公開日 2022/04/22
新しい組織・会社に転職するときに想定していなかった困難は、入社時の「リアリティ・ショック」とも呼ばれ、学術的にも長く研究されてきた。パーソル総合研究所が実施した調査でも、「給与・報酬が思ったより悪い」「こんな社風だと思わなかった」「昇進スピードが遅かった」などが、事前のイメージよりも悪かったこととして2-3割の転職者が感じていた。
転職の成功は、当然ながら転職先で働き始めてからしか分からない。それは受け入れる企業側も同じことだが、入社後の想定外の驚き、「こんなはずじゃなかった!」は、ありとあらゆる転職にある落とし穴だ。
本コラムでは転職者のリアリティ・ショックが生まれる構造と、入社後に組織や会社になじんでもらうためのオンボーディング施策のこれからについて紹介する。
さて、なぜ転職にはこれほど「こんなはずじゃなかった」事態が頻発するのだろうか。簡単に答えるならば、「入社後のことは、入ってからでないと正確に分からないから」だ。入社前に持っていた情報や期待と、入社後の現実が食い違う。これがリアリティ・ショックの基本的な構図になる。
これを裏返した解決策が、RJP―Realistic Job Preview(現実的な職務予告)と呼ばれるものだ。入社後のことについて正確に・正直に求職者に予告してから採用する、という手法として学術的に探求されてきた。だが、中途採用の現場において、RJPはなかなかうまく行かないのも事実だ。
転職活動をするとき、求職者は、面接や書類審査など、応募先の企業とさまざまなやりとりをする。その際、求職者側から見れば、コミュニケーションの相手は「企業の代表」であり、「企業そのもの」と見なして向き合うしかない。その間にエージェントやハローワークを挟んでコミュニケーションしている場合も、この見方は変わらない。
しかし、実際に中途採用を行ってみればすぐ分かることだが、採用する企業の中は「一枚岩」ではない。企業の中には、人を補強してほしいと考えている現場のメンバー、その現場をまとめるマネジャー、さらにその上には採用の決定権をもつ経営陣、そこに採用実務を取りまとめる人事部門、外部の採用パートナーがおり、それらが全て採用に関わっている。その上、採用に勤しむ従業員の多くは、多忙な中に時々やってくる「追加の仕事」として採用業務を行なっている。
こうした多様なプレイヤー間で意思疎通や引き継ぎはスムーズに行われず、採用目的や認識のズレ、連携ミスが生じやすい。自分の企業の求人広告に細かく何が書かれているかを把握しないまま面接官としてくる現場マネジャーや、現場が真に求めている人材と通過してくる人材が噛み合わないことなどは、日常茶飯事だ。結果的に採用すべき人材のイメージや採用の目的が曖昧なまま、採用活動だけが進んでしまう(図1)。
図1:採用コミュニケーションの構造
ところが、そうした企業の内部事情は、求職者にとっては「ブラックボックス」だ。情報は伝わらず、もちろん求人広告にも反映されない。その結果、入社時の「こんなはずじゃなかった」リアリティ・ショックは半ば必然的に起こってくる。
職場に入っていく転職者のほうは「聞いていた話と違う」「想像と違う」などと感じている一方で、採用した企業側も、例えば現場メンバーは「本当はこういうスキルの人がほしかったわけじゃない」と戸惑う……。「リアリティ・ショック」は、「企業側のリアリティ」がそもそも一枚岩ではないことから構造的に生まれてくる。
企業としては、内部で情報をきちんと引き継ぎ、共有し、採用時の「リアリティ」に統一を図ることは必要だろう。一方で、完全な統一が難しいのであれば、それと同時にオンボーディング、つまり入社後の施策についても深く検討する必要がある。特に、コロナ禍によってテレワークが増えたホワイトカラーの多い企業は、テレワークにおけるオンボーディングに極めて苦労している。
企業が新人を組織になじませるために行う歓迎会やOJT、人事面談、上司との1on1などの施策を、オンボーディング施策と呼ぶ。それらのほとんどは、転職者や新卒者を「早く仲間にすること」や「早く自社の仕事に慣れされること」という目的で実施されるが、伝統的なこれらの施策は、「自組織」に閉じた発想の、「クローズド・オンボーディング」とも呼べるものだ。
しかし、とりわけコロナ後のオンボーディングはそうした伝統的なオンボーディング施策だけにとどまっているべきではない。筆者がその代わりに提唱しているのは、「クローズド・オンボーディング」の逆、いわば「オープン・オンボーディング」の発想だ。その理由の一端をデータで示そう。
図2に、「転職者が組織外の他者と接触する頻度」と、「その人が仕事に慣れた時期」や「その人が転職先を『うちの会社』と呼び始めた時期」の関係をグラフ化した。オレンジと青の線を比較してみれば分かるように、組織外の他者との接触頻度が「高い」、オレンジの転職者ほど、仕事に慣れる時期が早くなっている。
