インタビュー

「課題こそが“資源”である」 人口減の町が「実験場」に変わる。東伊豆町が仕掛ける、関係人口との共創戦略

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「人口減少」「担い手不足」。多くの自治体が悲観するこれらの言葉を、静岡県東伊豆町は「挑戦者を呼び込むための資源」と捉え直した。町全体をオフィスに見立てる「まちまるごとオフィス東伊豆」構想を掲げ、都市部で働く「ワーカー」と地元の人々が混ざり合う。その結果、人口約1万人の町に11名もの「地域おこし協力隊」が集まり、その多くが任期後も定着して新たな事業を生み出している。

なぜ、東伊豆町は「課題」を「価値」に変えられたのか。その背景には、行政・NPO・外部人材による強固な信頼関係と、失敗を許容する「実験場」としての土壌があった。NPO法人ローカルデザインネットワークの市川美和氏と守屋真一氏、そして東伊豆町役場の太田正浩氏にお話を伺った。(聞き手:パーソル総合研究所 中俣 良太・小林 祐児)

市川(鈴木) 美和 氏

NPO法人ローカルデザインネットワーク

市川(鈴木) 美和 氏

東伊豆町出身。メディア企業で女性の行動・購買を促すマーケティング企画に長年従事。都市部の人材・知見・ネットワークを地域に還流するワーケーション事業を推進し、地域と都市の双方にとってのウェルビーイング向上と伊豆地域の活性化に取り組む。日本フェムテック協会理事、医療系経営コンサル、国家資格キャリアコンサルタント。

守屋 真一 氏

NPO法人ローカルデザインネットワーク
株式会社micro development CEO
ADDReC株式会社 CCO

守屋 真一 氏

建築・まちづくりの企画・設計・運営に携わる。大学で建築意匠設計を専攻し、大学院生の時に始めた東伊豆町での空き家改修をきっかけに東京と東伊豆町での二拠点での活動を開始。組織設計事務所、スタートアップ、フリーランスを経て2022年にmicro development inc.を起業。ADDReC.inc、公共R不動産を兼務。

東伊豆町 企画調整課長

太田 正浩 氏

静岡県東伊豆町生まれ。地元で育ち、大学卒業後に東伊豆町役場へ入庁。2024年度より企画調整課長に就任し、地方創生を軸に、総合指針の策定、地域交通の充実、人口減少問題の解決に向けた施策に取り組んでいる。

「絶景で働く」から「人と混ざる」へ。ワーケーション5.0への進化

中俣:現在、東伊豆町では「まちまるごとオフィス東伊豆」というユニークなコンセプトを掲げられています。まずはこの取り組みが始まった背景について教えていただけますか。

市川氏:「まちまるごとオフィス東伊豆」は、文字通り「町全体を一つのオフィスに見立てる」というコンセプトです。通常、オフィスの中には執務室があり、会議室があり、食堂がありますよね。その機能を一つの建物に閉じ込めるのではなく、町全体に分散させようという発想です。絶景の海辺で仕事をしてもいいし、地元の美味しい食堂が社員食堂代わりになる。Wi-FiとPCさえあれば、町中どこでも働ける環境を提供しようと、2021年から本格的にスタートしました。

着想のきっかけは、コロナ禍でした。私自身、30年以上勤めた会社を辞めてフリーランスになった時期と重なり、閉塞感のある社会の中で「景色が良い場所で働くだけでこんなに救われるんだ」と実感したことが原点です。それを建築やデザインを専門とする守屋さんが具体的なイメージとして視覚化し、ワーディング。「まちまるごとオフィス東伊豆」という言葉が生まれました。

図表1:「まちまるごとオフィス東伊豆」の構想

図表1:「まちまるごとオフィス」の構想

出所:まちまるごとオフィス東伊豆

https://www.machimarugoto.com/

中俣:スタートから数年が経ちますが、単なる「ワーケーション」とは違う進化を遂げているようですね。

市川氏:そうですね。私たちはこの進化を「ワーケーション5.0」と呼んでいます。1年目は「ネイチャー・ワーケーション」。まずは自然の中で働く心地よさを知ってもらう段階でした。2年目、3年目は地域資源や人を知るフェーズへ移行し、4年目からは「クリエイティブ・ワーケーション」として、都市部のワーカーと地元住民、自治体が混ざり合うことを目指しました。そして5年目の現在は「ウェルビーイング・ワーケーション」を掲げています。単に混ざるだけでなく、お互いが幸せを感じられる関係性、持続可能な幸福度を高める段階にきています。

