加速する人口減少と少子高齢化を背景に、日本の未来像をめぐる議論は新たな局面を迎えている。もはや、地方の活性化は単なる個別地域の課題ではなく、日本社会全体の持続可能性を左右する重点課題であることは論をまたない。
2014年の「まち・ひと・しごと創生法」の施行以来、官民は一体となり地方創生に取り組んできたが、社会の不可逆的な構造変化が明らかとなった今、私たちはこれまでとは異なる新たな羅針盤を必要としている。こうした問題意識の下、パーソル総合研究所は、2025年9月11日に全国47都道府県の「はたらく」の実態を多角的に分析・類型化した「ニッポンのはたらく地図2025レポート」を公表した。本コラムでは、このレポートが持つ意味について解説していきたい。
はじめに、2014年から約10年の地方創生の歩みを整理しておきたい。2014年は、元総務大臣の増田寛也氏が座長を務める日本創成会議が「2040年までに全国896の自治体が消滅する可能性がある」という衝撃的な発表を行った年である。この「増田レポート」は社会に強い危機感を醸成し、同年の「まち・ひと・しごと創生法」制定へとつながった。
こうして始まった第一期の地方創生は、その根底に「人口減少」という抗い難い大きな流れに立ち向かい、これを「克服」しようとする思想があった。東京一極集中を是正し、地方の人口をいかに維持・増加させるか――。そのための施策として、Uターン・Iターン移住の促進、都市住民が多様な形で地方と関わる「関係人口」の創出、子育て支援の拡充による出生率の向上などが全国で展開された。各自治体は知恵を絞り、移住者への手厚い支援や独自のPR戦略を競い合った。
これらの取り組みが、各地域で一定の成果を上げ、地方への関心を高めたことは確かだろう。しかし、巨視的に見れば、東京圏への人口流入の潮流を覆し、日本の総人口減少の趨勢(すうせい)を反転させるまでには至らなかった。働く場の魅力や産業構造の変革といった根本的な課題へのアプローチが十分でないまま、人口という「量」の維持・回復を追い求めることの限界が徐々に明らかになっていったのである。
そして今、地方創生は転換点を迎えている。人口減少はもはや「克服」すべき一時的な課題ではなく、向き合い「適応」していくべき社会の前提条件、という認識が広く共有されるようになったのだ。これは、単なる政策の微調整ではなく、地域の「豊かさ」そのものの定義を問い直す、根本的なパラダイムシフトを意味する。
上記を背景に、政府も「地方創生2.0」を掲げ、人口減少を前提とした持続可能な経済社会の再設計へと舵を切った。「人口減少・適応」時代の豊かさとは、地域の総人口や経済規模(GDP)といった「量」の拡大を絶対目標とするものではない。むしろ、人口が緩やかに減少する中でも、住民一人ひとりの生産性や所得、そして幸福度(Well-being)といった「質」を高めていくことに主眼が置かれる。
例えば、100人の移住者を新たに迎えることと、今いる1,000人の住民がデジタル技術の活用によって生産性を2割向上させること。従来は前者が評価されたが、今後は後者の持つ持続的な価値が重視されるだろう。これは、地域資本を「頭数」で測るのではなく、地域に住む人々のスキルや健康、幸福といった「地域全体の豊かさ」の総和で捉え直す考え方ともいえるのではないだろうか。
したがって、これからの地方創生で問われるのは、「いかに人を増やすか」だけでなく、「今いる人々が、いかに心身ともに健康で、創造性を発揮し、幸せに働き続けられる社会を構築するか」といった問いになる。そのためには、経済指標だけでは見えてこない、地域の「はたらく」に関する多角的な実態を可視化し、客観的に評価するためのモノサシが不可欠となるのだ。
「人口減少・適応」という新たな航路を進むためには、これまで使ってきた経済規模や人口増減といったデータだけでは不十分である。地域の「はたらく」における質的側面を客観的に捉える、新たな羅針盤が求められる。「ニッポンのはたらく地図2025レポート」で公表した地域の「はたらく」を可視化する9つのオリジナル指標は、まさにこの羅針盤として機能することを目指したものである。
われわれは、地域の「はたらく」を多角的に捉えるため、「労働市場」「多様性」「働き方」という観点から、計9つの指標を設計した(図表1)。
なお、これらの指標は、単一のデータに依存するものではない。公的な統計データと、パーソル総合研究所が独自に行った調査「都道府県別 働き方と就業意識調査2025」※1のデータを組み合わせて設計している。例えば、「労働力充足」指標では、地域における労働力不足の現状(勤務先の人手不足実感、有効求人倍率)や、未来の労働力不足リスク(勤務先の継続勤務意向、居住地の継続定住意向、など)に関する計5項目のデータで構成される。「女性活躍」指標の場合、女性の働き方(労働力率、非正規雇用率、管理職比率、など)や企業の女性活躍推進に関する計5項目のデータを用いている。
こうしたプロセスを経て設計した9つの指標、いわば新たな《レンズ》を通して地域を見ることで、これまで一枚岩に見えていた課題を多角的に分解し、より的確な次の一手を考えるための土台が整うのだ。
※1
総務省「国勢調査」の最新データ(2020年)に基づき、47都道府県ごとに性別・年代別、業種別の構成比に応じた割付を行った。そのため、本調査のデータは、各都道府県で実際に働く人々の姿を統計的に反映した、信頼性の高い「縮図」であると考えている。詳細は報告書140ページ以降を参照されたい。
