従業員の心理を理解し寄り添い支える姿勢が、解雇のネガティブな影響を軽減

公開日 2025/06/26

企業の大量解雇は、解雇された従業員だけでなく、職場に残る人々にも大きな影響を与える。解雇が個人や組織に与える影響を研究し、自身も人事として解雇に携わった経験を持つMadeleine Pickles氏に、近年の大量解雇から見えてきた課題と、解雇に際して企業や人事が取り組むべきことについて伺った。

Madeleine Pickles 氏

リバプール ビジネス スクール 准教授(組織変革および教育イノベーション分野) Madeleine Pickles 氏

解雇が個人や組織に与える悪影響を軽減し、文化的かつ社会的幸福を促進することで、ビジネスの健全性を高める研究を行う。イングランドとウェールズの法律専門機関CILEX認定の雇用法専門資格を保有。英国人事開発協会のフェロー会員。英国心理学会に登録されている産業心理学者でもある。人事担当者としてシーメンス社などをはじめ、IT、運輸、サービスなど幅広い業界で20年以上の勤務経験を持つ。著書に『Strategic Redundancy Implementation』など。

  1. 解雇を告知するタイミングや伝え方の段取りは念入りに
  2. 解雇をゴールにせず企業文化を再構築する

――解雇を告げられた従業員は、心理的にどのような影響を受けるのでしょうか。

解雇を告知された従業員は、自信や経済的な安定を失うことはもちろん、「自分は誰にも必要とされていないのではないか」という不安にも直面します。

私の研究では、キューブラー・ロスが提唱した「死の受容のプロセス」を応用して、解雇を告げられた従業員が解雇を受け入れるまでの心理プロセスを7段階に整理し ています(図表)。

図表:従業員が解雇を受け入れるまでの心理プロセス

図表:従業員が解雇を受け入れるまでの心理プロセス

出所:Stevens, M. (2022). Strategic redundancy implementation: Re-Focus, Re-Organise and Re-Build. Routledge.

最初の段階は「1.否認」です。多くの人は「なぜ私が解雇されるのか」と現実を受け入れることができません。続く「2.ショック」では、「会社に裏切られた」と感じ、その感情はやがて経営陣への「3.怒り」へ変わります。その後、雇用条件などの「4.交渉」を企業に対して試みるも、それが失敗に終わると、「5.抑うつ」に至ります。自責や無力感に苛まれ、収入が無くなるプレッシャーなど精神的に大きな負担を受けます。

それを乗り越えると「6.受容」へと進み、ようやく「この仕事を続けることはできないのだ」と、解雇を受け入れるのです。そして、転職に成功したり、起業したりすると「7.安堵」に至ります。

※Kübler-Ross, E. (1969). On death and dying. New York: Macmillan.

解雇を告知するタイミングや伝え方の段取りは念入りに

――解雇される従業員に対して、人事担当者はどのようなサポートができますか。

解雇対象の従業員が「抑うつ」から「受容」の段階に進めるように支え導くことです。まずは寄り添い、傾聴の姿勢を示しましょう。「話を聞いてもらえた」と感じることが、次のステップに進む後押しとなります。定期的な面談を設けるなど、いつでも話を聞ける体制を整えるとよいでしょう。そして、彼らが将来のビジョンを描けるようにワークショップや再就職先の支援、メンタルヘルスの相談先など、サポートの選択肢を用意し、必要なタイミングでいつでも利用できるよう継続的に案内します。

また、解雇までの具体的なスケジュールや現状を共有することで安心感を生み、将来に対する見通しを持てるようになります。


――解雇を実施する際に、企業が重視すべきことを教えてください。

最も大切なのは、解雇が従業員にとって「突然の出来事」とならないようにすることです。深夜にメール一本で解雇を通知するなど、配慮を欠いた対応をした企業が問題視された例もあります。この企業は社内の信頼を一気に失い、後に自主退職者が続出する事態を招きました。

そのため、解雇告知のタイミングや伝え方には配慮が必要です。プライベートの予定が控えている長期休暇前は避ける、朝に告知するならその日は休みにするなど、従業員の心情に寄り添った対応が必要です。

解雇を告知された従業員の受け取り方は、一人ひとり異なります。怒りや悲しみなど、どのような反応にも対応できるよう、告知の際は人事担当者に加え、従業員の性格や家庭の状況などを深く理解しているマネジャーも同席するのが望ましいでしょう。解雇の告知は精神的に負担のかかるプロセスなので、つらさを分かち合えるという意味でもマネジャーの協力を得ることは重要です。

解雇を告げられた従業員は、心理プロセスの「否認」や「ショック」の段階にあり、話した内容が頭に入っていない可能性が高いです。冷静になって受け止める時間を設け、日を改めて解雇後のサポート内容について説明するのがよいでしょう。

