イベントレポート

「学び合う組織づくり」超・実践100のツボ―研修を「学びのネットワークづくり」の場に変えるメソッド

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日本の「リスキリング」のブームが一巡しました。人的資本経営やDXといったトレンドと合流し、人を育てるということに改めて向き合う企業が増えています。数年ぶりに研修予算が増えたり、e-learningが普及したり、コーポレートユニバーシティが広がったりという動きです。

一方で、ほとんどの企業は持続的に学びの風土を創ることに苦慮しています。日本の働く大人は、自発的になかなか学ばない上に、学ぶとしても学びを共有せず、一人きりの「独学」に引き寄せられていくからです。

パーソル総合研究所では、多くの企業・実務家のご協力を得ながら、「学び合う組織づくり」のための「ツボどころ」を100個集めることができました。それは、通常の研修やプログラムを「学びのネットワークづくり」の場に変えるための具体的メソッドです。

2025年2月に開催したイベント「パーソル総合研究所 Think Forward2025春 -HRの課題を読み解くネットワーキング・セッションー」では、著書『リスキリングは経営課題 』(光文社)の著者である小林 祐児が登壇し、書籍をベースに「他者」を中心としたリスキリングへの転換の必要性と、学び合う組織づくりのための具体的なメソッド「100のツボ」の中から抜粋を紹介しました。

イベントのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます。

なぜ《学び合う》組織づくりなのか

リスキリングという言葉が広く注目されたのは、2022年10月、岸田首相が「5年で1兆円を投じてリスキリングを推進する」と表明した頃でした。この時期、Googleトレンドでも「リスキリングとは何か」の検索が急増しました。一方で「リカレント教育(生涯学習)」という言葉は影をひそめました。所管としてリカレントは文科省、リスキリングは経産省という違いもあります。

当時、私も登壇した日経新聞の「リスキリングサミット」が盛り上がり、その後、関連本や独学本が多数出版されました。リスキリングブームから約2年半が経ち、私自身、数十社から多いときは百社以上のみなさまと学びについて議論してきました。現在地を振り返ると、課題は依然として大きいと感じます。

日本企業の人材投資の現状

経産省などのデータで知られるように、OJT以外の人材投資、つまりOff-JTへの投資は欧米に比べて日本は少なく、減少傾向にあります。人材投資額の国際比較には難しさが伴いますが、それでも「少なく、減っている」傾向は明らかです(図表1左)。

また、パーソル総合研究所が実施したグローバル調査では、社外学習・自己啓発を「何も行っていない」人の割合が日本は52.6%と突出して高い結果でした(図表1右)。調査では「読書」「大学院」「セミナー」「勉強会」など多様な選択肢を提示した上で、最後に「何もやっていない」を用意しています。あえてそれを選んだ人が半数を超えるという結果です。

図表1.学ばせてこなかった企業と、学ばない個人

図表1.学ばせてこなかった企業と、学ばない個人

長期的な意識調査でも、自己啓発を行う人の割合は減少傾向が続いています。「読書をよくしている」人の割合は、1998年の29.3%から2024年には14.5%へ低下しました(図表2左)。本というメディアの変化もありますが、読書習慣そのものが縮小していると考えざるを得ません。ベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆)というタイトルが象徴的です。

博報堂生活総研「生活定点1992-2024」

「いくつになっても学びたいものがある」という広い意識も、53.2%から36.0%へと低下し、すべての年代で落ちています(図表2右)。リカレント教育・生涯学習・リスキリングと呼称を変えても、日本人は大人になってから学ぶようにはならなかった、というのが現状です。従業員の多くも同様で、自然に学ぶ人が増えていく状態は期待しにくいと言わざるを得ません。

図表2.近年の読書習慣や学びの動向

図表2.近年の読書習慣や学びの動向

リスキリングの《工場モデル》の限界

私が「工場モデル」と呼ぶリスキリング発想が広く見られます。すなわち、必要なスキルを明確化し、不足分を教育で埋め、該当ポストに当て込むという発想です。

図表3.リスキリングの「工場モデル」

図表3.リスキリングの「工場モデル」

しかし、これは実務的に無理があります。

第一に、必要スキルの明確化は極めて困難です。自社のDXがどの程度進展するのか、事業がどれほど成長するのか不確実なままでは、10年後に必要なスキルを人数まで含めて見積もることはできません。