中俣:4年目から「混ざり合う」という表現が出てきましたが、多くの自治体では、コロナ禍の収束とともにワーケーション事業が形骸化してしまっています。東伊豆町がそこで終わらずに、「人」にフォーカスした段階へ深化できた要因は何だったのでしょうか。

市川氏:「交流の質」を変えたことだと思います。初期の頃に実施した、ワーケーションに来た人に町の案内をする「ワーケーションツアー」では、どうしても「都会から来た人が主役」で「地元住民がおもてなしする」という構図になりがちでした。これでは地元側に「一方的な奉仕感」が生まれますし、深い関係性は築けません。そこで私たちは、「地元の面白い人を主役にする」という逆転の発想を取り入れました。

図表2:働き方の変化と「まちまるごとオフィス東伊豆」の進化

図表2:働き方の変化と「まちまるごとオフィス東伊豆」の進化

出所:NPO法人ローカルデザインネットワーク

「よそ者が主役」からの脱却。地元のイノベーターに光を当てる

中俣:私自身2023年頃に、とあるワーケーションツアーに参加した際、参加者だけで盛り上がってしまい、地元の方との間に温度差を感じた記憶があります。「地元の人が主役」への転換とは、具体的にどのような仕掛けでしょうか。

市川氏:象徴的だったのが「女性活躍」をテーマにしたイベントです。 東伊豆町には、「雛のつるし飾り」という江戸時代から続く女性の幸せを祈る文化があり、女性が活躍する土壌があります。実際に町を見渡すと、マラソン大会「伊豆稲取キンメマラソン」を発案し運営する主婦チームや、SNSだけで集客してしまう人気旅館の若女将、ユニークな発想と手法で自社や地域を盛り上げる「熱川バナナワニ園」の女性園長など、イノベーティブな女性たちがたくさんいるんです。

従来のイベントでは、外部から著名な講師を招いて地元の人が話を聞くというスタイルが一般的でした。しかし私たちはそれを逆転させ、地元で活躍する女性たちにスピーカーとして登壇してもらい、都市部のワーカーがその話を聞きに来るという構成にしました。すると、都市部の人たちは「こんなパワフルな人たちがいるのか」と刺激を受け、登壇した地元の女性たちも「自分の活動には価値があるんだ」「自分のキャリアを振り返る良い機会になった」と再認識して自信を持ってくれるようになりました。

太田氏:これは行政としても大きな気づきでした。これまで私たちは、地域の課題ばかりに目を向けていましたが、市川さんたちが「この人はすごい」「あの取り組みは面白い」と、地元の人の価値を掘り起こしてくれました。今まで横のつながりがなかった女性たちがイベントを通じて繋がり、そこからまた新しい活力が生まれています。行政だけでは決してできなかった「人の化学反応」です。

小林:イベントという「場」があることで、関係性がデザインされていくわけですね。

市川氏:その通りです。イベント後、登壇した地元の女性たちはSNSで繋がり、新しいプロジェクトが生まれそうな気配もあります。また、参加者の中には、東伊豆町を気に入って2カ月で4回も宿泊に来てくれた大学教授の方や、ワーケーションモニターツアーを経てNPOの運営メンバーになった方もいます。自然環境の美しさだけでなく、「ここにいる人たちに会いたい」という動機が、継続的な関係性を生んでいます。

写真:女性活躍とローカルイノベーションをテーマにしたイベントの様子

写真:女性活躍とローカルイノベーションをテーマにしたイベントの様子

出所:NPO法人ローカルデザインネットワーク

人口1万人の町に11人の協力隊。行政が「リスク」を取って人を呼ぶ

中俣:ここからは行政の視点について伺います。東伊豆町は人口1万人規模の町ですが、地域おこし協力隊が11名も在籍しているというのは、全国的に見ても非常に多いですね。

