公開日 2010/10/01
「我々の事業の目的は、より良いコミュニケーションを通じて、人間社会のより良い理解をもたらすことである」
これは50年前にゼロックス創業者のJ.C.ウィルソンが残した「ゼロックス・フィロソフィー」です。私は企業コンサルティングに携わる者として、日々この言葉を深く噛みしめています。なぜなら、10年以上に及ぶ成果創出に向けたコンサルティング活動においても、また戦略実行の場においても、より良いコミュニケーションによってより良い理解を促進することがいかに重要であるかを痛切に実感しているからです。 よく戦略を実行する現場では「分かっているけどできない」という表現が使われます。ただ、よほど突発的な事象が連続して発生したのならともかく、その多くは「実は戦略を分かっていない」または「戦略を実行することは日々の活動より優先度が低いと理解している」といった状態ばかりです。
戦略実行がうまくいかないのは、結局、戦略に対する理解の不足にあるのではないか。その不足を埋めるためにどういうコミュニケーションをすればいいのか……。本稿では以上のことを趣旨に、論考を進めてまいります。
戦略実行における課題は、戦略の発信側(経営サイド)から見たとき、大きく分けて2つあります。1つは営業現場が「言ったことをやらない」こと、もう1つは「言った通りにしかやらない」ことです。
前者の事例を1つ挙げましょう。「新製品がないから売れない……」普段そうぼやいている営業マンがいる。では、特徴的なスペックを持つ新製品が出たとき、すぐにそれに飛びつくかとういうと、そうはならない。トップから拡販指示が下りているにもかかわらず、新製品だけに初期不具合や故障があるかもしれない、サポートが追いつかないかもしれない、なにより自分自身が新しい商品知識を覚えられないなどの先入観や不安から腰が引けてしまい、販売が全く進まないというケースがよく見受けられます。その結果、単に新商品が売れないだけでなく、新領域のポジション獲得に取り組みもしないうちに失敗感が植え付けられ、その分野の販路拡大の可能性まで摘まれてしまうのです。
更にこういった場合、経営側は大抵、新商品の販売目標を上乗せしています。すると今度は、「要は売れればいいんでしょう」等と勝手な解釈をし、帳尻を合わせようとして営業マンが既存顧客への既存商品のムリな押し込み販売を行い、それによって予算は達成したものの、顧客内に翌期に響く在庫が残ってしまったり、顧客との信頼関係が損なわれてしまうということが起こります。
これらはまさに、営業マンが新商品の戦略的重要性や関連性を理解していないことにより引き起こされます。
ここで、戦略実行について基本的な理解の枠組みを押さえておきましょう。戦略は、まず戦略そのものを理解し、理解したものに納得し、納得したものを実行し、実行することで定着していくという段階を経て、戦略目標の完遂度が上がっていきます【図1】。
図1 戦略実行の段階
特に、戦略を最後までやり抜くためには、その納得する度合いを高めることがとても重要で、これについては我々の研究結果からも確認されていますし、どなたからも共感いただけることだと思います。ここで私が問題にしたいのは、果たしてその納得というのは、正しい理解に基づいた上での納得かということです。
「理解」と「納得」の関係について、さらに突き詰めましょう。図式的に分類すると、
という4つのパターンが考えられます【図2】。
図2 理解と納得の関係
このうち、今回私が照準を当てたいのは(3)、すなわち、間違った理解や不十分な理解によって(それゆえに)納得していないというケースです。
たとえば、戦略を説明すると、「それは前に聞きました」とか「前にやりましたが、ダメでした」と言う人のほとんどは、イメージだけで実は戦略についてほとんどわかっていないのではないか。あるいは、「うちの会社は戦略を立ててはあれこれ施策として営業現場にを落としてくるけれど、そんなのやってられないよ」と言う人は、実際に何が施策なのかすら理解していないのではないかというものです。
こうした仮説を検証するため、事例を提示します。
我々は戦略実行のコンサルティングに入るとき、最初にその対象組織のマネージャーとメンバーに意識調査を行います。調査のポイントは、戦略に対する「理解」「納得」「実行」の度合いを確認すると同時に、その戦略実行に向けてマネージャーはどのようなマネジメントをしているか、各メンバーはどのような営業活動を展開しているのかを確認します。
これらの要素に対して50問程度の質問項目に7段階でその実行度を自己と他者で評価します。【図3】
図3 調査の構成
この調査の、戦略の「理解」「納得」「実行」に関する部分を、ある企業に対して行い、営業所別に集計したものが【図4】です。
図4 調査結果に見る戦略理解のレベル(A社/営業所別)
