対談

シェア80%でも組織変革が不可欠だった理由 老舗メーカーが挑んだ「人的資本経営」10年の全容

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圧倒的なシェアを誇る企業でも、組織は硬直し、成長が止まることがあります。創業93年、日本酒、味噌、醤油などの醸造機械メーカーで、国内約80%のシェアを持つフジワラテクノアートも同様に、個人に依存した体制や、評価の不透明さといった課題を抱えていました。

事業承継を契機に課題と向き合った、同社代表取締役副社長の藤原加奈氏に、人事制度の刷新、ビジョンの浸透、組織文化の再構築など、人的資本経営を軸に10年をかけて進めてきた組織変革のリアルなプロセスと成果について、パーソル総合研究所 上席主任研究員の佐々木が伺いました。

株式会社フジワラテクノアート 代表取締役副社長

藤原 加奈 氏

2001年慶應義塾大学卒業後、大手食品メーカーに入社。父親の急逝後に社長を継いだ母親をサポートするため05年フジワラテクノアート入社、取締役就任。15年取締役副社長に就任。21年より現職。人的資本経営を軸にビジョン実現に向けた変革を推し進めている。「日経woman ウーマン·オブ·ザ·イヤー2026」「フィガロジャポン Business with Attitude アワード2025」受賞。

パーソル総合研究所 上席主任研究員

佐々木 聡

株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。

圧倒的シェアの老舗企業が直面した「組織の限界」

佐々木聡(以下、佐々木):フジワラテクノアートさんは、発酵食品の製造機械・プラントメーカーとして非常に高いシェアを持っています。一般的には「そこまで強い会社なら、変革しなくても維持できるのでは」と見られがちです。それでも、なぜ変革に踏み切ったのでしょうか。

藤原加奈氏

藤原加奈氏(以下、藤原氏):業績面では2000年代に入ってから醸造機械で国内シェア80%に達しました。一方で、地方の中小企業という背景もあり、組織は個人商店のような運営に近い状態でした。しかし、若い人材が入ってきたり、大型案件が増えたりする中で、個人に依存した体制では対応しきれず、組織として機能する必要性が高まりました。その過程でさまざまな不満も顕在化したのだと思います。

私自身、事業承継の覚悟を決めたのが2015年でした。覚悟を決めるまでには迷いもありましたが、覚悟を決めた以上、経営課題をきちんと洗い出し、その解決に本気で取り組まなければいけないと強く感じました。

佐々木:変革のスタートとして、何から着手されたのでしょうか。

藤原氏:まず取り組んだのは、会社の本質的な課題の特定です。オーナー家出身という立場上、社員から深い部分まで本音を引き出すことは難しいと感じていました。そこを知らずに前には進めないと思い、第三者に入っていただき、社員インタビューを実施しました。佐々木さんにもご協力いただきましたね。

佐々木:その結果、最も大きく浮かび上がったのは人事評価に対する不満でしたね。人事評価のプロセスがブラックボックス化しており、どのように評価が決まるのか分からないという声が非常に強かった印象です。

藤原氏:人事制度自体にも課題があり、マネジメント研修やフィードバックの不足も影響していました。

佐々木:制度という「ハード」と、運用という「ソフト」の両面に課題があったのですね。そこで、まずはハード面の人事制度の見直しから始めたわけですね。

組織変革ポイント1:第三者インタビューによる課題の可視化

対話で見えてきた「守るべき価値」

佐々木:人事制度だけを変えても、経営理念や事業戦略とつながっていなければ機能しません。その点はどのように考えましたか。

藤原氏:まさにそこが重要でした。当社には長い歴史の中で積み上げてきたものがたくさんあります。だからこそ、何を守るべきで、何を変えるべきなのかを整理する必要がありました

佐々木:ポリシーを明確化しようということで、経営幹部で1泊2日の合宿を行いましたね。

藤原氏:日常業務から離れて議論したことは非常に有意義でした。人事制度と経営理念・戦略が一致していなければ制度は機能しません。会社として未来に向けてどこへ進むのか。その中で、これからの時代に求める人材像とは何か。信頼される人とはどのような人か。そうしたことを両輪で考えたことが、非常に重要だったと感じています。

佐々木:人事制度設計においては、スタート段階でポリシーを明確に言語化することが極めて重要ですよね。

藤原氏:本当にその通りです。私がフジワラテクノアートに戻ってきた当時は、前職の大企業との比較もあって、「あれができていない」「仕組みがない」と、強みよりも会社の課題ばかりに目が向いていました。その状態では、特にベテラン社員との関係がうまく築けませんでした。

