公開日 2024/03/15
営業やマーケティングのお仕事をされている方であれば、「The Model(ザ・モデル)」という言葉をご存じの方も多いのではないでしょうか。The Modelは、セールスフォース・ドットコムなどで事業をけん引してきた福田康隆氏による著書 『THE MODEL』(翔泳社、2019年)で紹介されている、BtoB営業プロセスのモデルです※。
近年、営業部門ではCRM、MA、SFAといったITツールの普及、そしてコロナ禍による営業活動のオンライン化・リモート化など、様々な環境変化が起こっています。そうした変化を背景に、多くの営業部門では従来の営業体制を見直し、より効率的かつ生産性の高い営業活動をするために、このThe Modelを導入・実践しようという動きが活発になっているようです。
一方で、The Modelを実践している営業部門からは、「期待したほど効率的な活動ができていない」「売上・利益の増加、取引の継続・拡大につながっていない」といったお悩みもお聞きするようになりました。このコラムでは、The Modelで上手くいっていない営業部門が抱える問題、問題を解決するために克服すべき課題、そして自社に適した営業マネジメントを考えるポイントをお伝えします。
※ 「The Model」という言葉については、これまでに様々な解釈が加えられ、現在では営業プロセスを効果的・効率的に分業するやり方の総称として使われる場合が多くあります。本コラムにおいても、そのような総称としてこの言葉を用いています。
そもそもThe Modelとは、どのような営業プロセスなのでしょうか。ここではごく簡単な解説にとどめますが、The Modelでは営業体制をマーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスの4つに分けます。マーケティングとインサイドセールスが購買の見込みのありそうな企業との接点を作り、自社の製品やサービスへの興味・関心を高め、フィールドセールスが本格的なヒアリングや具体的な提案を通して受注し、受注後はカスタマーサクセスが製品・サービスの活用を通して顧客が成果を出せるようにサポートしていく、というプロセスで顧客に対応していきます。(図1)
図1:The Modelにおける4つの分業とそれぞれの役割
従来、これらの役割の多くは、顧客企業別にアサインされた一人の営業担当者が一貫して担うことが多かったのではないでしょうか。「一気通貫」という言葉で表現されるように、ある意味では個々の営業担当者の価値を発揮できる体制であったともいえますが、これに対しThe Modelでは、この4つの分業により、それぞれが専門性を発揮しながら、組織全体で顧客に効率的に対応していきます。
前述の通り、The Modelは元々セールスフォース社で実践されてきた分業モデルです。同社のような利用期間に応じて使用料が発生するクラウドサービスを提供する企業、あるいは月額などの定額制で課金するサブスクリプション型のサービスを展開する企業にとっては、「契約を獲得して終わり」ではなく、契約後も途中解約することなく、継続的に利用してもらうことが重要です。よって、カスタマーサクセスの部分はもちろん、顧客との接点づくり、提案、受注、それぞれのフェーズにおいて顧客満足を高めるための活動に専念するThe Modelの分業体制は、SaaS業界を中心としたITサービスを提供する企業に適したモデルとされています。
このように、顧客の購買プロセスに沿って分業化し効率的に対応していくためのThe Modelですが、実際に運用し始めた企業の方々からは、「どうも上手くいかない」というお悩みの声をよくお聞きします。お悩みの内容は実に様々ですが、The Modelのプロセスに沿って大別すると、上手くいっていない事象は主に以下の3点に集約されます。(図2)
図2:The Modelが上手くいかない!3つの事象
① 読まない
たとえばマーケティング部門では、MA(マーケティング・オートメーション)ツールを活用して、製品やサービスに対する顧客の関心度合いなどを、一定の基準でスコアリングします。そして「○○社の□□さんが、ウェブサイトのこのページを繰り返し閲覧しているので、スコアが高いです。是非アプローチをお願いします!」といって、インサイドセールスに連携します。しかし実際は、インサイドセールスがその背景や意図も読まずに(読むための情報もなく)電話やメールでその企業にアプローチしても、「スコアの割に顧客の関心度はそれほど高くない」、あるいは「アプローチをした相手が購買を検討する担当者や決裁権者ではなかった」といったことが起こります。このように、アポイント獲得の数を増やそうとしても上手くいかず、営業プロセスを効率的に前に進めることができない、といったことは往々にしてあるのではないでしょうか。
