調査・研究コラム

労働力不足でも50~60代社員には過剰感を抱く矛盾―人的資本経営をタテマエで終わらせない人事制度とは

公開日:

執筆者

  上席主任研究員

上席主任研究員

藤井 薫

労働力不足でも50~60代社員には過剰感を抱く矛盾―人的資本経営をタテマエで終わらせない人事制度とは

今、日本企業は深刻な労働力不足に直面している。若手人材の獲得競争は激化しており、「初任給30万円」の報道にも、すでに目新しさを感じなくなっている。一方で、いわゆる黒字リストラのニュースが後を絶たない。その対象は、ほぼ例外なく50代以上の社員だ。「人的資本経営」の推進を掲げる企業が多い中、50代以上の社員は人的資本の範疇に含まれていないのか。労働人口の高齢化や雇用の長期化が進む中、それで企業経営は成り立っていくのか。

そのような問題意識から、パーソル総合研究所では、「企業の60代社員の活用施策に関する調査」と「『正社員として20年以上勤務した60代』の就労実態調査」を実施、60代社員だけでなく50代社員のデータも併せて分析を行った。本コラムでは、それらの調査結果から見た50~60代社員活用の課題と解決の方向性を示す。

「労働力不足でも50~60代社員は過剰」の正体

企業の人材不足感を年代別に見てみよう。正社員全体としては6割を超す企業が人材不足を感じているにもかかわらず、50代・60代正社員については、約4割の企業が「過剰・やや過剰」との回答である (図表1)。特に、中小企業と比べて40代以下の社員層が厚く、若手社員の採用力が比較的強い大企業において、この傾向が顕著だ。

図表1:正社員の年代別の人材不足感

図表1:正社員の年代別の人材不足感


出所:パーソル総合研究所(2025)「企業の60代社員の活用施策に関する調査」

しかし、なぜ、若ければ若いほど人材不足感が強いのか、50~60代社員は過剰と思われているのか。
その理由をざっくり言い切ってしまうと、企業は「50~60代社員はコスパ(コストパフォーマンス)が悪い」と考えているからだ。

調査では、給与が年功的であるほど若手社員の不足感と50~60代社員の過剰感が強まる。給与が年功的であれば若手の給与は安く、50~60代給与は高いためだ。逆に、給与が実力主義的であるほど、若手社員の不足感も50~60代社員の過剰感も弱くなる。企業は人件費に敏感だ。

もちろん、給与が高くても、それに見合う働きぶりであれば問題はないはずだが、この点においても、50~60代社員は分が悪い。55歳以前から同じ企業に継続勤務している50~60代社員のうち、「担当者としてのパフォーマンスの発揮」が求められていると考えている人は5割前後に過ぎない。職場から尊重されていると考えている人、自分の役割は重要だと考えている人も同様であり、役割認識に問題があると言わざるを得ない状況だ。その結果、人材「過剰」の企業と「適正」の企業を比較すると、50代・60代ともに、人材過剰の企業では「本人のモチベーションの低下」と「本人の生産性の低さ」に課題感を持つ企業が大幅に増える。

正社員全体としては、人材不足傾向であり、必ずしも50~60代社員にアサインする仕事が足りない状況ではない。たとえば、正社員に占める60代社員の比率が「1割~3割未満」の企業であっても「5割以上」の企業であっても、60代社員の過剰感はほとんど変わらない。50代社員の場合も、同様の調査結果である。人材過剰感の正体は、50~60代社員の人数ではなく、「モチベーション」と「生産性」だ。要するに、「50~60代社員はコスパが悪い」というわけだ。

「働くことを期待されていないおじさん」を生み出す負のループ

50~60代社員のコスパの悪さは、単に社員個々人の問題として片付けることはできない。むしろ、企業の60代人材施策をトリガーとして作り出された構造的な「負のループ」と見るべきだ。

