企業が変革を掲げても、現場の行動はなかなか変わらない。そうした壁の前で、オムロンがあらためて重視しているのが「凡事徹底」です。挑戦を促す前に、組織として当たり前のことをやり切る土台を整えることが、次の成長に向けた構造改革の起点になるといいます。
長期ビジョン「SF2030」の下、ビジネスモデルの転換やAI時代の仕事・スキル変化に向き合うオムロンは、人財ポートフォリオの最適化、経営人財の育成、評価処遇のメリハリといった人事施策をどのように進めているのか。また、ミドルマネジメントに求められる「問う力」や、AI時代に人事が果たすべき役割とは何か。オムロン CHROの冨田雅彦氏に、パーソル総合研究所 上席主任研究員の佐々木が伺いました。

オムロン株式会社 取締役 執行役員専務CHRO 兼 CRO
冨田 雅彦 氏
1989年立石電機(現:オムロン)入社。電子部品事業などの事業戦略部長、企画室長を経て2012年グローバル戦略本部経営戦略部長に就任。2019年に執行役員常務、2023年執行役員専務 CHROに就任。2026年より現職。

パーソル総合研究所 上席主任研究員
佐々木 聡
株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。
佐々木聡(以下、佐々木):構造改革に取り組んでいらっしゃるとお聞きしました。背景を伺えればと思います。
冨田雅彦氏(以下、冨田氏):まず、2022年度から長期ビジョン「SF2030」を掲げました。「Shaping the Future 2030」ということで、2030年に向けてオムロンがどう変わっていくかを示したものです。2030年に向けて、オムロンが掲げるビジネスモデルは「モノ」から「モノ+サービス」へと変わっていきます。デバイスや機器から得られるデータを活用し、新しい事業を展開していきたいという思いがありました。社内では「GENBA DX企業の実現」と言っています。

もう1つは、AIが進化してきた中で、業務プロセスも大きく変えなければならないということです。言い方を変えると、求められる仕事やスキルが変化していることへの対応でもありました。こうした取り組みを進める中で、2024年度にいくつかの課題が見えてきました。それらを1年半かけて一気に解決しようということで、構造改革を進めています。
佐々木:改革というのは、そう簡単ではないと思います。その中でも、以前に冨田さんから伺った「凡事徹底」という言葉に非常にひかれました。改革と凡事徹底は、どのような関係でその言葉が出てきたのでしょうか。
冨田氏:弊社も当てはまりますが、多くの企業が「挑戦が足りない」とよく言うと思います。私もそう思う部分はありますが、最近は少し違う見方をし始めています。実は、挑戦できない原因は挑戦不足というより、まず基本動作が不足しているから、なかなか挑戦に踏み切れないのではないかと思い始めたのです。
組織がばらばらな状態で「イノベーションを起こそう」と言っても、成功確率は上がりません。だからこそ、まず「凡事徹底」という言葉で基本の型を作り、それをきっちりやる。その先に、チャレンジできる状態が生まれるのではないか。そういう考え方から始めました。
ただ、これまで長い間、いろいろなことをやってきました。それらは、その時々の問題対策の集積でもあります。ですから、非常に複雑な構造になってしまっていて、どこから手をつけたらよいのかという課題も正直ありました。改めて整理整頓し、原理原則はどこなのかを考え、原理原則をしっかりやり切ろうというのが凡事徹底です。そこからチャレンジしていくために、凡事徹底が大切だと考えています。
変革を続けるために人事が果たす役割1:挑戦の前提となる基本動作を徹底する
佐々木:凡事徹底は、ある意味原点に戻るという意味合いかと思います。それを従業員に理解してもらうためのアプローチはあったのでしょうか。
冨田氏:まず、具体的に我々は何がしたいのか、何を目指しているのかをきっちり伝えられるかが大切です。ただ、それを伝えても「考え方は分かる」と受け止められるだけでは、実行にはつながりません。やはり具体策に落としていくことが非常に大事だと思いました。あれもこれもではなく、「これをきっちりやろう」と決めて進めています。

