今や従業員サーベイは、特別な人事施策ではない。いつの間にか、多くの企業で毎年のように実施され、組織状態を把握するための標準的な仕組みになっている。だが、標準装備化したからといって、それが組織改善に効いているとは限らない。
むしろパーソル総合研究所の調査から見えてきたのは、その逆の現象である。これだけ多くの企業が実施し、これだけ多くの従業員が回答しているにもかかわらず、「答えても何も変わらない」「形だけの取り組みに感じる」という声が、現場から無視できない頻度で聞かれている。
人的資本経営・HRアナリティクス・戦略人事…こうしたデータドリブンのHRを推進するためのデータ構築としてのサーベイが当たり前になった一方、その「機能不全」が広がっている。そこで本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「従業員サーベイに関する定量調査」を基に、日本企業のサーベイ運用が直面している構造的な問題を整理する。
まず、施策としての従業員サーベイの普及の規模を確認しておきたい。ちなみにここでは、ストレス・チェックは性質が異なるものとして除外し、一般的な従業員に対する組織的アンケート調査を対象としている。
従業員サーベイの実施率は、300人以上の企業ですでに76.7%に達している。電気・ガスなどのインフラ業や建設業では9割に迫り、企業規模が大きいほど実施率は高くなる。一方で、300〜500人未満の中堅規模でも約7割が実施しており、サーベイはすでに特定企業だけの取り組みではない。
開始時期にも特徴がある。従業員サーベイを開始した時期は、過去5年以内が52.8%と過半数を占める。つまり、私たちが「あたりまえ」と感じているこの仕組みは、全国的にはごく最近広がったものに過ぎない。
さらに、企業1社当たりが年間に実施しているサーベイの種類は、平均3.25種類。4種類以上を実施している企業も27.0%あり、3万人規模を超える大企業では平均4.2種を超える。エンゲージメント・サーベイ、組織風土調査、コンプライアンス・サーベイなど、社員は1年のうちに何度もアンケート画面を開いている計算になる。実施主体は人事部・総務部が79.2%と圧倒的に多く、サーベイは「人事が回す定期イベント」として運用されている。
すでにここまで広く普及した従業員サーベイは、もはや「やるかどうか」を問う段階ではなく、「どう使うか」を問う段階に入っている。その機能不全は、サーベイ運用・活用プロセスにおける各シーンに広がっている。これをまずサーベイの8つの典型問題として整理しよう。
特に大手企業で、サーベイが多すぎることが負担になっている。年間平均3.25種類、4種類以上の企業も4分の1を超えるというのは前述の通りだが、その「内容の多さ」もよく指摘される。
従業員からの「質問数が多すぎる」という課題は38.6%に上る。分量の多い複数のサーベイが目的を曖昧にしたまま複数並走することで、目的の重複が生じ、回答者の集中力や人事の解釈力も低下してしまう。
その多くの質問の中でも、近年のサーベイで最も測定されているのが「エンゲージメント」という概念だ。人事部がサーベイで重視する項目でも「会社満足度」を上回り、て最上位に挙がる。
しかし、その「エンゲージメント」という項目は、もはや定義ができないくらい、現場では極めて多義的に運用されている。その中身を聴取すると、「はたらきがい・やりがい」「上司・マネジメントとの関係」が7割を超え、その後は「組織への信頼」「組織への愛着・誇り」「理念への理解・共感」「成長実感・将来展望」といった内容がほぼ同率で並ぶ、非常に多義的な内容を含む。本来まったく違うものが「エンゲージメント」と称して測られる、「風呂敷概念」になっている。
人事側は風土改革やマネジメント診断など、多様な目的をもってサーベイを実施する一方で、従業員側はサーベイの目的をそもそも理解していない。
その結果、従業員からは「形式的な取り組みに感じる」割合が44.5%と高くなり、人事と現場の目的意識は明確にすれ違っている。人事の目的意識があったとしても、答える従業員側には十全に伝わっていない。
「本音で答えにくい聞き方になっている」という課題は、サーベイの信頼度を揺るがす根本的な課題だが、人事側で35%超、従業員側でも3割近くから挙がっている。匿名性の担保、評価との接続、設問の聞き方など、どれか1つでも信頼を欠けば、出てくるのは「安全な回答」ばかりになる。
特にベンダーが提供する質問を流用すると、この問題は起きやすい。多変量解析の結果でも、「質問内容が自社の実情に合っていない」ことが、サーベイの有用感に大きくマイナスの影響を与えている。測っているのに、自社が知りたいことを測れていないのである。
サーベイ結果の活用方法は、「経営会議での報告」が69.8%と突出して多く、現場での対話や人的資本開示への利用は約半数にとどまる。メインの活用は経営会議と部長会のための資料であり、「部署ごとの通信簿」にすぎない。
さらに、人事側の分析課題としては、「個人とひもづけた分析ができない」「他社との比較ができない」など、実践的な示唆への分析ができていない状況がある。これは分析以前の準備段階から、ボトルネックが存在していることを示す。
