インタビュー

個人頼みの日本の生産性は限界へ 分水嶺は「中長期の物語」と「人への投資」——働き方改革を経た日本の生産性の現状と課題

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働き方改革によって、1人当たりの労働時間は確かに減った。その一方で、「生産性」にはどのような影響を及ぼしたのか。日本の生産性を分析してきた経済学者・滝澤美帆氏に、その影響と、「失われた30年」の構造的課題、AI時代の人的資本投資の在り方について、パーソル総合研究所 研究員・佐々木聡がお話を伺った。

滝澤 美帆 氏

学習院大学 経済学部 教授

滝澤 美帆 氏

学習院大学経済学部卒業後、一橋大学大学院にて博士号(経済学)取得。東洋大学経済学部教授などを経て、2020年より現職。マクロ経済学・企業行動の実証分析を専門とし、日米労働生産性の比較研究など、生産性分析の第一人者として知られる。日本生産性本部との共同研究に携わるほか、政府の各種審議会・研究会委員も務める。

個人の努力に依存してきた日本の生産性の伸び

──(佐々木、以下同)働き方改革の推進により、1人当たりの労働時間は減ってきています。しかし、それによって企業の業績が大きく落ち込んだという話は、あまり聞きません。日本の生産性は今どのような状態にあるのでしょうか。

滝澤氏:そもそも経済学における「生産性」とは、労働や資本などの投入資源がどれだけ効率的に活用されているかを示す指標で、「アウトプットをインプットで割ること」で算出されます。生産性にはいくつか種類がありますが、働き方改革の文脈で議論するのであれば、従業員1人当たり、あるいは労働1時間当たりにどれだけの成果(付加価値や生産量)を生み出したかを示す「労働生産性」を見るのが妥当でしょう(図表1)。

日本生産性本部が公表している「日本の労働生産性の動向2025」を見ると、日本の労働生産性は緩やかに上昇していることが分かります(図表2)。ただし、その中身は丁寧に見る必要があります。就業者数が増えている一方、労働時間は減少傾向にあります。これは、女性や高齢者の労働参加が進んだことに伴い、短時間労働者が増えたことが一因でしょう。差し引きすると、インプットに当たる部分は大きくは変わっていないと考えられます。

一方、アウトプットに当たる実質GDPは上昇傾向にあります。物価上昇の影響も踏まえる必要はありますが、統計上は労働生産性の上昇が確認されます。

図表1:労働生産性の考え方

図表1:労働生産性の考え方

図表2:実質労働生産性および関連指標の推移

図表2:実質労働生産性および関連指標の推移

出所:公益財団法人日本生産性本部(2025)「日本の労働生産性の動向2025」を基にパーソル総合研究所作成

──日本の労働生産性は、海外と比較するとどうでしょうか。

滝澤氏:日本の就業者1人当たりの労働生産性は、2024年時点でOECD諸国38カ国中29位と順位が低く、他国に比べて伸びが鈍いのが実態です(図表3)。マクロ統計では、アメリカと比べると日本の労働生産性は、サービス業で半分、製造業で7割程度にとどまっています。サービス業については「日本のサービスは質が高い」という見方もありますが、質の違いを差し引いても、依然として大きな格差があります。 

労働生産性の向上には、設備投資と人的資本投資が欠かせません。しかし、過去30年のデータを見ると、日本企業は設備投資も、従業員の教育訓練といった人的資本投資も他の先進国に比べて著しく不足していました。この事実から、近年の生産性上昇は企業の生産性向上の取り組みの成果というよりも、従業員一人ひとりの努力に依存してきた側面が強いと考えられます。

図表3:就業者1人当たり労働生産性 上位10カ国の変遷

図表3:就業者1人当たり労働生産性 上位10カ国の変遷

出所:公益財団法人日本生産性本部(2025)「日本の労働生産性の動向2025」を基にパーソル総合研究所作成

世界との差を生んだのは 設備や人への投資不足

──「失われた30年」といわれる中で、企業は株主配当を増やし、海外展開を優先してきた面がありました。一方で、業績が改善しても賃金が伸びず、従業員が充実感を得にくい状況も続いています。なぜこのような構造が固定化してしまったのでしょうか。