また、転職先を「うちの会社」と呼びはじめる時期も早くなっている。「うちの会社」という呼び方をしはじめるということはつまり、「自分」と「会社」のアイデンティティが重なり合いはじめる時期が早まっているということ。転職者は、「外の組織」の人たちとのコミュニケーションを通じて、新たな仕事や人間関係に馴染み、新しい勤め先の会社を「うち=自分たちの組織」と意識するようになっている、ということだ。
図2:自組織以外との交流効果
企業や組織は、「人のまとまり」ではない。人と人の間に、物理的境界線が引かれているわけでも、目に見える特徴があるわけでもない。「法人」とは、想像の共同体である会社というまとまりを、さも客観的にあるように見せるための仕掛けだ(こうしたことを、古い言葉では物象化という)。
だからこそ、「自分たちの組織」の特徴とは、常に「自分たち以外の組織」との「違い」によって形成される。「アットホームで、雰囲気が明るい職場です!」といわれるときに示されているのは、よその組織が自組織よりも「アットホームではなく、暗い」という「相対的な違い」であり、「他部署」の仕事の範囲が分かることによってはじめて「自部署」の会社での役割も明確化し、「他人」に話すことでようやく「自社」の特徴も言葉にできる。
自社や自組織「以外」に属している他者と触れ合うことで見えてくるもの、それこそが今の組織の特徴だということだ。だからこそ、「自分が転職した会社は」と他の人に語り、紹介することによって「馴染む」のが早くなるという逆説的な現象が現れると考えられる。
こうしたことを鑑みると、これからのオンボーディング施策に必要な「オープン・オンボーディング」とは、自分のチームや配属先の部署だけではなく、他部署の人へと積極的に接続や紹介し、機会を創るという具体的なネットワーキング支援だ。
転職者は最初は誰と話せばいいかがわからないので、人事をはじめ周りがきっかけづくりを行わなければネットワーキングは難しい。最近では、転職後に他部署の人とのランチ会をセットする企業もある。「誰が何を知っているか」を伝えるために、従業員の過去の経歴などをまとめて渡してあげてもよいし、中途採用者同士を「同期」としてつなぐような仕掛けも考えられる。
社会心理学者の山岸俊男が示してきたように、日本人はとりわけ、その都度の信頼構築ではなく、「既知の関係性」をベースにコミュニケーションをとる傾向にある。社内で仕事を進めるときも、「誰と誰が仲が悪い」「あの部署とあの部署はうまく協働できる」「あそこに話を持っていっても進まない」といった、「関係性」がスムーズな連携にとって極めて重要だ。日本企業に多い長期雇用とジョブ・ローテーションという仕組みは、こうした社内の「関係性の地図」を蓄積する人事システムに他ならない。
だからこそ、転職者や新卒者には、この「関係性の地図」を早めにつくるサポートが必要になる。その地図は自組織や自チームに閉じた、「クローズド」なものでは不足する。そして、テレワークが苦手とするのも、やはりこの「関係性の地図」をつくり、更新していくことだ。コミュニケーションの工夫がないまま働くということは、地図が更新されないカーナビで走り続けるようなものである。新しい道路ができるたびに、車は宙をさまようことになる。
入社後の「こんなはずじゃなかった」という、リアリティ・ショックが生まれる構造は、企業内において採用すべき人材のイメージや採用の目的が曖昧なまま、採用活動が進んでしまうことから生じる。これに対して、内部で情報を共有し、採用時の「リアリティ」に統一を図ることが必要である。
それと同時に入社後の施策オンボーディング、しかも「オープン・オンボーディング」を深く検討する必要がある。オープン・オンボーディングは、入社者が所属するチームや部署だけではなく、他部署の人とのコミュニケーション機会を創るという具体的なネットワーキング支援だ。他の組織や部署を知ることで、自部署の役割が明確化し会社や組織に馴染むのが早くなると考えられる。
一部の企業においては、コロナ禍におけるコミュニケーション施策として、1on1や朝礼を増やすなど、「業務に関係のあるコミュニケーション」を増やすことは考え実行してきた。しかし、不足しているのは、「一見業務には関係ないように見えて、実はオンボーディングに役に立つ」、そうしたコミュニケーションだ。
転職者のネットワーキングをいかにサポートしていくために、「クローズド」な発想から「オープン」な発想への転換が、これからの時代のオンボーディングを考えるためには必要だろう。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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