図表2:60代人材の負のループ

図表2:60代人材の負のループ

出所:筆者作成

60歳といえば、まず、定年を迎えて再雇用の契約社員になり、給与が3割ほど下がるというイメージがあるのではないだろうか。そのイメージはあながち間違いではない。調査でも、60歳で処遇を見直す企業のうちの9割が年収を引き下げる。下げ幅の平均は28%だ。中には、ほとんど下がらない企業や6割以上下がる企業もあるが、「3割程度下がる」企業が最も多い。ちなみに、65歳定年だからといって、給与が下がらないわけではない。定年年齢別では、60歳定年企業は平均30%ダウン、65歳定年企業では平均21%ダウンである。

実は定年年齢よりも、はるかに影響が大きい要素が「50代社員の過剰感」だ。50代社員が「適正」な企業では下げ幅は平均24%だが、「過剰」な企業では40%に達する。50代社員は60代社員よりも雇用義務期間が長く、50代前半は団塊ジュニア世代で人数も多い。現在の50代が60代になる前に大きく給与を下げる仕組みを作っておこうという企業の思惑が透ける。

50代社員にとって60代社員の姿は、他人事ではなく「明日のわが身」と映っているはずだ。50代社員と60代社員、特に、50代後半社員と60代前半社員は、人事施策上、切り離して考えることはできない。調査でも、50代後半社員の活用がうまくいっていない企業で60代前半社員の活用がうまくいっている企業はほとんどない。まさに一体不可分だ。

さて、処遇の見直しに話を戻すと、年齢基準による給与の引き下げとモチベーションとの関係は、誰もが想像する通りである。60代前半において「給与ダウンあり」の場合、「モチベーションが低下した」「自分の価値が低下した」「会社に対する忠誠心が下がった」と感じる社員の割合は半数前後に達し、「給与ダウンなし」の社員よりも2.5倍以上多い。

さらに、職責の見直しの影響も見逃せない。企業の約4割は60代になると、「役割・責任」や「成果や生産性」の期待値を59歳以前よりも軽減する。給与が下がる分、職責が軽減されて、バランスが保たれるという見方もできるが、人の能力は60歳の誕生日を境に一変し、急降下するものではないはずだ。

仕事における期待値の切り下げは、企業のルールとして60代を「半・現役」扱いすることにしたということに他ならない。「働かないおじさん」ならぬ「働くことを期待されていないおじさん」の誕生である。
(現役大卒で入社した男女雇用機会均等法の第1期生は2025年で61歳。ずっと正社員だった60代の8割近くは男性であることから、あえて「おじさん」と表現している)

給与ダウンでモチベーションが下がったうえに、会社からも「働くことを期待されていないおじさん」の生産性が高いわけもなく、60代社員は「コスパが悪い」過剰人員であるとのステレオタイプの人材観が強化され、処遇見直しルールに繋がっていく「負のループ」が形成されている。

50代社員の場合は、まだ処遇の見直しが行われていなくても、「明日のわが身」として60代社員のメンタリティを先取りして、同じようなループにはまっているということかもしれない。企業視点では、給与が下がっていない分、60代社員よりも「コスパが悪い」感が強くなりそうだ。

50~60代社員の活性化には「個別最適化」が鍵になる

人的資本経営をシンプルに解釈すると、「人材の価値を最大限に高めて、組織の成長に繋げる経営」ということだろう。調査では、正社員のうち50代が2.6割、60代以上が1.4割であり、合わせて4割を占める。人的資本経営と言わずとも、正社員の4割を「半・現役」扱いする経営はエクセレントではありえない。50~60代社員の活性化に向けて、一刻も早く「負のループ」を断ち切るべきだ。

ループに鉈を入れる場所は、人事制度だ。「半・現役」扱いの人事制度を改める必要がある。
とはいえ、若手、中堅から60代、さらには70代もエイジフリーの考え方でシームレスな制度にしようというのは、理念としては理想的かもしれないが、おそらく効果的でもなければ、現実的でもない。

