地域における人材不足は、住民の健康を支える医療現場で深刻化している。これまで、地域の医療は主に地元の専門学校などの卒業生が支えてきたが、近年は養成校の定員割れも報じられている※1。こうした状況も相まって、将来的な担い手不足が懸念される。これは、地域医療の持続可能性を脅かす「静かなる危機」ともいえるだろう。
※1
全国でも定員割れを背景に看護系養成校の募集停止・閉校が相次ぎ、北海道・浦河赤十字(2028年閉校)、新潟・佐渡(2027年度末閉校予定)、京都・舞鶴医療センター附属(2027年閉校)などが発表されている。
担い手不足の背景には、医療を志す若者そのものの減少という根本的な課題がある※2。また、志す時期は職種によって異なるため、働きかけの設計も職種別に最適化する必要がある。では、医療人材はどのような時期に「医療従事者になりたい」と思ったのか。
※2
看護系入学者は2018年度の約6.7万人から2023年度は約6.0万人へと減少。5年連続減。
パーソル総合研究所が実施した「医療従事者の職業生活に関する定量調査」では、その「志望の芽」が生まれる時期に職種ごとの明確な傾向が確認できた。看護・リハビリテーション職などの「臨床系」は「中・高学生期の早期志望」が中心で、医療事務は「大学・社会人期のキャリアチェンジ」が主流であった。この違いを理解することは、今後の人材確保を考える上で極めて重要である。
本コラムでは、調査結果から職種別の特徴を整理し、地域が直面する課題を踏まえつつ、医療機関や教育機関が今から取り組むべき点を検討する。
調査で「医療従事者になりたい・なろうと思い始めた時期」を尋ねたところ、志望時期のピークは大きく2つに分かれた(図表1)。
第1のピークは「中学生・高校生の時期」で、専門資格を要する職種に顕著である。看護師群では、中学・高校生時代に志望した割合が約6割(58.6%)に上る。リハビリテーション職群・その他医療職群ではさらに強く、7割以上(71.3%、74.3%)に達する。これら「臨床系」の職種は、資格取得に専門教育が必須なため、早期に進路を決定する「早期志望型」といえる。
第2のピークは「短大生・大学生の時期」以降で、医療事務職群に典型的である。最も割合が高いのは「短大生・大学生の時期」(21.4%)で、次いで「大学院生・社会人になった後」(16.4%)と続く。臨床系と比べれば、大学・社会人期の後発志望が多いことが特徴である。
このように、志望のタイミングは職種で大きく異なる。ここが人材確保戦略の出発点である。
では、なぜ志望時期に違いが生まれるのか。その背景には、各職種における職業観の形成プロセスがある。
理想の医療従事者像を持つ人に、その形成に影響を与えた対象を尋ねると(図表2)、「早期志望型」の看護師群、リハビリテーション職群、その他医療職群では、「医療ドラマ・映画」「実習中の指導者」「子どもの頃に出会った医療従事者」など、教育段階で触れ得る機会の影響が相対的に高い。
つまり、これら「臨床系」の職種では、学校や地域での体験、メディアとの接触を通じて、比較的早期に「憧れ」、「進路決定」、「理想像の形成」が同時並行で進むことが分かる。したがって、中学・高校段階での接点を作ることが人材確保に効果的だろう。
一方、「キャリアチェンジ型」の医療事務職は「同僚・後輩」「友人・知人」など、社会人期の人間関係からの影響が相対的に強い。これは、就業後に他職種の姿勢や協働を通じて理想像を学ぶ傾向を示しており、キャリア転換後に「医療職としての在り方」を形成していく特徴がある。
このように、早期に志望しやすい職種ほど教育現場・地域の接点が理想形成の契機となる。そのため、学校教育や地域での医療職との接触機会を増やすことが重要である。
志望時期の違いを踏まえると、「早期志望型」の「臨床系」において主たる供給源である地域の専門学校の入学者減少は、人材不足の深刻化を意味する。地域医療の担い手が縮むという点で、構造的な危機である。
入学者減少の背景としては、①少子化と大学志向の強まり、②都市部志向と地元離れ、③SNSなどで可視化された労働環境リスクやバーンアウトへの懸念※3、④臨地実習の負荷など、複合要因が挙げられる。
※3
取材「コロナ現場で過酷な労働環境や精神的なストレスを強いられた医療従事者や保健所職員――周囲からの差別・偏見を感じるケースも」(2021年12月)。ビジネス・レーバー・トレンド, 14–17。https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2021/12/014-017.pdf
日本看護協会 (2023年2月22日)。新型コロナウイルス感染症対応に関する看護職の現状と課題(第117回 新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード提出資料・資料4-3)。https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001062647.pdf
入学者が減れば、教育機関の財務は脆弱化し、実習先の確保や教員配置にも影響が出る。やがて募集停止・閉校に至れば、地域内の実習機会と地縁採用が減少し、負のスパイラルに陥りやすい。地域の医療機関は、もはや「新卒者を待つだけ」の採用ではこの問題を回避できない。