各営業所の3つの棒グラフの高さを比べてください。同じように戦略が展開されているはずなのに、営業所間で結果に大きくバラツキがあります。また面白いのが、本来正しい理解をしていれば、理解→納得→実行と段階が進むに従って、歩留まりが生じるため、右肩下がりの並びになるはずですが、結果は、ほとんどがそうではなく、むしろ山型が多い。つまり、十分に理解していないけれどなんとなく納得して実行しているということになりますが、何をもって納得しているのかが不可解です。
この調査では続けて、「あなたが意識して取り組んでいる戦略は何か」という質問を行い、自由記述による回答を得ています。
そして、理解度のレベルが一番高かったG営業所の回答をまとめたサンプルが【図5】です。
図5 調査結果に見る戦略理解の内容(A社G営業所)
理解度の一番高いG営業所でも、回答内容はバラバラで共通性を見出せません。実際には重点市場に関する戦略や施策について何度も発信されていますが、キーワードすら含まれていない。そればかりか、「相互に協力し合う」とか、「成功と失敗を次につなげる」とか、標語や精神論のような、およそ戦略と呼べない記述も目立ちます。これもこの会社だけのことではなく、トップが「戦略を徹底している」と豪語する企業を含め、どの企業でもほとんど同じ傾向になります。
以上から言えることは、戦略に納得する・しないという段階の前に、そもそも戦略が正しく理解されていないという問題があるということです。
もう少し「理解」について、違った角度から掘り下げてみましょう。先の意識調査で高業績チームと低業績チームをピックアップし、それぞれのマネージャーが選んだチーム内の高業績者と低業績者を対象に、定量調査を行いました。調査の内容は、マネージャーがチームに関わっているか、自分のやっていることが戦略と合致しているかの2点です。
まずは前者の調査結果から【図6】。
図6 高・低業績チーム別 メンバーのマネージャー評価
高業績チームはマネージャーの取り組み姿勢に対するメンバーの評価が高いことがわかります。高業績者と低業績者の評価に一部バラツキが見られますが、これはマネージャーの関わりが密であるがゆえに、関わり度合いに応じて個人の評価が分かれると考えられます。一方、低業績チームは、マネージャーの関わりそのものがほとんどないため、高業績者と低業績者のどちらも評価が低く、バラツキが見られません。
では、メンバー自身の、戦略実行に向けた日々の営業活動に対する自己評価はいかがでしょうか【図7】。
図7 高・低業績チーム別 メンバーの自己評価
高業績チームは高業績者も低業績者も自己評価のレベルがほぼ一致しているのに対し、低業績チームは両者の評価にかなりの開きがあります。
これは何を意味しているのか。低業績チームはマネージャーの関わりが薄いので、自己評価が客観的でなく、個人の業績を他と比べた主観的な評価になりやすい。そのため、高業績者は自信過剰になり、逆に低業績者は自信喪失になるのです。
では、高業績チームで自己評価が一致するのはなぜか。優秀なマネージャーは、人によってコミュニケーションを使い分けます。できる人にはもっと高いレベルを要求し、できない人には自信を持たせるような関わり方をする。その結果、メンバーの自己評価が高すぎず低すぎず、一定のところで安定するのです。
ここで私が言いたいのは、人の理解というのは、所詮、主観的なものだということです。つまり、低業績チームの高業績者が自己評価を高く見積もるのと同じように、自分が理解していると思っていることは、実は思い込みや勘違いだったりするということです。
以上まとめると、戦略実行がうまく行かないのは、戦略の理解という最初の段階でつまずいていることが実際に多い、というのがコラム1の結論です。
そこでコラム2では、なぜ「理解」ができないのかという理由を、学術的な観点から明らかにし、理解を促進するための基本原理について考察していきます。
【戦略実行】「わかっているけどできない!」は本当ですか?シリーズ
株式会社パーソル総合研究所 シニアコンサルタント
河村 亨
Toru Kawamura
1990年、機械商社を経て(株)富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)に入社。営業・営業マネジメントを経て、SFAの現場定着や戦略実行をテーマとした営業マネジメント力強化コンサルティングに従事。「自ら考え戦略的に動く営業集団をつくる 3つのフレームワーク」、「Sales Enablement アカウント型BtoB営業における営業力強化」などを執筆。セールスフォース社との「訪問しない時代の営業力強化の教科書」を共著。
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