前回のコラムでは、1on1を導入もしくは見直すにあたり、まずは何を整える必要があるのか、つまり、1on1という旅をどう始めるのか、という視点で考えてきました。
ということをお伝えしました。
では、1on1という旅が始まると、現場ではどんなことが起こるのでしょうか。
第2回目の今回は、現場マネジャーの視点で進めていきます。
「1on1をしても、部下に『話すことがない』と言われてしまうんですよね…」1on1に関するお悩みを現場のマネジャーにお伺いすると、必ずと言っていいほど出てくるのが、このお悩みです。日本で1on1が広まるきっかけとなった書籍『ヤフーの1on1』でも、上司が「今日何話す?」から始めるという記載があり、1on1とはそういうものだ、という形が広まりつつあります。そこで、書籍のとおり、「今日何話す?」と訊いてみたものの、部下からは「え、特に話すことはないですけど…」と言われてしまう。お話をお伺いするだけで、その場に流れる鼻がツンとするような冷えた空気感が伝わってきます。
「話すことがない、と言っているとき、その方はどんなお気持ちなんでしょうか?」と尋ねると「わからないですが、こんな時間、無駄だと思っているんですかね」「どうなんでしょう、特に何も考えていないのではないでしょうか」というような回答が返ってくるのがほとんどです。「話すことがない」の一言に毎回頭を抱えながらも、その言葉の背景にある部下の気持ちについて話し合うことは、あまりないようです。結果として、「じゃああの案件の話をしようか」と業務の報告を促したり、雑談で早めに切り上げたりしてしまいます。
ところが、部下からの「話すことがありません」は、必ずしも会話の終わりの合図ではなく、むしろ、そこからが始まりなのではないかと考えます。前回のコラムでお伝えしたように、なぜ1on1をやるのか、1on1は「部下が主役の時間」で何をするのかが十分に伝わっていなければ、部下が何を話していいかわからないのも自然な状況です。部下からすれば、上司に呼ばれたと思っていたのに、行ってみたら「何話す?」と訊かれ、戸惑っているのです。
まず、そのような場合、「この1on1はどんな場で、これからどんな話をしていくのか」を整理するための作戦会議として、数回の1on1を使ってもよいでしょう。例えば、1on1のプログラムでは、トークテーマの一覧を用意し、時系列や項目別で、話題を選べるようにしています。上司と部下が一緒に眺めながら、気になっていることや、これからどんな話をしていくと成長支援につながるかを、考えていきます。そもそも何を話せばいいかわからない、だから「話すことがない」部下には、1on1のやり方や具体例を示すことで、自分でテーマを選べる手助けをしていきます。
一方で、やり方がわかったからと言って話せるかと言えば、そうとも限りません。1対1の場は、第三者に頼ることもできず、部下自身が主役なので、当たり障りのない話題に逃げることもできず、居心地の悪い時間になってしまうケースも少なくありません。その場合、唯一の正解のやり方は無く、回数を重ねていくこと自体が意味を持ちます。
では、改めて、部下の「話すことがありません」の言葉の裏には、どんな気持ちが隠れているでしょうか。
(どうせ聴いてくれないから)
(話しても何も変わらないから)
(そんなことより溜まってる仕事を片付けたい)
(忙しいのに私の話なんて申し訳ない)
部下それぞれに思いを抱えながらも、わざわざそんなことは言わず「話すことがありません」の一言だけ伝えるのです。
パーソル総合研究所の調査『職場での対話に関する定量調査』でも、上司との面談では51.2%が本音を話す割合は2割未満、もしくは全く本音で話していないという結果が示されています。特に、本音を話しにくい相手の特徴は「自分への無関心(そもそも自分の話に興味がなさそうだ)」が最も高い傾向にありました。一方で、本音で話せる人の特徴は、話を親身に聞いてくれるなど「傾聴的態度」が高く見られました。
「今日は何話す?」と訊き「話すことがありません」と言われたら、どうその場をうまく収めるか、有効な時間に立て直すか、というよりも、今、目の前にいる部下はどんな思いでここにいるのか、に意識を向けてみることが、一つの出発点になります。「そっか、それでも来てくれてありがとう」「特段困っていることはないと安心してもいいのかな?」「え、本当に?いつも頑張っているから、これは自分でも頑張ったなと思うことを教えてよ」そんな一言を添えて、主役はあなたなんだ、とバトンを渡してみましょう。
