少子高齢化、人口減少、長寿化の中で、シニア世代の活躍が期待されると同時に、企業における定年前後のシニア社員に対するキャリア支援の重要性も高まっている。2025年11月7日(金)に開催された第1回キャリア自律セミナーでは、シニア社員のキャリア支援に必要な考え方や、ジョブ・クラフティングや越境学習の実践事例などについて、法政大学大学院のキャリアデザイン学部教授である石山 恒貴氏に解説していただいた。
VUCAと表現され、またAIが爆発的に進化している現在、私たちは将来が見通せない不確実な時代を生きている。一方で、「確定している未来」もある。それは日本のさらなる人口減少と、それによる労働力不足の深刻化だ。日本社会は、働く若い層が増えて経済成長を後押ししていた「人口ボーナス」の時代を経て、現在は深刻な「人口オーナス」に直面している。オーナスとは、「重荷」や「負担」を意味する言葉。人口減少で労働力がどんどん減り、2040年には今より約2倍不足することが予測されている中で、社会保障の負担が増加し、経済成長を阻害する要因にもなっている。
「女性と高齢者がいるではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし、「女性や高齢者の労働力の増加はもはや限界に近く、これ以上は期待できません。したがって経営者は考え方を変えていかなければならない。ところがアップデートできていない経営者が、大企業・中小企業関係なくまだまだたくさんいます」と石山氏は指摘する。
もちろん、シニア社員の活躍を経営課題と捉える企業も増えている。だが、社会的な要請が高まっているから再雇用する「福祉的雇用」が多かったり、再雇用後に賃金がガクンと下がることで役割と処遇にミスマッチが生じたりと、シニア社員のキャリア支援につながっているとは言い難い状況もある。
そのような状況の背景にあることの一つは、ミドル世代のキャリア観だ。パーソル総合研究所の調査では、会社の中での昇進の可能性が大体見えてくる40代前半で出世への意欲が減り、45歳ぐらいでキャリアの終りを意識し始める人が多数となる(図1)。日本の労働力に占める45歳以上の比率は半分超。人生100年時代での45歳は折り返し地点にも達していない。にもかかわらず、半数以上が自分のキャリアの終わりを意識して、「これ以上は能力開発しなくていい。あとは若手に経験を伝えるだけ」のような考え方になっているとしたら、シニア社員のキャリア支援以前の問題だ。
もう一つの背景は、シニア社員の能力に対するバイアスだ。高齢期は知能が落ちると言われるが、言語能力や洞察力のような経験の蓄積で上がっていく結晶性知能は、年齢が高くなればなるほど伸びる。また物事の処理スピードや推論などの流動性知能も明確に低下するのは80歳以降であり、新しいことへの好奇心をもち続ければ高齢期でも能力は落ちないことも、最近の研究で明らかになっている。つまり、80歳になるまでは能力の低下を気にする必要はない、ということだ。能力に対するバイアスは、シニア社員自身にもある。石山氏はこれを「エイジズム(年齢差別)の内面化」と表現する。若いときに「高齢になると、こんなふうになってしまう」といったステレオタイプかつマイナスのイメージを内面化させると、自分が高齢になったときに「自分もそんな歳になってしまったんだ…」と精神的にマイナスの影響を及ぼす。
これらの背景をふまえたうえで、シニア世代に必要なキャリア支援を考えるためのキーワードとして石山氏が挙げたのが、「エウダイモニア」だ。これはOECDによる「主観的なウェルビーイング」(自分がどの程度幸せと思っているか)の3要素の一つで、「人生の意義や目的を追求する幸せ」を意味する言葉である。「シニアにとってのウェルビーイングにおいては、このエウダイモニアの要素が非常に大きい。仕事あるいは私生活で、いかに人生の意義や目的を追求していくかが幸福感を作ります」と石山氏は説く。健康寿命が延びたことで、シニア期は人生の「サードエイジ」とも言い換えられる。サードエイジは、働いたり、ボランティアをしたり、NPO活動をしたり、趣味を極めたりと、これまでの人生とは異なる社会との関わり方で、エウダイモニアを追求できる時期だ。
そのようなサードエイジを送った好事例が、江戸時代中期に日本全国を測量した伊能忠敬だ。彼は酒造家の商人だったが、天文学や力学をやりたくて49歳で隠居する。その後江戸の深川に行き、蔵前の暦局で幕府の天文方をしていた高橋至時に師事し、天文学や歴史学を熱心に学んだ。そこで蝦夷地までの測量を行ったことをきっかけに面白さにはまり、日本中を測量して歩いて日本地図を完成させた。まさにサードエイジで本来自分がやりたかったことをやった人物の典型例である。付け加えると、師事した高橋至時は伊能忠敬より19歳も年下だったそうで、今風に言うなら「年下上司」であるが、師匠の年齢に関係なく謙虚に学ぶ姿勢も見習いたいところだ。
この「エウダイモニア」の考え方を理解したうえで、企業はシニア社員のキャリアをどのように支援するとよいのだろうか。アプローチの方法の一つは、「ジョブ・クラフティング」だ。これは個人がボトムアップで自分の意義に合った仕事、目的に合った仕事を工夫して作り出すことで(図2)、仕事内容そのものを変える「タスク次元」、仕事の意味付けを変える「認知次元」、仕事上の人間関係を変える「関係次元」の3種類がある。「仕事の中で自分の意義や目的を追求しようという考え方がジョブ・クラフティングなので、シニアになればなるほどその実践が大事になってきます」と石山氏は話す。
