パーソル総合研究所は、都心部・大企業中心の調査とは視点を変え、全国47都道府県の「はたらく実態」の調査・分析に挑み、レポート※1を発表しました。労働市場、多様性、働き方に関する9つの指標で捉えた調査結果を起点に、当社研究員が地域エコノミスト・藻谷浩介氏にインタビュー。「東京一極集中」「インバウンド」「労働力不足」について、その背景にある構造的な問題と今後の見通しを掘り下げます。(聞き手:パーソル総合研究所 小林 祐児・中俣 良太)

地域エコノミスト
日本総合研究所 主席研究員
藻谷 浩介 氏
1964年山口県生まれ。平成合併前にあった全3,200市町村、海外150カ国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興、人口成熟問題、観光振興などに関し研究・著作・講演を行う。2012年より株式会社日本総合研究所主席研究員。著書に『デフレの正体』『里山資本主義 』(共にKADOKAWA)など。近著に、毎日新聞『時代の風』欄連載をまとめた『誰も言わない 日本の「実力」』(毎日新聞出版)。
※1
パーソル総合研究所「ニッポンのはたらく地図2025」(2025年9月11日発表)【報告書】https://rc.persol-group.co.jp/wp-content/uploads/thinktank/data/hataraku-map.pdf
――われわれの調査では、イノベーションや生産性、女性や外国人の活躍、働き方の柔軟性といった指標は軒並み東京都が1位である一方、東京の働くことを通じた幸福度を示す「はたらく幸福」などは低位にとどまりました(図表1)。この乖離はなぜ生じるのでしょうか。
藻谷氏:まず整理したいのは、言葉の定義です。特に「生産性」は、時間当たりで見るのか、一人当たりで見るのかによって評価は変わります。指標の切り取り方次第では、地方のほうが高いケースも珍しくありません。
その上でいえば、東京は生産性ではなくイノベーション、そして多様性、働き方の柔軟性といった面で高い評価を得ているのは事実に即しているでしょう。一方、「はたらく幸福」が低く出る背景には、企業や職場というより、住環境や通勤環境の影響が大きい。地方に残る古い経営慣行や多様な人材を十分に生かせない職場風土に違和感を覚えて東京に出る人は多いですが、そこで待っているのは、狭く家賃の高い住まいと、長時間の満員電車による通勤です。そうした日常が少しずつ幸福感を削っていくにもかかわらず、当人はそれを「都市で働くとはこういうものだ」と受け入れてしまっている面があるのではないでしょうか。
――生活環境は地方のほうが良いのに、人はなぜ東京に向かうのでしょうか。
藻谷氏:ひとつには、東京に身を置くことで、自分の立ち位置を相対的に高く感じられるという心理的な作用があります。俗にいう「マウンティング」です。もう一つとしては、生産や現場を担う側ではなく、指示や調整、管理を行う側に回ることができる可能性が高い点があります。これは、江戸時代に農民からの年貢を幕府や藩が「中抜き」し、それが江戸を潤していた構造と似ています。
大阪や福岡といった都市でも関西や九州に対して同様の構造が見られますが、日本全国を対象にその仕組みが成立しているのは東京だけです。企業は中央集権化し、政府も予算が拡大するほど、その資金の多くは東京で管理する側の人件費などに回り、出先の経費が削られる構造になっています。そのため、「東京の会社に入れば管理側になれるかもしれない」という期待が生まれるわけです。
一方、地方ではそうした役割は限定的ですが、その分、住環境はゆとりがあり、通勤はストレスが少なく、日々の生活コストも抑えられます。自然や食、余暇へのアクセスも良好です。幸福の観点で地方のほうが高く出るのは当然でしょう。
――それでもなお東京からの離心力が働きにくいのは、なぜでしょうか。
藻谷氏:私が高校まで過ごした山口県でもそうでしたが、当時の地方では「ここには何もないから、いずれ外に出るべきだ」という感覚が当たり前の空気として共有されていました。
しかし、冷静に現在の地方を見れば、かつて語られていたような「不便な田舎」は多くの地域で姿を消しています。コンビニは各地にあり、人口200人規模の離島でも高速通信回線が整備され、通販で注文した商品は確実に届きます。むしろホームセンターのように、地方にはあっても都心では見かけにくいものもあります。
それでも「田舎には何もない」「東京には何でもある」という決まり文句が残り続けています。一方で、東京側にも「恵まれた場所にいるのだから不満を持つのはおかしい」という圧力があります。こうした空気の正体は、《思い込み》の共有です。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』※2で述べたように、人間は他人が言うこと、つまり《思い込み》を共有する生き物です。みんなの認識が自分の認識となる、AI(人工知能)的な思考をしてしまっているともいえるでしょう。