太田氏:そうですね。政令指定都市でも数名というところがある中で、東伊豆町は2027年さらに5名増員する予定です。背景には強烈な危機感があります。町の人口は20年後に半分になると予想されており、高齢化率は50%に迫る。タクシー運転手が不足し、伝統工芸「雛のつるし飾り」の作り手も高齢化しています。あらゆる産業で担い手が不足しており、町単独での解決は限界に来ています。

だからこそ、国の制度である地域おこし協力隊をフル活用し、外部からの人材を呼び込むことに舵を切りました。ただ人数を増やすだけでなく、重要なのは「定着」です。東伊豆町では、任期終了後の約6割がそのまま定着してくれています。

中俣:6割の定着率は素晴らしい数字ですね。人数を増やすことはできても、マネジメントが追いつかずに疲弊する自治体も多いと聞きます。東伊豆町ではどのように運用されているのでしょうか。

太田氏:おっしゃる通り、人数制限はないものの、マネジメントが大変で活用しきれていない自治体は多いです。東伊豆町でのポイントは、協力隊のマネジメント業務の一部を、協力隊OBである荒武さん(NPO法人ローカルデザインネットワーク創設メンバー)に委託していることです。彼は地域おこし協力隊の1期生ですから、制度のことも、活動中の悩みもよく理解しています。役場の職員ではわからない協力隊特有の悩みや、卒業後のキャリア形成について、先輩として相談に乗れる体制がある。これが安心感に繋がり、ミスマッチを防いでいます。その結果、東伊豆町では任期終了後もそのまま定着してくれる方が多いです。これがさらに移住対策にもなっています。

市川氏:普通の組織マネジメントと同じですよね。地域おこし協力隊の人々が能力を発揮でき、チームワークを感じられれば、辞めずに定着してくれる。東伊豆町はその環境づくりが上手なんだと思います。そして何より、役場の皆さんが本当に寛容なんです。提案すると「まずはやってみよう」と言ってくれる。ルールだからダメだとは言わないです。

太田氏:かつて地域おこし協力隊を受け入れた当時の役場の懐の深さもありますし、何より志が熱い人が来た時に、こちらも熱く受け止めないと失礼だという思いがあります。「東伊豆町に行けば、面白いことができるらしいよ」「チャレンジできる町だよね」という評判が口コミで広がり、意欲ある若者が集まる好循環が生まれています。

写真:東伊豆町のシェアオフィス「EAST DOCK」の様子

写真:東伊豆町のシェアオフィス「EAST DOCK」の様子

出所:NPO法人ローカルデザインネットワーク

東京のキャリアを捨てない「リスクヘッジ移住」という新しい選択肢

中俣:ここで、東京と東伊豆町の二拠点で活動されている守屋さんに伺います。守屋さんは「株式会社micro development」の代表も務められていますが、どのような経緯で東伊豆町に関わるようになったのでしょうか。

守屋氏:きっかけは大学院生時代の2014年、東伊豆町の空き家改修プロジェクトに関わったことです。その後、NPO法人ローカルデザインネットワークの立ち上げに参加し、副業として関わり続けてきました。現在は、東京・渋谷と東伊豆町に拠点を持ち、プロジェクトの企画やデザイン、事業の伴走支援を行っています 。

私が意識しているのは、「リスクヘッジとしてのキャリアデザイン」です。いきなり地方に移住して起業するのはリスクが高い。でも、東京の企業にいるだけでは得られない成長機会や、自分らしいチャレンジの場が地方にはあります。私は新卒で企業に就職して「安定株」を持ちつつ、東伊豆町でのNPO活動という「成長株」を持つポートフォリオを組みました。結果として、東伊豆町での活動が軌道に乗ったことで独立できましたが、これは「0か100か」の移住ではなく、バランスを取りながら移行できたからこその結果です。

小林:「リスクヘッジ移住」というキーワードは非常に現代的ですね。ウェルビーイングな観点からの「ポジティブなリスクヘッジ」とも言えます。何かが起きた時の備えというだけでなく、「今の自分の人生のタイミングでは、この地域にコミットしよう」「今年はこの配分で働こう」といった、「時間軸の柔軟性」を持ってキャリアを選択する。そういった軽やかさが、今の時代に合っている気がします。

守屋氏:そうなんです。失敗はしたくないけどチャレンジはしたい。そんな時に、東京ではない場所であることはレバレッジ(てこの原理)が効くんです。東京でやっても埋もれてしまうようなことでも、人口減少が進む東伊豆町でやれば、地域初の事例として注目され、実績になります。ここで得た知見を、逆に東京の仕事に還元することもできる。

