「40代からの転職」の難しさ ~「即戦力」規範の功罪~

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40代以降の中高年層の転職が増えている。ここ十年間で、44歳以下の転職者数は増減率98%とほぼ横ばいだが、45歳以上の転職者数の増加率は、景気変動の影響を大きく受けながらも145%と増加した(2010-2020年の労働力調査より)。「近年、転職が増えた」といった世間の一般的な感覚は、実質的にはほとんどが中高年の転職増加によってもたらされている。

一方、企業にとっても、給与の高い中高年層は常に悩みのタネであり続けてきた。50代前後となった団塊ジュニア世代を厚く抱える多くの企業が70歳までの就業機会確保の努力義務化(高年齢者雇用安定法の改正)とコロナ禍に直面した今、大手企業を中心に希望退職募集が増加している。

しかし、中高年になると転職先を見つけるのも一筋縄ではいかない上に、転職した後にも若い頃とは異なる特有の苦労が待っている。本コラムでは、立教大学の中原淳教授と筆者が執筆した書籍『働くみんなの必修講義 転職学』のデータを紹介しつつ、中高年層の「転職後」を議論していきたい。

  1. 「転職後」に中高年を待つ苦労
  2. 「即戦力」期待が負のシナリオを生む
  3. 40代以降で減ってしまう転職後の「学習棄却」
  4. 40代以降の転職者をいかに支えるか
  5. まとめ

「転職後」に中高年を待つ苦労

中高年層に独特の困難を一言でいえば、転職後の仕事の「曖昧さ」だ。パーソル総合研究所の研究では、中高年層の転職者の多くが、入社後3カ月経っても「仕事内容や責任範囲が明確に理解できていない」人が多いということが分かっている(図1)。

図1:仕事内容と責任範囲の明文化・理解度(年代別)

図1:仕事内容と責任範囲の明文化・理解度(年代別)

出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職行動に関する意識・実態調査」


人は、「何をやればいいのかわからない」状態では、仕事の成果をなかなか出すことができない。自分が担う仕事の内容や責任範囲についての情報を十分にも持っていないこうした状況は、学術的には「役割曖昧性」と呼ばれてきた。職場における役割が明確になっていないまま働くことは、仕事の満足度やパフォーマンスなどに負の影響を与えることが過去の研究でも指摘されている。パーソル総合研究所の調査でも、この「役割曖昧性」が、やはり転職者が組織や仕事に馴染むことを妨げていた。

中高年層に「役割曖昧性」が生じやすい理由は、企業の採用活動の在り方と関係があるだろう。企業にとって、若年層向けの中途採用は、いわば「欠員補充」型。既存のビジネスを回すために必要な人員を補充するケースが大半だ。しかし、40代以上になると中途採用は「ミッション型」になる。経験豊富な中高年層の採用は、組織にとって戦略的なポジションを任されるケースが多くなり、より幅広い業務や新しい仕事が求められるようになる。また、組織の変革や事業の転換といった、まだ社内で誰もやったことのないミッションを、外部の経験によって補おうとすることも多い。必定、新しく複雑なミッションを目的とするので事前に転職後の仕事内容を具体的に示すことは難しい。具体的なプロセスそのものを外部調達するのが採用側の狙いだからだ。こうして中高年層の転職は、転職者本人にとってすれば「曖昧さ」の余地を大きく残すものになってしまう。

このような中高年層の転職における「役割曖昧性」を緩和するには、求人情報の正確さや面接時のコミュニケーションはもちろんのこと、転職後も職場内におけるサポートが欠かせない。パーソル総合研究所の研究でも、周囲にいる人から業務に関するアドバイスや指導といったサポートを受けている人は、入社後にこの「役割曖昧性」をうまく乗り越えて活躍している様子がうかがえた。

「即戦力」期待が負のシナリオを生む

さらにもう一つ、気をつけなければいけない落とし穴がある。

中高年層は、それまでに培った仕事経験やスキルがあり、転職後も「即戦力になりたい」という想いや自負が強いことも多い。しかし、中高年本人の即戦力への期待が、そうした周囲からのサポートを受けにくさにつながってしまうことがあるのだ。

