公開日 2025/02/28
近年、メンタルヘルス不調による休職者の増加が指摘されている※1。その要因として、心療内科の受診ハードルが下がり、患者数が増えていることが挙げられる。「休職 診断 心療内科」などでWEBを検索すると、休職の診断書の即日発行をうたうメンタルクリニックのPRが表示される。
※1 厚生労働省(2018-2023). 労働安全衛生調査
このような状況から、メンタルヘルス不調の「仮病」による休職を懸念する声が増えてきた。しかし、このようなことをする人が実際にどれくらいいるのかは分かっていなかった。本コラムでは、「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査」から見えてきた、メンタルヘルス不調の仮病による休職の実態を報告するとともに、職場の対応策について考えたい。
ここでは、メンタルヘルス不調の仮病による休職を、「本当は健康にもかかわらず、メンタルヘルス不調のふりをして」医師の診断書を入手し、それを会社に提出し休職することを指すこととする。軽症であっても、本人が不調を感じて診断を受けた上で休職していれば仮病には含まない。
メンタルヘルス不調の仮病による休職とは具体的にどのように行われるのか。まず、メンタルヘルス不調の診断は問診や心理検査でなされることが多い。そこで嘘をついて適応障害などの診断を受け、休職の診断書をもらうことは不可能ではないといわれる。医師の診断書は法的拘束力を持つため、会社側は基本的に診断をくつがえすことができない。そのため、休職期間中は合法的に会社を休み、傷病手当金を受け取って生活をすることができる。転職する際も、休職したことを履歴書に書く義務はなく、企業もプライバシーの観点から本人の同意なしに情報を開示することができないため、基本的に転職先に知られる可能性は低い。
このように、メンタルヘルス不調の仮病による休職は一見簡単にできそうであるため、仮病休職の増加が懸念されている。実際、メンタルヘルス不調による休職が比較的カジュアルに行われるようになっていることが指摘されている※2。
※2 吉田健一(2024). なぜメンタル休職する若手が増えたのか…本人が損する"安易な休職"を勧める「診断書即日発行クリニック」の罪 PRESIDENT Online Retrieved 2024.12.26 from https://president.jp/articles/-/81558
今回の調査では、直近3年以内に私傷病休職(病気・けがによる休職)を経験した人に休職理由を尋ね、「メンタルヘルス不調の仮病をつかった」と答えた割合を見た。匿名のインターネット調査のため、虚偽の回答をする動機は乏しい。
すると、メンタルヘルス不調の仮病による休職は、メンタルヘルス不調による休職全体の1%だった(図表1)。実行が難しそうな身体的病気・けがの仮病の割合と変わらなかった。
図表1:病気・けがによる休職(私傷病休職)をした理由
出所:パーソル総合研究所(2024)「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査」
また、自由記述で仮病をつかった理由を尋ねたところ、「協議をしても円満退社の方向にならなかった」「仕事が辛かった」「なんとなく」といった回答があった。仕事をサボりたい人だけが仮病をつかうわけではないことがうかがえた。いずれにせよ、この結果から、メンタルヘルス不調の仮病による休職は一定数あるものの、身体的病気・けがと比べて特別多いわけではないことが分かった。軽症での休職は増えているかもしれないが、「仮病」はまだ少ないようである。
この背景としては、現時点ではメンタルヘルス不調による休職は、自身の不利益になると考える人が多いことが背景にあると考えられる。調査では、メンタルヘルス不調による休職は「成長機会が失われる」「長期的にみて収入が大きく減る」と、正規雇用者の5~6割が回答した。ただ、メンタルヘルス不調による評価・処遇上の不利益な取り扱いは差別として厳しく禁止される流れにある。今後、リスクなく仮病休職ができるという認識が広がれば、増える可能性はあるだろう。
一方で、周囲が「仮病ではないか」と疑っているケースは少なくないようである。 管理職に部下のメンタルヘルス不調対応の課題を尋ねると、16.6%が「部下が本当にメンタルヘルス不調なのかわからない(仮病が疑われる)」を挙げた(図表2)。実際に部下のメンタルヘルス不調に対応したことがある管理職ではさらに多く、20.9%に上った。
図表2:管理職に聞いた部下のメンタルヘルス不調対応の課題
出所:パーソル総合研究所(2024)「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査」
メンタルヘルス不調は主観的な感覚が症状として現れることが多いため、外面からは健康なように見えることがある。普段から部下がサボっていないか目を光らせている上司にとっては、仮病は一番に思い浮かぶ懸念だろう。 しかし、本調査の数字からは、上司が仮病を疑っているケースでも、実際には部下はメンタルヘルス不調を感じていることが多いと推測される。
調査から見えてきた実態を踏まえ、職場にできる対応としては、まず上司に対してメンタルヘルス不調の仮病の判断は会社では行わないという点を周知することが重要だと考えられる。
上司が仮病を疑い、不用意に「どうせ仮病でしょう?」などと発言してしまうと、パワーハラスメントになる可能性がある。また、仮病を疑い、部下の訴えを無視して業務量の調整などの対応を怠ると、もしそれが深刻な精神障害を引き起こした場合、会社が安全配慮義務違反などの法的責任を問われる場合がある。
その上で、仮病による休職への対策としては、人事が主治医に診断根拠を確認したり、産業医面談を行ったり、会社指定医のセカンドオピニオンを求めるなど、専門家の意見聴取を強化することが有効である。これは、メンタルヘルス不調に限らない。また、自社の制度が仮病による休職がしやすいものになっていないかを点検することも重要だろう。具体的には、休職中の給与支給など、休職制度が手厚すぎて悪用されやすいものになっていないか、休職中のフォローや復職判断基準がゆるすぎないか、といった点が考えられる。
現在、メンタルヘルス不調の「仮病」を理由とした休職は、危惧するほど多くはないことが示唆された。しかし、メンタルヘルス不調の軽症化が進む流れの中で、今後仮病による休職が増加する懸念は残るため、今後の動向に注目したい。
本コラムでは、メンタルヘルス不調の「仮病」による休職の実態と、職場の対応策について見てきた。本コラムのポイントは以下の通りである。
・メンタルヘルス不調の「仮病」による休職は、メンタルヘルス不調による休職全体の1%と、身体的病気・けがにおける仮病の発生率と変わらなかった。
・一方、管理職の16.6%が、部下のメンタルヘルス対応の課題として、「部下が本当にメンタルヘルス不調なのかわからない(仮病が疑われる)」と回答。
・この実態を踏まえると、上司に仮病の判断は会社では行えないことを周知し、仮病を疑うことによるパワハラや安全配慮義務違反を防ぐことが重要である。また、仮病対策としては、主治医や産業医、会社指定医などの専門家への意見聴取や、休職制度の見直しなどが考えられる。
本コラムが職場のメンタルヘルス対策について考える一助となれば幸いである。
※このテキストは生成AIによるものです。
安全配慮義務違反
安全配慮義務違反とは、企業が従業員に対して安全な労働環境を提供する義務を怠ることを指す。仮病を疑い適切な対応を怠ると、この義務違反に問われる可能性がある。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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