近年の生成AIの驚異的な進化に代表されるように、キャリアを取り巻く環境はこれまで以上に不確実性が増している。そのような状況の中で、キャリアを持続可能にするための視点として「サステナブル・キャリア」が注目を集めている。2025年12月18日(木)に開催された第3回キャリア自律セミナーでは、京都産業大学経営学部の高尾 義明氏が登壇。「サステナブル・キャリア」を後押しする「ジョブ・クラフティング」に焦点を当て、その効果やキャリア発達への影響、そしてマネジャーやHRMによるジョブ・クラフティングの支援の重要性とその方法について解説した。
「ジョブ・クラフティング」とは何か。「従業員が、自分にとって個人的に意義のあるやり方で、職務設計を再定義し再創造するプロセス」というのが学術的な定義の一つであり、「働く人たち一人ひとりが主体的に仕事や人間関係に変化を加え、自らの仕事の経験をつくり上げていくこと」を意味する。文筆家の一田 憲子氏が著書の中で挙げている、「仕事に『自分』をひと匙入れる」というたとえが、ジョブ・クラフティングのイメージを掴むのに、わかりやすい表現ではないだろうか。
「与えられた職務(MUST)というものがあり、それをやらなければいけないときに、自分の意志(WILL)や能力(CAN)を“ひと匙”加味する。それによって仕事の手触り感が変わり、自分にとっての仕事の意味合いや経験が変わっていく。これがジョブ・クラフティングであると理解していただくとよいでしょう」(高尾氏)
ジョブ・クラフティングには、仕事そのものに変化を加えたり、手順を変えるなどの工夫をしたりする「業務クラフティング」、仕事との関係や人との関係性を変えてみる「関係性クラフティング」、自分にとっての仕事の意味・目的を捉え直す「認知クラフティング」の3つの種類があり、連続性をもってつながり合っている(図1)。
セミナーでは、ジョブ・クラフティングの事例として、「PR業務でメールマガジンの発行を任された人」のエピソードが紹介された。その人は、メルマガの開封率を計測できるようにしたいと考えて、テキスト形式からHTML方式に変更した(業務クラフティング)。開封率が分かることで手応えを感じるようになり、さらに工夫して、発行者の顔が見えるようにと「編集後記」をつけることにした(関係クラフティング)。すると社内外から感想が返ってくるようになって、業務がますます楽しくなった。こうした変化を体験することで、「義務」だったメルマガが、「情報提供することでお客さまからの認知を得る活動」へと変わり、業務への責任感が生まれた(認知クラフティング)。まさに三種類のジョブ・クラフティングが、連続性をもってつながっている。
近年ジョブ・クラフティングは、個人や組織に様々な効果をもたらしてくれるものとして注目を集めている。その効果はどのようなものなのか。高尾氏は、「仕事に自分のひと匙を加えることで、仕事とのミスマッチ感が減少し、仕事の意味や意義の捉え方が深まる。それによってワーク・エンゲージメントの向上につながっていく。さらにはワーク・エンゲージメントの高い人が多いほど、チームや組織の成果は上がり、充実して仕事に取り組むことで、個人のウェルビーイングも高まっていく」と説明する(図2)。
また高尾氏の研究から、ジョブ・クラフティングは何らかのキャリアの節目にいる人たちにも望ましい影響があるとわかっている。「ポストオフ(役職定年)経験者のジョブ・クラフティングの研究では、ジョブ・クラフティングを実施しているポストオフ経験者ほど、ワーク・エンゲージメントやウェルビーイング(幸福感)は高くなる。また年齢ではなく働きぶりなどで人材を評価する風土の組織にいる方が、ジョブ・クラフティングが実践されやすいことがわかりました」(高尾氏)
ジョブ・クラフティングの実践と継続には、次のような効果も生じる。まずは実践し、何らかの手応えを感じることで、それがさらなる意欲(WILL)につながっていくという点。そして「自分は仕事を変えていける」というCANが醸成され、状況を変えていくほうにマインドセットが強化されるという点だ(図3)。出発点となるのは個人としての意欲(WILL)だが、ジョブ・クラフティングの実践を促進させるには、業務の自律性を高める(自由裁量の余地を広げる)ことや一人ひとりの主体性の発揮をサポートしようとする職場風土を育むことも大事になる。