シニア社員のキャリア支援のもう一つのアプローチは、「越境学習」だ。これは、自分が心の中で「ホーム」と思う場所と「アウェイ」と思う場所を行ったり来たりして、刺激を得る学びを指す。最近増えているのは、地域に行き、そこの地域課題を地域の人たちと一緒に考えて提案する「地域の越境学習」だ。ビジネス課題から地域・社会課題に越境することで価値観が広がり、それまで考えたことのなかった社会課題を自分事として捉えられるようになるため、自分の意義を見つける場と機会が増えていく。
シニア世代の越境学習の事例としては、川崎市による取り組みが紹介された。同市では「川崎プロボノ部」という人材マッチング事業を行っている。これはボランティア活動(プロボノ)でビジネススキルを活かしたい市民と、運営上の課題がある、あるいは活動のステップアップを目指すNPO等の団体とをつなぎ、両者の課題を解決していく取り組みだ。プロボノ部に参加したある男性は、「定年後に地域に馴染めず、ひきこもりになってしまう男性が多い」と知り、不安を感じていたが、プロボノにより様々な分野の人とつながりができ、不安が払しょくされたという。また自分では大したスキルではないと思っていた議事録作成やプロジェクトマネジメントの役割を担うことで周囲から感謝され、「自分のキャリアやスキルも捨てたものじゃない」と自信が持てるようになり、今ではプロボノ部の運営メンバーとして活躍しているとのこと。
石山氏は最後にこうまとめる。「『シニアは若手に経験を伝えることが仕事』ではなく、『シニアでも第一線で仕事を継続していく』という考え方に転換すること。そのうえで企業はシニア社員のジョブ・クラフティングや越境学習を支援していく。その中で上司の理解やキャリアカウンセリングも非常に重要になってくるでしょう」(図3)
ここからは質疑応答で寄せられた質問のうちのいくつかを紹介していこう。
【Q1】 ミドル・シニア世代を対象とした早期希望退職の話題を散見します。経営層のエイジズム、年齢に関わる価値観・意識はなぜ変わらないのですか?
大企業は労働力不足の影響がまだそれほどでもなく、中にはこれまでの延長線上の価値観や意識のまま変わっていない人もいるでしょう。早期希望退職を募る企業がいる一方で、役職定年を見直したり、定年延長を行ったり、それに合わせた人事評価をする企業も増えています。これからはシニアが年齢に関係なく働いていくことが大きなトレンドになっていきます。新しい考え方に振り切って、いろいろな世代の方が働きやすい環境を作っている企業のほうが、若手の離職も少なく、人が集まっていますし、経営もその方向に舵を切っていかざるを得なくなると思います。
【Q2】 シニア人材キャリア支援の事例では、経験豊富な元役員がサポートメンバーとなってシニア社員のカウンセリングをしていました。カウンセリングの知識・スキルをもった若手・中堅がカウンセリングするのは、シニア社員に対しては効果がないでしょうか?
ご紹介した事例の場合は、年齢を重ねてからの経験などを踏まえてアドバイスができるということで、経験豊富な元役員によるカウンセリングが有効でした。一方で、今は「リバースメンタリング」と言って、若手が上の世代をメンタリングするのは非常に効果的と言われています。若手・中堅社員でキャリアカウンセリングができる方にやってもらうのは、とても有効だと思います。
【Q3】 シニア社員がやりたいことと、本人ができること、そして会社にとって必要な仕事を、どのように調整していけばよいでしょうか?
やりたいことがなさそうに見えても、実際はやりたいことが内在していたり、実際にやりたいことをやっていたりすることもあります。なさそうに見えてしまうのは、本人とすり合わせをしていないことが要因だったりします。自分の中でやりたいことを言語化して、会社の中でこれを試したいという具体策を上司や関係部門の方とすり合わせてみると、一致することが少なくありません。このようにすり合わせすることで支援も行いやすくなりますので、やはり対話やコミュニケーションといったところからスタートすることが大切だと思います。

法政大学大学院地域創造インスティテュート 政策創造研究科 キャリアデザイン学部 教授
石山 恒貴 氏
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、日本電気(NEC)、GE(ゼネラルエレクトリック)、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社執行役員人事総務部長を経て、現職。
著書・論文
・『定年前と定年後の働き方』(光文社 2023年)
・『カゴメの人事改革』(共著:中央経済社 2022年、日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門最優秀賞)
・『越境学習入門』(共著:日本能率協会マネジメントセンター 2022年、日本の人事部「HRアワード2022」書籍部門最優秀賞)
・『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社 2020年、経営行動科学学会優秀研究賞:JAASアワード受賞)
・『地域とゆるくつながろう』(共著:静岡新聞社 2019年)
・Mechanisms of Cross-Boundary Learning Communities of Practice and Job Crafting (共著:Cambridge Scholars Publishing 2019年)
・『越境的学習のメカニズム』(福村出版 2018年)
・『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社 2015年)、他
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