実態としては、海外の大都会のほとんどよりも日本の地方都市のほうが、生活に不便はありません。にもかかわらず、「何もない」というガラパゴス的な思い込みで、地方からの遠心力が強まっているのです。むしろ外国人のほうが喜んで地方に住んだりするのはこれが理由です。実態とかけ離れた思い込みの部分は、しかし必ず壊れていくでしょう。
※2
ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』、河出書房新社、2016年
――どのように変化すると見ていますか。
藻谷氏:今の東京一極集中は、例えるなら江戸幕府が惰性で延命していたようなものです。そもそも日本は秩序が動きにくい国です。江戸幕府は約270年も続き、ペリー来航から幕府解体までに約15年を要しました。明治維新の推進者たちは海外からの侵略に強い危機感を持っていましたが、庶民のほとんどはむしろ幕府の維持を望んでいたでしょう。
現代も、状況は似ています。日本は長くグローバル競争をしてきた経験がありながら、日本独自の強み(例えばコンテンツ産業の価値など)を十分に理解しないまま、旧態依然の決定を繰り返す場面が少なくありません。しかし、こうした「現代の江戸幕府」は、東京の現実、海外の現実を知る人が増えれば崩れます。「地方は不便だ」という前提が崩れ、「田舎は暮らしやすくて良い」と再評価される時が、近々必ず訪れるというのが私の見立てです。
――次の話題である「インバウンド」に移りたいと思います。近年、日本各地における訪日外国人旅行者数の増大、いわゆるインバウンドの勢いが注目されています。日本が外国人を引きつけ、外貨を稼ぐ方向性についてはどのようにお考えでしょうか。
藻谷氏:効果が実感されるには、訪日客の消費単価を高めて、地方の人件費が上がるところまでいかねばなりません。観光には大きく2つのモデルがあります。現地の安い労働力でサービスを提供する「途上国リゾート型」と、従業員の人件費自体が高く、サービスの価格も高い「スイス型」です。日本が目指すべきはスイス型です。
ところが日本では、団体ツアーを中心とした薄利多売型のビジネスモデルが主流となり、ツアーを取りまとめる東京など都市部の仲介業者に利益が集まる構造が固定化してきました。このままでは観光地域にお金が残らず、現地の人件費も上がりません。結果として観光が持続的な産業にならないのです。
ここで参考になるのがプロサッカー界です。サッカーの日本代表は海外組の層が厚くなるにつれ、明らかに強くなりました。海外で活動し、その現地の基準を理解した人材が、日本に戻って活躍しなければ本質的な変化は起こらないのです。同じ現象が観光でも起こり始めています。DMO(観光地域づくり法人)のトップに、ハワイの観光局で観光誘致を担っていた人が就く例も出てきました。
――著書『観光立国の正体』※3では、「一人当たりの宿泊日数の長期化」の重要性についても指摘されていました。しかし、日本ではその視点がまだ十分に根付いていないように感じます。
藻谷氏:おっしゃる通りです。長期滞在型へ転換するには、海外経験のある実務人材が欠かせません。日本の観光業界では「何人来たか」が重視され、一人当たりの宿泊日数や消費額を高める発想が欠けてきました。安価な団体ツアーに依存し、都会の代理店にマージンが落ちる構造が続いたことで、地域にお金が残りにくかった面もあります。本来、観光は長期滞在を促し、地域内での消費を最大化してこそ成長する産業です。ようやくそこに目が向き始めた段階だと見ています。
※3
藻谷浩介・山田桂一郎著『観光立国の正体』、新潮社、2016年
――なぜ人数を追いかける状況になっているのでしょうか。
藻谷氏:観光業界の中心が長らく代理店と輸送業者であり、彼らの売り上げは客数に連動しているからです。宿泊・飲食・ガイドなど現地側の力が弱かったため、観光政策も補助金も報道も、訪日客数のみに集中し、世界共通の指標である「延べ宿泊数」「消費額」、消費の中で地域に循環する「付加価値額(=GDP)」などを無視してきました。これまた、皆がAIのように思い込みを共有し、江戸幕府のような体制が続いてきたのです。
しかし、地域はもちろん国全体の経済を底上げするためにも、指標の刷新は必至です。まずは入国者数から延べ宿泊数(人数×泊数)へ、頭を切り替えましょう。
――今後を見据えると、インバウンド戦略はどう考えていけばよいでしょうか。
