公開日 2010/12/01
戦略実行のマネジメントツールとして「X’S-MAP(クロスマップ)」というフレームワークがあります。これは、Strategy(戦略)、Market(市場)、Account(顧客)、Process(プロセス)という、営業をマネジメントする上で重要な要素となるもの、それぞれの頭文字をとって名付けたものです。戦略を実行する上で、ターゲットとなる市場やお客さま、取り組む施策や活動プロセスなどを可視化し、一貫して運用していくためのフレームワークです。まずは、その骨子について説明します。
戦略を立案し、展開するためには「何を」、「どこに」、「どのように」の3つを明確にすることが重要です。これらをフレームワークで可視化したものが、【図A】になります。
図A X’S-MAPフレームワークの骨子
では、これらについて個々にご説明していきます。
お客様にどんな価値を提供するのか、そのためにどんな施策を打つのかといった戦略を可視化するフレームワークです。バランススコアカードの考え方を導入し、財務の視点(売上、利益など最終的にどのような財務的成果を上げるのか)、顧客の視点(その売り上げをあげるためにどのような価値を提供し、評価されるのか)、プロセスの視点(その価値をお客様に提供するために、組織として[施策など]何をするのか)、学習と成長の視点(その施策が遂行できるよう、育成やインフラなどの仕組みをどう整えるのか)を関連付けて明らかにしていきます。更に営業部門としての戦略ですので、例えば「攻める戦略」「守る戦略」「効率化する戦略」など、(総花的で絵に描いた餅にならないよう)戦略群とターゲットを明確にし、メリハリと一貫性をもって整理・運用していく必要があります。
上記で触れたように、営業戦略には、攻める戦略、守る戦略、効率化する戦略がありますが、次にどの戦略をどのようなお客さまに対して展開するのか、それぞれのターゲットを可視化し、営業としての対応姿勢を規定するフレームワークが必要です。このとき、お客さまを次の2つの軸で評価し分類します。1つはお客さまの総購買力。自社の製品・サービスをどれだけ買ってくれるかというポテンシャルであり、魅力度とも言い換えられます。もう1つは現時点での自社との取引状況、特にインナーシェアです。この2つの軸で高低を評価したとき、図のように4つのゾーンに分けられますが、それを上記の戦略群と次のように連動させて考えます。
まずは購買力が高く、インナーシェアも高いAゾーン。ここは《最重要顧客》、いわゆる「お得意さま」です。自社にとって守る市場であり、組織的関係構築(会社対会社の関係)を重視した守る戦略が必要です。
では購買力が高いのにシェアが低い、あるいはまだ取引のないBゾーンはどうでしょうか。ここは一番力を入れて関係性を強化したい《重点攻略顧客》ですので、もちろん差異化による攻める戦略が必要になります。
しかし悲しいかな、放っておくとつい足しげく通ってしまうのがCゾーンの顧客です。会社の規模は小さいのですが、自社製品の扱いの割合が大きいため、手堅く一定の売上げが見込めるからです。アポなしで会えて、取引に関して何でも教えてくれて、場合によっては決算時期の無理な“お願い”も聞いてくれる。担当する営業にとってはありがたいお客さまですが、ついつい売り上げ規模に対して過剰サービスになりがちです。ここは組織的支援と意識改革により効率化を図り、活動時間を減らし、その分を重点攻略顧客に再配分したいところです。
購買力もシェアも低いDゾーンに対しては、あえて戦略を立てるまでもありません。むしろ何もしないことを徹底させることが重要です。
(2)でお客さまを振り分けた後、それぞれに対してどのようなプロセスで活動していくかを可視化するフレームワークです。最重要顧客、重点攻略顧客、効率化顧客に対して異なる活動シナリオが必要となります。特に重点攻略顧客に関しては、これまで、普通にやって上手くいっていないわけですから、案件ごとに個別の攻略シナリオをつくり、緻密な戦略を練った上でアプローチをかけます。
