1890(明治23)年の創業以来、日本のオフィス文化を牽引してきたイトーキ。しかしリーマンショック以降、業績は長く停滞していた。転機となったのは、2022年3月に就任した湊宏司社長の下で進められた企業風土改革である。従業員エンゲージメントの向上を軸に組織風土を見直し、業績は再び成長軌道へ。人事責任者の山村善仁氏への取材を軸に、社員の桐村和海氏、山本裕貴氏の語りを交えながら、その変革の舞台裏に迫る。

株式会社イトーキ 代表取締役副社長/人事総務本部長
山村 善仁 氏
オフィス家具の製造・販売を軸に事業を拡大してきたイトーキでは、リーマンショック以降、業績が低迷し、従業員の意識調査でも「会社に誇りが持てる」は約40%、「会社の未来に希望が持てる」は25%程度まで落ち込んでいた。危機感を抱いた同社は2018年、本社を日本橋に移転。仕事内容に応じて最適な場を自律的に選べるワークスタイル「ABW(Activity Based Working)」を取り入れた新オフィスを整備した。新たな働き方への転換を図り、業績回復の起爆剤にしようとしたのだ。当時、営業本部の関西支社長であり、現在は人事総務の責任者を務めている山村善仁氏は、「社員一人ひとりが効率的で生産性の高い働き方を選択し、上司も細かく管理するのではなく、互いの《責任と信頼》を前提に働く組織を目指した」と振り返る。
しかし、業績は回復しないままコロナ禍に突入。かつてない危機感が社内を覆う中、2021年から「高収益企業」への構造改革に着手する。この年、山村氏は人事本部長に就任。2022年3月には、創業以来初となる社外出身社長として湊氏が就任した。
湊氏が問題視したのは、業績そのものではなく、その背景にある組織文化であった。「前例踏襲」「平等・一律」「指示待ち」「出る杭は打たれる」といった昭和的な企業文化が、挑戦や主体性を阻害している。これらを改革すべき課題と捉えた湊氏は、経営指標として特に「ES(会社に対する誇り)」と「営業利益」の重視を掲げた。そして、「モチベーション高く、愛社精神を持った社員が良い仕事をし、良い結果につなげる」という信念の下、「従業員エンゲージメントの向上」を最重要施策に据えた。ただし、「トップが号令をかけても、役員、そして現場を率いるミドル、ファーストラインのマネジャーが腹落ちしない限り組織は変わらない」(山村氏)。そこで山村氏は、役員に対し、エンゲージメントの重要性を繰り返し説いたほか、エンゲージメント向上のためだけに毎月集まってもらい、進捗確認と改善策を徹底的に議論した。
加えて社員との対話も重視し、社長によるタウンホールミーティングは3年間で160回、役員による全国行脚も150回に及んだ。労働組合専従の立場にあった桐村和海氏(現・法人営業のチームリーダー)は、「特に地方拠点や製造部門では、社長とフラットに話せることに多くの社員が驚いていた。遠い存在だった経営陣を身近に感じるようになった」と振り返る。
エンゲージメント向上には、イトーキで働くことに対する社員の誇りを高める必要がある。その考えの下、同社は業績が厳しい中でも広報投資は緩めなかった。その結果、社外発信は一気に拡大し、社外からの認知や評価が高まった。「かつては、『イトーキはどうせ2番手、3番手』という自虐的な空気があったが、社外で評価される機会が増えるにつれ、自信へと変わっていった」(桐村氏)。
社内コミュニケーションも刷新した。デジタル社内報では、現場で活躍する社員個人に光を当て、その記事を社外広告にも展開した(図表1)。「出る杭は打たれる」文化で働いてきた社員にとって、その変化は大きかった。また、女性活躍や工場活性化など、会社の重要課題であるテーマで、手挙げ型のコミュニティを設置し、自律的に考え、行動する文化醸成を促した。
勇気を出して活動に参加する社員が現れ始める一方で、当初はそのような社員に対する「楽しそうでいいね」といった冷ややかな声や、本業への影響を懸念する見方も少なくなかった。それでも、現場の反発や違和感を無視せず、対話を重ねながら改善を続けることで、少しずつ社内の空気は変化していった。滋賀工場のラインで働いていた山本裕貴氏は、自ら希望して2025年1月に工場の従業員エンゲージメント向上と、お客様満足度向上を担うES・CS推進係へ異動した。「以前は日々の業務に追われていることもあり、本社からの発信があっても十分に受け止めきれておらず、本社と工場の間に温度差も感じていた。今回の変革は違った。今は会社をどう良くしていくかに夢中だ」と語る。
イトーキの改革は、ある日を境に急に成果を上げたわけではない。施策を打ち、課題にぶつかり、そのたびに対話と修正を重ねる——その地道なプロセスを経て、組織文化を少しずつ塗り替えていった。山村氏は、「2018年の働き方の転換で成果が出なかったのはなぜか。それは働き方を変えたものの、社員の意識がついてきていなかったからだ」と振り返る。
それを象徴するエピソードとして、山村氏はフレックス制度導入の経緯を挙げる。働く場所に加え、働く時間の自由度も上げるべきと考えていた山村氏は、構造改革に着手した2021年、経営会議にフレックス制度導入を提案するも否決される。「先進的な働き方を提唱するわが社で、なぜ導入できないのかと納得できなかった。しかし今思えば、当時の企業風土や社員意識として当然の判断だったと思う」(山村氏)。
その後、エンゲージメント向上に向けたさまざまな取り組みによって社内の空気が変わり始めた2023年、再度フレックス制度の導入を提案。即承認であった。「人事施策は、『良い制度』を作れば機能するわけではない。社員の意識や組織風土が醸成され、皆が『必要だ』と感じ、受け入れられる土壌ができたタイミングで行ってこそ機能する。会社全体の変化と歩調を合わせることが重要だと痛感した」(山村氏)。
翌2024年には人事制度も刷新した。特に報酬制度は、大半の社員が中程度評価に収れんしていた平等主義から脱却し、成果に応じてメリハリをつける仕組みに転換させている。
こうした取り組みの結果、2025年のエンゲージメントスコアは81.9%に到達(図表2)。営業利益も2020年比で約7.5倍となる136億円へと拡大し、株価も上昇を続けている。変化は数字にとどまらない。社員の行動も変化し始めている。中でも顕著なのが、「指示待ち」からの脱却だ。新規ビジネスの提案が社員から自主的に挙がるほか、業務改善提案の社内コンテストでは内部統制の見直しが提案され、全社的な業務効率の大幅改善につながっている。
イトーキは現在、次のフェーズへと動き出している。従来の家具販売を中心とした「Office1.0」、空間設計を提供する「Office2.0」に続き、「Office3.0」を掲げ、AIやデータを活用したオフィス運用の最適化へと事業領域を拡大。高付加価値型モデルへの転換を進めている。その取り組みを体現しているのが日本橋本社だ。ショールーム型のオフィスには、年間2万人以上の見学者が訪れる。特にコロナ禍以降、働き方改革を本格化させる企業が増えたこともあり、経営層の見学者数は2021年から2年で4倍に増加した。採用面も好調だ。インターンシップは400人の募集枠に対し、約1800人の応募がある。新卒採用者の85%以上をインターンシップから確保しているという。
創業以来、発明と挑戦で新たな価値を生み出してきたイトーキ。その変革の主役は、昔も今も「人」である。「今後はデータ活用による人材配置の最適化にも力を入れたい」と山村氏は語る。誇りを取り戻し、主体的に動き出した社員たち。その一人ひとりの変化が、次の成長を生み出そうとしている。

