生成AIは、ここ数年で企業活動に不可欠なインフラとして定着しつつある。これまでは普及期であり、従業員の何割が生成AIを利用しているかという「利用率(量)」が、導入の成否を測る主要な指標とされてきた。
しかし、その指標をひたすら追い求めた結果、多くの企業がいま直面しているのは、「入れたが効果が出ない」「思ったほど業務が変わらない」という「導入後の壁」である。生成AIの利用率という数字は、もはや活用の成功指標として機能していない。
そこで本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「生成AIとはたらき方に関する実態調査」の調査結果を基に、「利用率(量)から成熟度(質)への転換」を軸として、日本企業の次なる課題と処方箋を提案したい。
まず、日本企業におけるAIの導入状況について見ていこう。
財務省の最新調査※1では、AIを「現在活用している」企業の割合は75% に達した。これは約5年前の11%から約7倍という急激な伸びを見せており、大企業に限れば約9割が導入済みだ。
※1
財務省(2026).地域におけるAI活用を巡る現状(特別調査).https://www.mof.go.jp/about_mof/zaimu/kannai/202504/tokubetu.pdf(2026年2月10日アクセス)
しかし、その実態は「ツールを配布しただけ」にとどまっているケースが少なくない。
実際、パーソル総合研究所が行った調査において、業務で生成AIを「週4日以上使っている」就業者はわずか11.7%であり、個人の活用は依然として限定的だ(図表1)。
「会社としては導入済み(75%)」であっても、現場の社員が「たまに触る程度」であれば、それは実質的に導入していないのに等しい。今、企業が直視すべきは生成AIを「導入したか」という問いではなく、「個人がどう使っているか」という問いである。
ここで注意が必要だ。解決策として「個人の利用率を上げていけば良い」という単純な話ではないからだ。
なぜなら、これまで主要な指標としてきた生成AIの「利用率」自体が、本質的な欠陥を抱えているためである。それは、「単純な用途で利用した人」も、「高度な用途で利用をした人」も、同じ「1人の利用者」としてカウントされてしまう点である。
中身を問わないこの指標の向上は、経営層に生成AIの「活用が進んでいる」という幻想を見せるだけで、組織の実質的な生産性については何も語ってはくれない。
この点は、パーソル総合研究所の調査結果にも表れている。生成AIの利用頻度と生成AIを活用したタスクの削減時間は比例しており、利用頻度が低い群の削減時間は限定的だ(図表2)。つまり、利用率は「一度でも使った人」が増えるだけでも上がり得る一方で、削減時間は継続的な利用や業務への組み込みといった「使いこなし」があって初めて積み上がる。したがって、ライトユーザーが増えて利用率が上がっても、組織全体の効率化にはつながりにくいことが示唆される。
そこで、これからの議論で必要なのは利用率ではなく、どれだけ使いこなせているかといった「生成AIの成熟度」に着目することである。この新しいレンズを通して調査結果を見ると、これまで見えなかった「成果の格差」が浮き彫りになる。
具体的に、生成AIの成熟度を見てみよう。調査では、単なる基本操作だけでなく、応用的な使い方を含めた独自の10項目で生成AI成熟度を定義・測定している(図表3)。
生成AIの成熟度は「調べ物や情報整理に使っている(50.3%)」、「出力はそのまま使わず、自分で修正してから使っている(45.3%)」といった基礎レベルが高い。一方で、「生成AIを通じて自分の役割や強みを再定義しつつある(35.6%)」、「相手や用途に合わせて複数の生成AIを使い分けている(34.6%)」といった応用レベルは依然として低いことが分かる(図表4)。
つまり、多くの現場において、生成AIは「便利な文房具」としては使われているが、「業務プロセスを変革するパートナー」にはなり得ていないのが実態である。
この応用レベルに踏み込めるかどうかが、生成AI活用の分水嶺となる。同調査の結果において、生成AI成熟度が高い群は低い群に比べて業務時間の削減幅が約2.3倍に達していることが分かる(図表5)。
さらに、浮いた時間を「改良・再設計の業務」や「探索の業務」といった付加価値業務に充てている割合も、生成AI成熟度が高い群は低い群に比べて約1.5倍高い(図表6)。
このように、生成AIの成熟度を高めることが、業務改革といった成果につながる可能性がある。
では、組織として生成AIの成熟度を高めるにはどうすればよいか。企業の生成AIの普及タイプを「仕組み化タイプ」「統制タイプ」「手探り運用タイプ」「現場任せタイプ」の4タイプに分類し、分析を行った。
まず、多くの大企業が陥りがちなのが、リスクを恐れてルールを厳格化する「統制タイプ」である。しかし、このタイプにおける業務時間の削減効果は、週あたりわずか「8.7分」という最低レベルにとどまっている(図表7)。厳格すぎる管理と事前承認ルールによって用途が制限され、生成AIを使うこと自体が「面倒な手続き」となってしまっているのだ。
