公開日 2025/06/26
2022年から2023年にかけてアマゾン、マイクロソフト、メタなどの大手IT企業が、1万人規模のレイオフを行ったことは記憶に新しい。日本の雇用制度ではなかなか考えられないことだが、アメリカではなぜこういったことが可能なのか。アメリカと日本の雇用制度の違いについて伺った。
オグルツリー・ディーキンス法律事務所 インディアナポリス事務所
インディアナ州弁護士、ワシントン州弁護士 本間 道治 氏
三井不動産で人事研修業務などに従事した後、1991年に退職し、渡米。1994年にオハイオ州立シンシナティ大学ロースクールJ.D.課程卒業。1996年にインディアナ州弁護士、2021年にワシントン州弁護士の資格を取得し、2002年より現職。日系企業を対象にしたアメリカの雇用法・組合法・移民法に関する相談・サービスを提供するほか、日米での企業内研修や、雇用に関連するセミナーの講師を務める。
アメリカではIT企業を中心に、数千人規模、時には1万人を超えるレイオフが相次いでいます。日本では考えられない規模ですが、失業率が10%を超えたリーマン・ショックや、最初の3カ月で4000万人が失業保険を申請したコロナ禍と比べれば、近年のレイオフの規模はさほど驚くようなものではありません。
アメリカでこのようなレイオフが行われる背景には、「エンプロイメント・アット・ウィル(随意雇用)」という雇用法の基本原則が関係しています。これは、雇用主が従業員をいつでも解雇することができ、従業員も望めばいつでも退職できるという考え方です。企業と従業員の関係は、相手に魅力を感じている間だけ続く、いわば「恋人関係」のようなものといえるかもしれません。
このような雇用法制は、開拓者精神を持った多くの移民を受け入れてきたアメリカの成り立ちと密接に関係しています。商売で一旗あげようとアメリカに渡ってきた人々が起業し、事業を拡大するために人を雇い、うまくいかなければ解雇する。こうした営みが300年以上繰り返され、アメリカは経済発展を遂げてきました。企業は利益を追求するための組織であり、レイオフは事業継続上必要な場合はやむを得ない手段のひとつであるという考え方が根付いているのです。
また、レイオフに限らず、個人の能力不足に基づく解雇もめずらしくありません。アメリカではポジションごとにあらかじめ職務を決めて人を採用するため、割り当てられた業務を会社の満足のいくようにできなければ、解雇という判断が下されます。
一方、日本では「解雇権濫用法理」が雇用制度の根幹にあり、解雇やレイオフには厳格な制限が設けられています。これは戦後、過去の判例を基に確立されたもので、労働契約法第16条において「客観的な合理性がなく、社会通念上相当でない解雇は、権利の濫用として無効になる」と明文化されています。つまり、アメリカのようにビジネスニーズに基づく経営判断だけで従業員の解雇やレイオフを行うことは、日本では非常に困難なのです。このように、日本とアメリカでは雇用に関する歴史や考え方が、根本的に異なっていることが分かります。
アメリカでは、理由を問わず、会社の都合で簡単に解雇できるように思うかもしれません。しかし、実際には多くの法的な制約が存在します。例えば、公民権法第7編(通称「タイトルセブン」)では、性別、出身国、人種、宗教、皮膚の色を理由にした解雇が禁止されています。障害者差別禁止法では、障害のある人に対する雇用差別も厳しく規制されています。また、年齢差別禁止法によって、40歳以上の人に対する年齢を理由とした解雇も認められていません。本人が望めば、高齢になっても働き続けることが可能です。定年制度が法律で認められている日本とは、大きく異なる点だといえるでしょう。
また、日本に比べて訴訟が簡単に起こせるアメリカは、企業の訴訟リスクが非常に高く、違法な解雇やレイオフが横行することの抑止力となっています。例えば、レイオフ対象者の多くが40歳以上であれば、「年齢差別だ」と訴えられる可能性があるため、企業は入社年次の若い従業員からレイオフの対象とするなど、訴訟されにくい、もしくは訴訟されても勝訴できるような方針でレイオフ対象を選定する必要があります。レイオフの選定基準を明確にし、合理的かつ客観的に説明できる理由を整えておくことが求められるでしょう。
解雇に関する訴訟では、「リタリエーション(報復人事)」に関するものが増えています。従業員が差別やハラスメントの被害の申し立てを行ったり、会社を訴えたりすることを理由とする不利益な人事措置は、認められていません。「誰がどんな理由で解雇されたのか」が訴訟リスクと直結するため、やはり解雇理由は明確にしておく必要があります。
こうしたリスクを軽減し、解雇やレイオフを円滑に進めるために、アメリカでは対象者に「退職パッケージ」と呼ばれる給付を提供する企業もあります。給付内容は企業によって異なりますが、数カ月分の給与相当の一時金や、健康保険の継続加入、再就職支援などが一般的です。
アメリカ企業が一度に大規模なレイオフを行うのは、残った従業員のモチベーションを保つというねらいもあります。人材の流動性が高いアメリカでは、人材獲得競争が激しく、企業は解雇をする一方で、優秀な人材を抱え込んでおきたいわけです。
例えば、1万人のレイオフを予定したとして、3カ月ごとに1000人ずつ行うと、「このレイオフはいつまで続くのだろう」「次は自分かもしれない」と従業員は不安になってしまいます。優秀な人ほど、会社に不安や不満を感じるとすぐに転職してしまうでしょう。1万人のレイオフを一気に行うことで、残った従業員は安心し、さらに今まで通りの高い処遇を提供し続けることにより、有能な人材の流出を防ぐわけです。
アメリカの雇用法の柔軟さは人材の新陳代謝を促し、結果としてダイナミックな経済成長やイノベーションを支えています。アメリカの雇用法の下では従業員の離職率が高くなるため、熟練工を多く必要とする高度な製造業には向いていません。しかし、インターネット革命やAIの開発により、かつてない速さで変化している現代社会において、新規事業や業務革新に必要な高度な専門家の採用や雇用に関して、日本企業が学ぶべき点は多いでしょう。
日本の雇用は、従業員に安定的な雇用を約束するという面では優れた仕組みといえますが、一方で、雇用を守らなければならないため経営上大きな失敗ができず、思い切ったチャレンジがしづらいという側面もあります。実際、アメリカで大規模なレイオフが行われた際も、ほとんどの日系企業は行わなかったため、レイオフを免れて喜んだ層がいた反面、ぬるま湯のような環境に飽き足りなさを感じた従業員たちは、挑戦できる場を求めて去っていきました。
世界市場におけるグローバル企業による競争がますます激化する中で、革新的な製品やサービスを生み出すためには、事業運営や雇用面でのトライアンドエラーは不可欠です。守りの姿勢から脱却し、自由で柔軟性の高い経営や人事戦略を、どこでどのように展開していくかを模索することが、日本企業の飛躍につながっていくのではないでしょうか。
※この記事では、次のような意味で用語を使い分けています。
「レイオフ」:業績悪化などによる会社都合の解雇、「解雇」:従業員本人の能力や行動上の理由による解雇
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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