公開日 2022/04/15
転職とは「マッチング」だと考えられてきた。人材紹介サービスのビジネスモデルも、経済学における労働力需給計算も、考え方のベースには企業のニーズに合った転職者をその企業に労働移動させていく、「マッチング」の発想がある。
転職者の多くもまた、転職活動のことを「自分に合っている会社」「今のスキルが活かせる職場」など、自分が希望する条件や経験に「マッチする」会社を探すものだと捉えている。マッチングとは、いわば転職についてのスタンダードな考え方だ。
しかし、「転職学」研究(※)が照らしてきたのは、転職のリアルな姿はそうした「マッチング」とは異なるということだ。そしてさらに重要なことに、転職をマッチングのように捉えないほうが、働く人々はよりよい転職ができそうだ、ということも同時に示されている。本コラムでは、転職活動における「セルフ・アウェアネス(自己認識)」の観点から解説する。
いざ転職活動を始めると、多くの転職者には厳しい現実が待っている。自分が応募できそうな会社やピンとくる求人がなかったり、市場で求められている資格やスキルが自分にはなかったり、年収が希望よりも低かったり……。自分の労働力としての現実的な価値を思い知ることもある。転職活動と採用活動は、個人と企業それぞれのタイミングで行われるので、運の要素も極めて強い。
また、転職の選考プロセスそのものの難しさに直面することもある。応募書類が思い通りに書けず、書類審査に連続して落ちる。面接で自分の希望や経験をうまく伝えられずに選考に通らない。こうした選考の難しさや、そもそもどのように企業情報を集め、誰に転職の相談をしてよいのか分からないといった情報収集の困難も待ち構えている。
私達はこれらのことを「求職時リアリティ・ショック」と呼んで測定した。データを観ると、若年層は「選考の難しさ」に直面することが多く、ミドル以降は市場で求められる年齢と自身の年齢とのギャップを感じやすくもなることも分かる。
図1:求職時リアリティ・ショックの詳細
出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」
この想定以上の「求職時リアリティ・ショック」によって転職活動自体を諦める人も多くいる。また、このショックを引きずったままの転職は、入社後に「転職しなければよかった」という後悔を引き起こす一因ともなる。調査では、強いショックを感じたまま転職した人の45.9%が、転職後1年以内にまた次の転職を考えているというデータもある。
転職というのは、日本人が生涯でせいぜい2回程度しか経験しない活動だ。だからこそ、多くの人は転職プロセスのこうした困難に戸惑い、乗り越える必要が出てくる。この時点で、転職活動はニーズとそこに合う人材の「マッチング」とは異なる様相を呈しはじめる。すでに転職者はここで何かしらの適応と変化の必要がでてくるからだ。
こうした困難を伴う転職活動をうまく乗り越えるための鍵となるのは、近年キャリア研究だけでない幅広い領域で注目を集めている「セルフ・アウェアネス」というコンセプトだ。「セルフ・アウェアネス」は日本語にすれば自己認識。単純に言えば自分のことを正確によく分かっている、ということである。私達の実証的な調査から見えてきたことは、転職プロセスを通じてこのセルフ・アウェアネスを高めることが、転職活動の成否を分けるということだ。
セルフ・アウェアネスは、「自分自身の内側を見つめて理解する「内向き」の認識(内面的自己認識)と、「他者から自分がどう見えているのか」を理解する「外向き」の認識(外面的自己認識)の2つの側面があることが指摘されてきた。
つまり、セルフ・アウェアネスとは、「自分自身のこと」と、「他者から見たときの自分の姿」を重ね合わせ、その違い・ズレを認識し調整していくことであり、その点で「自分探し」や「自己分析」とは異なる。
例えば、自分の希望や実現したいキャリア、強みや弱みなどをきちんと理解していなければ、転職面接も書類作成もままならない。かといって、自分の内側のことだけ掘り下げていても、採用する企業側=外の他者から見て的を外していれば、選考を通過することは難しくなる。「内面」と「外面」の両方が必要になるのが転職活動におけるセルフ・アウェアネスだ。
転職学の研究でも、転職活動においてそうした自己認識をどのように高めることができたかどうかを測定した。「内面的」と「外面的」という2つの側面を用いると、人の自己認識のタイプをそれぞれの強弱により4タイプに分けることができる(図2)。
転職活動において内面・外面の自己認識が両方とも高くなっていたのが「高認識タイプ」、内面的自己認識だけが高いのが「我が道を行くタイプ」。また、外面的自己認識だけが高いのが「世間体重視タイプ」、両方とも低いのが「低認識タイプ」となる。
図2:セルフ・アウェアネスの4タイプ
出所:筆者作成
企業選びの特徴を見ると、「我が道を行くタイプ」は、自分の気持ちややりたいこと、キャリア開拓や専門性に強くこだわる傾向が見られた。外面に偏った「世間体重視タイプ」は、周囲から自分がどう見られているのかを気にして、周りに自慢できる企業や職業を目指しがちということだろう。