第二に、学習の成果が職場で発揮されるとは限りません。研修会場と職場は空気も文脈も異なり、学んだスキルが移転されない例は多いのが現実です。

第三に、「不足スキルの明確化」では人は動機付けられません。自分のキャリアに必要なスキルが何かを薄々分かっていても、行動に移せないのが人間です。教室に「望ましい生徒像」と時間割を貼れば生徒がやる気になる、と考えるのと同じくらい非現実的です。

図表4.リスキリングの「工場モデル」の欠点

図表4.リスキリングの「工場モデル」の欠点

「時間がない」は必ずしも説明にならない

これらの理由から、私はこの発想を継続的に批判してきました。会社側がEラーニングを整備しても、学んでほしい層ほど自発的に学ばず、機会を用意しても活性化せず、挑戦できない職場が温存されがちです。

一方で、従業員側の反応として、学ぶ「時間がない」という理由がよく出ます。しかし、調査では残業時間と学習時間は必ずしも比例しません。むしろ統計上は、残業が月40時間程度の人のほうが学んでいる傾向が見られる一方、残業ゼロの人は学習時間が少ないという傾向もあります。

もちろん、60〜80時間の残業が常態化している場合は学習が難しくなるのは当然ですが、多くの大企業では必ずしも説明になりません。「何を学べばいいか分からない」「腰が重い」といった課題のほうが実態に近い場合が多いのです。

図表5.リスキリングブームで浮き彫りになる会社と従業員の課題

図表5.リスキリングブームで浮き彫りになる会社と従業員の課題

大人の学びの本質は《他者との学び合い》

成人学習の理論は、大人の学びがテストのためではなく、他者との相互作用によって成立することを示してきました。「実践共同体」「目標伝染」「社会的学習理論」など、多くの理論が「人からどう刺激を受けるか」をモデル化してきました。

簡単にいえば、発想転換が必要です。工場モデルのように個別にスキルを注入し、スキルを発揮してもらうという発想から、他者を中心に据えた学びへと転じるべきです。

図表6.リスキリングの中心には「他者」がいる

図表6.リスキリングの中心には「他者」がいる

新人時代は先輩や上司、クライアントの良い振る舞いを模倣し、観察から学びました。レンジが上がると教え合い、メンタリングやフィードバックを通じて成長します。そもそも私たちは、社内で使えるノウハウや知識を「創り合って」います。さらに、目標や動機付けさえ、人からの影響を受けて高まったり下がったりします。

「やる気スイッチ」だけでは限界。《もらい火》的動機付けの重要性

「やる気スイッチ」「ハートに火をつける」といった比喩に代表される内発的動機づけは美しい概念ですが、組織がそれをコントロールするのは極めて困難です。キャリア自律やダイバーシティを尊重するなら、個々のろうそく1本1本に火を灯す運用は現実的ではありません。内発的に学べる人は、おそらく10人に1人程度で、放っておいても学び続けます。

日本人は個が弱い一方で、他者からの影響を受けやすいという特性があります。これは同調圧力として否定的に語られがちですが、組織マネジメントでは活用すべき特質です。周囲が学び始めたから自分も学ぶ、という他者からの「もらい火」的動機付けのほうが、意欲の底上げには有利です。

人と学ぶ「コミュニティ・ラーニング」にはさまざまな形態があります。グループディスカッションやグループワーク、勉強会、読書会などありますが、6割ぐらいはその経験がありません(図表7左)。コミュニティ・ラーニングの経験が1つでもあると、学習意欲の高低に関わらず、学習時間は約2.4〜2.8倍になります(図表7右)。