BtoBの営業は、顧客ごとに購買の検討や意思決定のあり方が違うなど、顧客の組織の複雑な状況を把握し、それをマネージしながら営業活動を進める必要があります。ウェブサイトの閲覧履歴やメール配信のクリック等、MAを活用して見込みのありそうな企業をある程度絞り込むことができても、インサイドセールスによるアプローチへと効率的につないでいくためには、対象者の属性情報や複雑な意思決定のあり方に合わせた精度の高いスコアリングを行う必要があり、それがBtoB営業の一筋縄ではいかないところでもあります。
② 追わない
またインサイドセールスでは、マーケティングがリストアップした企業に対してアプローチし、製品・サービスの紹介や簡単なヒアリングを行い、「見込み有り」と判断したらフィールドセールスにつなぎます。一方で、フィールドセールスは既存顧客への対応に忙殺されていることも多いでしょう。フィールドセールス側で「それほど見込みは無い」「優先順位が低い」と自己判断して、その顧客を積極的に追ってくれない、といったことはありませんか?このように「マーケティングと営業の連携が上手くいっていない」ことによるお悩みも、非常によくお聞きすることです。
③ 引き継げない
忙しいフィールドセールスが新規顧客の開拓にも注力できるように、契約後の既存顧客への対応はカスタマーサクセスに任せよう、というのがThe Modelによる分業の理想形です。ただ実際は、製品・サービスの活用だけにとどまらない複雑な課題、契約後に出てきた新たな課題に対して、カスタマーサクセスが対応できる能力を備えておらず、「結局顧客からフィールドセールスに連絡が入り、いつまでたっても顧客をカスタマーサクセスに引き継げない」というのも、よくお聞きするお悩みです。
前述の通り、The ModelはSaaS型、サブスクリプション型の製品・サービスを展開する企業のビジネスモデルを想定しつつ、現在ではそれ以外の様々な業界・業種の企業にも広まっているわけですが、「どのような企業が、どのような市場(顧客)をターゲットに営業活動をするのか?」という観点で、あらためてThe Modelの導入・実践が上手くいかない要因を考えてみたいと思います。
SaaS企業の場合、とりわけスタートアップの段階では、最初は主力となるプロダクトの開発に力を入れ、そのプロダクトを中心にそれをどんどん拡販して顧客を増やしていく「プロダクト型営業」に注力することになると思います。そして市場において一定のシェアをカバーしたら、今度は「客単価を上げよう」ということで、周辺のサービスを増やしつつ、一つの顧客に対してより幅広いサービスを提供する「アカウント型営業」の活動に移行していき、さらなる事業拡大に向かいます。(図3)
図3:売上拡大の考え方と営業の型
一方、そのような新興のIT企業ではなく、ある程度の歴史がある日本企業、特にメーカー企業など、現時点でアカウント型営業を重視している企業がThe Modelの考えにもとづいて分業化をしようとすると、どうなるでしょうか。
少し話は逸れますが、「パレートの法則」あるいは「2・8(ニッパチ)の法則」という言葉をご存じでしょうか。これは「ある2割の要素が、全体の8割を生み出している」という意味なのですが、営業の世界でいえば、たとえば「売上の8割は、2割の顧客から得ている」といった経験則的な表現をするための言葉です。一人の営業社員が担当している顧客の中に、2割の重要なお得意様とその他8割のお客様、様々な顧客が混在している。その2割のお得意様から日々いろいろなご相談があり、常に複数の案件が同時進行して、営業担当者は対応に追われている、といったことは皆さんの会社の営業部門でもよくあることではないでしょうか。
このように、一人の営業社員の担当企業リストの中に、営業としての対応方法が違う様々な顧客が混在していることが、The Modelの導入・実践が上手くいかないことの要因の一つとして考えられます。「プロダクト営業」で対応する顧客と「アカウント型営業」で対応する顧客では、求められる営業活動の形は違います。(図4)にもかかわらず、営業組織の中で必要な活動についての共通認識が不足し、その中でプロダクト型により適しているThe Modelの分業を一律に当てはめても、多くの「ムダ」や「ムラ」が発生してしまうのです。
図4:プロダクト型営業/アカウント型営業の違い
さて、ここまでお伝えしてきた営業部門のお悩み、The Modelの導入・実践が上手くいかない部分を、どのように解決したらよいでしょうか。先に結論として以下の2点にまとめます。