企業視点では、雇用義務がある65歳までとそれ以上とでは、決定的に社員の位置づけが異なる。また、60歳などでの処遇の見直しや役職定年制度も撤廃すべきであるとも言えない。新卒入社からスタートする長期雇用の中で50~60代にもなれば、たいてい何らか年功的処遇の名残がある。それらをリセットできる機会は貴重だ。問題は、リセットの方法である。

そこで目指すべきは全体最適ではなく「個別最適」だ。全体最適の観点では、人件費の圧縮が優先されがちになる。「年功賃金からの脱却に向けて50~60代社員の人件費をとにかく30%縮減しよう」というわけだ。一見、中長期をにらんだ大局的判断のようだが、行き着く先は「負のループ」による人材の浪費にほかならない。

「個別最適」の観点で個々人を活性化しうる役割を検討し、処遇を設定する労を惜しんではならない。もともと自社で長きにわたって勤務してきた人材だ。判断材料は十分に蓄積されているはずである。個別最適で見直した結果として、これまで通りの役割を担う人もいれば、処遇が大きくダウンする人もいるだろう。リセットといっても全員をスタートラインに並べなおすのではなく、各人個別に年功による歪みを取り除いて役割・処遇を設定せよということだ。

一方、個人視点では、年齢を重ねるにつれて健康面であったり、経済面であったり、さまざまな面で個別性が大きくなる。もちろん、「働くこと」への意欲や考え方についても同様だ。ただ、ひとつ共通して言えることとして、企業が50~60代社員の生産性を気にするように、個人も働くことの「タイパ(タイムパフォーマンス)」を気にしている。

時間は希少だ。「タイパが悪い」働き方は、特にシニア層には受け入れにくいのではないだろうか。50~60代社員に限ったことではないが、タイパよく能力・意欲を発揮できる働き方、それは企業にとっても生産性が高い社員の姿だ。

企業の60代社員への対応には、変化の兆しが見える。年齢一律基準で処遇を引き下げる企業が残る一方で、60代社員の年収を「今後引き上げ予定」または「現在検討中」の企業が全体の5割を超える。しかし、給与を下げなければモチベーション高く働き続けてもらえるとは限らない。正社員の4割を占める50~60代の活性化には、「働くこと」へのニーズの多様化に対応する施策を織り込むことが欠かせない。

まとめ

黒字リストラが後を絶たないように、日本企業は、労働力不足にもかかわらず50~60代社員に過剰感を持つという矛盾を抱えている。人的資本経営を掲げながら、正社員の4割を占める50~60代社員の能力や経験を生かせていない。

50~60代社員の半数前後はモチベーションが低く、役割認識にも問題が多いが、必ずしも社員個々人の責任に帰すことはできない。そもそもは、60歳になると「半・現役」扱いで役割や処遇を引き下げる企業施策が、モチベーションを下げ、生産性を下げる、それがさらに「半・現役」感を煽るという「負のループ」によるものだ。50代社員も60代社員のメンタリティを先取りして、似たようなループにはまっている。

この負のループを断ち切るには、人事制度に鉈を入れる必要がある。理念的なエイジフリーではなく、効果的かつ現実的には、役割・処遇リセットの基本方針を全体最適から「個別最適」に切り替えることだ。50~60代の活性化には、「働くこと」へのニーズの多様化への対応も欠かせない。

執筆者紹介

  上席主任研究員 藤井 薫

上席主任研究員

藤井 薫 Kaoru Fujii

電機メーカーの人事部・経営企画部を経て、総合コンサルティングファームにて20年にわたり人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。その後、ソフトウェア開発企業にて取締役タレントマネジメント事業部長を務める。 2017年8月パーソル総合研究所に入社、タレントマネジメント事業本部を経て2020年4月より現職。新聞、雑誌、Webメディアなどへの寄稿、コメント多数。著書に『ジョブ型人事の道しるべ キャリア迷子にならないために知っておくべきこと』(中央公論新社)、『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中央公論新社)。

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