公開日 2022/04/19
コラム「転職活動とセルフ・アウェアネス」の中で、転職において大切なのは、「マッチング思考」から離れることだとお伝えした。多くの人は、転職について、まるでジグソーパズルのように「今の自分に合うところ」=自分というピースにぴったり合うパズルの土台を探すように会社を探す。
しかし、そうした思考が間違っているのは、自分の姿と転職先の会社の姿をともに「正確に把握できている」「変わりにくいものだ」という、ありえない想定をしているところだ。「私」も、「会社」も、パズルのピースのように変わらないものでも、輪郭を正確に描ける類のものでもないことを紹介した。
このように、転職というものが「マッチング」として捉えきれない深みを持つことは、より良い転職のための動機についても指摘することができる。本コラムは、幸せな転職のための「転職動機」について掘り下げてみる。
そもそも、人は、いかなる動機をもって転職へと向かうのか。データを解析すると転職動機は、「チャレンジ」「ライフ」「ソーシャル」など、大きく6つに分かれる。その中には、「地元で働きたい」(=ローカル)や、「上司を変えたい」(=リセット)なども含まれている(図1)。
図1:転職動機の6つの因子
出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」
この6つの転職動機のうち、実際に転職した後の幸福感が高いものを調べてみると、ある傾向が浮かび上がってきた。
6つの因子のうち、「転職後の幸福感」につながっていたのは、「社会的意義を感じられる仕事をしたい」(=ソーシャル)、「自分のスキルを向上させたい」(=チャレンジ)、「役職を上げたい」(=キャリア)といった、次の職場と未来に向けた前向きで内発的な動機であった(図2)。
一方で、「労働時間を短くしたい」(=ライフ)、「人間関係を新しくしたい」(=リセット)という、不満をベースにした動機では、転職後の幸福感を得られていなかった。また、転職後の年収やその他の因子も幸福感との有意な相関関係が見られなかった。
図2:幸福な転職につながる動機
出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」
幸せな転職をするためには、社会貢献や自己成長など、未来についての前向きな気持ちが必要になりそうである。逆に、会社都合で転職せざるを得ない場合など、後ろ向きな姿勢の転職では、転職後の満足につながらないことは、我々の調査だけでなく、その他の研究でも指摘されている。
しかし、そのような他者への貢献や自己成長といったキラキラした転職への意欲は、人によっては「きれい事」に見えることもあるだろう。日本の転職の8割近くが「今の会社への不満」をベースにしている(※)ことから、たとえ前向きな転職だとしてもそう見えてしまうのは当然のことだ。
ところが、データによれば、そうした前向きな意欲が無いままでは、どうやら幸福な転職はできそうにない。この難問を乗り越えるためのヒントは、「ナラティブ=物語」というコンセプトである。
※詳細はコラム「人はどのように会社を辞めるのか~離職意思のメカニズム~」参照
90年代ごろから人文社会科学の領域のみならず、キャリア・カウンセリングの領域でも、大きな注目を集めているのが、「ナラティブ・アプローチ」と呼ばれる考え方で、「ナラティブ」とは物語のことである。
「ナラティブ・アプローチ」の発想は、「自己」や「想い」、「世界への認識」といったものは、人の心の中に最初から存在していると想定しないところに独自性がある。そうしたものは、中立的に強固に存在しているのではなく、人がそのことについて他者と「話したり」、「語ったり」する中で構築されていくものとして捉えている。人が持っている認識や想いは、物語のストーリーのように、人に向けて「語り、語り直されていく」ものということだ。この発想に基づき、患者やクライアントとの対話を重視するナラティブ・アプローチの考え方は、保健医療・福祉・介護といった分野で臨床セラピーなどに多く活用されている。
ナラティブ・アプローチの発想を転職に応用して考えてみると、転職についての「前向きな動機」を最初から持っている必要はないということになる。転職への前向きな意欲や動機づけは、他者に対して「語る」「相談する」「対話する」という行為を通じて、あとから「構築」していけばいいのだ。
例えば、あなたが「上司とトラブルがあった」といった「過去」に引きずられて「転職したい」という不満だらけの物語(ストーリー)を持っていたとしても、それは変わらないものではなく、別の場面で他者に対して「語り直す」ことによって、より肯定的なものに変化させていくことができるということだ(図3)。
心の中に前向きな想いが「あるから、人に話せる」のではなく、人に話すという行為を通じて、新たに「動機」が物語の形で生まれてくる。転職動機とは、そのように捉えることができる。
図3:ナラティブ・アプローチによる転職動機の語り直し
出所:「社会構成主義キャリア・カウンセリングの理論と実践」所収、
高橋浩「キャリア・カウンセリングにおけるナラティブ・アプローチ」を参考に筆者作成
ナラティブ・アプローチからのヒントを、「組織の中」と「組織の外」の語りの違いに着目して、もう少し広げてみよう。転職への悩みや相談事は、同僚や仲の良い先輩などに相談することも多いが、自社の「外」にいて客観的に意見をくれる人との対話をよりお勧めする。
自分の会社組織や仕事について話す時、「内輪」で話すことと「組織の外」で語ることは、語りの質の構造的な違いがある。同僚や上司などの「内輪」の語りは、当然、自分自身の話は通じやすい。いつも一緒に働いている同僚に「あの部署との仕事がうまく行かない」「社長の考え方が合わない」と言ってみれば、その悩みはすぐに通じることだろう。
しかし、図4のとおり、「組織中の組織についての語り」は、語り自体が組織内に閉じている。一方で、組織の「外」にいる人との対話では、「今いる会社組織」は、自分が言及する「一つの要素」になる。他組織のことや自分の趣味、家族といったその他の要素と「並列」に語られ、むしろそのように語らなければなかなか話が通じない。
こうした客観的で俯瞰的な語りこそが、自分が今の会社や仕事のことを客観的にどう見ているのか、という自分自身の想いを生み、その語りに対して返ってくる客観的な意見こそが、気がついていなかった自身の状況や強み・弱みに気が付かせてくれるのである。
例えば、ハローワークの相談窓口や転職エージェントを利用したり、仕事上の関係者や知人に話したりするのも一つだ。「内輪」ではなく、かつ客観的に意見をもらえる「外」の人に話してみることによって、新しい物語は生まれやすくなるだろう。
図図4:組織内外の対話の違い
「人や社会のために役に立ちたい」「自分を成長させたい」といったキラキラした耳触りの良い転職動機は、それほど多くの人が最初から抱いている想いではない。さまざまな調査データを見ても、そのようなタイプは、働く人全体のおおよそ1-2割程度だ。
筆者は、転職動機は「自分だけでひねり出す」ものでも「自然に想う」ものでもなく、人との対話を通じたナラティブ・アプローチによる転職動機の語り直しによって「現れてくる」のものとして捉えたほうが有意義だろうと考える。
転職相談者にとって「他者」というのは、自分の悩みについての「正解」を与えてくれる相手ではなく、自分の物語の転換を促す「触媒」のようなもの。転職マニュアルのような一般的な「正解」を教えてくれる本を捨て、一人で思い悩む部屋の扉を開け、街に出て人と話す。そのことで自分自身を深く語り直したその先に、幸せな転職が待っているはずである。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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