採用難や若手の早期離職が常態化する今、次世代の担い手には「働くこと」に対して希望を抱き、前向きな姿勢を育んでもらいたいと願う経営者や人事関係者は多いことだろう。本コラムでは、パーソル総合研究所が学生及び就業者を対象に実施した「はたらく人のウェルビーイング実態調査2025」を基に、現在の学生の「はたらく」イメージを読み解きつつ、親(現役就業者)のウェルビーイングが、次世代の担い手となる子どもの労働観に与え得る影響と介入の観点を示す。
本コラムでは、未就業の学生に焦点をあてる。現時点で学生は、「はたらく事」をどのように捉えているのだろうか。はたらく事のイメージを確認するため、学生1,041名(中学生を除く主に高校・大学生 15~25歳男女/アルバイト等の就業の有無は問わない)を対象に、はたらく事に関連すると考えられる複数のワードを提示して選択する形式で回答を求めた(複数回答可)。また、あわせて就業者5,000名(20–60代、性別・年代均等割付)にも同様に回答を求めた。
その結果、学生・就業者共に「自由に使えるお金」「生活の糧」「趣味や欲しいもののため」など経済的側面のワードが上位を占めた(図表1)。若年層が経済的安定を優先的に志向するのはごく自然である一方、学生は「自由に使える」「趣味や欲しいもの」というワードがより上位にあがるのは、親の扶養から離れて自立し、裁量ある支出を確保したいという経済的自由を志向する表れがうかがえる。さらに、内閣府の時系列データ※1では、「働く目的=お金」とする回答が近年上昇している(2013年48.9%→2023年64.5%)。物価上昇や将来の不確実性の高まりなどを背景に、生活防衛的な姿勢が強まっている可能性は否めない。
※1
内閣府(2024)「国民生活に関する世論調査(令和5年11月調査)」
また、学生は「忙しい」というワードも多く選択し2番目にあがった。就業により自由な時間が制約されるという回避的な志向の表れとも解釈できるが、就業とは一定の忙しさを伴うものだという期待(負荷の想定)とも解釈できる。近年、ゆるい職場では成長が実感できないといって離職に至るケースも報告されるが、重要なのは就業前の期待と実際(業務負荷)のミスマッチである。期待よりゆるい/きつい、いずれのミスマッチもワーク・エンゲイジメント(仕事の活力・熱意・没頭)や組織定着には不利に働きかねない。
さらに、学生の回答では「成長」「人との出会い・関わり合い」といったポジティブな項目も7割弱が選択し上位にあがった。これらの事から、学生にとってはたらく事は「経済的側面」+「成長・やりがい」の二大関心領域だという事が確認できる。
近年、産業組織においても「ウェルビーイング(より良くある状態)」という概念が普及し、従業員のウェルビーイング向上を推進する組織が増えている。はたらく事を通じたウェルビーイングとは、健康・成長・貢献・承認・自己決定・主観的幸福感などの肯定的側面に加え、過度のストレスや燃え尽き、心理的苦痛の低さなどを含む多面的な概念である。本コラムでは説明の焦点を明瞭にするため、主観的幸福感を中心に扱う。
先述の学生(1,041名)に対し、自身の親の働き方についてどのように見ているかを聞いた。結果、36.2%の学生は親のはたらく姿が「幸せそうだ」と感じていた。一方で、23.3%の学生は「幸せそうではない」と感じていた。
そして、親のはたらく姿が「幸せそうだ」と回答した学生ほど、はたらく事に対して「成長」「やりがい」「面白い」「幸せ」といったポジティブなワードを想起する傾向が確認された。逆に、親が幸せそうに見えない学生は、同語の想起が明らかに弱まり、ネガティブなワードを多く想起した。両群を比較すると、項目により最大で+35.2ポイントの差が見られた(図表2)。
結果は相関であって因果を断定するものではないが、身近に観察可能なはたらく人のロールモデルとして、親のウェルビーイング(はたらく姿)が子どもの労働観形成に実質的な影響を与えていることを示唆する所見と考えられる。
では、いかにして親のウェルビーイング(はたらく姿)は子どもに伝播するのか。伝播する経路は1.「家庭に持ち込まれる親の感情」、2.「日々観察される親の行動」、3.「将来への期待形成」の大きく3つの観点で説明できる。
職場での感情・体験が家庭に流入し(またはその逆も)、本人のみならず配偶者のウェルビーイングに波及することが示されている(Rodríguez-Muñoz et al., 2013 ※3)。本コラムの関心から親子関係に援用すれば、仕事で満たされ、健康で、一定の余裕を保てている親は、家庭でも穏やかで子どもや配偶者らに対しても肯定的なコミュニケーションを生みやすい。日々の何気ない会話に、「仕事の意味づけ」(「きついがやりがいを感じる」など)が自然に混じり、子どもは《仕事=苦役》ではなく《仕事=価値や喜びの源泉にもなる行為》として学習しやすくなる。
※2
Bakker, A. B., Westman, M., & Van Emmerik, I. J. H. (2009). Advancements in crossover theory. Journal of Managerial Psychology, 24(3), 206–219. https://doi.org/10.1108/02683940910939304
※3
Rodríguez-Muñoz, A., Sanz-Vergel, A. I., Demerouti, E., & Bakker, A. B. (2014). Engaged at work and happy at home: A diary study on positive spillover. Journal of Happiness Studies, 15(2), 271–283.