「関係性が悪い上司と部下は、1on1実施の対象にしないほうがいいでしょうか」
人事の方が、現場を思うからこそ頭を悩ませる問題のひとつです。関係性の良好な上司と部下であれば、やり方さえわかれば、回数を重ねていくことで質を高めることも難しくはないでしょう。ところが、関係性の良くない上司と部下が1対1で話をしようとした場合、内容以前に、表面的なやり取りで終わることや、衝突してしまい、お互いに疲弊してしまうこともあるかもしれません。
ですが、関係性の良し悪しにかかわらず、1on1の機会を用意することは重要です。上司と関係性が良いかどうかで、育成支援の機会そのものに差が出てしまうことは、避けなければいけません。やらないわけにもいかないし、やってもうまくいかないとなると、やはり頭を抱えたくなってしまいます。
そこで、関係性ができていない、もしくは良くない部下とは、1on1の時間だけで向き合おうとせず、改めて他の場面でのかかわりを見直すことも重要です。忙しい中でも目を見て挨拶をする、「ありがとう」と言葉にして伝える、業務の節目で声をかける。そうした意外と見落としがちな日常の一つひとつの積み重ねと、業務を通じた支援をしながら、定期的に1対1で顔を合わせ、部下が主役の時間を持つようにします。本人が話したくないのであれば、無理に最初からキャリアや悩みなど、個人の思いに踏み込む必要はありません。壁打ちをしながら業務の振り返りを行い、何かひとつでも気づきを得て、それを共有し、その後を観察し、フィードバックで見ていることを伝え、少しずつ関係性を築いていきましょう。
特に新年度で組織体制が変わり、新しく関係性が始まる部下とは、この日頃のかかわり、業務を通じた支援、1on1を通じた定期的な対話をうまく連動させて、互いに関係性を構築していくことが重要です。
1on1プログラム の受講者にも、「1on1を始めたことで、部下のことを何も知らなかった、見ていなかったということに気付いた」と話す方がいます。「普段は業務の話は頻度高くしているし、顔も合わせているけれど、話は業務が主役で、それに対して上司である自分がどう考えるかを伝え、どう納得して完遂してもらうかばかりに意識が向いてしまう。結果、部下はどんなことを思ってその仕事をしていたのか、働くうえで何を大事に思っているかは気に留めていなかった。1on1を重ねるなかで話してくれたことでようやく知ることができた。そのうえで、普段の部下を見てみると、自分の信念に基づいて仕事に向き合っていて、『だからこうしていたのか』と気づくことがたくさんあった。普段からそこに着目した声かけをすると、とても喜んでくれた」と言います。
私たちはつい「関係性が先か、1on1が先か」「日頃のかかわりが先か、仕事での成功が先か」とすぐに答えを求めたくなってしまいます。しかし、上司と部下との関係性や1on1に唯一の正解はありません。大切なのは、正しいどれかをひとつだけ選ぶのではなく、日頃のかかわり、仕事を通じた支援、1on1という対話の場をつなげて積み重ねていくことです。上司が一方的に扉をたたき続けるのではなく、部下もやがて同じテーブルにつき、一緒に解決方法を考えていく関係性を築いていくことを目指していきましょう。そうした積み重ねによって「今日の1on1はどうだった?」と、一歩引いて、率直な考えを訊けるようになると、1on1の質やお互いの関係性にも変化が訪れます。目の前の問題に焦点を当てたり、少し引いて自分たちの進め方や在り方に焦点を当てたりと、行き来しながら見直すことで、部下一人ひとりを主役にした成長支援の方法を、部下と共に見つけていくことができます。
「アクティブリスニング…聴くだけでは結局解決しないですよね?」1on1についてお話をしていると、これも最もよくお聞きする話題のひとつです。上司が部下の話をただ聴くだけでは解決しない。本当にそうでしょうか。
例えば、部下から望まれている解決が、他部門との交渉をうまく落ち着かせ、部下の意見を通すこと、であれば、上司が「それを望んでいるんだね」と聞いているだけでは、解決しない、ということになるかもしれません。ですが、1on1は何か物事を前に進めるための面談ではなく、部下が主役となり、部下が自分で考えることを支援する場です。そこでは、上司が部下の話を聴くことは大前提であり、聴くだけでは解決しないのであれば、1on1以外の場で解決することもあるでしょう。ただし、そもそも、部下の話を聴く機会がないからこそ、問題が起こっているケースは無いでしょうか。
