2026年現在、この10年でダイバーシティという言葉は、日本の企業社会にもすっかり定着した感がある。各社にはダイバーシティの担当部署が置かれ、少なくとも何らかの施策を実施する企業は大きく増えた。
しかしその一方で、その施策の「手応え」はというと、心許ない状況が続く。ビジネスの論理とは関係ないきれい事、余裕があったらやる事など、ダイバーシティ施策に対して現場の熱は高まっていない。片やアメリカではトランプ政権の下、反DEIの潮流が急激に盛り上がってきている。日本ではアメリカほどの大きなバックラッシュまでは見られていないものの、現在の施策のまま、人材の多様性の数値だけを追いかけても早晩行き詰まりそうだ。
本コラムでは、そうしたダイバーシティをめぐる議論と実務をアップデートするべく、「関係のダイバーシティ」という新しい切り口を提案する。パーソル総合研究所が実施した「組織のダイバーシティ(多様性)に関する定量調査」の結果も紹介しながら、ダイバーシティの新しいヒントを探ってきたい。
筆者はこれまで、女性活躍を中心としたダイバーシティ関連の数々の調査を行い、多くの企業で議論を繰り返してきた。
ここ数年、そうした場でじわじわと感じているのは、多様性やダイバーシティというものが醸し出す「きれい事感」に対して、あからさまな抵抗感を覚える層の存在である。ダイバーシティ推進を担う担当者自身が、どこか疲れた様子で語ることも少なくない。
ダイバーシティを巡る従業員の反応は両義的だ。「一般的な理念」としては広く支持されており、パーソル総合研究所の調査でも、「多様な人材が活躍する社会は望ましい」という回答は7割前後に達している。しかし同時に、「自分とは価値観の異なる同僚と働くことにストレスを感じる」という回答は半数を超えている。理念としては賛成だが、実際の職場では負担を感じるダイバーシティ「葛藤派」が約4割と、最も大きな層を占めていることが分かっている。
この状況は、都市政策などで知られるNIMBY(ニンビー)、すなわちNot In My Back Yard (我が家の裏庭にはお断り) の構図に似ている。社会としての多様性は歓迎されるが、自分の職場で価値観の異なる人と働くとなると戸惑いが生まれる。一般論としての「多様な人が輝く組織」は歓迎されるが、「自分の隣の席に座る多様性」は面倒なのである。
これまでのダイバーシティ議論は、主に2つの多様性に注目してきた。ひとつは性別や年齢、国籍などの「属性」の多様性であり、もうひとつは価値観や経験、専門性といった「深層」の多様性である※。
※
「深層のダイバーシティ」についてよく知られる論文としては、例えば以下がある。
Harrison, David A. et al. “Time, Teams, and Task Performance: Changing Effects of Surface- and Deep-Level Diversity on Group Functioning.” Academy of Management Journal, 45(5), 2002, pp.1029–1045.
van Knippenberg, Daan, and Michaéla C. Schippers. “Work Group Diversity.” Annual Review of Psychology, 58, 2007, pp.515–541.
Mohammed, Susan, and Linda C. Angell. “Surface- and Deep-Level Diversity in Workgroups: Examining the Moderating Effects of Team Orientation and Team Process on Relationship Conflict.” Journal of Organizational Behavior, 25(8), 2004, pp.1015–1039.
こうしたダイバーシティが組織のパフォーマンスを上昇させるのかは、研究によって大きく結果が異なっている。パーソル総合研究所の最新の調査結果では、興味深い傾向が見られた。属性のダイバーシティも価値観のダイバーシティも、先ほどのダイバーシティへの「葛藤」や「抵抗」を高める傾向が確認されたのである。特に価値観の多様性は、同質的な組織が多様化し始める段階で葛藤が大きく増える傾向が見られた。
その理由は単純である。過去の研究でもしばしば示されてきた通り、組織の多様性はコミュニケーションコストを上げ、葛藤を増やす。価値観が似ている人同士なら暗黙の了解で進む会話も、背景が異なる人同士では説明が必要になる。判断基準が揃わないため、意思決定にも時間がかかる。多様性は組織に新しい視点をもたらす一方で、理解の摩擦を生みやすい。
この状態が続けば、多様性が増すごとにダイバーシティは抵抗される。その先には、アメリカのような反動的トレンドすらも起こり得るかもしれない。では、何が突破口としてあるだろうか。ここでその突破口として提案したいのが、「関係のダイバーシティ」という視点である。
関係のダイバーシティとは、「組織にどのような種類の人がいるか」という多様性ではなく、組織の中で「人と人がどのようにつながっているか」という「つながりとつながり方」の多様性に注目する考え方である。今回の調査では、仕事の相談相手の数、相談相手同士のつながり、コミュニケーションの頻度、会話内容の豊かさといった要素から測定した。
どのような人がいるか以上に、その人たちがどのように関係を結び、どのように情報や経験を交換しているのか。つまりダイバーシティを「人」の問題として捉えるのではなく、「関係性」の構造として数値化し、捉え直す視座である。
こうした要素を測定して行った分析の結果では、これら4つの要素が高いほどダイバーシティへの抵抗感は低く、受容度は高いという傾向が確認された。結果的に、「属性」と「価値観」のダイバーシティとは逆に、ダイバーシティ葛藤群が少なくなっているという結果だ。