図表7.コミュニティ・ラーニングの「少なさ」と「効果」

図表7.コミュニティ・ラーニングの「少なさ」と「効果」

日本は15歳までの学力が極めて高い国ですが、それは「教室」という共同体があったからともいえます。大人になると、学びを「コソコソ」独学で行う傾向が強く、職場での共有は少ないのが実情です。上司や同僚に「最近こういう本を読んだ」「この勉強会が良かった」と話す人は一部に限られます。だからこそ、独学本が売れるのです。

図表8.日本の大人は「コソコソ」勉強する

図表8.日本の大人は「コソコソ」勉強する

学びを介して繋がる《学縁》の構築

社会学では社会関係資本(人と人のつながり)の重要性が論じられてきました。選択的な関係は条件が崩れると消失しやすく、長続きしません。むしろ「腐れ縁」のような非選択性・無条件性を伴う関係のほうが強固です。日本では知縁・血縁・宗教縁が相対的に弱く、社縁が強かったのですが、それも弱まっています。

学びは、選択的ではない「たまたまの出会い」をつくりやすい活動です。たとえば生成AI勉強会に集まった人同士は、選り好みではなく「学び」を介して繋がります。この「学縁」は部門間のコミュニケーションや、テレワークで希薄化したつながりの回復にも有効です。

図表9.社会関係資本の特徴

図表9.社会関係資本の特徴

現在取り入れられているOJTは今後も重要ですが、目の前の仕事に役立つ学びで止まりがちです。人材開発部が真に担うべきは、単発研修の運営ではなく、職場外も含めたネットワーク化と、未来志向の学びの設計です。

図表10.これからの人材開発の役割

図表10.これからの人材開発の役割

「学び合う組織づくり」の100のツボ

現状、この意識が低い企業も多く、取り組む企業とそうでない企業の差が開いています。そこで私は、先進企業の実践を100個の「ツボ」として整理しました。本日はその一部をご紹介します。

研修プログラムの連絡・募集は匿名ではなく実名で送る

匿名の「担当者です」というメールと、実名の「小林です」というメール。どちらが良いと思いますか。同じ内容でも、実名発信は反応が約2倍に増えた事例があります。匿名の「研修事務局」名義は自分事化されにくく、迷惑メールと見なされがちです。

図表11.連絡・募集は匿名ではなく「あなた」から

図表11.連絡・募集は匿名ではなく「あなた」から

研修プログラムの「扉絵」を作り込む

研修プログラムの募集ページに絵がありますか。タイトル・フォント・配色・レイアウトにこだわるだけで、イケてる/イケていない研修は判断されます。

図表12.プログラムの「扉絵」は大事

図表12.プログラムの「扉絵」は大事

e-learningはレコメンドを設定する

多くの企業が何かしらe-learningを導入しています。中には、数百個のコンテンツから選んでいつでも学べるようにしている企業もあります。しかし、膨大なコンテンツから1つを選ぶのは難しいため、役員・エース人材のおすすめ、月間レコメンド、人気ランキングなどのレコメンド導線を用意します。

図表13.豊富なコンテンツはレコメンドをセット

図表13.豊富なコンテンツはレコメンドをセット

e-learningのヘビーユーザーを可視化・集合させる

10〜15%のe-learningアクティブ層を集めて情報交換の場を設け、口コミや推奨コンテンツを創出します。「あの研修受けた?非常に良かったよ」「あの講師が好きだから本まで読んだ。見る?」のような話で盛り上がりやすいです。つまり学びの火がもう立っている人材ですね。火種を集めて増幅させる発想です。

図表14.トップe-Learnerたちを集わせる

図表14.トップe-Learnerたちを集わせる

研修計画は「祭り化」する

多くの会社がつくる研修計画は、「人材開発部のやることリスト」になってしまっています。これでは盛り上がりに欠けます。ラーニング・ウィーク/ラーニング・フェスティバル/キャリア月間など、期間を区切って盛り上げると参加のハードルが下がり、学ぶ雰囲気が生まれます。写真を撮ってコンテンツ化するのもいいでしょう。