そしてこの4タイプのうち、内面・外面の自己認識がともに高い「高認識タイプ」の転職者が、転職後の満足度が最も高く、転職に成功しているタイプだということが明らかになっている。逆に、最も満足のいく転職ができていなかったのが、低認識タイプだ。この傾向は、セルフ・アウェアネスの高まりが転職の成功に紐付いていることを端的に示している。
図3:転職後満足度と内定獲得率(セルフ・アウェアネスの4タイプ別)
出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」
セルフ・アウェアネスは、なぜ転職後に及ぶ結果の差を生み出すのだろうか。それは、この自己認識の在り方が、それぞれの「転職活動のやり方」に紐付いているからに他ならない(図4)。
図4:転職時の行動変容(セルフ・アウェアネスの4タイプ別)
出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」
求人状況に合わせて希望する条件をチューニングしていく「条件変更」、面接や書類の書き方などを調整していく「選考対策」、企業情報集めや転職カウンセリングを受けるなどの「情報収集」の3つの転職行動に対してタイプ別に見ると、高認識タイプは3つの行動をどれもバランス良く行っていた。逆に、低認識タイプはどれも行っていない傾向にある。これらの行動の結果が、内定率や満足度に影響していると考えられる。
もう少し詳細に見よう。「我が道を行く」タイプについては、情報収集はするが条件変更をしない傾向にある。セルフ・アウェアネスが「内面的自己認識」に傾いている我が道を行くタイプは、転職活動中に自分の希望を「曲げない」ということだろう。それはある意味で強さに通じることだが、外面的な自己認識を修正しようとしなければ、採用する企業にとっては柔軟性に欠けてしまう場合もある。
もう一つの「世間体重視」タイプは、選考対策をするよりも、市場に合わせて条件変更をしている傾向が見られる。「自分の内面」を掘り下げて伝えようとするのではなく、希望条件を企業や状況に合わせて変えることで、外面的に適応しようとする様子が垣間見られる。
さて、このように「セルフ・アウェアネス」を軸にして転職活動を捉えると、転職とは自分自身をより深く考えるための、キャリアの中の貴重な「リフレクション(内省)」の機会として捉えることが分かる。
多くの人は、日々の仕事をこなしているだけで「働く自分が外からどう見えるか」、つまり外面的なセルフ・アウェアネスを深める機会はない。これは単に「習慣」の問題というよりも、日本の外部労働市場が発達せず、自己の価値を測るための物差しが企業内部に閉じがちだからだ。
日本の会社員は、先進国やアジアの中でも「職場の外で学ぶ」という習慣が極めて弱い。また、仕事(職務)ごとの賃金相場の存在感が薄く、自分の「市場における賃金」を意識することが難しくなっている。
しかし、いざ転職活動で会社の外に出ようとすると、景色は一変する。転職活動は、強制的に「外からどう見えるか」を考えざるを得ない機会だ。転職活動では、自らが今まで積み上げてきた強みを棚卸しし、それを他者の視点で見直し、「外部」に伝わりやすい言葉で伝える必要が出てくる。
そうしたリフレクションを通じて内面と外面のセルフ・アウェアネスを高め、行動を調整していくプロセスそのものが転職活動だ。これは日本の会社員にとって、平均して2-3回しかない貴重な機会となっている。
転職活動とセルフ・アウェアネスの関係を見てきた。セルフ・アウェアネスのタイプ別に転職時の行動変容の傾向をおさらいすると以下の通りだ。
●高認識タイプ:条件変更、情報収集、選考対策をバランス良く行う
●我が道を行くタイプ:情報収集はするが条件変更はしない
●世間体重視タイプ:選考対策より条件変更
●低認識タイプ:何もしない
セルフ・アウェアネスの在り方が、それぞれの転職活動のやり方に紐付いていることが明らかになった。また、転職は自分自身のキャリアをより深く考えるための貴重なリフレクションであり、リフレクションを通じて内面と外面、両方のセルフ・アウェアネスを高め、行動を調整していくプロセスそのものだということも分かった。
以上のことから、転職活動は「マッチングではない」ということの意味がお分かりいただけただろう。転職活動は、ジグソーパズルのように「今の自分に合うところ」=自分というピースにぴったり合う土台を探すものではない。それほど正確に「自分のこと」が分かっている求職者も、それほど正確に「自社のこと」が分かっている採用担当者もいない。戦略RPGのような俯瞰した目線で見れば「マッチング」に見える労働移動とは、こうした苦労と適応と自己との関わりに満ちた具体的行動の積み重ねの「結果」である。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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