滝澤氏:これまでの経営環境の中で合理的な判断が積み重なった結果といえます。国内市場の成長が見込みにくく、魅力的な投資機会が少なかったことに加え、日本は雇用維持が強く求められ、業績が悪化しても解雇しにくい仕組みがあります。そうなると、リスクを取って国内に投資するより、余剰資金を海外展開やM&Aに注力したほうが、確実なリターンを期待できたわけです。

また、経済が好調な時代には、働いて生産量が増えれば、増えた分、売上につながっていました。生産性を意識しなくても成果が出やすかったため、評価軸も労働時間に寄りやすく、結果的に長時間働く人が評価される仕組みが自然にできあがっていったのだと考えられます。

──人的資本投資に関しては「アメリカの20分の1」というデータもあります。ここまで差が開いた背景には、国ごとの構造的な違いもあるのでしょうか。

滝澤氏:例えば、アメリカは労働市場が柔軟で、景気が悪化すれば労働者や労働時間を減らす選択肢も取りやすく、生産性を比較的容易に改善することが可能です。また、GAFAに代表される超巨大企業がイノベーションを起こし、付加価値を飛躍的に向上させてきた側面もあります。一方、ドイツは中小企業の割合が高いのですが、その中小企業のイノベーションや輸出によって生産性を高められています。少ない労働時間で高いアウトプットを生み出す、バランスの取れた状態を実現しています。

──日本はドイツ同様、中小企業の比率が高い国ですが、日本の中小企業の生産性は低い傾向にあります。この差を生む要因はどこにあるとお考えですか。

滝澤氏:ひとつは、市場環境の違いです。ドイツは陸続きで欧州市場にアクセスしやすく、中小企業でも輸出しやすいため、国内市場が縮小しても、外に販路を広げる選択肢を取ることができます。もうひとつは人材育成の仕組みです。徒弟制度やマイスター制度など、技能を伝承し、人的資本を蓄積する仕組みが社会に根付いています。こうした基盤が、質の高い製品やサービスの創出につながっていると考えられます。

こうした前提の違いがあるとはいえ、日本はやはり設備や人への投資が十分でなく、個人の努力に頼ってきたことが、世界との差を生む大きな要因となっているといえるでしょう。

人的資本投資への潮流 中小企業へも波及できるか

──しかし最近は、労働生産性の向上よりも、労働時間の柔軟性を求める動きのほうが強く見られます。こうした動きをどう見ていますか。

滝澤氏:上場企業に限った分析ですが、労働時間が減ってもアウトプットは必ずしも減らないことが確認されています。むしろ、アウトプットは維持されることで、労働生産性が向上している企業も見られます。しかし昨今は、労働力不足が現実の制約として表出し、需要があっても供給が追いつかない局面が増えています。そのため「繁忙期はもう少し働けるようにしたい」という声が強まるのでしょう。

こうした事態に対し、本来は省力化投資や設備投資を進め、長時間労働に頼らず成果を出せる体制を整えるのが理想です。しかし、実際には労働時間の調整が簡単で即効性のある対応として選ばれやすい。投資できる余裕がないという事情もあるでしょう。 

私は労働者側に裁量があることを前提にできるなら、繁忙期は長く働き、閑散期は短く働くといった柔軟性を高める方向性自体は合理的だと思っています。

──労働力不足が経営課題として顕在化する中で、企業は「投資すべきか、それとも縮小すべきか」という判断を迫られていますが、日本全体としてはどのような状況なのでしょうか。

滝澤氏:足元の投資額は増えてきています。物価上昇の影響による見かけの増加なのか、実態として増えているのかは、もう少し統計を追う必要がありますが、政府が重点分野を示して投資を後押ししていることもあり、投資機運が高まっているのは確かでしょう。 

特に大企業では、人への投資の重要性に気付き始めている企業が増えています。また、中にはAIを活用するなど先進的な働き方改革を推進し、業績向上につなげようとする企業も出てきています。

──日本企業の99.7%は中小企業が占めています。人的資本投資の重要性を中小企業にいかに波及させていくかがひとつの鍵となりそうですね。

滝澤氏:中小企業への政府の支援策は多くありましたが、「お金を配って終わり」で、成果検証が十分でないまま、生産性向上につながってきませんでした。

中小企業が生産性を高めるには、企業の規模や業態によってアプローチを変える必要があると考えます。例えば、従業員300人未満の企業であれば、M&Aや共同調達など、企業同士の横のつながりを活用するのも一手です。一方で、地域に根ざした少数精鋭の企業の場合は、生産性に限らず、独自の価値提供の軸を強める戦略を考えていく必要があるでしょう。