また成果とのひもづきも、既存のダイバーシティ指標よりも良好だった。関係のダイバーシティは、チームパフォーマンスとの関連でも、属性や価値観のダイバーシティよりも強い関係が見られ、イノベーション活動とより強くひもづき、働くことを通じて不幸せを感じている「はたらく不幸せ実感」を低下させる傾向も確認されている。もちろんこれらは一時点調査であり、強い因果関係を特定するものではないが、他のダイバーシティ指標よりも、成果指標との関連が総じて強いことは示唆的だ。
すでに学術的には人々のつながりの豊かさがさまざまな効能を生み出すことについては、ソーシャル・ネットワーク論や社会関係資本といった領野で膨大な研究がなされてきた。ダイバーシティの議論はこうした知見を取り込むことによってアップデートすることができる。多様性自体が成果を生むのではなく、そこで営まれる「関係」の多様性を高めてこそ、ダイバーシティは成果に変わる。このデータから示唆されるのは、これまでダイバーシティの議論で欠けがちであったこの端的な事実である。
さらに分析すると、「関係のダイバーシティ」が低い組織では、属性のダイバーシティ/価値観のダイバーシティがいくら高くてもはたらく幸せ実感とは紐づいていないが、「関係のダイバーシティ」が高い組織では、その2つの多様性が働くことを通じて幸せを感じている「はたらく幸せ実感」とひもづいていることも確認されている。ダイバーシティを本当に生かすためには、人数を数えるだけでは足りない。かといって、一般的にいわれる「関係性の質」や「信頼感」といった主観的でウェットな関係で語っても心許ない。より客観的かつ戦略的に、組織内のネットワークの在り方を設計することこそが肝要だと筆者は考える。
では、関係のダイバーシティはどのように高めればよいのか。本調査の示唆を実務の観点から整理すると、4つの方向性が見えてくる。
第1は「広げる」施策である。これはネットワークの「数を増やす」ことにあたる。例えばメンター制度や部署横断のプロジェクトなどを通じて、職場の相談相手を多様化させる。相談先が固定された組織では、視点も固定されやすい。閉じた関係性ではグループシンク(集団浅慮)などの問題も起こりやすいことはこれまでも指摘されてきた。
第2は「太くする」施策である。これはコミュニケーションの頻度を高めることである。上司と部下の1on1や定期的な情報共有会など、日常的な対話の機会を増やすことが関係の厚みを生む。
部長会議で孤立する女性部長や、外様のような立場で発言がうまくできない外国人役員・社外取締役などをいくら増やしたところで、「頭数」以上の意味は薄い。職場や議論の場における会話の回数は、組織を支えるシンプルな基礎になる。
第3は「かき混ぜる」施策である。これは、コミュニケーションの内容を広げることである。企業が行う横断的なコミュニケーション施策の多くは、「定例会議」や「情報共有会」などの、ビジネスライクなコミュニケーションにとどまりがちである。全員が何の感情も出さず、真顔のままでレポートを読み上げ合ったところで、内容の多様性があまりにも低い。
仕事の進捗だけではなく、経験や価値観を共有する機会を設けることで、関係は単なる業務連絡を超えたものになる。部活動や懇親会、勉強会などによって、コミュニケーション内容の「幅」を確保することで、喜怒哀楽を共有し、そのやり取りを「血の通った」ものにすることが重要だ。
第4は「つなげる」施策である。これは、ネットワークの先にいる、知り合い同士を橋渡しすることである。異なる部署や専門を持つ人同士が出会う機会を意図的に設計することで、ネットワークの断絶を防ぐ。「知り合いと知り合いが知り合っている状態」という三角関係の多さが組織にポジティブな影響を与えることは、矢野和男らによる『トリニティ組織:人が幸せになり、生産性が上がる「三角形の法則」』での実証研究でも示されたところである。そうした「密度」は、偶然ではなく設計によって生まれる。
ダイバーシティが形骸化してきた理由のひとつは、議論があまりにも理念的になりすぎたことである。多様性は良いものだという言葉は繰り返し語られてきたが、現場で生まれる摩擦やコミュニケーションコストには十分に向き合ってこなかった。ダイバーシティを語るとき、これまで私たちは「誰がいるか」を見てきた。確かに女性管理職比率や外国籍社員の割合を数えることは重要である。しかし、いくらヘッドカウントを数えて多様性を測っても、コミュニケーションが機能していなければ組織は変わらない。多様な人がいることと、多様な関係があることはまったく別の話なのである。
その視点をダイバーシティの議論に持ち込めるのが、「関係のダイバーシティ」というコンセプトの最大の認識利得である。
ここでダイバーシティの理念を改めて語り、屋上屋を架す必要はない。今の日本企業に必要なのは、教科書を書き換えるような机上の空論のアップデートというよりも、次の施策をどう実行するのかという実務的なアップデートである。
ダイバーシティの議論は、これまで主に「どのような人がいるか」という人材構成に注目してきた。もちろん、それは今後も重要である。しかし本コラムで見てきたように、多様な人がいることと、その多様性が組織の力に変わることは同じではない。属性や価値観の多様性が高まるほど、摩擦や葛藤も生まれやすいからだ。
だからこそ、これから必要なのは「誰がいるか」だけでなく、「人と人がどうつながっているか」を見る視点である。
本コラムで提案した「関係のダイバーシティ」は、ダイバーシティを理念的な空中戦から、より実務的な具体論へと引き戻すための視点でもある。人を増やすだけでなく、広げる、太くする、かき混ぜる、つなげる。「仲の良さ」などではなく、ドライな視点を維持したまま関係性を設計する。そのことによって、多様性は初めて成果に変わると筆者は考えている。
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