特に「新入社員や若手の場合は、話を聴くのではなく、教えたほうがいいのではないでしょうか」というのもよくある質問ですが、これも「何のために」かによって方法は変わります。例えば、業務を主役に、正しく業務を前に進めるために行う面談であれば、上司の考えを伝え、やり方を教え、実際やってみたことを振り返る、という方法もあるでしょう。
ですが、繰り返しますが、1on1は、「部下が主役で、自分で考えることを支援する場」です。会社や上司が望む答えを、その通りに話せるかを確認する場ではありません。例えば、やった仕事について部下の「あなた」はどう思ったのか。うまくいったのであれば、「あなた」の行動や考えの何がそうさせたのか。反対にうまくいかなかった場合はどうか。部下を主役にした場合「あなたがどう思うか」の答えを見つけられるのは、「あなた」である部下自身でしかありません。そして、部下には、それができる力があると信じている上司にだからこそ、部下は話をしてくれるのです。
パーソル総合研究所の『職場のハラスメントについての定量調査 』では、昨今の上司がハラスメントを過度に回避しようとする職場では、そもそも必要なかかわりまで控えられてしまい、部下が成長実感を持ちにくくなることが指摘されています。一方で、ハラスメントを回避しながらも、部下が成長している上司には「傾聴行動」「部下観察」「フィードバック」がいずれも高いという共通の傾向が出ています。
部下を成長させたいと願いながらも、「この言動はハラスメントと受け取られないだろうか」と不安を抱える上司も少なくありません。こうした中で、「部下の話を聴く」ことは、上司・部下の双方にとって安全な場の中で成長を支援する土台となります。かつてのように、トップダウンで上司に部下が阿吽の呼吸でついてくるような風潮もなくなってきています。若手は管理職になりたがらず、最低限のやるべき業務だけをする「静かな退職」を選ぶ人もいれば、次なる成長機会を求めて転職を選択する人も増え、組織には自然と遠心力が働いてしまいます。そんな中で、上司の聴く力は、部下を惹きつける求心力になる可能性を秘めています。一律にメッセージを発信するだけではなく、それに対してどう思っているのかを一人ずつ聴いていく。方針のもと仕事を進めるうえで、何に困り、どんな嬉しい成果があり、この先どんな未来を描いているのか。そんな話に丁寧に耳を傾け、積極的に聴き、壁打ちをしながら答えを出すことをじっと待ってくれる。そんな上司だから今日はこの話をしてみようと思い、時に衝突をしたとしても、「こういった事実がある」や「私はこう思う」を重ねながら、新しい答えを一緒に探索する関係性ができていくのです。
そして、このような1on1を実施していくうえで大切なのは、上司も誰かに聴いてもらう場があるということです。人は「自分で考えることができる、答えが出せる」と信じることも、それを信じていない人に話をするとどんな思いになるかも、誰かに聴いてもらった経験があるからこそ、実体験として理解することができます。1on1プログラムの受講者は、受講者同士で3人組になり「ラーニングトリオ」として、お互いに話をし、聴き、フィードバックをし合います。何度も話し、聴いてもらうことを繰り返すことで、言葉にしながら自分で考え、自分で気づき、行動を決めていくことによる自身の行動の変化を、身をもって体感することができます。誰かが一方的に聴くのではなく、互いに聴きあうことができる組織では、一歩踏み込んだフィードバックや提案もしやすくなり、失敗を恐れず挑戦し、互いに振り返り学びにつなげることができるようになります。
1on1を始めると、良いことばかりではありません。部下には「話すことがありません」と言われ、話を聴いていくと、普段から部下を観ていなかったことに気づかされ、何かが解決するというよりも、次々と乗り越えるべき壁が現れ、上司にとっては悩みが増えることもあるかもしれません。それでも、ハラスメントを回避しながら部下の成長を支援し、成果も出さなければいけないこの環境下では、「話を聴く」ことが、上司に対する求心力となり、互いに学び合う組織を作る土台となる可能性を持っています。
次回も引き続き現場のお悩みとどう対峙していくか、特に「主役」である部下がこの旅路で何に迷い、何につまずくのかを、一緒に考えていきましょう。
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