パーソル総合研究所の調査では、「自分のスキル・技術が入社してすぐに活かせる」と感じている人ほど、同僚からの支援を受けておらず、あるいは「入社してすぐに実力を発揮しなければいけない」と感じている人ほど、上司からの支援を受けられていない傾向が見られた。さらに、その傾向は特に、同じ職種に転職した40代に強く見られる。

つまり、40代転職者自身の「即戦力になれる/なりたい」、「同じような仕事内容だから、すぐに活躍できる」という期待感はむしろ、周りからのサポートを求めない、受けられないことにつながるリスクがあるのだ。

40代以降で減ってしまう転職後の「学習棄却」

転職後には、これまでの仕事のやり方がそのまま通用することはほとんどない。大概の人は、職場においてさまざまな行動のチューニングを行い、業務や組織に慣れていく。過去のやり方を捨て、新しいやり方に変えていくこのようなプロセスは、「学習棄却(アンラーニング)」と呼ばれる。

転職者は、人間関係の築き方から、毎日の働き方や学びの習慣まで、広い範囲で細かな学習棄却を行い、そうした行動変容が入社後のオンボーディングを促進させる。

しかし、図2のデータを見ると、中高年の転職者になるほど、この学習棄却ができていない。これまでの長い経験から学んだことを「捨てる」というのは一種の痛みを伴う。それ故、なかなか過去の学びを「手放せない」人が中高年層には増えているのだ。

図2:学習棄却の有無(年代別)

図2:学習棄却の有無(年代別)

出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職行動に関する意識・実態調査」


実際に、転職後の中高年層でしばしば目にするのは職場の「出羽守(でわのかみ)」になってしまう人たちだ。「前にいた会社では」とか「前職では」というように、転職前の会社でのやり方を何かにつけて引き合いに出し、新たな職場でのやり方に馴染もうとしない人たち。これではどんなスキルや能力を持っていても、活躍することは難しい上、周囲もサポートする気をなくしてしまう。

40代以降の転職者をいかに支えるか

中高年層は、上のような困難を抱えると同時に、自分の仕事を他者に相談する率も減っていく。こうした「他者への相談しなさ」が、40代以降の転職後の困難を、さらに解決から遠ざけている。

企業は、こうした「相談しなさ」含め中高年層の転職の落とし穴を十分に理解し、サポートするべきだろう。転職者を「お手並み拝見」的に見がちな職場に先回りし、仕事やキャリアについて相談できる人を事前に周りに確保し、紹介しておくことが望ましい。

特に性役割分業意識が根強い日本社会において要注意なのは、男性だろう。「仕事こそが人生そのもの」で、人に頼らず弱音も吐かないといった「男性らしさ」の規範は、転職後の適応の邪魔になる。

定期的な人事面談だけでなく、上司や同僚、年下の人へ積極的なケアを依頼したり、隣の部署の上司などナナメの関係にある人に「ななメンター」になってもらったりすることもできる。昨今では、オンライン上でカウンセリングやコーチングを行ってくれる外部サービスも多くある。採用活動中は積極的に入社を口説くのに、入社後は放ったらかしになりがちな転職者へのサポートは、多くの会社で十分とはいえない。

まとめ

40代以降は、自分に合いそうな求人が若い頃ほど豊富にあるわけではない。少ない選択肢の中から即戦力になれそうな転職先に飛びついてしまい、入社後は実力を早く発揮しようと焦ったり、前職のやり方にこだわったりして職場でのサポートを得られず、「うまく馴染めない」と早晩辞めてしまう……。これが、中高年層の転職にありがちな「負のシナリオ」だ。さらには、仕事やキャリアについて、他者へ相談する率も減少していく。

今後、高齢化とともに中高年層の流動性がこれからも伸びていくことが予想される。そうした中で、40代からの幸福な転職を少しでも増やすためには、人事や所属部署だけなく、隣の部署や外部相談サービスも活用した仕事やキャリアに関するアドバイスや指導といったサポートなど、転職後の中高年層を職場で「孤独」にさせないための取り組みがポイントになるだろう。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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