社会化とは、他者との相互作用の中で価値観や規範、行動様式などを身につけていく過程である。子どもは、最も身近な家族との日常のやり取りを通じてそれらを自然に学習する。とりわけ社会的学習(観察学習)により、親が誇りを持っていきいきとはたらく姿、困難に対処する姿、休息も大事にする姿などが繰り返し観察されるほど、それらは《標準的な働き方の手本》として学習される。
※4
Nabavi, R. T., & Bijandi, M. S. (2012). Bandura’s social learning theory & social cognitive learning theory: A literature review. ResearchGate. https://www.researchgate.net/publication/267750204_Bandura%27s_Social_Learning_Theory_Social_Cognitive_Learning_Theory
親の口癖や表情はシグナルであり、「はたらけば何が得られるのか(逆に何を失うのか)」という将来への期待に影響する。疲弊や不満ばかりを語られれば、冷笑的な姿勢が強化され、挑戦行動や学習投資が抑制されかねない。逆に、苦労を語る際にも工夫や学びを添えて語られれば、「努力は報われる」という希望が育ちやすい※5。
※5
Reed W. Larson & David M. Almeida, Journal of Marriage and Family, 1999
このように、親のウェルビーイングは、「家庭に持ち込まれる親の感情(スピルオーバー/クロスオーバー)」「日々観察される親の行動様式(社会化・観察学習)」「将来への期待値形成(シグナル効果)」の3つの経路を通じて、子の労働観を方向づけ得る。
では、先述した伝播経路の観点から、ウェルビーイング向上に向けて組織として従業員にできること、はたらく個人としてできることは何か。それぞれに有効と考えられるポイントを紹介したい。
まず、組織として従業員にできる施策の着眼点は「経営者や幹部、職場の管理職のウェルビーイングを戦略的に高める」「家庭での喜びの言語化を促す」「休み方への組織的な配慮」の3点である。
1. 経営者や幹部、職場の管理職のウェルビーイングを戦略的に高める
経営者や上司の状態はチームの環境資源であり、上席者の不安や疲弊状態は経時的に部下のウェルビーイングを低下させる(Li et al., 2016) 。結果、従業員を通じて家庭に持ち込まれる感情も重くなる。従業員への影響が強い上席者(管理職)のウェルビーイングに配慮することが肝要だ。
2. 家庭での喜びの言語化を促す
感謝・貢献・成長に関わる出来事を日常的に伝えあう仕組みや文化は、家庭での会話にも肯定的な話題を供給する。すれ違いざまにさりげない感謝を口にする組織風土の醸成や、従業員が持ち帰って家族と話題にしやすい「表彰・褒章」の設計など、従業員の肩越しに家族の姿を見据えた工夫を考えたい。
3. 休み方への組織的な配慮
休日や休憩など、仕事から一時期に離れ、リフレッシュすることは心理的な余裕を生む。忙しい時や気分が乗っている時には時間を忘れて集中でき、休めるときには柔軟に休める体制整備など、真の働き方(休み方)改革をうまくマネジメントしたい。
次に、はたらく個人自身がウェルビーイング向上に向けて意識し、対処可能なポイントを4つ紹介したい。「仕事の意味づけを家庭で言葉にする」「苦労話は対処の工夫を添える」「上手な休み方(リカバリー体験の4要素)の習慣化」「子どもと仕事に関わる小さな体験を共有する」である。
1. 仕事の意味づけを家庭で言葉にする
「今日はこんな事を学んだ」「こんな役に立てた気がする」など、良い出来事を他者に伝える事は日々の幸福感・関係満足を高める(Gable ほか, 2004/Conway ほか, 2017)。
2. 苦労話には対処の工夫を添える
「辛かったが、こう乗り切った」「忙しいけど、終わったら〇〇しよう」など、対処や学びを必ず1つ添えることで、ネガティブな「持ち込み」を緩和し、自己効力感や希望を共有することにつながる。
3. 上手な休み方(リカバリー体験の4要素)の習慣化
以下4つのポイントを押さえておくと、疲労の持ち越しを抑え、翌日の英気が養える。(Sonnentag&Fritz,2007)
① 心理的距離:PCや電話の通知をOFFにするなど、仕事のことを考えない時間をつくる。
② リラックス:呼吸やストレッチ、入浴など意図的に心身を弛緩させる。
③ 熟達:趣味や自己啓発など成長を感じられる活動を行う。
④コントロール:休み時間や内容を自分で決める。
4. 子どもと仕事に関わる小さな体験を共有する
職場の行事やものづくりの工程、出張先での出来事など、子どもが思い描ける体験を楽しそうに語る親からは、仕事への誇りや学ぶ姿を観察できる。
これらは心理学や家庭教育の知見の一部に過ぎないが、同時に親自身(従業員)のウェルビーイングを支えるセルフケアでもある点を申し述べておきたい。
・学生が抱く「はたらく事」のイメージは「経済的側面」と「成長・やりがい」
学生が抱く「はたらく事」のイメージは賃金への納得感に加え、成長・やりがいの充足が重要。あわせて「就業には一定の忙しさ(負荷)がある」という期待(負荷の想定)も示唆された。ゆえに、採用前の職務実態や業務負荷の見通し共有は早期離職防止の要諦となる。
・親のウェルビーイングは子どもの労働観に影響し得る
親のウェルビーイング(はたらく姿)が子どもの労働観形成に実質的な影響を与えていることが分かった。もちろん、子どもの労働観は、学校教育、友人関係、メディア環境、地域社会など多元的要因で形成される。それでも、家庭という最も身近で日々触れる、いきいきとはたらく親の背中の質を高めることは、子どもの基礎的な労働観を健全に整える有効な手立てである。
・ウェルビーイング推進活動は、次世代への社会的投資
従業員のウェルビーイング向上は、従来の福利厚生を超えてパフォーマンス向上や離職防止、採用ブランディングに資する。さらに大局的には、従業員(親)の肩越しに次世代の働き手を見据える社会的投資である。
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