① 市場・顧客をしっかり層別し、自社がねらう市場・顧客に適した営業のフォーメーションを整理する
② その営業フォーメーションにもとづいて、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスの、効果的な連携の形を具体化する
①の「市場・顧客の層別」については、下記の図5のようなマトリクスを活用すると検討がしやすいです。顧客の魅力度(購買に対するポテンシャル)を縦軸に、そして浸透度(自社の製品がどれだけ導入されているか)を横軸にして4象限を作ると、Aの「最重要顧客」からDの「その他顧客」まで、自社の顧客を4つに層別することができます。そして、それぞれの顧客群に対してどのような営業活動が必要かを可視化することができます。
図5:市場・顧客の層別マトリクス
C(効率化顧客)やD(その他顧客)に属する顧客は、営業リソースをかけない効率的な動きが求められますので、The Modelによる分業化された営業フォーメーションをそのまま適用することができそうです。対してA(最重要顧客)やB(重点攻略顧客)に属する顧客は、ニーズが高度で購買の意思決定のプロセスも複雑なので、The Modelをそのまま適用するのではなく、営業フォーメーションにも調整が必要です。マーケティングからカスタマーサクセスまでの4つの部署間で、単純に顧客を引き継いでいくのではなく、業務を切り分けしたり負荷を分散したりすることも含めて、高度に連携しながら対応していく必要があります。これが上記の②、効果的な連携の形を考える、という部分です。
近年ではThe Modelを明確に意識するかしないかにかかわらず、インサイドセールスのチームを立ち上げる企業も増えています。実際のところ、インサイドセールスは営業部門ではなくマーケ部門が主導して立ち上げ、運営している企業が多いようですが、その場合、マーケティングと営業が効果的に連携・協業できていないことも多いようです。一方、上記のマトリクスでAやBに属する重要・重点顧客に対する営業活動では、インサイドセールもたとえばアカウントプランをフィールドセールスとともに立案するなど、高度に連携できるだけの力量が求められます。またカスタマーサクセスも同様に、製品・サービスの導入・活用を日々サポートする中で、顕在的・潜在的な新しいニーズの発生を見逃さずに、フィールドセールスも巻き込みながら、より高い顧客満足を実現するだけの力量が求められます。いうなれば「アカウント型インサイドセールス」「アカウント型カスタマーサクセス」ですね。
このように、自社の市場・顧客を層別し、必要な営業活動の方向性を可視化していくと、アカウント型の営業組織がThe Model の考えも取り入れつつ営業活動を分業化・効率化していくためには、マーケティング、セールス、カスタマーサクセスに関わる人材に求める要件も、そして必要な育成施策の内容も、従来のものから変えていく必要性があることに気づかされます。
今回のコラムでは「市場・顧客の層別」による営業フォーメーションの見直しを取り上げましたが、アカウント型の営組組織がThe Modelをチューンアップしつつ運用していくには、見直しのポイントはまだまだあります。パーソル総合研究所では、アカウント型ソリューション営業における「営業×マーケ統合戦略」として、営業マネジメントや日々の営業活動を見直す7つのポイントに整理し(図6)、それぞれのポイントについてのコンサルティングや、実務課題の解決を目的とする研修プログラムを提供しています。まずは皆さんの営業組織において市場・顧客の層別からはじめてみませんか?
図6:自社の営業マネジメントを見直す7つのポイント
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
株式会社パーソル総合研究所 シニアコンサルタント
河村 亨
Toru Kawamura
1990年、機械商社を経て(株)富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)に入社。営業・営業マネジメントを経て、SFAの現場定着や戦略実行をテーマとした営業マネジメント力強化コンサルティングに従事。「自ら考え戦略的に動く営業集団をつくる 3つのフレームワーク」、「Sales Enablement アカウント型BtoB営業における営業力強化」などを執筆。セールスフォース社との「訪問しない時代の営業力強化の教科書」を共著。
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