ジョブ・クラフティングを行うこと、またそれを後押しするサポーティブな職場であることは、新たな概念として提唱され始めた「サステナブル・キャリア」とも関係してくる。サステナブル・キャリアは、「キャリア自律」の考え方をより現代的かつ現実的に洗練させた、第4世代のキャリア論と位置付けられている。「複数の社会空間を横断し、個人の行為主体性(エージェンシー)に特徴づけられ、それゆえに個人に意味をもたらす、長期にわたる多様な継続のパターンを反映した、個人ごとに異なるキャリア経験の連なり」というのが学術的な定義だが、多くの人にとっては難解な概念に感じるかもしれない。そこで提唱者の一人であるDe Vosによるプロセスモデル(図4)をもとに理解していこう。
サステナブル・キャリアは、「時間の経過」とともに「文脈(環境や状況)」も「個人」も変化していくことを前提としている。また、個人の主体性を中心にしつつも、「キャリアをこんなふうに進めていこう」という単純な主体性ではなく、変化する文脈との相互作用の中で、いかに主体性を発揮し、自分の仕事をどう意味づけていくか、というのがこの概念の特徴だ。ここでいう「文脈」には「組織」や「職場」も含まれ、 組織や職場が個人がサステナブル・キャリアを実現するための支援者・パートナーになり得る。またサステナブル・キャリアは、「幸福」や「健康」とともに、仕事の成果、組織市民行動、そしてエンプロイアビリティを生み出すという意味での「生産性」を指標として重視していて、この点が「キャリア自律」の考え方をより洗練させた要素になっている。
サステナブル・キャリアとジョブ・クラフティングは、共通する要素も多い。高尾氏は「個人がサステナブル・キャリアを歩んでいくには、様々な変化の中で主体的・能動的適応力を発揮しつつ、自分のキャリアを意味づけていくことがポイントになります。同様にジョブ・クラフティングも、個人の主体性・能動性、すなわちWILLから出発して、実践し続けていくことで、自分で仕事を変えていけるというCANを醸成していきます。このように、両者はオーバーラップする部分が多い」と話す。サステナブル・キャリアを歩むためには、ジョブ・クラフティングをする中で意味づけ力やマインドセットを高めていくことが重要であり、反対にジョブ・クラフティングを支援することは、最終的にその人のサステナブル・キャリアの支援にもなる(図5)。その支援において重要なプレイヤーとなるのがマネジャーとHRMだ。
では、マネジャーやHRMがサステナブル・キャリアの視点でジョブ・クラフティングを支援していくには、どのような方法があるのだろうか。
まずはマネジャーによる支援について、高尾氏は「促進支援」と「方向づけ支援」をポイントとして挙げた。「促進支援」は、メンバーそれぞれの能力や意欲の違いを踏まえながら、自律的に業務を進められるようにエンパワーメントすること。そしてメンバーが互いにサポートし合えるように、個々のジョブ・クラフティングの実践をオープンにできる風土を醸成していくことだ。「方向づけ支援」は、メンバーそれぞれがバラバラ勝手に取り組んで、チームの一貫性や効率性を妨げないよう、組織のパーパスやミッションをふまえてジョブ・クラフティングの判断軸を構築して共有することだ。
一方、HRMによる支援は人事施策による「主体性の発揮を良しとする組織風土の醸成」がポイントとなる。たとえば「ジョブ・クラフティングを支援しているマネジャーに対し、その支援を評価に反映する」、「経営理念(パーパス)やミッションを浸透させて進むべき方向性を共有する」といったことが挙げられる。また研修やプロジェクトへの参加、あるいは部署間の異動を個人の意思に基づく「手挙げ式」にするなどもその一例だ。
最後に組織として従業員のジョブ・クラフティングを支援することの意義についても触れておきたい。ジョブ・クラフティングは、日々の仕事における体験・経験をより良いものにしていく営みだ。したがってジョブ・クラフティングの実践は、従業員自らがEX(Employee Experience:従業員体験)を向上させる営みともいえる(図6)。
