インタビュー

「働き方改革」を改革する ——画一から脱し、現場に即して進化する制度へ

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日本人は本当に働かなくなったのか。こうした懸念を指摘する報道がある一方で、働き方改革の揺り戻しも見られ始めている。柔軟な労働時間法制の導入を訴える要望書を政府に提出した九州経済同友会の代表委員を務める青柳俊彦氏に、その背景と、九州を起点に浮かび上がる働き方改革の課題について伺った。

青柳 俊彦 氏

九州経済同友会 代表委員/九州旅客鉄道株式会社 取締役会長

青柳 俊彦 氏

1953年生まれ。福岡県出身。1977年東京大学工学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)に入社。1987年、国鉄分割民営化に伴い九州旅客鉄道へ。2013年代表取締役専務鉄道事業本部長、2014年代表取締役社長、2022年より取締役会長。九州経済同友会 代表委員、福岡経済同友会 代表幹事。

要望書提出の背景と経緯 失われた30年から回復なるか

2025年12月、九州経済同友会は経済4団体連名で「働き方改革における柔軟な労働時間法制の導入等に関する要望書」(図表)を政府に提出しました。一律的な労働時間の削減ではなく、働く側が自ら働き方を選択できる柔軟な制度への転換を求めるものです。議論が始まったのは、2024年です。コロナ禍を経て、九州経済同友会では委員会の役割などを見直し、組織の在り方を再検討しました。その過程で会員から「働き方改革への違和感」を唱える声が相次いで上がってきたのです。単なる不満ではありません。現場を預かる経営者や実務者たちが抱いてきた、切実な問題意識でした。

図表:「働き方改革における柔軟な労働時間法制の導入等に関する要望書」要望事項(要約)

図表:働き方改革における柔軟な労働時間法制の導入等に関する要望書」要望事項(要約)

※「働き方改革における柔軟な労働時間法制の導入等に関する要望書」(2025年12月19日)を基にパーソル総合研究所作成

議論を加速させたきっかけは、福岡経済同友会の代表幹事の1人が、日本に進出してきた海外企業と交わした会話でした。「日本人は働かないので採用したくない」といった指摘を受けたのです。グローバル企業から見た厳しい現実として、私たちは正面から受け止めねばなりませんでした。長期的な労働力不足が見込まれる中、日本の産業や経済成長を考える上で、無視できない警鐘だと感じたのです。

また、世界最先端の半導体メーカー台湾積体電路製造(TSMC)※1の熊本進出は、九州経済に大きな刺激をもたらしています。上流から下流までの半導体関連企業が熊本周辺に集積。当該地域では初任給の大幅な上昇につながっており、地場企業では労働生産性の向上が大きな課題となっています。したがって、「TSMCは別格のグローバル企業だから私たちには関係ない」とはいえません。

こうした背景から、働き方改革が労働者や九州経済の将来にとって望ましい方向に進んでいるのか、議論を進めることになりました。失われた30年からの回復と労働時間短縮との整合性は取れているのか。また、アメリカやアジアとの激しい競争の中で、猛烈に働き、成果を上げる彼らに対抗できるのか。成功事例から得られる示唆は何か。本音で意見を交わし、日本の働き方を根本から見直したい。そして、課題と解決策について経済界の認識を政府と共有したいと考えました。

※1

TSMCは台湾の半導体受託生産大手。2024年2月の熊本県菊陽町での第1工場開所を皮切りに、日本での生産拡大を進めている。

働き方改革の功罪 浮かび上がった現場の課題

2025年8月に開催した九州地域戦略会議夏季セミナー(分科会)では、「『働き方改革』の改革を考える」をテーマに議論しました。知事会と経済4団体を合わせて、通常の分科会を上回る参加者が集まったことからも、このテーマへの関心の高さがうかがえました。冒頭で問題提起を行い、その後、さまざまな立場の参加者から意見を聴取しました。

序盤では、「働き方改革によって会社が良い方向に変わった」という肯定的な意見が多く挙がりました。ある企業では、残業時間が減り、家族との時間が増えたことに加え、結婚や出産の増加にもつながったという具体的な数値的成果も見られたとの意見もありました。

しかし、議論が深まるにつれて、課題も浮かび上がってきました。「時間がないため、技術を磨くべき時期にある若手を十分に育成できない」「リスク回避のため、新人に挑戦機会を与えないことで、結果的に『やりたいことができないから』と若手の早期離職につながっている」「管理職に負担が集中している」「DXによる効率化が進まないまま、労働時間だけが削られている」。働き方改革の成果を評価する声と同時に、労働時間の制約や制度の硬直性に苦しむ現場の実態が、初めてリアルに共有されたのがこの時でした。

私たちが出した結論は明快です。労働時間を一律にカットする枠組みには限界があるのではないか。業種、職種、地域、企業規模などの実態に即した、多様な働き方が選べる仕組みへの転換が必要だということです。なお、こうした問題意識は九州に限ったものではなく、同時期に東京の経済団体においても議論がなされていました。このような共通の課題認識も踏まえ、政府への提言として取りまとめることになったのです。

画一的な制度から脱却し 多様な働き方の実現へ

今回の要望書の内容をひと言で表すなら、「画一から多様へ」です。現行の働き方改革は、標準的なホワイトカラーの会社員を前提として作られた制度です。しかし、日本に存在するあらゆる業種・職種に一律に当てはめたとき、本当に機能するとは限りません。例えば、職人の世界では修業そのものが育成の本質であり、師匠の仕事を間近で見て、時間をかけて技を身に付けていくものです。時間の制約によって修業の機会が失われれば、技の研鑽や継承にも影響が及びます。標準的なオフィスワーカーを想定した制度では、こうした職種の実態を十分にカバーすることはできません。