さて、以上のフレームワークを使って戦略策定をし、実行していくわけですが、メンバーに戦略を理解させる上で特に重要なのが(2)のお客さまの分類です。本部からの一方的な指示で動いていると、営業はどのお客さまが本当に重要な顧客なのかがわかりません。単純にたくさん買ってくれるお客さまが最重要顧客だと思っていたり、あるいは顧客に(上記のような4タイプ含め)タイプがあることさえ認識していない場合もあります。ですから、まずはお客さまの層別の段階からメンバーを参画させ、評価軸や枠組みを自分たちで考えさせるところから始めます。お客さまの層別ができると、それぞれのゾーンにどれくらいの時間を配分し、どのような基本行動を取るべきなのか、という活動リソースの最適化が見えてきます。ここまで来ると、戦略の理解がかなり進みます。
コラム2では、「重要なのは計画策定にメンバーを巻き込むこと自体が重要なのであって、一から考え、やるべきこと(戦略)を覆すことではない」。とご説明しました。したがって、マネージャーは、結果ありきではないという姿勢を示しながらも(意見を求めながらも)狙った結果に収束するようにリードしていかなければなりません。洗練された効率的なやり方によって、メンバーの負担もロスもなく巻き込むことはできますが、そのためにもマネージャー自身は十分な準備とファシリテーションのスキルが必要となります。
またこの場合は、戦略そのものの策定段階から巻き込む必要はありません。考えることが重要なのですから、ターゲットを選ぶことを真剣に考えれば、自然と実施する内容やその意義についても対話がうまれますので、必然的に戦略自体への理解も深まっていくわけです。 何を(戦略)どこに(ターゲット)が決まったわけですが、それだけで行動が生まれるわけではありません。ただ「Bゾーンの顧客には活動ウエイトを40%以上割くように設定したのだから、ちゃんと訪問するように!」と言っただけでは、訪問してどうするのか(具体的行動の理解)、訪問したらどうなるか(実施の意義の納得)、がイメージできず、行動までたどり着きません。
そこで、重点攻略顧客に対して攻略シナリオが必要となります。攻略シナリオとは、当面のゴールである受注に辿りつくまでには、いつまでに何をやるべきか(どのような合意をいただくか)というマイルストーンを受注予定日から逆算して設定し、それぞれの達成期日を明確に(明文化)することを指します。こうした攻略シナリオもメンバー自身に考えさせるようにして、自己決定を導き出します。
こうした戦略実行におけるマネジメントをマネージャーが主体的に行えるように指導するのが私たちコンサルタントの仕事です。【図B】
図B 現場支援イメージ
まずは勉強会で戦略展開の基本フレームワークを共有し、次に現場で実際に戦略実行のマネジメントをしてもらいますが、私たちはそのパートナーとして、マネージャーが自走できるようにマネージャーに個別のコーチングを行います。
これらのコンサルティング施策は通常、まず選抜チームを対象に試験的に実行し、活動実績を作り成果を確認した後、全社展開をします。
その実践例として、ある製薬会社のMR(医薬情報担当)を対象に行ったコンサルティング事例を紹介しましょう。
注記
本事例は秘匿性を確保するために、意味合いを考慮した上で、内容・表現を変更しております。
まずは先ほど説明したように、本部戦略をマネージャーレベルですり合わせた後、現場勉強会での戦略確認やお客さま評価軸の検証によるゾーン別の活動指針を決めました。重点となるBゾーン顧客に関しては、個別の案件攻略シナリオを策定しました。攻略シナリオはマネージャーとメンバーですり合わせを行い、メンバーの退出後に、マネージャーに対して私たちが質問や指導を行う、という要領で施策を実施しました。
今回は全国展開する営業所の中から2つの営業所を選抜し、施策を実施しました。
効果はどう現れたか。まずゾーン別活動比率の変化を見てみましょう【図C】。
図C 活動ウエイトの推移
施策開始後、活動が経過するにつれて、Cゾーン顧客への訪問が減り、Bゾーン顧客への訪問比率が大きくなっています。Cゾーンの効率化と、それに伴うBゾーンへの活動時間の充当という、狙い通りの結果です。 次に各ゾーンに対する活動プロセスの内訳はどうか【図D】。
図D 活動プロセスの推移
縦軸の(1)~(7)は活動プロセスの段階を時系列で示しています。Bゾーンはこれから攻略する顧客なので、プロセスの前段活動(アプローチや課題共有)の時間が増えることが望ましいと言えます。実際、Bゾーンの活動プロセスの変化を見てみると、プロセスの前段活動の訪問が増え、特に(2)の課題共有での訪問に関しては3ヶ月目に劇的な増加が見られました。
面談時間の変化はどうでしょうか【図E】。
図E 活動レベル(面談時間)の推移
