副業という挑戦の機会を奪うことは、かえって組織への失望や諦めを招きかねない。
むしろ、副業での経験を本業に還元させる仕組みを整えるなど、積極的な支援を通じて社員の挑戦を組織の力に変えていくべきである。事実、こうした支援は社員の組織コミットメントを高めることが分かっているが※3、現状では6割以上の企業が「特に何も行っていない」のが実情だ(報告書P15)。
本コラムでは、副業先へ転職する「副業転職」の実態を通して、これからの企業と個人のあるべき関係性を考えてきた。もはや、副業転職は一部の特殊なキャリアパスではない。個人のキャリア形成と、企業の戦略的な人材獲得が結びつくことで生まれた、キャリアの新たな潮流といえる。
この動きは、個人と企業のミスマッチを減らし、ひいては「労働移動の円滑化」に貢献するだろう。転職のハードルとなる情報の非対称性を、副業という実践的な「お試し期間」が解消するため、人材は自らの価値を最大限に発揮できる場所へと、よりスムーズに移ることが可能になるからだ。これは、社会全体の生産性向上にもつながる重要な変化といえる。
もはや、企業が社員の副業を「認めるか、否か」で悩む段階は過ぎ去った。問われているのは、この変化をいかに戦略的に捉え、自社の成長へと繋げるかという「戦略的活用」フェーズへの移行だ。社員の挑戦を後押しし、社外の才能と出会う機会として副業を捉え直す。そうした関係性の構築こそが、これからの人材獲得競争の時代を勝ち抜く鍵となる。
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