人事領域に関しては、今回の具体策として3つの柱を立てました。
1つ目が「人財ポートフォリオの最適化」です。長期ビジョンの中で掲げる挑戦的な目標を達成するドライバーとなる注力事業をいくつか選び、そこに適時適材を配置していくというものです。単に人を増やすのではなく、人を動かす、成長領域に人を集める。逆に、伸びない領域からは人を移し、成長領域へ配置していく。本当にシンプルですが、これをきっちりやろうとしています。
2つ目が「経営人財100人の輩出」です。これまではポジションに対して後継者を置くサクセッションプランニングを十何年と行ってきましたが、そこに違和感がありました。ポジションごとの候補者はいても、「経営者」は育っているのか。本当に必要なのは、どんな仕事においても成果を出せる経営人財です。いろいろな経験は積んでいても、その経験がそのまま生きるとは限りません。経営人財、つまり環境や役割が変わっても成果を出せる人財をいかに育てられるかを、もう一度やり直すということです。
3つ目は「評価・処遇のメリハリをきっちりつける」ことです。頑張って成果を出した人にいかに報いるか。一方で、期待する成果に届いていない人には、しっかり奮起を促していく。伸びる事業にしっかり人を配置し、経営ができる人財を増やし、頑張って成果を出した人に報いていく。当たり前のことをきっちりやっていこうというのが、今回掲げている凡事徹底です。
変革を続けるために人事が果たす役割2:伸びる領域への配置、経営人財の育成、評価・処遇のメリハリを徹底
佐々木:3つの柱のうち、特に最初の2つ、人財ポートフォリオにしても経営人財にしても、いわゆる人材像を変えるという大きな話なのだと思います。この人材像について、もう少しお話しいただけますか。
冨田氏:これからどういう意識や行動を求めていくのかという観点で言うと、社員に求めていくことの1つ目は主体者意識です。2つ目は、成果を出すために必要なベーシックなビジネススキルを、自分で学び、身に付けていくこと。3つ目は「Try&Learn」、つまりいろいろなことにチャレンジして、そこから学ぶという行動です。この3つが、これから我々が求めていく人財であり、意識や行動だと考えています。
冨田氏:個々の主体者意識を高めていくことと、結果を追求するための規律を徹底することは、一見すると二律背反です。そこで我々がどう考えたかというと、「自分らしさ」は非常に大事だと思っています。これがないと主体者にはなれませんし、自分らしさの発揮を内発的な動機として行動していくことは非常に大事です。ただし、自分らしさと好き勝手は同じではありません。チームで成果を出していくためには、一人ひとりが組織の一員として貢献する意識を持ちながら、自ら考え、自ら行動することがとても大切です。
その上で、自身が担う役割と目標を置き、成果を出すことが求められます。会社は成果を出してもらうためのフィードバックやサポート、ベーシックなスキルを獲得し磨いていく機会を提供していきます。そして、チームのパフォーマンスを継続的に向上させるには、マネジャーの影響力が非常に重要です。メンバーの力を引き出し、成果を出すプロセスを通じてメンバーに成長実感を持ってもらい、自信を持ってもらう。そうしたエンパワーメントがとても大事だと思います。
佐々木:現場の受け止め方はどのような感じだったのでしょうか。
冨田氏:いくつかの受け止め方があったと思います。1つは「そんなことは分かっている」という受け止め方です。もう1つは、言うのはよいけれど、やっていく難しさがあるということです。大事なのは、決めたことをしっかり実行し、やり切るまでとことんやることです。もし途中で違えば、また戻ればよい。やってみて、そこから学び、違ったら変える。それを繰り返している最中です。
変革を続けるために人事が果たす役割3:主体者意識、基本スキル、Try&Learnを人材像として明確にする
佐々木:組織の中で一番影響力を持つ存在は、マネジャーなのだろうと思います。マネジャーの方々は、その変化をどう受け止め、どのように現場で実践していらっしゃるように見えますか。
冨田氏:マネジャーは、正直大変だと思います。でも、一番面白い時期でもあると思うのです。上に対しても下に対しても影響力を及ぼすことができる、経営と現場をつなぐ重要な存在です。彼らの影響力が会社の成長の原動力であることは間違いありませんし、現場のメンバーの思いや力を引き出すのも彼らです。非常に大きな影響力を与える存在だと思っています。