他業界の方にはイメージし難いかもしれませんが、製薬会社のMR(医薬情報担当)にとって、ドクターとの面談は時間が勝負です。Bゾーン顧客への面談時間の変化を見ると、1ヶ月目より2ヶ月目、3ヶ月目の方が1回の面談時間が長くなっていることがわかります。挨拶程度、または歩きながらの周知の段階から、足を止めて話を聞いてもらえる状態になり、次第にアポイントを伴うきちんとした面談になっていく、という攻略シナリオに沿って事前準備をきちんと行うことでの効果が出てきたことが読み取れます。
では、どんな商品を提案できているかについて見てみましょう【図F】。
図F 活動内容(情報提供分野)の推移
魅力度の高いお客さまに対して、わざわざシナリオを練って新規取引を拡大するわけですから、これまでの商品を同じようなやり方で紹介するのでは意味がなく、やはり戦略商品や新商品などの新しい価値をそれに見合ったやり方で紹介しなければなりません。結果は狙い通り、活動が経過するにつれてBゾーン顧客に対する戦略商品の提案が増え、それに引っ張られて他の新商品の提案も増えていきました。
以上は行動の変化ですが、それによって営業成果は上がったのか。Bゾーン顧客における対前年比の実績(売上ベース)の伸びを比較してみます【図G】。
図G 営業成果I「Bゾーン顧客における売上伸張率」の推移
施策を実行した2営業所(E、I)のいずれも6ヶ月で実績が伸び、特にE営業所では上期(4月~9月)でマイナスだったのが、下期(10月~3月)で倍以上の大幅な伸びになりました。
Bゾーン以外も含めた全体実績の伸長率を見ても、施策開始前の2営業所の平均伸長率は他営業所のそれを下回っていたのに、時間が経過するにつれて上回るようになってきました【図H】。
図H 営業成果II「全顧客における売上伸張率」の推移
この結果から、Bゾーンに活動を集中させたことで実績の総量が伸び、また活動を効率化しても実績が落ちないことが読み取れるかと思います。
以上の事例は医療業界ということで特殊な成功例だと思われるかもしれませんが、一般の企業でも同じような結果が得られます。もちろんいきなり売上増というわけにはいきませんが、たとえばある装置メーカーでも、戦略新製品の拡販計画で同様の施策を展開したところ、対象営業所では、活動を始めてから3ヶ月後辺りから新規案件の発生数が上がり、最後は飛躍的に増加するようになりました【図I】。
図I 営業成果III「その他業界における新商品新規案件発生数」の推移
ここはサポートやメンテナンスの仕方がわからないという理由で新製品が動かなかった会社ですが、戦略策定での巻き込みにより「やってもムダ」という営業担当者の意識(スキーマ)が変わり、営業活動にきちんと取り組むようになったことが成果として現れたのです。
さて、コラム1から3回にわたって、戦略実行における戦略の正しい理解と、それを促進するための効果的なコミュニケーションについてお話してまいりました。伝え方ひとつで理解が進み、理解が進むことによって行動が変わる。そして行動によってさらなる理解が促進されるというサイクルが回り出す。そうしたサイクルこそが戦略実行をやり抜くための推進力となっていくわけです。
そのための仕掛けとして、私たちが戦略実行のコンサルティングで展開しているフレームワークと施策についてご紹介しました。「とにかく動け」といった命令ではなく、自己決定によるコミットメントを引き出すことで自律的に行動させること。そうしたコミュニケーションやマネジメントの重要性をご理解いただければ幸いです。
【戦略実行】「わかっているけどできない!」は本当ですか?シリーズ
株式会社パーソル総合研究所 シニアコンサルタント
河村 亨
Toru Kawamura
1990年、機械商社を経て(株)富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)に入社。営業・営業マネジメントを経て、SFAの現場定着や戦略実行をテーマとした営業マネジメント力強化コンサルティングに従事。「自ら考え戦略的に動く営業集団をつくる 3つのフレームワーク」、「Sales Enablement アカウント型BtoB営業における営業力強化」などを執筆。セールスフォース社との「訪問しない時代の営業力強化の教科書」を共著。
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