対照的に、現場の裁量に委ねる「現場任せタイプ」では、週あたり「52.2分」と最も高い時間削減効果が出ている。一見、これが正解のように見えるが、ここにも落とし穴がある。このタイプは個人のリテラシーに依存した「個人の最適化」に過ぎないため、組織的な広がりがない。セキュリティリスクの管理が手薄になる点も看過できない経営課題だ。
「統制」で縛れば効率化の効果は出ず、「放任」すれば組織知にならない。目指すべきは、この二項対立を超え、現場裁量にゆだねながら、相談・教育の役割を整え、レビュー・根拠確認・テンプレ更新に取り組む「仕組み化タイプ」への転換である。実際、このタイプが最も生成AIの成熟度が高いことが調査から分かっている。
では、「仕組み化タイプ」へと転換し、組織の生成AIの成熟度を高めるためには、具体的にどのような手を打てばよいか。調査結果を基に、実行すべき3つのアクションを提示したい。
1. 「なぜ・なに・なんで」と「みてみて聞いて」が飛び交う場と機会をつくる
まず、生成AIを使いこなせる高成熟度群には、どのような特徴があるのか。調査において、生成AIの成熟度と個人の性格特性の関係を分析したところ、「問いを楽しむ志向性」や「他者に共有する志向性」といった特性が、生成AIの成熟度と関連していることが明らかになった(図表8)。
この結果は、生成AIの成熟度を高める鍵が、単なるスキルセットではなく、「新しいことへの興味(なぜ・なに・なんで)」や、「自身の発見を他者に開示する姿勢(みてみて聞いて)」にあることを示唆している。したがって、組織が打つべき一手は明確だ。こうした特性が行動として表出し、周囲に伝播するような「土壌」と「場」を意図的にデザインすることである。
具体的には、対面やチャットツール上で「これ、どうしたらAIでできるの?」といった素朴な問いや、「みてみて、こんな出力ができたよ」という小さな事例共有が日常的に飛び交う状態をつくることである。こうした「遊び心のある対話」こそが、組織全体の成熟度を引き上げるエンジンとなる。
2. 個人の知を「組織の武器」に変える
「場」で生まれたアイデアを、そのままにしてはならない。次に行うべきは、個人のPCに眠っているナレッジを「組織の資産(テンプレート)」へと昇華させる仕組みだ。
この点で日清食品ホールディングス※2の事例は示唆的だ。同社では「NISSIN AI-chat」に加え、各部門の業務に特化した「標準プロンプト」を実装し、ハイパフォーマーの勝ちパターンを全社員が使える状態にしている。 単に「共有しよう」と呼びかけるのではなく、良い事例を「型(フォーマット)」としてシステムに組み込み、誰でも再現可能な状態にする。こうした「資産化」のサイクルこそが、組織全体の底上げには不可欠だ。
※2
日清食品ホールディングス. (2024年3月14日). 生成AI活用の取り組み. https://media.www.nissin.com/jp/company/ir/library/event/pdf/20240314_2.pdf(2026年2月10日アクセス)
3. 長期的な視点こそが、業務効率化につながる
パーソル総合研究所の調査結果から、「目先の成果よりも、長期的成果の追求を重視するところがある」組織ほど、生成AIの成熟度が高い傾向が確認された(図表9)。
この長期的視点を組織の意思決定として実装している一例が、サイバーエージェントである。同社は「AIオペレーション室」を司令塔に、AIを前提とした「業務プロセスそのものの再定義」を掲げている。広告制作領域では、短期的な制作効率の改善を直接の目的とするのではなく、AIと人の協業を前提にプロセスを抜本的に組み替える「AIクリエイティブBPO」を推進している。制作効率の大幅な向上を最終的な目標に据えつつも、まずは業務プロセスの再設計に投資する姿勢が特徴だ※3。
※3
サイバーエージェント. (2025年10月22日). 2028年までに全社の開発プロセスを自動化する。サイバーエージェントAI活用のこれまでとこれから. https://www.cyberagent.co.jp/way/list/detail/id=32624(2026年2月10日アクセス)
このような事例は特定の先進企業に固有のものというよりも、調査で示された「長期的成果を重視する文化」と高い生成AIの成熟度との関係を、具体的な組織行動として裏づける一例と位置づけられるだろう。生成AIの成熟度が高い組織ほど、短期成果を急がず、業務プロセスの見直しや再設計に時間をかける姿勢が根付き、それが結果として個人の成熟を高め、効率化へとつながっているのである。
企業における生成AIの活用は、第2フェーズに入ったといえる。「導入したか否か」の競争は終わり、これからは「どれだけ深く使いこなせるか」が競争優位を決める。
経営者や人事担当者が生成AIの「利用率」だけを追うことは、社員に「とりあえず一度ログインしろ」という誤ったメッセージを送ることに等しい。「成熟度」をKPIに据え、「ハルシネーションのチェックができている社員はどのくらいいるのか」、「業務プロセス自体を見直せた事例は何件あるか」 「生成AIの検証結果をチームで共有する場はあるか」といった実質的な問いかけこそが重要だ。
生成AI活用に悩む企業ほど、数字合わせの拡大策を止め、現場を縛る過度な統制を解き、安心して活用できる「仕組み」と「土壌」を用意できているかを点検してみることが必要だろう。
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