「EXの向上は、従業員エンゲージメントやワーク・エンゲージメントとも関わっており、人的資本経営で重視されているキャリア自律とも関連します。ジョブ・クラフティングの支援は、サステナブル・キャリアの実現に効果を持つと同時に、EXの向上という人的資本経営の推進に必要な要素とも合致し、キャリア自律の実現にも効果をもつのです」(高尾氏)
組織全体としてジョブ・クラフティングの実践を支援することは、ミドル・シニア層の活性化と活躍にもつながる。人手不足という労働供給制約社会の中で、企業の活動自体のサステナビリティを高めていく意味でも、ジョブ・クラフティング支援は今後ますます重要になっていくだろう。
ここからは質疑応答で寄せられた質問のうちのいくつかを紹介していこう。
【Q1】言われたことを淡々とやる価値観が強い組織では、社員に自主性やキャリアについて考える視点を持たせにくく、組織からの期待(MUST)に偏ってしまうのではないか。このような組織で社員のジョブ・クラフティングを支援する場合、どのようにしたらよいか?
理想は組織の期待(MUST)と個人の意志(WILL)を両立させることですが、組織の大きな方向性に個人の意思を無理に持ち込もうとするのは、なかなか難しいと思います。大きな改革ではなく、小さな変化を経験してもらうことから始めるとよいでしょう。たとえば挨拶のない職場であれば、自ら率先して挨拶するなど、自身が主体的になることで小さな変化が生まれる経験をしてもらう。このようなスモールスタートから始めていくとよいと思います。
【Q2】キャリア研修の中でジョブ・クラフティングを取り入れている。現在の自分の仕事に対する向き合い方を見直すところまではできても、それをもとに長期的なキャリアビジョンを描く、というのが従業員に伝わりづらいと感じている。両者をどのようにつなげていけばよいか?
「今の仕事」という足元を見て仕事との向き合い方を変えていくのがジョブ・クラフティングですので、そこから長期的なキャリアを考えるのが難しい、というのは確かにその通りだと思います。長期的なビジョンを考えて、そこから今の仕事をどうするのか、その一方で今の仕事から考えて長期的にどうしたいのか、長期と短期の両面から現実的なキャリアの歩みを作っていけるように、長期的なキャリアビジョンづくりの支援も同時に行っていくとよいと思います。
【Q3】「主体性を良しとする組織風土の醸成」について。マネジャーがジョブ・クラフティングを支援する際、単なるアドバイスや指示にならないためのポイントは?
仕事の見直し方や取り組み方についてアドバイスすることも、ジョブ・クラフティングのきっかけになり得ると思いますが、そのアドバイスを受けた側がそれを「MUST」と受け取ってしまうと、主体性の発揮にはつながりません。コーチング的な発想で、「こういうことも考えてみたら?」と提案して、ひと匙入れる余地を作ってあげるとよいのではないでしょうか。上司だからこそ見えているその人の強みなどを、日常のコミュニケーションの中でうまく伝えながら、ジョブ・クラフティングの手掛かりを渡してあげるとよいと思います。

京都産業大学 経営学部 教授
東京都立大学 名誉教授
高尾 義明氏
1967年生まれ、大阪市出身。京都大学教育学部教育社会学科卒業後、株式会社神戸製鋼所勤務を経て、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。東京都立大学大学院経営学研究科教授などを経て、2025年4月より現職。専門は経営組織論・組織行動論。著書に『「ジョブ・クラフティング」から始めよう働きがい改革・自分発!』(日本生産性本部生産性労働情報センター)、『50代からの幸せな働き方―働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』(ダイヤモンド社)、『はじめての組織論』(有斐閣)、『組織論の名著30』(ちくま新書)などがある。
CONTACT US
こちらのフォームからお問い合わせいただけます