解雇に当たっての企業の姿勢は、残った従業員も見ているということを忘れてはいけません。彼らも同僚が去ってしまった後味の悪さや、「次は自分が解雇されるのではないか」という不安を抱えています。だからこそ、解雇される人に対して思いやりと敬意を持った対応をすることで、職場への信頼が保たれ、優秀な人材の流出を防ぐことにもつながるのです。

解雇した従業員を企業側の状況が変わって再雇用することになっても、解雇時に自身が尊重されたという実感があれば、再び意欲を持って働いてもらえる可能性が高まります。

解雇をゴールにせず企業文化を再構築する

――解雇は人事担当者にも大きな負担を与えることになります。どのように支えるべきでしょうか。

解雇の告知をする人事担当者は、従業員からの怒りや反発を直接受けるなど、強いストレスを抱えやすい立場にあります。うつ病やバーンアウトに陥るほか、小さな町にある企業では解雇を担当した人事担当者が解雇された従業員と出くわして嫌味を言われ、いじめのような扱いを受けて引っ越しに追いやられたりするケースもあるなど、軽視できるものではありません。

そのため、解雇される従業員の心理的なプロセスを理解し、相手に寄り添った告知やサポートができるよう研修の機会を設けるとよいでしょう。人事担当者が必要以上に罪悪感を持つことを防ぎ、業務負担を軽減することにつながります。解雇に関するどのような質問をされても答えられるように事前に準備しておくと、不安やストレスを緩和できます。

解雇に際しては、解雇の対象となる従業員に意識が向きがちですが、人事部門は解雇において最も精神的に疲弊するポジションです。経営者は、外部カウンセラーとの面談の機会を積極的に設け、賞与や特別休暇(例えば、1週間のバケーション)を支給するなどの形で、ねぎらいや感謝を示せるとよいでしょう。


――解雇を実施するに当たって、経営陣が心がけるべきことを教えてください。

経営者は解雇を実行に移す前から、全従業員に財務計画や経営状況について透明性を持って伝えておくこと。そして、解雇を実施する際には、解雇に至るまでの具体的な努力と、今後の明確なビジョンと戦略的な方向性を経営者自身の言葉で伝えることが大切です。

そうすることで、従業員は経営陣に対して誠実さを感じ、解雇に至った背景を理解できるため、納得感が生まれます。そのためには、経営陣も人員整理を行ったり、報酬を削減したりといった、経営層が同等の犠牲を払うことも求められるでしょう。こうしたメッセージを公にも発信することで、世間にネガティブな評判が広まったり、外部顧問や投資家からの信用を失ったりすることを避けられます。

何よりも重要なのは、解雇がゴールではなく、その後いかに企業文化を再構築していくかということです。人員が減った分、今までと同じ成果をより少ない人数で達成しなければなりません。リスキリングの機会を設けたり、小さな成功を評価したりするなど、新たな組織でモチベーションを高める仕組みづくりを目指していただきたいです。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


本記事はお役に立ちましたか?

コメントのご入力ありがとうございます。今後の参考にいたします。

参考になった0
0%
参考にならなかった0
0%

follow us

公式アカウントをフォローして最新情報をチェック!

  • 『パーソル総合研究所』公式 Facebook
  • 『パーソル総合研究所シンクタンク』公式 X
  • 『パーソル総合研究所シンクタンク』公式 note

おすすめコラム

ピックアップ

  • 労働推計2035
  • シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント
  • AIの進化とHRの未来
  • 精神障害者雇用を一歩先へ
  • さまざまな角度から見る、働く人々の「成長」
  • ハタチからの「学びと幸せ」探究ラボ
  • メタバースは私たちのはたらき方をどう変えるか
  • 人的資本経営を考える
  • 人と組織の可能性を広げるテレワーク
  • 「日本的ジョブ型雇用」転換への道
  • 働く10,000人の就業・成長定点調査
  • 転職学 令和の時代にわたしたちはどう働くか
  • はたらく人の幸せ不幸せ診断
  • はたらく人の幸福学プロジェクト
  • 外国人雇用プロジェクト
  • 介護人材の成長とキャリアに関する研究プロジェクト
  • 日本で働くミドル・シニアを科学する
  • PERSOL HR DATA BANK in APAC
  • サテライトオフィス2.0の提言
  • 希望の残業学
  • アルバイト・パートの成長創造プロジェクト

【経営者・人事部向け】

パーソル総合研究所メルマガ

雇用や労働市場、人材マネジメント、キャリアなど 日々取り組んでいる調査・研究内容のレポートに加えて、研究員やコンサルタントのコラム、役立つセミナー・研修情報などをお届けします。

コラムバックナンバー

おすすめコラム

PAGE TOP