測ることは増えたが、それが現場の変化に接続される回路が、整備されていない。
主に人事側におけるサーベイ運用体制も十全ではない。サーベイ運用の担当者について、「人数が足りない」が47.0%、「専門性がない」が45.8%と、いずれも半数近くに達する。
そのため、サーベイ調査はアウトソーシングされることが一般的で、完全に内製化している会社は22%と少数派にとどまる。設問設計や統計分析を担うリソースを社内に持てないまま、ベンダーのパッケージを毎年回している企業が多い。
従業員側の「会社が本気で取り組んでいると感じない」という認識は、サーベイ有用感に対し最も大きなネガティブ影響を持つ要素だった。設問の質でも、報告の精度でもなく、「本気度の認知」そのものがサーベイの効き目を左右している。
従業員から見たサーベイ全体の課題は、「これまで回答しても変化を感じない」45.9%、「形式的な取り組みに感じる」44.5%が上位を占める。人事側も同様で、サーベイ運用の課題として「毎年同じ課題が繰り返されている」が4割を超える。測ることと、変えることのあいだに、太い断絶が走っている。
従業員サーベイの問いは、「何点だったか」ではない。「その結果を、会社はどう扱うのか」である。普及期を終えた今、企業に必要なのは、サーベイを増やすことではなく、サーベイを組織改善の仕組みとして再設計することである。
ここで改めて、従業員サーベイの本質に立ち返りたい。20年にわたりアンケート調査に携わってきた筆者から見ても、「サーベイ」や「アンケート」というのはデータの客観的な測定ではなく、答える者と答えさせる者との間の「コミュニケーション」であることを肌で感じ続けている。
特に従業員サーベイは、単なるアンケートではない。会社は、調査票を配った瞬間に、従業員に対してある暗黙の「約束」をしているに等しい。
・働く一人ひとりの声を聞くこと
・その声を、きちんと公正に扱うこと
・何らかの変化につなげること
この3つの暗黙の約束が、サーベイというコミュニケーションには自然と織り込まれている。だからこそ、従業員は時間を割いて回答する価値があると思えるのだ。
先ほどの典型的な課題群の「核心」は、この約束が果たされないということだ。
サーベイは、約束を果たせないと、「単に改善されなかった」では済まない。回答した側に、「やはり、この会社は聞くふりをしているだけだ」という不信頼感を蓄積していく。つまり、測れば測るほど、会社への信頼を削っていく。これが、普及期を終えたサーベイの最も厄介な副作用である。
従業員サーベイの典型的な課題を整理すると、多くは、「可視化の質」「対話の質」「実装の質」「関与の質」の領域に広がっている。処方箋の方向性は、典型課題ごとに整理できる。
例えば、「測りすぎ問題」に対しては、年に1回でよいのでサーベイの棚卸しが必要だ。社内で走っているサーベイの一覧を洗い出し、目的・対象・設問の重複を確認する。エンゲージメント、ストレス・チェック、マネジメント・サーベイ、職場アンケートなど、人事部は、その目的と聴取している内容を把握して精査したい。作業としては、調査票を並べてAIに分析させるだけの一瞬の作業だ。
「測れる人がいない問題」には、内製と外注の線引きを行いたい。人が足りない中で、すべてを内製化する必要はない。担当者には基本的な統計スキルのトレーニングを施し、高度な因果分析や設問設計は外注前提にする。社内に必要なのは分析者ではなく、「ベンダーと現場を翻訳できる人」である。役割を分けることで、人的リソース不足はアサイン不足ではなく、質の問題からも解ける。
その他の処方箋は、図表8にまとめた。これらの処方箋は、別々の打ち手のように見えて、根っこは1つである。サーベイを「測る制度」から「約束を果たす制度」に組み替えることだ。
筆者はすでに10年以上従業員サーベイを見続けているが、最も大きな問題は、これらの項目が「改善していっている」ように見えないことだ。「経年変化を追うために、質問やベンダーを変えない」ことが必要以上の「現状維持」を選ばせているようにも見える。
普及期を終えた今、企業に必要なのは、毎年の分析・活用・設計をトータルで少しでもより良いものにしていく、「サーベイ・ガバナンス」のような視点だ。同じような質問と、同じようなレポートで、同じような改善プランを出させ、それが振り返られもせずに放置される。それは、従業員から見れば現状維持にすらならず、サーベイの有効性を根元から腐らせるものだ。
従業員サーベイは、すでに「やるかどうか」を問う段階を終えた。問われているのは、その結果を会社がどう扱うかである。測ることそのものが目的化したサーベイに、従業員はついていくことをやめようとしている。
調査から見えたその要因は、前例踏襲と経年変化にとらわれ、「サーベイを改善する」プロセス自体が機能していないことにある。前提として、専門性の低い担当者が、「作業として回すもの」の領域を突破する必要がある。
サーベイは質問票ではなく、組織と従業員の数少ないコミュニケーションの場である。必要なのは、いま走っているサーベイに対して、「何のために測り、どう扱い、何を変えたのか」を、組織として説明できる状態をつくることである。
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