図表15.集合研修の「祭り化」

図表15.集合研修の「祭り化」

研修後の「放課後タイム」を設ける

研修が16時終了なら17時まで会場を確保し、自由交流の1時間を設けます。「別件なんですが……」の会話が自然に生まれ、学びから派生するネットワークが形成されます。学びをそのまま生かすよりも、学びのつながりの中で別のことが動き出す瞬間です。事務局が介入しなくても、場と時間の提供だけで十分です。

図表16.「放課後タイム」をつくる

図表16.「放課後タイム」をつくる

学びの教材として「自社」を使う

学びのコンテンツの中で、「自社」も一つのコンテンツになります。例えば、IR資料、統合報告書、中期経営計画などを読み込む会を企画し、担当者から背景を聞くと、既存資料が生きた教材になります。自社への関心が高い人材の可視化にも有効です。

図表17.「自社」も一つのコンテンツ

図表17.「自社」も一つのコンテンツ

社内大学を姉妹校化する

社内大学も流行ってきました。しかし、自社に閉じてしまっています。姉妹校的に仲のいい社内大学、コーポレートユニバーシティを作っていくと、おもしろい世界観になるなと思います。競合しない他社と合同講座や講師交換、コンテンツ共有を行い、社外との緩やかな連携で学びの質と刺激を高めます。

図表18.社内大学には「姉妹校」を

図表18.社内大学には「姉妹校」を

教育効果は内容だけで測らない

研修の効果をどう測定していますか。だいたい研修の効果はコンテンツに縛られがちです。例えば、Excelの研修なら活用することが効果だと思っている人が多いです。内容の習得以外にも、人との出会い・視野の広がり・相談相手の獲得・部門間連携の端緒など、「研修がなかったらゼロだった価値」を効果として捉えます。

図表19.「教育効果」が狭すぎる

図表19.「教育効果」が狭すぎる

「学びを仕事にせよ」への備え

「学びを仕事に活かせ」「投資したぶんリターンを得よ」と言う経営者が増えていますが、これでは日本のリスキリングは短命に終わります。先ほどの「効果」が狭すぎるため、「なんか役に立っているみたいです」「『役に立ちました』が何パーセント」としか返せない。

現場で必要なすぐ役立つ学び(OJT)は事業部で、「今に活きないからこそ未来に活きます」という未来志向の学びは人材開発で、と機能分担を明確化し、後者の価値を言語化します。

図表20.「学びを仕事に活かす」は結果論

図表20.「学びを仕事に活かす」は結果論

学び合いのための「8つの原則」

「学び合う組織づくり」の100のツボの一部をご紹介してきました。最後に「8つの原則」についても少しお話しします。

例えば研修に集まった従業員、部長、課長たちをどう扱うか。研修の参加者を生徒でもお客さまでもなく肩書きでもなく、「人」として扱う。そして事務局である人事側も同様に「人」として関わる姿勢を示します。

図表21.学び合いのための「8つの原則」

図表21.学び合いのための「8つの原則」

また、学ばせる立場の者こそ学び続ける必要があります。現場からの信頼の源泉です。そして、 知識のインプットにとどめず、実践して初めて意味が出てきます。

図表22.学び合いのための「8つの原則」

図表22.学び合いのための「8つの原則」

まとめ:なぜ「学び合う組織づくり」なのか

日本の就業者の学ばなさについて、「今後学ぶようになるのでは」とよく聞かれますが、ロングトレンドを見れば恐らくならないと思います。

個の力での突破は難しそうなので、内発的動機付けを考えるよりも他者を経由した「もらい火」をもっと考えるべきです。その「もらい火」のためにはできることがご紹介した「学び合い100のツボ」です。

残念ながら、前例踏襲の研修にe-learningをプラスするぐらいの会社が多いです。私も講師登壇を通して、この研修風景を変えたいと思っています。

図表23.「学び合う組織づくり」超・実践100のツボのまとめ

図表23.「学び合う組織づくり」超・実践100のツボのまとめ

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登壇者紹介


上席主任研究員

小林 祐児

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『学びをやめない生き方入門』(テオリア)、『残業学』(光文社)など多数。

  • 文中の内容・肩書等はすべて取材当時のものです。

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