では、実際に、9つの指標の傾向について見ていこう。図表2は、今回設計した「はたらく」に関わる9指標における都道府県ランキングの結果だ。まず目を引くのは、首都・東京の突出した強さと、その裏にある歪な構造である。東京は、「人材マッチング」「生産性」「女性活躍」「外国人活躍」「はたらく柔軟性」の5つの指標で全国1位を獲得しており、労働市場のダイナミズムや制度の先進性において他を圧倒している。その一方で、「シニア活躍」や「はたらく幸福」では上位に名を連ねていない。これは、東京が極めて高い価値創造を行う強力なエンジンであると同時に、その中で誰もが幸福を実感できるわけではない「選別的」な環境であることを示唆している。
その対極にあるのが、「はたらく幸福」「はたらく健康」で2冠を獲得する福井県だ。福井県は労働市場や多様性の指標ではトップクラスではない。しかし、働く人の幸福感や心身の健康といった、個人の内面的な充足度において極めて高い水準にある。これは、経済的な効率性や規模の拡大とは別の軸に、豊かな「はたらく」の形が存在することを示す好例であろう。
そして、ランキング全体を俯瞰して最も重要なことは、いかなる都道府県も、すべての指標で高い順位を占めることはないという事実である。「シニア活躍」では山梨県や鹿児島県が、「労働力充足」では神奈川県が強みを見せるなど、それぞれの地域が異なる強みや課題を抱えている。この結果は、しばしば地域を単純な優劣で並べてしまうと批判される都道府県ランキングの、本来あるべき見方を示唆する。重要なのは「どの地域が一番か」という問いではなく、「それぞれの地域が持つ独自の強み・弱みは何か」を理解することである。
47都道府県がそれぞれ異なる個性を持つことは、ランキングが示す通りだ。しかし、一見バラバラに見える個性も、いくつかの「共通の性質」で括り出すことができる。人間の性格をいくつかのタイプに分類することで、その人の行動原理や思考のクセが見えてくるように、都道府県の「はたらく」の性質を分類することで、より深い構造的課題が浮かび上がってくるのだ。
「はたらく」に関わる9つの指標を基に、47都道府県の構造を分析した結果、日本は8つのエリアタイプに分類できることが分かった(図表3)。なお、各エリア名は、そのグループを構成する県の産業構造や人口規模といった、基礎情報に関する共通点を基に命名している。
では、これらの8つのエリアは、それぞれどのような構造的課題を抱えているのだろうか。私たちは、各エリアを構成する都道府県が9つの指標でどのような順位傾向にあるかを詳細に分析し、そこから浮かび上がる課題を言語化した(図表4)。
分析の結果、例えば「過疎・高齢エリア」では、「空洞的労働市場」といえる人材と働き方の不全、「中核都市エリア」では、精神的・時間的負荷が常に高い「高負荷的労働環境」が顕在化しているといった、エリアごとに異なる構造的課題が明らかとなった。本コラムでは、各エリアの詳細な解説は割愛するが、報告書では、それぞれの課題の詳細や、課題解決に向けた方策について論じている。そちらも併せて参照されたい。
重要なのは、この類型化が単なる「分類」にとどまらないという点だ。冒頭で述べたように、人の性格タイプを知ることで、その人の行動原理や思考のクセ、そして何に喜び、何にストレスを感じるのかが理解しやすくなる。それと同様に、自らの地域が属するエリアの「はたらく」の性質を理解することは、なぜ特定の課題(例えば若者の流出や心身の不調)が起こりやすいのか、その根本原因を深く洞察するための手がかりとなる。
これまで、多くの地方創生が「他の地域の成功事例」を参考に進められてきた。しかし、例えば「高負荷的労働環境」に悩む「中核都市エリア」が、「硬直的労働環境(就業制度や仕組みが旧態依然のまま)」という異なる性質を持つ「自然・文化共生エリア」の成功事例をそのまま導入しても、効果は薄いだろう。
このエリア類型がもたらす価値は、まさにここにある。それは、安易な模倣から脱却し、自らの地域と「同じ課題認識を持つ仲間」を見つけ出すことを可能にする点だ。同じエリアに属する他県の先進事例は、もはや「他人事」ではない。それは、「わが事として学べる、最も効果的な手本」となり得ると考えられる。自らの地域の「性格」を深く理解し、最もフィットする学びの相手を見つけること。それこそが、より確度の高い次の一手を考えるための、新たな出発点となるのではないだろうか。
本コラムでは、地方創生が「人口減少・克服」から「人口減少・適応」の新たな局面を迎えたことを起点に、地域の「はたらく」を多角的に可視化する試みを紹介した。パーソル総合研究所の分析から浮かび上がった地域の「はたらく」に関する9つの指標と8つのエリア類型が織りなすのは、「9(指標)×8(エリア)=72通り」の多様な日本の「はたらく」の姿である。
「ニッポンのはたらく地図2025レポート」の目的は、地域の優劣を決めることではない。地域の未来を担う自治体、企業、そして住民一人ひとりが、自らの現在地を客観的に把握し、建設的な議論を始めるための、「対話の素材」を提供することにある。この羅針盤を手に、自らの地域の「性格」を深く理解し、同じ課題を共有する仲間から学び、そして自分たちだけの未来を描くこと。それこそが、画一的な正解のない時代に求められる「オーダーメイド型の地方創生」である。
人口減少を悲観的に捉えるだけではなく、その現実を直視し、自らの地域ならではの豊かさを磨き上げていくこと。本レポートが、そのための議論の一助となることを切に願う。
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