法人営業統括部 法人第3支店 販売2チーム チームリーダー
桐村 和海 氏
私は2015年の新卒入社以来、主に大手企業向けの営業を担当してきました。振り返ると、以前のイトーキは真面目で誠実な社員が多い一方、どこか受け身であったように思います。それが2021年からの構造改革以降、職場の雰囲気は変化していき、業績回復や「Office3.0」への挑戦もあって、お客様から「最近のイトーキさん、すごいですね」と言っていただく機会が増えました。それが自信となり、商談やコンペでも以前より積極的に提案できるようになり、受注率向上にもつながっていると感じています。
一方で、仕事の高度化や受注の拡大に伴い、業務量は増しています。また、オフィスに関連する工事や家具の搬入は、お客様の業務への影響を最小限にするために週末に実施するケースが一般的です。近年は建設業界でも働き方改革が進み、私たちを取り巻く環境も変化しています。こうした中でも品質やサービスを維持していくために、仕事の進め方の継続的な見直しが必要です。当社でもAIの積極的な活用など、改善や整備を進めていますが、常に現場の働き方や仕事の進め方をアップデートしていくことが大切だと感じています。もちろん大変なこともありますが、お客様の「働く場」を支え、その先で働く人々の仕事や挑戦を支えているという実感が、イトーキで働く一番のやりがいです。

生産本部 生産統括部 関西生産企画部 関西管理課 ES・CS推進係 係長
山本 裕貴 氏
私は滋賀工場に20年以上勤務し、技術を磨いてきました。工場の従業員エンゲージメント向上とお客様満足度向上を担うES・CS推進係が2024年に新設されたことを受けて、人と話すことが好きという強みを生かせそうに感じ、異動を希望しました。異動後は見える世界が一変し、ES・CS向上に夢中で取り組んでいます。
また工場の社内広報を担う「工場アンバサダー」にも参加しており、これらの取り組みもあって2022年に51.8%だった生産本部のエンゲージメントスコアは、2025年に81.6%に上昇。現場の雰囲気も前向きに変化してきました。例えば、味気なかった工場の送迎バスのラッピング提案が社員から上がり実現しました(図表3)。このバスをきっかけに工場見学をお申込みいただくケースもあり、「現場から会社を変える」手応えを感じています。近年は工場の採用活動でも応募が集まりやすくなり、兄弟・姉妹が入社するなど、社内外でポジティブなイメージが広がっていると実感しています。また、工場見学などを通じて実際の職場を見ていただくことで、当社への理解や共感が深まっている面もあると感じています。
一方で、エンゲージメント向上の取り組みは道半ばだと考えています。これからも社員一人ひとりがより働きがいを感じられる環境づくりを進めつつ、エンゲージメントスコア100%達成への道のりを模索していきます。
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