マネジャーの影響力を高めるために、これからは「問う力」が重要になります。これまでは、つい教えてしまう場面が多かったと思います。しかし、問う力を高めれば、メンバー一人ひとりが考えて行動することができます。そうなれば、組織の実行力もスピードも向上するはずです。今は、問う力を伝えていきたいと思っています。
変革を続けるために人事が果たす役割4:経営と現場をつなぐミドルマネジメントの影響力を高める
佐々木:問う力は、禅問答のように、自分で答えを見つけなければならない、そもそも問いを自分で見つけなければならない難しさもあると思います。このあたりはいかがでしょうか。
冨田氏:もちろん、スキルとしての問う力はあると思います。でも、それ以上に習慣のようなもので、筋トレのようなものだと思っています。1つは、あまり急がないことです。マネジャーを見ていると、プレイヤーの時に優秀だった人ほど、すぐに答えを出したくなるものです。そこで、一定の我慢ができるかどうかです。
2つ目は、「なぜ」という言葉を使いすぎるより、「何」に変えた方がよいということです。「なぜ」と言ってしまうと、どうしても防御的に回答してしまいます。でも「何」と言うと、探索型になります。「なぜできなかったのか」と聞くのではなく、「何が障害だったのか」と聞くことで探索できる。これをやってみようとしています。
3つ目は、人に問う前に自分に問うことです。こうしたことが、問う力を磨くための方法なのだと思っています。
佐々木:1つ目の「待つ」ということは、非常に哲学的で深いものだと思って伺いました。どのような場面で効果が発揮されるのでしょうか。
冨田氏:多くのマネジャーは、日々部下から相談されます。プレイヤーの時にいろいろな経験をしている人は、答えが見えてしまうので、すごくアドバイスしたくなります。実際、そのほうが早いという思いもあります。部下に先に問いかけると、部下が予想外のことを言ったり、話が遠回りしてなかなか決まらなかったり、場合によっては失敗するかもしれません。具体的に答えを示して、その通りに進めてもらうほうが、マネジャーにとっては気持ちが楽な時もあります。
多くのマネジャーは、成果にコミットすることで強いプレッシャーも感じています。やり切らなければならない、結果を出さなければならないという責任感が強い人ほど、そうなってしまうのは当たり前です。だからこそ今は、意識して「これで行こう」と決める前に、少しだけ我慢するようにしています。
変革を続けるために人事が果たす役割5:答えを急がず、相手が考える余白をつくる
佐々木:ここまで伺っていると、心理的な要素に非常に気を配っていらっしゃると感じます。凡事徹底の秘訣は、日常の細かな心理的なやり取りにあるのではないかと思いました。

