公開日 2015/06/10
もう昔話だが、大学生だった私はコピーライターを志し、コピー塾に通っていた。そこである日、講師の先生がボールペンで無造作に書かれた線の紙を見せた。
これ(上図左)は、コピーライターとして成功するかどうかを描いた線だという。線の一本一本がコピーライターとしての成功を目指す人を表している。
なんの苦労もなく伸び行く人もいれば、長いことくすぶっていてある日とつぜん芽を出す人もいる。うまく伸びているように思えていたが急に成長が鈍化してしまう人もいるし、最初からダメでそのまま消えていく人もいる。先生は、そんな話をされたように思う。私は社会人経験のない当時だったが、人の成長には違うカーブがあり、時には成長速度が間に合わず、ゴールできないことだってある、ということに驚きはなかった。ただ、単純な線で描かれた"ヒトの成功と失敗"に重みを感じた。
それから20年もの月日が流れたが、ふとあの"線"のことを思い出した。私は求人広告会社に就職し、希望の広告制作を始めたが、結局コピーライターではなく人材サービス営業、人事、コンサルタントと、人事の世界へ入っていった。
かつての"線"は、私にとって "成功への厳しさ"を示すものだった。しかし、今見直してみると "厳しさ"と感じていたものが、"包容力"にすら感じる。左右の欄外に外れゴールできない線もあるが、それでもまだたくさんの曲がりくねった線が残っている。欄外に外れそうになりながら、ギリギリのところで粘り、ゴールに辿り着く線すらある。様々な成長の仕方を包容している温かさ、気長さを感じる。当時教えられたクリエイターの世界より、私たちが経験してきたサラリーマンの世界は厳しいということか。
サラリーマンの世界は、あれ以降の20年間で大きく変わった。90年代後半から多くの日系企業が成果主義を導入し始め、2000年頃ピークを迎えた。目標管理による達成度判定を評価に反映する会社は、今では9割近くになっている(※1)。そして、達成度評価から、ハイパフォーマやローパフォーマが露わになった。日本経済が低迷する中、成果主義がコストカットの口実に使われた部分もある。左右にうねっていた線たちは、その時代をどのように過ごしてきたのだろうか。改めて、あの線たちを思う。
「イノベーション人材が足りない」、「仕組みにとらわれない人がほしい」、最近あちこちでこの台詞を耳にするが、私たちが切り捨ててしまった中に、この人たちがいたのではないか。ハイパフォーマ・ローパフォーマは、ある一瞬を切り出した場合の区分にすぎない。時が経てばかつてのハイパフォーマがローパフォーマになり、ローパフォーマがハイパフォーマになっているかもしれない。しかし、私たちには、それを待つ包容力がなくなってしまったのかもしれない。
(※1)『人事評価制度の最新実態』2014年9月12日発行 労政時報本誌 3873号 078頁
"「①目標管理による達成度判定を反映した評価体系」で、一般従業員86.2%、管理職89.8%となっている。"
もう一度あの曲がりうねった線を思い起こしていただきたい。左右に大きく振れた後、グイーンと中央に戻ってくる線。良品計画会長の松井忠三氏は著書『覚悟さえ決めれば、たいていのことはできる』(※2)の中で、逆境を経験した人は「人間の本質」「組織の本質」「仕事の本質」を学んできているから、その後の仕事がうまく運ぶことが多いと言っている。
過去をみても、回り道をしてきた偉人は多い。ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学 iPS細胞研究所の山中伸弥教授は、整形外科医として挫折し、研究者の道へ進んだ。カーネル・サンダースがフライドチキンのFCビジネスを始めたのは65歳の時、マクドナルドの創業者は創業当時52歳、といずれも遅咲きだった。
いきなりスケールの小さい話で恐縮だが、私も新卒入社後4年間、配属部署で最低点を取り続け、業績の悪い部署に放り出された。ところが、その1年後に制作MVPをいただいた。特に仕事のやり方が変わったわけではなかったと思う。しいて言えば放り出されたことでようやく覚悟を決め、最後のチャンスだと思ったことぐらいだ。
それよりも驚いたのは、表彰された後のことだ。自分自身の力が変わったわけではないのに、どんどん仕事がやりやすくなる。情報が集まってきたり、優秀な人と組むことが増えたり、自分の取り組みを周知してくれたりする。私はそのチャンスを逃すまいと必死で仕事し、2年前には想像もつかなかったような大きな仕掛けや、会社としての新しい挑戦に取り組んだ。結果的に、大幅に部署の売り上げを伸ばした。4年間成果を出せず、自分の身の程が分かっていたからこそ、与えられた機会に感謝し、チャンスを逃すまいと必死になれたのだと思う。放り出されたのが、社外ではなく社内でよかったと思う。
(※2)松井忠三著『覚悟さえ決めれば、たいていのことはできる』(2015、サンマーク出版)
これまで多くの企業が行ってきた開発は、過去の成功者から成功パターンをみいだし、その成功パターンに合うよう人材を選び、育てていくことである。企業が厳しい事業環境下で、コストを抑えながら効率的に人材を育てるために仕方がなかった面もある。全従業員を対象に人材開発を行う余裕はここしばらくなかった。
しかし、このやり方が見直されようとしている。米ゼネラル・エレクトリック(GE)社は自社の価値観やイニシアティブ(戦略的目標)を社員に伝えるための「GEバリュー」を作成した。いくら業績が高くとも、GEバリューに従って行動しなければ、9ブロック(※3)の中で評価されない話は有名である。そのGE社が2014年に、これまでのGrowth ValueからGE Beliefsに重視すべき価値を変更した。社員30万人に、目指す姿から、考え、行動することを求めた。そして、社員を動かすプロセスを「評価を決める」から「成長を支援する」へ切り替え、最大限にインパクトを引き出すよう求めた。このGE社のカルチャー変革の背景には、製造業、産業界で起きている技術の進化や技術進化に伴う人の役割の変化がある(※4)。いくら過去から成功パターンを定義しても、過去は過去で、これからもそれを再現できるとは限らない。固有の前提、目的、目標、道具、尺度が変われば、当然「成功パターン」も変わる。さらには過去の成功者=唯一の成功パターンかどうかもわからない。
今、企業がやるべきは、「この人になりなさい」あるいは「この人のこの要素を獲得しなさい」と型にはめ込むのではなく、「私たちの目指すビジョンを実現できるよう成長してください」と解き放つことかもしれない。"ゴールへの到達の仕方"を定めるのではなく、ゴールを示し、そこまでの到達の仕方に幅を持たせる。それこそが企業の包容力だろう。企業ができるのは、従業員が腰を据えて、覚悟を決めて、仕事と対峙できるような体制をつくり、個人を支援することだと私は考える。
(※3)GE社のナインブロック http://rc.persol-group.co.jp/research/data/report_hrsummit_20140623
(※4)日経ビジネス特集「ものづくりの未来を開く GEの破壊力」(12月22日号)
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