藻谷氏:数字で見れば、訪日客数は今後も確実に増えます。例えば2024年、アメリカからの訪日客はアメリカ国民127人に1人の割合で過去最高でした。ですが、カナダはさらに多く、69人に1人。日本までの距離が同等のアメリカからの訪日も、もっと増えます。他の国でも、例えばマレーシアやタイは60〜70人に1人が訪日している水準ですが、中国は200人に1人。これまた、訪日中国人の長期的な増加は不可避ですね。
むしろ問題は「増え過ぎる」ことです。空港も観光地もパンクします。だからこそ、数ではなく単価を上げて人数を抑制する必要があります。高付加価値型へ転換し、「来過ぎない」状態をつくる。訪日客数そのものを追わず、地域に利益が残るスイス型の観光へ移行せねばなりません。
――2010年に執筆された『デフレの正体』※4では、労働力不足への対処策を示されていました。しかし、ほぼ変化なく15年が過ぎ、少子化は加速しています。
藻谷氏:対策として、第1に人件費を上げる、第2に女性の就労とマネジメント層への登用を進める、第3に外国人観光客の消費を増やすと書きました。しかし、肝心の人件費上昇が物価上昇に追い付いていません。円安と株価上昇を成果とする政策が続いた結果、インフレになって株価は上がりました。しかし、子どもは増えるどころか少子化は進み、労働力不足は一層深刻化しています。人が減り続けている以上、当然です。
※4
藻谷浩介著『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』、KADOKAWA、2010年
――地方創生の文脈では「関係人口を増やそう」という意見もありますが、どのようにご覧になっていますか。
藻谷氏:関係人口という発想自体は否定しません。ただし、人件費が上がらなければ関係人口を増やしても本質的な解決にはなりません。人口が半分になっても、一人当たりの所得が2倍になれば経済規模は変わらない。単純な算数です。
1990年代、日本の人件費はスイスとほぼ同水準でした。ところがその後、コスト削減を優先する中で非正規雇用の割合を増やし、人件費を抑えた結果、今では数倍の開きがあります。関係人口増加策とは別に、まず人件費を上げる。この順番を間違えてはいけません。
――若者がまた増えて活力を取り戻す地域と、そうでない地域はあるのでしょうか。
藻谷氏:「若者が戻ってきさえすれば活力が戻る」という発想自体が、もはや時代遅れです。日本全体で0〜9歳の子どもの数は、この50年で6割減りました。2024年までの過去10年間における人口増加は、どの都道府県においてもほぼ高齢者の増加によるものです(図表2)。
この問題は地方だけの話ではありません。むしろ人口が多いことで成り立ってきた世界最大の都市・東京こそ最大の危機にあります。2025年から2050年までの人口増加が見込まれるのは東京だけですが、増えるのは75歳以上のみです(図表3)。空き家数が2023年現在で最も多いのも東京ですが※5人口増加を前提に今も新築を続けています。このままでは高齢化によって、空き家は増えるばかり、病院や介護施設の取り合いは一層激しくなるでしょう。
一方、秋田県など現在すでに人口減少が著しい一部の地方では、2050年には高齢者人口が増え終えた状態になります(図表3)。人口減少問題のトンネルを最初に抜けるのは、日本の地方ということです。
※5
総務省「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計」
図表3:2025~2050年の総人口の増減予測(都道府県別)

出所:藻谷氏の資料を参考にパーソル総合研究所作成
国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口 2023年推計」(居住外国人含む)
――人口が増えないとなると、希望が持てない地方もあるのではないでしょうか。
藻谷氏:一番危険なのは、「人口が増えない=希望がない」と思い込むことです。過去50年間に乳幼児を6割も減らした国で、なお「人口さえ増えれば」と言い続けるのは、裏を返せば「自分たちには希望がない」と宣言するのと同じです。人口は今後、確実に半分近くまで減っていきます。ですが、一人当たりの人件費を倍増させれば、GDPは維持できます。重要なのは、それを前提に暮らしの質と経済をどう維持するかです。人口密度を国際比較してみると、秋田でもイギリスやイタリア並み。人口が半減しても日本はオランダと同程度です。暮らしも経済も成り立たない水準ではありません。
問うべきなのは「若者を何人集めるか」ではなく、「人口が半分になっても暮らしとサービスを維持できる仕組みを、どの地域が先につくれるか」です。縮小社会でも持続可能なモデルを構築できた地域こそが、本当の意味での活力を取り戻します。その方法は東京からは出てこないでしょう。再生は地方から始まるのです。
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