冨田氏:ベースにあるのは、やはり心理的安全性です。お互いに対話するしかありません。どうしても上司と部下の関係で話をすると、初めから上下関係があるわけです。例えば「好きなことを言っていいよ」と言っても、なかなか言えません。だから、言ってもらうためには、上司側が一歩降りなければならない。ある程度意識しないと、お互いが対等な関係で話すことはできません。それがないのに、いくら問う力をスキルとして得ても、実際には何も変わらない気がします。
佐々木:「なぜ」ではなく「何が」と問うことにもつながりますね。
冨田氏:できない理由は当然たくさんあると思います。でも、つい「なぜできなかったのか」「次はどうしたらいいのか」とすぐに言ってしまいます。その間に、それぞれが頑張ったけれど何かにぶつかったということを一緒に共有し、取り除くための協働ができるかが、とても大事だと思います。
変革を続けるために人事が果たす役割6:心理的安全性を土台に、対話と問いを機能させる
佐々木:今、AIをいかに活用するかという話になっています。人事の方は、AIをどのくらい人事のために使っているのかというと、パーソル総合研究所の調査結果では40%ぐらいです。逆に言うと、60%はまだ十分に生かしきれていないということです。生成AIが注目され、さらにAIエージェントという形で新しい進化も起きています。60%がまだ活用していないのであれば、仕事をAIエージェントに置き換えてみることで、人事部そのものの仕事が相当変わるのではないかと思います。これはどのように見ていますか。
冨田氏:まず、AIを使うことと同時に、人事が変わらなければならないことのひとつが、データをうまく使うことです。人事は基本的に、あまりデータを使って仕事をしてこなかったのではないかと思います。ここ数年、AIを使っていろいろな分析ができるようになり、その分析から考察も出せるようになってきました。効率を上げるということもありますが、効果をより深く、より広く、より長く見ることができるという意味では、データとAIには人事の世界でも大きな可能性があると思います。
今は最終判断を人がするとしても、それに慣れてくれば、さらに活用範囲を広げられる可能性は感じています。一方で、人が人を判断する仕事、人が人に影響を与える仕事というのが人事の仕事です。どこまで最終的な人の判断の部分を小さくできるかは、まだTry&Learnの段階だと思っています。
佐々木:これからの人事部のあるべき姿、役割についてもお聞かせいただけますか。
冨田氏:まず2つがハード的な部分、2つがソフト的な部分で、全部で4つお話しします。
1つ目は、戦略と実行をつなぐことです。いわゆる戦略人事やHRBPの役割への期待は、非常に大きくなっていると思います。数あるWHATの中から何を選んで実行するのか、各社・各組織の実行力や自力も踏まえた上で、どのようなHOWを選択するのかが、成功の鍵になるのではないかと感じています。
ハード面の2つ目は、人事施策の成果の測り方です。人事施策は、その成果をシンプルに見極める、あるいは言い切ることが難しいものです。業績とのリンクはとても大切ですが、その一方でノイズや不可抗力も多くあります。だからこそ、一律的な取り組みというより職種別でもよいので、セグメンテーションを行い、その中からターゲットを選び、具体的なアクションを積み上げていく。マーケティング的な思考を、人事部の役割や思考プロセスに入れたほうがよいのではないかと感じています。
次に、ソフト面です。人事は、分析も当然必要ですが、むしろ洞察力だと思います。分析はAIでもある程度できるようになってきます。しかし、例えば、ある人がなぜ急に成長したのか、なぜ今つまずいているのかは、なかなかデータだけでは見えません。やはり観察しないと分からないと思います。
例えば360度フィードバックでも、評価にばらつきがある人もいれば、点数が中心に寄った人もいます。なぜばらついているのか、なぜ中心にあるのか。データは見方次第でいろいろな深掘りができます。ただ、最終的に「なぜそうなっているのか」を、現場の目や普段見ているマネジャーの意見と重ねることができれば、そのデータはもっと生きてきますし、次のアクションにもつながりやすくなります。分析と観察を掛け合わせて洞察していくことが、人事に求められるソフトな役割のひとつです。
最後に、一人ひとりが持っている力や意欲を引き出すために、人事として人に対する好奇心や影響力を持つことが、これからの人事の役割として一番大切なのではないかと思っています。感情のある人間を相手にしている仕事ですから、何気ない一言で、その人が持っている能力が10倍になるかもしれませんし、逆に10分の1になるかもしれません。個人の特性や今置かれている状況に応じて、何をどのような言葉で問いかけ、フィードバックし、成長や挑戦を後押ししていくのか。そのアクションを人事には求めたいと思っています。
佐々木:いくらAIを活用していっても、最後は人間らしさが重要であり、人事はまさにそれを求められている一番重要な仕事かもしれませんね。
冨田氏:そういう人事でありたいと思っています。
変革を続けるために人事が果たす役割7:AIとデータを活用しながら、人への洞察と影響力を磨く
佐々木:最後に、冨田さんから何か加えることはありますか。
冨田氏:私は人事の責任者になって10年目になります。実は、人事実務を何もしたことがない人間が人事責任者をやってきた10年でした。どうすればその人自身の能力を引き出せるのか、すごく悩んでいますし、反省だらけの毎日です。

人事は、何かアクションを起こしたからといって、すぐに成果が出るものではありません。よく言われるように、人事の仕事は短距離走ではなく長距離走です。私は、10年後に「あの時の取り組みがあったから今がある」と言ってもらえるような仕事にしたいと思っています。そのためには、いろいろ試してみたい。ただ、人に関わることなので、無邪気に試せば人を傷つけてしまう可能性もあります。そこは慎重であるべきだと思いますが、どんどんトライしていくことで、日本の企業も良くなると思いますし、社員も持っている力を思う存分発揮できるようになるのではないかと信じています。
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