公開日 2014/12/10
P&G人事で学んだこと
~マーケティング思考で会社と社員をWin-Winに~
世界有数のリーダー人材輩出企業としても名高い米ゼネラル・エレクトリック(GE)社。今回は、その日本法人である日本GEで人事部長を務める木下達夫氏に、自身のこれまでの歩みについてお話を伺いました。取材中も終始エネルギーと情熱に満ち溢れていた木下氏。革新的な発想で数多くの実績を積み上げる一方、とことん落ち込み、マインドセットを変えざるを得ない経験もあったそうです。初回となる今回は、まずP&G社に入社したばかりの初々しい日々から振り返っていきたいと思います。
-日本GEでのお話を伺う前に、新卒で入社されたP&Gでのお話を伺わせてください。そもそも、なぜP&Gを選ばれたのですか。
木下氏:私は、大学でマーケティングを専攻していました。当時同じゼミの先輩・同輩たちがP&Gにインターンに行ったり、採用に応募したりしていました。その人たちがこぞってP&Gを高く評価しているのを聞いて採用を受けたのです。そこでなぜ人事かというと、P&Gは部署別採用なのですが、「P&Gでは人事が個人と組織のWinWinな関係を作るためにマーケティングの考え方を活用している」と聞いて、「なるほど、面白い!」と思ったからです。
-そうして人事として入社されたのですね。入社後は、まずどのようなお仕事をされたのですか。
木下氏:理系学生の採用担当でした。これには正直、落ち込みました...。自分は文系出身ですので理系の採用事情に疎かったこともあり、理系学生の就職は学校推薦で決まってしまってチャレンジングでもエキサイティングでもないのでは...と勝手に思い込んでいたからです。
当時のP&Gの理系学生の応募数は、文系学生に比べて5分の1程。特に機電系学生の採用は長年苦労していました。 P&Gが日本市場で大成功を収めたのは、生理用品や紙オムツなどの紙製品のビジネスです。複雑な立体製品を一枚の平面の紙から成型するプロセスを生産ライン上で実現できる設備構築が鍵を握っており、当時は日米独の3拠点が開発をリードしていました。そこで不可欠なのが、電気工学や機械工学の専門知識を持った人材です。しかし機電系の学生にとって「消費財メーカー」であるP&Gで働くイメージを持つのは難しい状況でした。
そこで機電系の学生にP&Gで働く魅力を知ってもらおうと、採用セミナーを企画したのですが、開催日時が近づいているのに学生は集まらない。焦ってセミナー前日まで採用DMに同封している返信ハガキを送ってくれた学生に片っ端から電話をして参加を呼び掛けるというベタな仕事に日々追われている自転車操業状態になっていました。これではいけない、多くの機電系の学生が自発的に参加したくなる仕掛けが必要であると深く反省をさせられました。 そこで役立ったのが、"マーケティング手法"です。
-「マーケティングの考え方を人事で活用する」わけですね。具体的にどんなことをされたのですか。
木下氏:まずマーケティング対象である学生理解から始めました。社内のマーケットリサーチのプロの協力を得ながら、昨年P&G選考に参加した学生を対象に、P&Gの魅力、懸念、採用活動へのフィードバックなどを調査しました。また、P&Gで働く複数の若手エンジニアになぜP&Gを選んだのか共通する理由を探ってみました。消費者相手では当たり前の手法ですが、単なる思いつきではなく、どの要因が統計的優位性があるかなど数量データ・分析に基づいて仮説を検証し、深堀りすることを実践しました。
すると分析結果からは、選考プロセスが進むほどP&Gへの愛着が増している、特に選考中に接するP&G社員の人柄に対する好感度がとても高いことが判明しました。またP&Gに入社したのは「若い頃からプロジェクトリーダーなど裁量権の大きな仕事に挑戦したい」「グローバルで活躍するビジネス志向の強いエンジニアになりたい」「自由でオープンな企業風土で、成長意欲の高い仲間と切磋琢磨したい」が共通する理由であることがわかりました。一般的に機電系学生の間での人気就職先は大手重工業・自動車・電機メーカーの研究開発職でしたので、そのような志向はある意味ニッチですが、対象とすべき学生像、語るべきストーリーが明確になったことで、採用戦略を立てやすくなりました。
もう一つ重要なポイントが他社に先駆けての「ネット活用」です。当時90年代半ばインターネットは企業でまだ普及しておらず、P&Gでも電子メールは社内限定でした。一方、理系の大学では研究室にてインターネットが活発に利用され、理系学生全員が電子メールアドレスを持っていました。そこで、私はP&Gジャパン初となる外部ネット接続申請をし、学生にメールで接触したのです。まだメールが学生の内輪だけのコミュニケーションチャンネルでしたので、関心を集めやすく圧倒的に有利でした。機電系OBによる研究室訪問の事前案内のメールタイトルは「タダめし」でした(笑)。もちろんメールはあっという間に大学内の機電系学生に拡散されて予想以上の人数の機電系学生に接触することができました。今で言う、SNSのバズり狙いですね。
