2035年、日本の労働市場はどのような姿になっているだろうか。パーソル総合研究所と中央大学はこの問いに答えるべく「労働市場の未来推計2035」を2024年に公表した。そこでは、日本の労働力が1日当たり1,775万時間不足するという、厳しい未来が描き出された。
しかし、この推計には一見すると逆説的な側面がある。それは、労働力不足が深刻化する一方で、日本の就業者の数は、2035年に向けて7,122万人まで増加するという予測である。シニア、女性、外国人といった多様な人材が新たに労働市場へ参入することが、その主な要因だ。これは、長時間働く就業者を前提とした旧来の《マラソン型》の労働市場が終焉を迎え、多様な働き手がそれぞれの時間で労働力をつなぐ《バケツリレー型》へと移行することを意味している※1。
この新たな労働市場の姿を正しく理解するには、その「バケツリレー」の重要な担い手となる人々の実像に、より深く迫る必要がある。では、その担い手とは具体的に誰だろうか。もちろん、シニアや女性など、その属性は多様だ。しかし、彼ら・彼女らがなぜ限られた時間で働く「ショートワーカー」となるのか、その背景に目を向けると、多くの人に共通するひとつの大きな要因が浮かび上がってくる。それが、日本の少子高齢化という不可逆的なトレンドの中で、誰もが直面しうるケア(育児・介護)の問題である。
本コラムでは、この「ケアと仕事の両立」を主題とし、パーソル総合研究所「ケア就業者に関する研究」で明らかになった未来像を提示する。働きながら育児や介護を担う人々が今後どのように変化し、私たちの職場に何をもたらすのか、詳細なデータと共にその実像を解き明かしたい。
図表1に示す通り、「ケア就業者に関する研究」では「労働市場の未来推計2035」で示した、「2035年、就業者数が7,122万人に達する」という未来を前提条件に置いている。その7,122万人の就業者のうち、育児や介護といったケアを行いながら働く就業者(ケア就業者)が何人になるのかを推計した。
なお、ケアの定義については、5年に一度公表される総務省「就業構造基本調査」の分類に基づいている。
本研究では、上記の定義に基づき、育児のみを行う就業者を「育児就業者」、介護のみを行う就業者を「介護就業者」、そして育児と介護の両方を行う就業者を「ダブルケア就業者」と定め、それぞれに対して推計を行った。それら推計結果について、育児、介護、ダブルケアの順に見ていこう。
まず、育児就業者数は2022年の807万人から、2035年には844万人へと増加する見込みである。少子化にもかかわらず、なぜ育児をしながら働く人は増えるのか。その最大の要因は、本研究の前提ともなる「女性の労働力率の上昇」にある。
現在の傾向がこのまま続いた場合、2035年には女性の労働力率は男性の水準に近づき、特に子育て期にあたる世代でその上昇が顕著になると見られる(図表2)。この変化の背景には、女性の大学進学率の上昇に伴うキャリア意識の高まりや、近年の企業における女性活躍推進の取り組みといった社会的トレンドが、複合的に影響していると推察される。こうした流れの結果として、育児をしながら就業を継続する女性が増加し、育児就業者全体の数を押し上げるという構図である。
では、育児就業者数の内訳を、性年代別に、より詳細に確認していこう(図表3)。前述した女性の労働力率の上昇は、この内訳に直接的な影響を与えており、事実、増加幅が最も大きいのは女性30代である。その数は217万人から247万人へと、30万人増加する見込みだ 。
男性においても、若い世代を中心に育児参加のトレンドを反映した増加が見られる※2。「夫婦で育児をするのが当たり前」という社会通念は広がりつつあるものの、依然として女性が主な担い手であるケースが多いのが現状である。しかし、今回のデータが示すように、今後は男性の育児参加が一層進み、この男女間の偏りは徐々に緩和されていくものと見られる。
※2
男性の育児就業者数全体で見ると、437万人(22年)から436万人(35年)へと微減する見込みである。これは、40代の人口が2035年にかけて大きく減少し、それに伴って、40代の育児就業者数が減少していく影響が大きいと考えられる。なお、40代については女性も同様の理由により減少傾向の見通しである。
次に、介護就業者数の推移について見ていこう。介護就業者は2022年の349万人から2035年には420万人へと、71万人もの大幅な増加が予測される。この増加の背景にある主な要因は、社会全体の高齢化にある。介護を必要とする人の数そのものが増加するため、その担い手となる就業者も必然的に増えていくという構図だ。