しかし、一度その見方を手放して、社員との対話に時間をかけていくと、見えてきたものがありました。それが、まさに守るべきものです。

社員のお客さまに対する真摯な思いや、感動や喜びを提供したいという純粋な気持ちは、フジワラテクノアートのものづくりを支える核心であり、非常に重要な強みです。だからこそ、人に投資をし、その強みを引き出せる環境をつくりたいと思いました。多様な人材が生き生きと働ける環境づくりに本気で投資する、対話を通じてそれを軸として確立できたことが大きな成果です。

組織変革ポイント2:「守る×変える」を明確化したポリシーの言語化

ビジョンは「共感ゼロ」から始まった

佐々木:人事制度の刷新後、2050年に向けたビジョンをつくられましたが、その浸透にはかなり苦労されたそうですね。

藤原氏:はい。最初は本当に大変でした。「醸造を原点に、世界で微生物インダストリーを共創する企業になる」といったビジョンを掲げても、ビジョン作成メンバー以外で最初から共感してくれる人は、ひとりもいませんでした。

図表1:フジワラテクノアートの2050年ビジョン

フジワラテクノアートの2050年ビジョン

出所:フジワラテクノアート

若手に刺さる言葉と、長年会社を支えてきたベテランに刺さる言葉は違います。年代に応じて伝え方を変えながら、いろいろなことを試しました。具体的には、まず、部門横断の委員会を4つ立ち上げました。

図表2:ビジョン推進体制と取り組み

ビジョン推進体制と取り組み

出所:フジワラテクノアート資料を基にパーソル総合研究所作成

技術イノベーションを進める「未来技術開発委員会」、イノベーションを起こしやすい環境をつくるための「業務革新委員会」、当社が得意とするフルオーダーメイドのモノづくりをさらに高度化するための「DX推進委員会」、個人の力を最大限に生かすための「人財育成委員会」です。抜擢されたメンバーは、取り組みを通じてビジョンへの理解を深めていきました。

ただ、エンゲージメント調査をすると、委員会メンバーとそうでない人の間で意識差があることも分かりました。そこで、会社全体のビジョンだけでなく、各部門の「あるべき姿」を定義し、その実現に向けて、一人ひとりが5年単位の個人ビジョンを持てるようにしました。会社の中期計画と、個人の成長ビジョンを連動させたのです。

図表3:個人別5か年ビジョン設定

個人別5か年ビジョン設定

出所:フジワラテクノアート

組織変革ポイント3:組織と個人を接続するビジョン設計と浸透

ベテラン層の反発を変えたのは、「過去を否定しない」対話

佐々木:ビジョンを浸透する過程において、特に難しかったのはどの層だったのでしょうか。

藤原氏:やはりベテラン層です。これまで何度も挑戦し、努力して、今の高いシェアを築いてきたわけですから、「なぜまた変わらなければいけないのか」と感じるのは当然です。

対話を重ねる中で見えてきたのは、「自分たちがやってきた過去を否定されたように感じる」という思いでした。

そこで、「皆さんが培ってきた技術があるから、さらに高みを目指せる」「強みをさらに強くするためのビジョン」という伝え方に変えました。今ではベテラン社員も協力してくれて、DXの委員会にも参加してくれています。

佐々木:時間をかけて相手を尊重しながら丁寧に対話を続けることで、徐々に協力が得られるようになってビジョンが浸透していったのですね。

藤原氏:ビジョン浸透には、情報共有も重要でした。社内SNSなどのデジタル施策もありますが、月に1回30分、社員全員が集まる場を設けて、ビジョン実現の進捗や開発状況、会社が何に取り組んでいるのかを継続的に共有しています。浸透のためには、こうした地道な情報発信が欠かせないと感じています。

HRチームが担う「経営と人材の接続」

佐々木:組織面では、「HRチーム」の立ち上げも大きなポイントだったのではないでしょうか。

藤原氏:そうですね。もともとは「人事総務部」という部署名でしたが、ステークホルダーとしっかりコミュニケーションが取れる会社にしていきたいという思いから、「コーポレートコミュニケーション部」へと改称しました。その中のひとつの機能として「HRチーム」を置いています。

図表4:ビジョン推進体制と「HRチーム」の位置付け

ビジョン推進体制と「HRチーム」の位置付け

出所:フジワラテクノアート資料を基にパーソル総合研究所作成

藤原氏:採用、育成、配置など、人に関わることを一元的に見ながら、経営戦略と人材戦略を一致させていくことが目的です。HRチームのメンバーにも部門横断の委員会に入ってもらい、事業の深いところまで理解した上で、「どう育成するか」「どんな人を採用するか」を考えてもらっています。

