多くの人は「OJT」と聞くと、「新人に仕事を覚えさせる・教えるための取り組み」をイメージするだろう。新人を現場に早く馴染ませ、既存のやり方を身につけさせる――、そうした役割を担うことがOJTの中心的機能として当たり前とされてきた。だが、本当にそれだけだろうか。
実際には、OJTは新人だけでなく、教える側にとっても大きな学びの機会に(すでに)なっている。人に教える過程で、自らの知識を棚卸し、業務を客観的に見直し、改善のヒントを得ることができる。新人の問いや視点は、時に組織の当たり前を揺さぶり、変化のきっかけをもたらすものだ。
本コラムでは、この「教えることによって学ぶ」というOJTのもうひとつの本質に光を当て、指導側のマインドセットや組織戦略を再考し、OJTを双方向の学びと成長の場として再設計する可能性を論じていきたい。
一度、指導する側に立ってみれば、教えるという行為によって自分が学ぶことが多いことは、多くの人が否定しない事実だろう。キャリアにとって「一人前」になるきっかけや通過儀礼としても、「仕事を後輩や部下に教える」という経験は大きなターニングポイントになる。
実際、パーソル総合研究所が実施した「OJTに関する定量調査」では、例えば、「業務を客観的に見ることができた」「業務の改善ポイントに気が付いた」「自分のスキルや知識を棚卸しできた」などの経験率は、4割を超える。教えることによって、教える側自身の成長につなげている人は、今でも一定程度存在している。
中途でも新卒採用でも新人は、自社・職場の当たり前に染まっていない視点を持っているからこそ、改善のための「気づき」や「違和感」も持つことができる。そうした組織と場の「越境者」からの学びの機会としてOJTを捉え直せば、それはそのまま組織の変化適応力をアップデートする絶好の機会と捉えることができる。
同調査からは、こうした「教えることによる学び」の効果は、教える側の指導にあたる者の考え方や姿勢、マインドセットによって大きく左右されることも分かっている。タイプ分けするクラスター分析という手法を用いた結果、OJTで指導側の典型的なマインドセットは3つに大分することができた。
その3つのうち、「1.学び合い」タイプは、教えることによって学ぶことや新人との学び合いを重視するタイプ。「2.馴染ませ」タイプは、自社や自組織へ早く馴染むことを優先するタイプ。「3.矯正」タイプは、新人のやり方を自分・自社のものに矯正することを優先するタイプだ。
この3タイプ別に指導するときの意識の差を見ると、その違いは一目瞭然であった。
「1.学び合い」タイプは、「自分が知識やスキルを学びたい」「新人と共にベストな仕事のやり方を模索したい」「人に教えることは自分のスキル棚卸しとして有効」と考えている割合が他の2タイプと比べて圧倒的に高い。
「2.馴染ませ」タイプが突出しているのは、「自社のやり方に早く馴染んでほしい」「自社の社内事情を早く理解してほしい」「自組織の人と早く仲良くなってほしい」といった、伝統的な組織的社会化を促そうとする思考である。新人を既存のやり方に早期適応させることを最優先するスタイルであり、即戦力化は見込めるが、多様な視点や新たな発想が抑制されやすい。
「3.矯正」タイプは、「自社の仕事のノウハウを早く身につけてほしい」「自分のやり方を見習ってほしい」「新人の自己流のやり方を早く矯正したい」と、自組織のやり方を正解として疑わず、それを教え込むことを指導において重点を置いていることが分かる。特定の手法を忠実に覚えさせることに重点を置くスタイルであり、スキル伝承は確実だが、属人化のリスクが高く、柔軟性に欠けやすい思考だ。
指導側がのマインドセットのどのタイプかによって、同じOJTでもまったく異なる経験となる。図表4を見れば、「1.学び合い」タイプだけが、スキルの棚卸しや視野の拡大、新しいトレンドやテクノロジー理解など、幅広い学びの機会としてOJTを活用できている。一方で、「2.馴染ませ」タイプも「3.矯正」タイプも、それらの学び行動が圧倒的に低く、OJTにおいて変化や学びを得られていない。
先ほどの図表2の円グラフで見た通り、実際の指導者をタイプ分けすれば、「2.馴染ませ」タイプと「3.矯正」タイプで6割以上を占める。やはり多くの人は、「指導者優位」でOJTを捉えるマインドに染まっている。さらに、こうしたマインドセットが人事・経営側にも染み入っていれば、企業からのOJTへの支援もまた「指導者側」に偏り続けるだろう。ちなみに、性年代別に分析すると、「学び合い」タイプは女性に多く、男性は相対的に「馴染ませ」「矯正」タイプが多いことも分かっている。
すでに述べたように、従来型のOJTは、「いかに早く新人を現場に馴染ませるか」に重点を置きがちであった。しかし、適応のみに注力すると、古いやり方に疑問を抱かず、仕事のやり方が温存され続け、現場が硬直してくるという弊害を生む。こうしたいわゆる「大企業病」のような経営リスクは、OJTを通じて再生産され続ける。
経営学では、新しい知識を取り込み、活用していく組織の力のことを「組織の吸収能力Absorptive Capability」と呼ぶ※。OJTを「うまく教える場」「うまく馴染ませる場」ではなく、「学び合う場」として再設計することは、労働市場の流動性が低い日本企業にとって貴重な吸収能力の向上機会としてOJTを捉えるということだ。そしてそのためには、先ほどのような「どう教えるか」の前に、「どのような構えを持っているか」というマインドセットが決定的に重要なのである。
※
Cohen, Wesley M., and Daniel A. Levinthal. “Absorptive capacity: A new perspective on learning and innovation.” Administrative science quarterly 35.1 (1990): 128-152.
こうした 「学び合いのマインドセット」を組織に広げることはどのようにできるだろうか。
すでにメンター研修やマネジメント研修を通じて「指導方法」についてトレーニングを実施している企業は多い。そうした組織では、その内容をチューニングすることができるだろう。
他にも例えば、現在、資生堂などの一部企業ではリバース・メンタリング制度の導入が少しずつ広がっている。リバース・メンタリングとは、通常のメンタリング関係を逆にして、年齢や経験の浅い若手社員が、より上位の役職者や年長者に対してメンター役を担い、知識やスキル、価値観を共有するものだ。
また、あるデータサイエンス企業では、中途入社した社員を対象に、入社後3カ月のタイミングで自社の良いところと悪いところ・改善案の3点について、役員と人事部長にプレゼンテーションをする機会を作っている。CXOはその場で提案の可否判断を行うことで、ただの「意見を聞く場」ではなく「改善の意思決定の場」にしているそうだ。まさに「学び合い」の精神に溢れた取り組みとして記しておきい。
変化の速度が速い時代において、OJTは、すでに単なる新人育成のための手段ではない。教えることを通じて教える側自身が変わり、現場が進化し、組織が未来へ向かって進んでいく。その「学び直し」の機会としてOJTを捉え直すことこそ、これからの組織に求められる発想だと筆者は考えている。
逆にいえば、放置され現場任せにされたOJTは、現場での新人育成が難しくなっていることに加えて、「やればやるほど組織を硬直させる」営みになりかねない。教えることが、「古いやり方を押し付ける」ことではなく、自らを見つめ直し、現場を問い直し、組織を進化させる一歩となる。新たな参入者とともに学び合い、変わり合うことを奨励する組織のスタンスがOJTの場には投影されていく。
THEME
CONTACT US
こちらのフォームからお問い合わせいただけます
{{params.not_modal_movie| }}
{{params.modal_movie| }}