そして、この変化の中で特徴的なのは、介護の担い手自身も高齢化していく、という点である。特に、豊富な経験や専門性を蓄積したミドル・シニア層で介護就業者が増加している。性年代別のデータを見ると、女性では50代で15万人、60代では38万人増加し、男性でも60代で17万人増加する見通しだ(図表4)。これは、管理職やベテラン社員として組織を支えてきた人材が、親の介護という新たな責任に直面するケースが増えることを示唆している。まさに「働きながらの老老介護」が、職場の至る所で見られるようになるだろう。
最後に、育児と介護をどちらも担うダブルケア就業者は、2022年の15.8万人から2035年には21.2万人へと、33.8%という最も高い伸び率を示す見込みである。絶対数は少ないものの、その急激な増加は、ケア課題の「複雑化・複合化」という新たなトレンドを浮き彫りにしている。
この背景にあるのは、晩婚化や晩産化、そして高齢化の進行である。これにより、自身の子育て期と親の介護期が重なる30~40代のミドル層で、男女ともにダブルケア就業者が増加する(図表5)。この世代は、組織の中核を担う働き盛りであることが多い。
ダブルケアにおける課題の困難さは、「育児+介護」という単純な足し算では測れない。むしろ、それぞれのケアの予測不可能性や突発性が掛け合わされる、「育児×介護」の掛け算と捉えるべきだろう。例えば、子どもの発熱といった育児のケアと、親の転倒といった介護のケアが同時に発生した際、その対応の困難さは倍増する。こうした複雑で複合的なケアを担う従業員が、今後組織の中核であるミドル層で急増していくという事実は、企業にとって新たな人材マネジメント上の課題を提示している。
ここまで、育児就業者、介護就業者、ダブルケア就業者の推移について見てきた。これらの人数を合計すると、2035年、ケア就業者は1,285万人に達する見通しである(図表6)。これは2022年よりも113万人多く、2035年に予測される全就業者7,122万人のうち、約6人に1人がケア就業者となる計算だ。
この「6人に1人」という数字が意味するのは、どのようなチームや部署にも、ケアを理由とした時間的・場所的制約を持つ従業員が複数名いるのが当たり前になる、そして、そうした従業員と共に働くのが当たり前になる、ということだ。これは、ケアを個人の事情として例外的に配慮するだけでは、もはや組織が立ち行かなくなる時代の到来を意味する。
しかし、この先訪れる未来は、単に「ケアと仕事の両立」が当たり前になるだけではない。一概にケアといっても、その様相は今後より一層、複雑で困難なものへと変化していくことが予想される。
その兆候は、これまで見てきたデータの中にも見て取れる。育児においては、男性の参加が進むことで、これまで主に女性が担ってきた状況から夫婦双方で担う形が標準となるだろうが、これは同時に家庭内での新たな調整コストの課題を生む。介護に目を向ければ、担い手自身も高齢化する「老老介護」が増加し、当事者の体力的な負担は増していく。そして、ダブルケアの増加は、育児と介護の重なり合いが当事者の負荷を足し算ではなく掛け算で増大させる、という厳しい現実を象徴している。
ここまで見てきたケア就業者数の増加と、その困難性の変化は、職場にどのような影響を与えるのだろうか。本コラムの冒頭で、これからの労働市場は、多様な働き手が連携する「バケツリレー型」と表現した。ケア就業者の視点に立って考えてみると、このリレーは仕事という単一のものではない。仕事、育児、介護という複数のリレーを同時に走り、常にそれらを横断し続けなければならないのだ(図表7)。その中での連携は、コミュニケーションコストや心理的なフラストレーションを生む。さらに、周囲の従業員への「しわ寄せ」といった、目に見えないコストを職場にもたらすのだ。
本コラムで示したケア就業者に関する未来予測は、これからの日本企業が向き合う「ケアと仕事の両立」という問題が、これまでとは異なる次元の課題へと変化する可能性を示唆している。
2035年には就業者の6人に1人がケアを担うという未来は、職場における「助け合い」の在り方を根本から問い直す。本コラムで示したように、ケア就業者は仕事、ケア(育児・介護)という複数のバケツリレーを同時に走ることを求められる。その複雑な連携は、当事者だけでなく、周囲の同僚への「しわ寄せ」という形で、職場全体に目に見えないコストを発生させるのだ。
個人の気遣いや現場の善意だけでは、この構造的な課題は乗り越えられない。では、この新たな経営環境を生き抜くために、私たちはどのような「インフラ」を職場に構築すべきか。次回のコラムでは、その構築に向けた課題と解決策について論じていきたい。
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