実際に私が誘って地域おこし協力隊になったメンバーにも、東京でのライターの仕事を継続しながら、東伊豆町で新しい事業に挑戦している人がいます。完全に東京を捨てるのではなく、「東京の仕事も持ちつつ、地方で自分のやりたいことを実現する」というスタイルを提案することで、優秀な人材が来てくれるようになりました 。

小林:その背景には、労働時間の短縮や晩婚化によって、個人が自由に使える時間が増え、身軽になっているというマクロな環境変化もあるでしょうね。ただ、裏を返せば、そうした身軽な層はどの自治体も欲しいわけで、激しい取り合いになります。その中で選ばれるためには、守屋さんがおっしゃるような「仕事軸」と「人軸」の設計が不可欠だということですね 。

守屋氏:はい。最近では、静岡県の「二地域居住推進」プロジェクトのイベントに登壇しましたが、それをきっかけに、渋谷の若者が東伊豆町へフィールドワークに向かう機運をつくることができたと思います。今の20代は、地方に関わることにポジティブです。ただ、いきなり「移住」と言われると重い。だからこそ、二拠点居住や副業、プロジェクト単位での関わりといったグラデーションのある関わり方を用意することが、関係人口を増やす鍵だと感じています 。

課題こそが「資源」。日本の未来を救う実験場としての東伊豆町

中俣:最後に、今後の展望について伺います。東伊豆町でのモデルは、他の自治体にも展開可能でしょうか。

守屋氏:東伊豆町でこうした動きが生まれたのは「必然」だったのかもしれません。私たちは学生時代、3つの地域で空き家の改修を行いました。現在では10地域まで活動が広がっていますが、私たちがここまで深く関わり続けているのは東伊豆町だけです。その決定的な違いは、やはり「自治体の寛容さ」と「受け入れてくれる地域の人たち」の存在です 。

制度の枠内でどう実現できるか、一緒になって方法を探してくれる職員さんがいた。本気で怒ってくれる地元のお母さんたちがいた。この「人」の土壌があったからこそ、私たちは東伊豆町に残りました。今後、日本中で人口減少が進みますが、その最先端である地方で培った「縮小社会でも楽しく暮らす知恵」は、いずれ東京や他の地域にも必要になります。東伊豆町はその実験場として、非常に重要なポジションにいると思います。

小林:そうしたキーパーソンを引きつけ、繋ぎ止めるのは、結局のところ「ピープルマネジメント」や「やりがい」といった、ソフトな「人の領域」なんですよね。この領域を軽視せず、本気で向き合えるかどうかが、自治体の明暗を分ける気がします。

太田氏:そうですね。町には課題が山積していますが、私は「課題も『資源』である」と考えています 。

人口が減り、担い手がいない。これは一見ピンチですが、裏を返せば「自分が活躍できる余白」がたくさんあるということです。課題があるからこそ、それを解決したいという熱意ある人たちが集まってくる。彼らにとって、東伊豆町は自分の能力を試し、成長できる最高の「資源」であり「実験場」なんです 。

その実験が成功すれば、それは東伊豆町だけの成果ではなく、同じ課題に直面する他の地域へも横展開できるチャンスになります 。 守屋さんや市川さんのようなキーパーソンが来てくれたことは奇跡かもしれませんが、この奇跡を再現性のあるものにするためには、課題を隠さずオープンにし、「ここでなら挑戦できる」というメッセージを発信し続けることが必要です。

市川氏:これからの差別化は「その土地ならではのキーワード」をどう磨くかだと思います。ワーケーションといっても、ただ場所を提供するだけでは選ばれません。東伊豆町なら「女性活躍」や「ゴルフ日本一の町」といった独自のコンテンツと、そこにいる「面白い人たち」を掛け合わせる 。 都市部の人たちが「あそこに行けば、何か新しいことが始まりそうだ」と感じられる場所であり続けるために、私たちも楽しみながら、この町をオフィスとして使い倒していきたいと思います。

写真:東伊豆町のまちの風景

出所:NPO法人ローカルデザインネットワーク

  • 文中の内容・肩書等はすべて取材当時のものです。

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