AI投資は「横並び」意識を捨て ICT投資の二の舞になるな

──昨今のAI技術の発展は、企業の労働生産性を左右する要素になりつつあります。AIは労働市場にどのような影響をもたらすと見ていますか。

滝澤氏:経済産業省の試算によると、AI技術の発展が、労働需要の構造に大きな影響をもたらし、2040年には職種間で大きな需給ミスマッチが起こると予測されています(図表4)。事務職や文系人材が余剰する一方、AI・ロボットなどの利活用人材を含む専門職や、現場人材は不足すると考えられています。しかし、学校教育を含めた教育体制が追いついておらず、企業側も本来必要となるリスキリングに十分対応できていないのが現状です。結果として、需給のミスマッチはさらに拡大していくでしょう。

図表4:2040年の就業構造推計と職種間のミスマッチ

図表4:2040年の就業構造推計と職種間のミスマッチ

出所:経済産業省(2026)「第30回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」資料「2040年の就業構造推計(改訂版)について」を基にパーソル総合研究所作成

──かつてインターネットが普及した際にはICT投資が進みましたが、その時との共通点もありそうです。

滝澤氏:ICT投資については、日本の投資水準はGDP比で見れば欧米諸国と比べても遜色ありませんでしたが、生産性の向上にはつながりませんでした。付加価値を高める形で活用されなかったこと、ICT人材の育成が不足していたことが背景にあります。 

AIについても同じ構図が起きかねません。「周りが導入しているから」という意識で導入する企業が多く、本質的な重要性を理解した上での投資を行っているとは言い難い状況です。そのため、現状ではペーパーレス化や作業負担の軽減といった限定的な用途にとどまり、付加価値を飛躍的に高めるような使い方ができている企業はごくわずかです。やみくもな投資ではなく、生産性を高めるための投資を考えていく必要があると思います。

──ICTやAIの例を見ても、日本企業は思い切った投資に踏み切れない印象がありますが、なぜでしょう。

滝澤氏:一般企業の経営者は、「自分の任期中に大きな問題を起こしたくない」という心理が働きやすく、中長期の意思決定に対して慎重にならざるを得ない側面があるのだと思います。一方で、オーナー企業やファミリー企業には長寿企業が多いという研究結果があります。その一因として、長期での経営を見据えられるため経営者に余裕が生まれ、思い切った投資を行いやすいことが考えられます。

人的資本経営の分水嶺は「中長期の物語」を持てるか

──投資家向けの情報開示を通じて人への投資を増やそうという人的資本経営の流れは、どのようにご覧になっていますか。

滝澤氏:開示情報には企業側の裁量も大きく、投資家にとって本当に役立つ情報になっているかという点では、課題が残ります。一部には「情報を多く開示したほうが損をする」という意識を持つ企業もあり、現状は道半ばといえるでしょう。

──労働生産性における他国との差を埋めるためには、やはり人的資本投資が鍵になるでしょうか。

滝澤氏:近年のデータや研究からも明らかですが、研究開発への投資、OJTはもちろんOff-JTも含めた人材育成や従業員エンゲージメントの向上、働きやすい環境の整備など、人的資本への多面的な投資は、生産性の向上に不可欠です。

「生産性を上げよう」というと、労働者側からは「もっと働く必要があるのか」とネガティブに受け取られることがあります。しかし本来、生産性向上とは労働の強度を上げることではありません。限られた時間の中で、労働生産性の計算式の分子に当たる「付加価値」を飛躍的に高めることを目指すべきです。付加価値が高まれば、賃金を含めた従業員への配分の原資も増えるため、働く側にとってもプラスになる認識を持ってほしいです。

人口減少や少子高齢化が進み、成熟国家となった日本においては、従来と同じ仕事を従来と同じやり方で続けるだけでは、生産性向上は期待できません。新しい製品やサービスを生み出し、価値を高めていくことが求められます。足元の労働力不足への対応と並行して進める必要があるため簡単ではありませんが、経営者が中長期の目標、言い換えれば「中長期の物語」を描けるかどうかが、本当の意味で生産性を高められるかどうかの分かれ目になるのではないでしょうか。

  • ※文中の内容・肩書等はすべて取材当時のものです。

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