公開日 2021/10/05
執筆者: 滋賀大学経済学部教授 小野 善生
社会やビジネス環境の変化は早くなり、働く人の生き方や価値観も多様化している。プレーヤーから管理職になることは、これまでも仕事生活における大きな転機であったが、時代の変化に伴い、トランジション(役割への適応)の難度は高まるばかりである。本コラムは、悩める管理職の方々に向けて、今求められる考え方や新しいリーダーシップについて、滋賀大学 経済学部 小野善生教授に寄稿いただいた全3回シリーズ「今求められる管理職の在り方を考える【全3回】」の第1回である。
企業に新人として入社すると、ほとんどの場合は「平社員」と呼ばれるプレーヤーとしての役割を与えられる。プレーヤーとして配属された職場においては、各プレーヤーの仕事を取りまとめて部署としての責任を負う管理職が存在する。プレーヤーは、管理職の指示や助言に基づいて職務を遂行する。
プレーヤーと管理職の違いはいくつも存在するが、とりわけ重要な違いは人事評価できるかどうかであろう。管理職による人事評価の内容しだいで、プレーヤーの仕事生活は大きく左右される。ゆえに、プレーヤーは、多かれ少なかれ管理職の影響を受けることになる。一方、管理職はプレーヤーの行動を統制できる立場である。ただし、統制できると言っても、あらゆることをコントロールすることはできないし、行き過ぎたコントロールはプレーヤーのモチベーションを低下させることになる。
初めて管理職になるというキャリア上の一大転機は、決して容易に乗り切れるものではない。なぜなら、管理職に対する事前のイメージと実際に体験することに大きなギャップがあるからだ。このギャップの主要因となるのが、プレーヤーである組織のメンバーを統制できるという特権である。だが、「管理職になれば、人を動かすことができる」という思い込みは、現実に打ち砕かれてしまう。多くの管理職にとっては、これが最初のつまずきとなり、このギャップを乗り越えられなければ挫折になる。
新任管理職が持つ幻想と直面する真実について、ハーバードビジネススクールのリンダ・ヒル教授は新米管理職が抱いている幻想と真実を以下の表のように対比している。
新米マネジャーが抱いている幻想と真実
出典:DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー編集部[編訳].『昇進者の心得-新任マネジャーの将来を左右する重要課題-』ダイヤモンド社,11頁
ヒル教授によると、新米管理職が抱きがちな1つ目の誤解は、管理職の権威は絶大だということである。管理職になれば他人の理不尽な要求に縛られたりしないと思いがちであるが、いざ管理職になると様々な利害関係者から相矛盾する要求が突き付けられる。権威によって人を思い通りに動かせるどころか、日々降りかかる課題に対応するのが精一杯なのである。日々降りかかる仕事に忙殺されてばかりいては、管理職がやがて潰れてしまう。管理職が仕事に忙殺されることなく成果をあげるためには、メンバーと連携して課題を遂行していくことに尽きる。一方、メンバーにしても、管理職からの支援がなければ円滑に仕事を進めていくことはできない。すなわち、管理職とメンバーは、仕事をするにあたって相互依存的な関係で結びついているのである。ゆえに、管理職の権威が絶大だという幻想は捨てて、自ら率いる職場のメンバーとの相互依存関係の重要性を承知して組織的に対応していかなければならないのである。
2つ目の誤解は、管理職の権威はその地位から生まれるということである。管理職の地位に就いたから思うように人を動かせるのは幻想である。なぜなら、管理職の指示で動くか動かないかは、メンバー次第だからである。重要なのは、メンバーとの信頼関係である。ゆえに、管理職の権威は地位から生まれるのではなく、信頼で結ばれたメンバーから認められることで生成されるのである。
3つ目の誤解は、メンバーを統制しなればならないということである。権威によって人を動かそうとすると、その行動を統制下に置く必要がある。だが、管理職の権威は、メンバーとの信頼関係が基盤となる。管理職が権威によってメンバーの行動を統制ばかりしたならば、信頼関係が崩れるのはもちろんのこと、指示待ちで受動的なメンバーばかりになってしまう。むしろ、管理職は、メンバーの統制よりも、モチベーションを上げて成長させるための施策を絶えず模索すべきである。
4つ目の誤解は、メンバー1人ひとりと良好な関係を築かなければならないということである。たしかに、メンバーとの良好な人間関係を築くことは必要だが、問題はその順序にある。新任管理職は、個々のメンバーとの良好な人間関係を築く前に、職場のチームワークを創り上げる努力が先だと言うことである。個々のメンバーの関係を重視すれば、場合によっては特定のメンバーを依怙贔屓していると捉えられて全体の士気が落ちてしまうのである。チームワークができあがっていれば、特定のメンバーとの関係を重視したとしても依怙贔屓とみなされることはない。
5つ目の誤解は、何よりも円滑な業務運営を心掛けるということである。これも一見すると誤解とは思えない。ただし、言われたことをきちんとこなすという組織階層に従った思考および権威に拘った円滑な業務運営では問題がある。決められたことをきちんとしていたとしても、環境の変化によって非合理的なものになってしまう。むしろ、管理職は日々の仕事において職場をよりよくするために改善を積み重ねていく姿勢が求められるのである。
おそらく、多くの管理職が、程度の差こそあれマネジメントの幻想と真実のギャップを認識することになるだろう。新任管理職としてやるべきことは、自らが率いる組織のメンバーと協働できる関係を構築することである。
人間関係を構築すると言っても、仲良くするといった情動的なものも大事であるが、むしろ信頼をベースとした組織目標達成のために共に仕事をするパートナーという成熟した関係を目指すべきである。ゆえに、管理職は、「いい人」というよりも「できる人」としてメンバーに認識されるように振る舞わなければならない。
メンバーから「できる人」とみなされるためには、「この人の言うことなら信頼できる」、「この人についていっても大丈夫だ」と認識されなければならない。そのためには、メンバーから信頼されるような言動さらにはそれを裏付ける仕事に対する信念を明確にする必要がある。管理職としての仕事に対する思考法が確立されていて、それとぶれない一貫性のある行動をしているとメンバーに認識されてはじめて「できる人」とみなされるのである。
新任管理職は、管理職にまつわる幻想を捨てて、現実に適応して「できる人」と周りのメンバーに認められるように振る舞い、メンバーを巻き込んで組織目標達成にむけて邁進するしかないのである。
滋賀大学経済学部教授
小野 善生
Yoshio Ono
1974年生まれ。滋賀大学経済学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。関西大学商学部准教授を経て、現在、滋賀大学経済学部教授。専門は経営学。専攻は経営管理論、組織行動論、リーダーシップ論。
フォロワーの視点からリーダーシップを明らかにする研究に取り組んでおり、「リーダーシップの役割分担とチーム活動活性化の関係についての考察‐エーザイ株式会社アルツハイマー型痴呆症治療薬「アリセプト」探索研究チームの事例より‐」にて、2005年度経営行動科学学会賞優秀事例賞受賞。
また、主要著書として『ライトワークス ビジネスベーシックシリーズ リーダーシップ』(ファーストプレス)、『まとめ役になれる! リーダーシップ入門講座』(中央経済社)、『最強のリーダーシップ論集中講義』(日本実業出版社)、『フォロワーが語るリーダーシップ』(有斐閣)、『リーダーシップ徹底講義-すぐれた管理者を目指す人のために-』(中央経済社)がある。ほか、論文多数。
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