残業習慣はなぜ生まれ、なぜ無くすべきなのか――
残業のメリットとデメリット

残業習慣はなぜ生まれ、なぜ無くすべきなのか残業のメリットとデメリット

残業習慣/長時間労働は、日本の働き方のシンボルとも言える、古くて新しい課題です。これまでも過労死問題、ブラック企業などのトピックで世論が盛り上がるたびに「変えなければならない」と言われ続けてきました。そして近年の働き方改革の潮流においても、多くの企業が真っ先に手を付けたのがまさにこの課題でした。

しかし、企業の残業対策が実施されると、現場従業員との軋轢がすぐに囁かれ始めました。「隠れ残業」や意欲の低減など、従業員の不満の声がそこかしこで上がりました。一方で経営陣や人事は、勤怠管理上の残業時間の削減をKPIとし、そうした職場の状況に目を向けようとしないことも多いように見受けられます。残業問題の特徴は、ほぼ全ての働き手が「当事者」であることです。経営陣、上司、現場、残業をしたい人/したくない人、それぞれの立場から発される意見が食い違い、議論が錯綜しがちです。

そこで本PJTは科学的なエビデンスをもって地に足の着いた議論を進め、真に有効な働き方の変革を進めるべく、昨年来、大規模で総合的な定量調査を実施してきました。その分析結果は、今後この連載にてレポートしていきますが、その前に、「残業問題」を巡るいくつかの背景を整理しておきたいと思います。

日本の働く時間は減ってきたのか

【図1】労働者の総労働時間
図1.png

まずは簡単に、日本の労働時間の長期的推移を確認しておきましょう。上のグラフを見ると、ここ20年、一般労働者(フルタイム)もパートタイム労働者も働く時間は大きく変化していないことがわかります(※1.2)。しかし、大きく変わったのが棒グラフで示した「パートタイム労働者比率」です。このパートタイム構成率の急激な上昇により、日本の労働者の働く時間は、全体としては徐々に下がっています。ですが、フルタイム労働者の労働はここ20年以上高止まりの状態にあり、いわば「労働時間の二極化」と言える現象が起こっています。そこで、本PJTもこのフルタイム労働者にフォーカスをあて、実態調査を行いました。

※1 出所:厚労省「毎月勤労統計調査」 (事業所規模5名以上)。
※2 労働時間を測定した統計として毎月勤労統計調査は最も調査頻度が高い統計資料だが、事業所側の回答であるため、従業員のみが認知するいわゆるサービス残業時間が含まれないことに留意されたい。

残業習慣はなぜ生まれたか

なぜ、日本においてフルタイム労働者の長時間労働はこれほど根付いたのでしょうか。要点を先取りすると、長時間労働の習慣は、戦後の経済成長期にのみ適合的であった働き方の「結果」であって、それ以前からある伝統でも普遍的現象でもありません。そして、その習慣はすでに「負の遺産」として経済の足かせとなっています。

では、経済成長期に長時間労働がどんなメリットを持っていたのか、ここでは3つに絞って整理しましょう。

■まず1点目に、大量生産・大量消費モデルの製造業中心だった成長期の産業構造が、投入した生産時間と生産量が比例しやすいビジネス・モデルであったことです。経済成長期における価値創出の源泉は、農村から都市への人口流入、つまり低賃金の豊富な労働力でした。その豊富な労働力に、できるだけ長く働いてもらうことが効率的なモデルだったということです。この構造は、核家族化、都市化を伴いながら、「男が稼ぎ、女性が家庭に入る」という、より一般的な社会通念を広く浸透させていきます。

■2点目として、こうした急成長期において、長時間労働には「雇用保護」の効果があったことが挙げられます。これは「残業の糊代(のりしろ)」説と呼ばれるものです。経済成長に合わせて事業が変動していく時期に、必要な業務量の変化に対して、「働く人の数」ではなく「働く時間」の調整で対応します。それによって、従業員を解雇・採用することなく、同一人材を雇い続けることができました。つまり、普段から長時間労働の習慣があることで、業務量調整の「バッファ」を持つことができたのです。この「糊代」としての残業習慣は、新卒一括採用の慣行と相まって、国際的にみても低い失業率をもたらしてきました。

■3点目は上記のような構造の中で、従業員側も、終身雇用・定期昇給の期待と引き換えにして長時間労働を受け入れてきました。異動・転勤を伴う曖昧な職務範囲のもとで、職務を無制限に拡大し、所定時間を超えて働くことが「組織貢献」の明確なシグナルとなりました。その中で残業手当のでないサービス残業という慣習も深く根付き、安定雇用とのトレードオフで協調的な労使関係が築かれていきます。

「負の遺産」としての長時間労働

今、3つの長時間労働のメリットをあげました。そして、こうした長時間労働と強く紐付いた日本型雇用慣行が、高度成長期に世界中で持て囃され、成功体験を与えたのも事実です。ですが、下の図にまとめたように、時代の変化とともにそれぞれのメリットは消失していきました。

【図2】経済成長期にあった「メリット」とポスト成長期で起こった変化

図2.png

背景にあるのは、まず、少子高齢化による人口ボーナス期から人口オーナス期への変化です。日本の高齢化は、欧米諸国と比べて遅く始まり、急激に進みました。労働力減により、経済変動期に重要だった雇用の「保護」よりも、経済の需要に対する「人手不足」の課題が前景化し、経済の足を引っ張っています。また、産業構造自体の世界的な変化が訪れました。大量生産を軸とした製造業から、サービス業中心となった経済において、価値創出の主たる源泉は投入時間ではなく、「イノベーション」です。長く働いて生産量を積み重ねることでビジネスがうまく回った時代は終わり、いかに革新的なサービス・商品を生み出せるかで事業の成功が左右される時代になりました。

さらに、バブル崩壊を経て、従業員側の「終身雇用」への期待感も薄まりました。正確に言えば、安定雇用への志向は未だ高いものの、それは過酷な勤労とのトレードオフではなくなりました。「24時間戦えますか」のスローガンはとうに時代遅れとなり、「ワーク・ライフ・バランスを取りながら、やりがいをもって、安定して働ける」ことを重視する価値観へ変化してきました。

長時間労働のさらなるデメリット――残業は「排除」する

こうして過去のメリットが消え、雇用慣行として残り続ける「負の遺産」となった長時間労働は今、深刻化する人材不足時代においてさらなる足かせとなっています。家庭を女性に任せておける同質的な男性社員のみを重宝し続ける余裕は、既に多くの企業で失われてきています。しかし、長時間労働の習慣は、それに「ついていけない人」を今も排除し続けています。主には、人口のおよそ半分を占める女性、今後も急増する介護者、グローバル化とともに重要さを増す外国人などの人材が、長時間労働にマッチせず、組織の周縁に追いやられたままです。

長時間労働の是正、そしてその先の「希望」へ

長時間労働が多くの問題をはらみつつも「まだ許容できた」時代は終わりました。ですが、経済成長期に得た成功体験を引きずって、なかなか労働習慣が変わっていません。我々は、長時間労働の習慣の是正は、労働者を身体や精神の健康阻害から守ると同時に、複雑に入り組んだ日本型雇用慣行を変えるための大きなトリガーになりうる、と信じています。そのための調査から見えたメッセージをこの連載や書籍などで発信していくと同時に、社会と職場に「希望」を見いだすべく、具体的な打ち手を模索していきたいと思います。


 

※調査概要
調査対象者:全国20-59歳の正社員  ※企業規模10名以上
対象人数:6,000人(上司層1000人、メンバー層5000人)
調査期間:2017年9月末

※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・中原淳「長時間労働に関する実態調査」

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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