スタートアップ企業も同様です。上場を目指してチーム全員で奮闘するような成長初期のフェーズでは、時間規制が事業推進の大きな壁になり得ます。新しいビジネスを生み出そうとする情熱や努力が、制度によって阻害されてしまうことへの危機感を抱いています。新たな価値創出の芽を摘んでしまわないためにも、柔軟な制度設計が必要です。

こうした多様な労働環境を踏まえ、労働者自身が主体的に働き方を選択できる仕組みの必要性を、要望書では訴えています。具体的には、多様な働き方を阻害する可能性がある時間外労働の上限規制の見直しや、国際競争力低下の懸念、労働力不足への対応といった課題を取り上げました。九州には、半導体、自動車、鉄鋼など国際競争にさらされる産業が数多く集積しています。こうした産業の競争力を維持・強化していくためには、人材育成やキャリア形成を支える柔軟な労働時間制度が必要です。現場の実情に即した制度の見直しは、企業だけでなく、労働者や地域社会にとっても大きなメリットをもたらすでしょう。

法と現場の乖離が問題 「ゆとり教育」との類似点

働き方改革を見ていると、かつての「ゆとり教育」※2と非常によく似た構造を感じます。理念は正しかった。しかし、現場での運用がうまくいかなかった。それがゆとり教育への評価の大勢であり、私は今の働き方改革にも同じことがいえると考えています。国が法律を制定し、一斉に号令をかける。ところが、現場はその真意を十分に理解しないまま、形だけ対応しなければならない状況に追い込まれます。ゆとり教育のときも法制度を設計する側とそれを運用する現場の乖離が問題になりましたが、働き方改革でもまったく同じことが起きているように思えてなりません。

問題をさらに複雑にしているのが、社会やメディアの風潮です。残業時間の上限は月45時間とされているにもかかわらず、月20~30時間程度の残業でさえ「ブラック企業」と叩かれる空気が広がっています。長時間労働はもちろん見直すべきですが、制度の趣旨を超えた締め付けは、成長の機会まで奪いかねません。法律で線を引いた途端、少しでも制限を超えれば批判が集まり、運用側の首が絞められる。この構図には、メディアやSNSの影響も少なからずあると感じています。ゆとり教育でも、マスコミが過剰に反応して「学力低下」を報じました。その後、必ずしも単純な因果関係ではなかったことが明らかになりましたが、一度形成された世論は大きな影響力を持ちました。働き方改革についても同様です。問題提起しただけで過剰な反応が起こり、議論が極端な方向へ振れてしまうことがあります。そうした状況は健全ではありません。現実の問題を直視し、正しく問いを立て、現場に即した改善を続けることこそが求められています。国も経済界もメディアも、それぞれが冷静にその役割を果たすべきでしょう。

厚生労働省が実施した「法施行後5年の総点検」では、「今より働きたい」と答えた人は約10.5%でした。「10%しかいないから問題なし」と片付けるのではなく、その10%の人たちが望む働き方を選べる環境の整備を諦めないことも重要なのではないでしょうか。

※2

いわゆる「ゆとり教育」は、日本の学校教育で2002年から2011年頃まで実施された教育方針で、授業時間の削減や学習内容の精選を通じて主体性や思考力を重視したが、学力低下を指摘する声もあり、賛否を呼んだ。

仕事は楽しく、健やかに 個人が働き方を考える時代へ

私がとりわけ訴えたいのは、「法律を作ったら終わり」ではないということです。政府には制度を導入した後も、現場が何に困っているのかを把握し、伴走しながら改善を続ける姿勢が求められます。特に、中小企業や地方経済の実態に対する理解を、より深めていく必要があるでしょう。

一方で、企業や現場の側にも求められることがあります。国の号令に従うだけでなく、その趣旨を自ら読み解き、自社の実態に即した取り組みを主体的に考えることです。「働く人が健康に、達成感を持って仕事に向き合える職場とは何か」という本質的な問いに向き合うことが、今こそ日本に必要です。

「仕事は楽しくやらなければ続かない」。これが私の持論です。自分の意志で楽しく働ける環境があれば、人は自然と能力を発揮でき、苦痛を感じることもない。結果として、個人や企業の成長にもつながるのではないでしょうか。

その意味で、要望書のもうひとつの柱である「健康を守る仕組みの充実」も重要です。過労死対策はもちろん欠かせませんが、健康問題を労働時間だけで捉えるべきではありません。

肉体的な負荷に加えて精神的なストレスがかかり、自分で仕事や働き方をコントロールできなくなったとき、人の心身は大きなダメージを受けます。健康診断やストレスチェックの充実を図るとともに、個人が適切な裁量を持ち、自律的に働ける環境を整えることが重要です。労働時間規制と健康管理を両輪で進めることこそが、働く人の健康と企業の持続的な成長を実現する道だと考えています。

「より良い働き方」を巡る議論に「正解」はありません。多様な見方や考え方があり、皆が考えるべき社会全体の課題であると認識しています。大切なのは、一人ひとりが達成感を持って楽しく働けているかどうかを問い続けることです。私たちの要望書は、働き方改革そのものを否定するものではありません。目指す方向性は正しいものの、画一的な運用ではその恩恵を受けられない人や企業が多く残ってしまいます。

大企業も中小企業も、既存企業もスタートアップも、ホワイトカラーも職人も、それぞれの実態に合ったきめ細かな政策への転換を、国には強く求めます。画一的な規制から、多様で選択可能な制度へ。その転換こそが、日本の人材力と競争力を両立させる鍵になると考えています。一人ひとりが楽しく、達成感を持ちながら、自分らしく働ける社会の実現に寄与していきたいと考えています。

  • ※文中の内容・肩書等はすべて取材当時のものです。

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