-新しい試みにいち早く着手し、そこにちょっとしたひねりを加えるのがポイントですね。お互いにWin-Win、まさにマーケティングですね。
木下氏:マーケティングでは、他社がやっていないことを先にやることが大事です。私が他社に先駆けて仕掛けたもう一つの取り組みが、「2days インターンシップ」です。理系の学生は、研究で忙しく就活に時間を割くことができません。しかしP&Gで働く魅力を伝えるには、機電系出身者が活躍している実際の職場に来ていただくことが必要不可欠でした。そこでOBの話を聞いてP&Gに興味を持った学生に、一度足を運んでもらえる方法を考え抜きました。そんなとき、多くの日本企業が理系学生を対象に企業で実習する機会を毎年提供しており、企業実習の参加に対しては研究室教官のサポートを得やすいことを知りました。「それならP&G版企業実習(インターン)のスキームを作ればいい」、そう思ったのです。そこで生まれたのが2days インターンシップ企画です。日本のP&G本社・紙製品工場は神戸にあり、関西圏外の学生だと宿泊が必要であるため二日間にしました。また、二日間一緒に過ごすことで"人となり"も分かります。
今でいう「体験型」ですが、当時は他に例がありませんでした。そのため、2日間のワークショップを「インターン」と言い切ることは社内で懸念の声があがりましたが、学生の事情を最優先に考えて実行しました。P&Gがグローバルでエンジニア育成に使っている研修メソッドを応用し、ビジネス視点・プロマネ・データ分析・企画・チームワーク・プレゼン力などを鍛える質の高い育成機会を提供することに徹底的にこだわりました。P&Gに全く興味がなかった学生も「真剣勝負だった、プロのすごさを感じた、刺激が多い充実した2日間だった」と言わせるプログラム内容を実現。結果的に2daysインターン参加者の中から実際に入社につながった学生も複数出て、大成功しました。P&G人事が目指す「個人と組織のWin-Win」を採用においても実現できた例の一つだと思っています。
-戦略人事という点から見て、当時の経験で重要なポイントはどこにあるのでしょう?
木下氏:会社の経営戦略と採用戦略がつながっていることですね。先ほども言った通り、P&Gの日本の成長において紙製品ビジネスの果たした役割は大きく、同時に生産技術開発においてグローバルへの貢献が期待されていました。そこで活躍できる人材の確保は、会社の最重要ミッションです。実は、前述の2days インターンシップ企画が実現できたのは、人材を必要としている当該部署の理解と協力があったからです。エンジニア部門のトップは、私が2days インターンシップの企画を提案したとき、実施を即決してくれました。 同時に企画を実行するため、若手のエース社員を任命してくれました。部門長・部門の社員と一体化して、部門の戦略を実現するために必要な人事施策を展開するスタイルはこの時に培われました。
-ミッション実現のためにマーケティングしたうえで、一歩先の提案をする。丹念にマーケティングしているからこそ、提案も現場の人の腑に落ちる内容となり、人々を巻き込みながら進められた。
木下氏:そうですね。それともう一つ大事なことは、少々不本意な仕事が割り当てられても、まずは腐らずにやってみるということです。私も当初、理系採用担当は本意ではなかった。でも理系採用でとことんやってみたからこそ、その後担当になった文系採用で、理系採用の成功事例をバージョンアップした形で転用し、5倍の規模で理系採用を上回る成功に結び付けることができました。例えば、理系採用でのネット活用経験から、他社に先駆けた「Web上でのセミナー参加登録・合否通知の仕組み導入」へ、2days インターンシップ経験は「P&G主催ビジネススクール開校」の企画実現につながり、認知度・採用力を短期間で飛躍的に向上することができました。 スティーブ・ジョブズ氏の言ったConnecting the Dotsのように、後から見れば過去の様々な経験が今日につながっている。こうして今までの歩みを振り返ると、それを強く感じますね。
※採用を担当しながら、兼任で組織担当人事(ビジネスパートナー)を経験した木下氏は、人事としての引き出し(修羅場経験)をもっと増やし、さらなる成長を志して、日本GEへと転職します。次回は、日本GEに入社してからのキャリアについて、お話を伺います。
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■ 木下 達夫(きのした・たつお)氏
日本GE株式会社 人事部長
外資系消費財メーカーP&G人事部を経て、2001年日本GE株式会社入社。北米・タイ勤務を経験。その後、プラスチックス事業部ブラックベルト、06年同事業部栃木工場人事責任者、07年金融事業部人事ディレクター、その後同事業部アジア人材組織開発リーダーとして活躍。12年5月より現職。
※内容・肩書等はすべて取材当時(2014年12月)のもの。
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