佐々木:いわゆる、HRBPとして事業理解を前提に人事が戦略に伴走する形ですね。

藤原氏:はい。私自身もHRチームとは毎日のようにコミュニケーションを取っています。現場からも「こういうことをやりたい」という提案が出て、一緒に形にしていく。そうした日々のコミュニケーションによって自律型の社員が増えて取り組みが早く進み、生産性向上につながっていると思います。

組織変革ポイント4:変革を推進する「横断組織」と「HR機能」の設計

評価軸の転換が、女性活躍を進めた

藤原加奈氏

佐々木:少し話を戻しますが、人事制度の見直しによって、具体的にどのような変化が起きましたか。

藤原氏:大きな変化のひとつは、女性活躍です。以前は、「長時間働く」「出張の回数」「売上貢献」といったことが評価されやすくなっていました。そこで、求める人材像を明確にし、能力やスタンスだけでなく人間性も含めて言語化し、昇格基準を明確にしました。

そこで、求める人材像を明確にし、能力やスタンスだけでなく、人間性も含めて言語化しました。昇格基準も明確にし、当社のように非定型業務の多い会社では、自律的に業務を推進できる人材が評価される仕組みに変更しました。

その結果、必ずしも長時間労働や出張が多くなくても、社内でDXを推進したり、働きやすさのための制度づくりを自律的に進めたりするなど、社外活動に制約のある人材も、社内での取り組みを通じて評価される仕組みとなり、いろいろな職種から昇格の道が開けたことで女性の活躍も進みました。

組織変革ポイント5:成果の定義を変える評価基準の再設計

女性活躍の好循環を生んだ意識改革

佐々木:制度を変えるだけではなく、意識の変化も必要だったのではないでしょうか。

藤原氏:その通りです。もともと機械プラントメーカーは男性中心の組織でした。以前は「女性は早く帰れていいな」といった言葉が、悪気なく発せられることもありました。それに傷ついて辞めてしまう女性もいたのです。

そこで、男性社員向けの意識改革にも取り組みました。外部講師による研修を行い、社会の変化やハラスメントについて学ぶ機会をつくりました。新しい評価制度の運用を重ねる中で、「長時間働く人が高評価」という見方も徐々に変わっていき、今では短時間勤務でも管理職を担う女性が出ています。

もちろん、そこに至るまでには、男女の間で思いをぶつけ合う時期もありました。でも、お互いの立場や考えを率直に出し合う中で、少しずつ妥協点を見つけていきました。今では、男性が変わろうと努力してくれたことに対して女性も感謝を持ち、女性が頑張る姿を見て男性が応援する――、そんな好循環が生まれています。お互いをリスペクトし合える、とてもフラットな組織になってきたと感じます。

図表5:女性活躍の好循環

女性活躍の好循環

出所:フジワラテクノアート

組織変革ポイント6:対話による意識転換

応募は全国から800名、若手定着率も大きく改善

佐々木:変革の成果は、採用や定着にも表れているそうですね。最近では、5名の募集に対して全国から800名の応募があったと伺いました。

藤原氏:応募者の方に理由を聞くと、「会社の雰囲気が良い」「ビジョンに共感した」「一緒に働く仲間が魅力的だと思った」と言っていただくことが多いです。そうした空気感は、今後も大切にしていきたいですね。

また、10~30代社員の比率は約58%まで高まり、若い力が組織に加わってきています。新卒の3年以内離職率も、この6年間でゼロになりました。2015年頃は約30%が離職していたことを思うと、非常に大きな変化です。

人的資本経営を土台に、日本の発酵技術を世界へ

佐々木:最後に、これからの展望をお聞かせください。

藤原氏:日本の発酵文化は、今や世界にも広がっていますし、日本の技術はこの分野でトップレベルだと感じています。当社も90年以上かけて、お客さまとの信頼関係を築いてきました。その信頼を守り続ける責任があります。

一方で、トップシェアという成功体験に甘えていてはいけないとも思っています。むしろ、その枠を壊して、イノベーションに果敢に挑戦する会社でありたい。これまでは醸造機械メーカーとして歩んできましたが、今後は微生物を高度に利用するものづくりを軸にさらに領域を広げることで、さらなるグローバル展開を期待しています。

そのためにも、会社のビジョンと個人の育成ビジョンがしっかり連動するようにキャリア支援を進めていきたい。人事戦略と経営戦略をしっかり連動させ、日本が誇る発酵技術を世界に発信していきたいと考えています。

対談動画 HRトークセッション「シン・人事思考」

▼VOL.1:圧倒的シェアの裏にあった人事制度の歪み 制度刷新に欠かせないポリシーの定め方

▼VOL.2:共感ゼロから始まったビジョンが従業員を動かすまで

▼VOL.3:5名の募集に全国から800名応募 評価基準の再設計がもたらした組織の変化

  • 文中の内容・肩書等はすべて取材当時のものです。

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