公開日 2023/03/02
2025年に団塊世代800万人が75歳となる。そこで起こるのが人材不足の激化だ。人的資本経営の重要性が言われているのも、人材不足をどのように乗り切っていくのか、すなわち「人が足りない」と嘆くだけではなく、今いる人たちをいかに活用するかが人材不足解決のキーポイントになっていくからである。この「今いる人材の活用」において、ミドル・シニアは貴重な存在となる。ではミドル・シニア層躍進に向けて何をしていけばよいのか。ミドル・シニア活用のために必要な「3つのSHIFT」と、ミドル・シニア世代のモチベーション維持に大切なポイントを紹介していこう。
法政大学大学院 キャリアデザイン学部・大学院 教授
田中 研之輔氏
博士(社会学)。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、メルボルン大学元客員研究員。日本学術振興会特別研究員(PD:一橋大学/SPD:東京大学)近著は『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』(日経BP)、『キャリアの悩みを解決する13のシンプルな方法 キャリア・ワークアウト』(日経BP)。
労働力不足が目前となってきている今、企業の人材戦略は大きな転換点を迎えている。人が足りなくなる状況を打開するには、何よりもまず人材を「人的資本」、すなわちヒューマンキャピタルと捉え、その中でミドル・シニアの躍進についても戦略的に取り組んでいかなければならない。ミドル・シニア活用の具体的な施策を考えていくにあたって、重要なポイントになるのが「3つのSHIFT」だ。(図1)
「SHIFT1」は、キャリア自律意識の促進である。モチベーションが低下するミドル・シニアには、昇進・昇格といった外的なキャリア観ではなく、社会に与える意義や自分のやりがいといった内的キャリア観へのシフトを促し、進路についての自律的な決定を支援していくこと。
「SHIFT2」は、人事制度と運用の改革である。役割や職務・成果とのミスマッチを起こしていることがミドル・シニア問題の背景的要因。したがって、その問題を構造的に生み出している年功的制度運用から、役割と職務・成果を基軸とした制度運用へとシフトさせていく。
「SHIFT3」は、職域の拡大と多様化だ。自律的なキャリアパスが描けるよう、経験やスキルを活かして活躍できる職域を広げ、多様化させていくとともに、個人の意思に基づいてキャリア選択ができるジョブ・マッチングの施策を社内外で充実させていくこと。
この3つがミドル・シニアの躍進には不可欠で、人的資本の最大化を考えたうえでも早急に取り組んでいく必要がある。
図1.ミドル・シニア人材の躍進のために日本型雇用の「3つのSHIFT」
※『ミドル・シニア人材の躍進のために日本型雇用の「3つのSHIFT」』の詳細はこちら
ミドル・シニアに関しては、偶発的に変わっていくケースはない。キャリアを転換するための戦略的なアクションが求められる。必要なキーワードは「自律的なキャリア形成」。ミドル・シニアにも、いかにキャリアオーナーシップを持ってもらうかを戦略的に支援していくことが重要となる。
その際のベースになるものとして、ぜひ知っておいてほしいのが「プロティアン・キャリア」という考え方だ。「プロティアン・キャリア」とは、変化に適応して、変幻自在にキャリアを構築すること。
キャリア形成では、蓄積されているキャリアをキャリア資本と考える。キャリア資本は、「ビジネス資本(スキル、語学、プログラミング、資格、学歴、職歴など)」「社会関係資本(職場、友人、地域などでの持続的なネットワーク)」「経済資本(金銭、資産、財産、株式、不動産などの経済的な資本)」の3つから成り立つ。(図2)
図2.これからの働くとは、キャリア資本を蓄積していくこと
ミドル・シニアに関して不足しがちなのは、このうちの「社会関係資本」だ。とくに外へのネットワーク形成が弱い。したがって、社外ネットワークが構築できるような施策を社内で用意し、社会関係資本を構築できるようにしていくことが、ミドル・シニア人材躍進の解決策のひとつとなる。
ミドル・シニアはキャリア形成ができないと考えるのは間違いだ。ミドル・シニアに関しても「プロティアン」があれば、変幻自在に先のキャリアを形成できる。またミドル・シニアの活用も含め、「人的資本の最大化」に取り組む企業も増えている。関心がある方は、ぜひとも『キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム』にアクセスしてみていただきたい。
ミドル・シニアの躍進を阻む主要要因は、昇格昇給に代わるモチベーションがもてないことにある。課長職に昇格できるのは3割以下という企業が約半数を占め、そこから部長職に昇格できるのは1~2割という企業が日本には多い。またシニアになると、役職定年制や処遇の縮小などで一律に右肩下がりにさせられる。それらがミドル・シニアのモチベーション低下を招いている。(図3)したがってミドル・シニアが自律的にキャリアを形成し、有用な人的資本として活躍してもらうには、ミドル世代とシニア世代それぞれへの対策が求められる。
図3.ミドル・シニアのモチベーション維持のために何をすべきか
まずミドルには関しては、①社外含めた多様なキャリアの選択肢をもてるようにする、②タテ方向だけではない役割変化と成長実感をいかにもたせられるか、の2点が大切だ。
①は、管理職になる以外の前向きな選択肢がもてるようにする、社内外での副業や兼業、インターン、ボランティア、育児・介護といった多様な働き方、さらに公募などチャレンジの場が確保できるなど。(図4)
すでに企業を超えての異動や学びの機会をもつ企業は増えてきており、『はたらく未来コンソーシアム』でも、副業を相互に受け入れる取り組みが、昨年の3社から今年は12社へと増加している。
図4.①社外含めた多様なキャリアの選択肢
②で注目したいのが異動経験の有無である。パーソル総合研究所の調査からも、異動経験は個人の成長志向や学習意欲、キャリア自律度に大いにプラスとなっていることが明らかだ。個人希望での異動のほうがより向上につながってはいくが、会社主導であっても、異動理由を十分に説明し、異動後の役割についての期待を伝え、フォローアップができている場合は、異動を肯定的に受け止め、躍進行動につながっていく。抜本的に制度を変えずとも、こうした小さなコミュニケーションの積み重ねで、できることはたくさんあるということだ。
シニアに関しては、役割と処遇の縮小に対してどうするかがモチベーション維持の大きなポイントになってくる。すべきことは①変化への納得感をもってもらうこと、②来たる変化に備えた準備をしておくことの2点だ。
①役割縮小への納得感では、できれば役職定年は廃止し、年齢による一律な役割縮小ではなく、能力や成果といったもので役割が変化する制度に変えていく。処遇縮小への納得感においては、仕事内容に見合った処遇の提示を前提としたうえで、年収が下がる代わりに自由裁量、責任の軽減、地元勤務など、不遇感を軽減できる仕組みを入れていくことが必要だ。
②については、来たるポストオフに備え、具体的なキャリアプランを計画し、仕事への考え方を見直したり、専門性を広げる・深める努力をしていたり、心の準備やキャリアの準備、あるいは副業で副収入を得るといったマネープランの準備をしていた人ほど、躍進行動がとれている。その準備のための支援をしていくことが大切だ。
たとえばSONYのキャリアパス制度「Career Canvas Program」では、50歳から次のキャリア形成に向けて、さまざまな方向から多様な手厚い支援を行っている。
ミドル・シニア躍進の目的は、経営戦略を実現するうえで必要な人材を確保するためである。その視点に立って戦略的に取り組んでいきたい。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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