特に地域では、若年層の流出が続く中で、教育機関・医療機関・自治体が一体となって医療従事者への入口を増やす設計に踏み出す必要がある。
この構造的な課題に対し、医療機関、教育機関はどのように向き合うべきか。求められるのは、「待つ」姿勢から、未来の担い手を地域で「見つけ、育てる」という能動的な姿勢への転換である。そのための具体的な方策は、調査結果が示す次の二軸で考えることができる。
第1に、「早期接点の強化」である。「臨床系」の志望は中高期に芽が出やすい。地域の学校と計画的に接点を設計することが有効である。
例えば、日本看護協会が2004年から全国で展開する「看護の出前授業」※4では、現役の看護職が学校を訪問し、職業体験や講話を通じて医療現場のやりがいを伝えている。
また、奈良県ナースセンターも同様に学校訪問型授業を継続しており※5、地域単位で「医療職を身近に感じる」仕組みが広がりつつある。
※4
日本看護協会. みんなで話そう―看護の出前授業. 看護職を目指す皆さまへ:都道府県別の行事. 2025年10月23日取得, https://www.nurse.or.jp/aim/simin/zenkoku/index.html
※5
公益社団法人 奈良県看護協会 奈良県ナースセンター(2025). 2024年度「看護の出前授業」報告. https://www.nara-kango.or.jp/pdf/2024nc-demae.pdf
こうした取り組みを参考に、地域の学校と連携し、単なる施設見学に終わらない実践的な職業体験プログラムを共同開発することが効果的だ。若手職員が自身の言葉で仕事のやりがいや苦労、キャリアパスを語る場は、生徒たちの心に強く響くだろう。
また、情報発信の質的転換も必要だ。「やりがい」や「感謝」といった情緒的な魅力だけでなく、給与水準、福利厚生、多様なキャリアパス、ワークライフバランスの実現例といった現実的かつ具体的な情報を積極的に開示する。これにより、生徒だけでなく、進路決定に大きな影響力を持つ保護者の不安を払拭し、理解を促すことができる。
さらに、地域一体での取り組みも効果が見込める。各医療機関だけでなく、医師会や看護協会、自治体が連携し、地域全体で医療職の魅力を発信する合同イベントやウェブサイトを運営することも有効だ。
第2に、「多様な入口の整備」である。大学・社会人期に志望する層や離職復帰層を取り込むことが必要だ。
「キャリアチェンジ型」の医療事務職のように、大学以降や社会人になってから医療業界を目指す層は、潜在的な人材の宝庫である。彼らがスムーズに業界に参入し、定着・活躍できる環境を整えることが急務だ。
例えば、厚生労働省が実施する「求職者支援訓練」※6は、未経験者向けの職業訓練を無料で提供し、一定要件を満たせば月10万円の生活支援給付金も受けられる。
※6
厚生労働省.就職につながる「医療事務分野の職業訓練(求職者支援訓練)」を受講しませんか. 2025年10月23日取得, https://www.mhlw.go.jp/content/000875081.pdf
さらに、「専門実践教育訓練給付制度」※7では、看護師養成課程など指定講座の受講費の50〜70%が給付対象となり、社会人のキャリアチェンジを後押ししている。
※7
厚生労働省.専門実践教育訓練給付制度のご案内. 2025年10月23日取得, https://www.mhlw.go.jp/content/11804000/001285790.pdf
また、全国のナースセンターが実施する再就業支援研修・相談※8は、出産や子育てで離職した看護師の復職を支援する代表的な取り組みである。
※8
厚生労働省.ブランクを経て働く ― 看護職のキャリアと働き方支援サイト. 2025年10月23日取得, https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/nurse/event/pg-blank.html
これらの他にも、柔軟な働き方やリカレント教育の充実も重要だ。若年層の就業意識が変化する中、短時間正職員制度、夜勤なし勤務、社会人大学院への進学支援など、働き方と学び方の両面から「医療人としてのキャリアを続けられる職場づくり」が求められる。
パーソル総合研究所が実施した「医療従事者の職業生活に関する定量調査」は、医療従事者を志す時期が職種によって明確に異なる事実を可視化した。これは、画一的な人材確保策の限界を示している。
中学・高校生の時期に看護・リハビリテーション職などの臨床系に夢を抱く「早期志望型」には、地域社会で医療の魅力に触れる機会を創出する必要がある。一方、医療事務など社会人期に関心が生まれる「キャリアチェンジ型」には、多様な価値観に対応した入口の整備が欠かせない。
地域の専門学校における入学者減は、私たちが直面する課題の深刻さを告げる警鐘である。もはや人材は「待つ時代」ではない。病院・クリニック・教育機関が連携し、地域で発掘し、育て、惹きつけるための戦略を実行できるか。医療従事者を志す貴重な瞬間を捉え、確かなキャリアへつなぐ支援を積み重ねられるか。それが、10年後の地域医療の持続可能性を左右するのではないだろうか。
本コラムが、地域の医療人材確保に向けた実践の一助になれば幸いである。
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