公開日 2023/01/05
人的資本経営とも関係する人材の育成ならびに教育投資は、国によって取り組み方が異なる。日本企業の場合、企業内部の企業特殊性(その企業ならではの製品知識、企業内人脈、組織運営方法など)を重視した経営が行われてきたことで、長期雇用制度、職能資格制度、異動制度といったかたちでの人材育成や人材開発が進められてきた。一方ミドル・シニア人材については、企業特殊性という競争優位の源泉となりうるものを蓄積してきた「有用な層」であるにも関わらず、活用が十分とは言えない状況にある。ではミドル・シニアはどのように活用できるのか、またどのように活用すればいいのか。山口大学の内田恭彦教授に伺った。
山口大学 経済学部教授
内田 恭彦氏
1989年慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了後、株式会社リクルートへ入社し、人材関連事業の研究開発・新規事業開発などに携わる。2002年~2004年神戸大学経営学研究科助教授を経て2004年より年山口大学経済学部へ。2008年より現職。2016年神戸大学経営学研究科後期博士課程修了(経営学博士)。日本労務学会、経営行動科学学会の理事などを務める。現在、日本知的資産経営学会副会長、人的資源管理および知的資産経営に関する論文著書多数。
戦略合理の価値創造のメカニズムと人材マネジメントとの関係は、商品サービス市場の変動する価値体系や価格そのものに大きく影響される。市場環境が一刻一刻と変わるため、企業と労働者の関係も短期のものとならざるを得ない。アメリカの企業は、戦略合理の企業経営が中心となっている。(図1)
一方の資産合理は、自社の内部に企業特殊性を構築し、競合他社の製品サービスとの差異化を図るものだ。人材管理・人材投資を考えると、長期雇用が合理的となる。
企業特殊性とは、その企業独自の技術、製品知識、企業内人脈、組織運営方法など、その企業にしか通用しないもののこと。人材が企業特殊性を身につければつけるほど競合との差異は拡大し、人材に投資するほど最大可能な利益額は増える。日本企業は、この資産合理の価値創造パターンで経営を行ってきた。
図1.「戦略合理の価値創造」と「資産合理の価値創造」
次に日本企業の人材育成についてであるが、日本では、「職能資格制度」「役割等級制度」を大半の企業が導入している。では、「職能資格制度」「役割等級制度」を前提とした職務経験や異動経験からの学習は、どのくらい有効なのだろうか。企業へのアンケート調査から見てみよう。(図2)
「対象は、上場電機メーカーの次世代経営幹部候補に選ばれている課長クラスの方々です。調査結果からは、興味深いことが明らかになりました。第1は担当職務の職能などとは関係のない、会社全体に関することも多く学んでいるということ。第2は企業特殊性および汎用的な知識・スキルの両方を形成していたということです」
企業特殊性に関しては、組織的なもの(自分の仕事、自分の関係者など、仕事とその関係者についてなど)と技術的なものの2領域があり、一般的な経営に関する概念や理論などの汎用に関しては、戦略論のような事業判断に関することなどが多く学習されていることがわかった。
また課長以上になると、それまでのキャリアとは関係のない部署への異動もある。別の調査では、異動前の部署のよい点・よいシステムが持ち込まれ、異動先の変革がなされたケースも確認された。
異動経験からは、多様な部門を経験することで、大局的・総合的な判断力も学習されていく。日本企業ではこのように、雇用制度、職能資格制度、異動制度などで、企業特殊性を中心とした学習が行われ、その企業ならではと言えるものが蓄積されてきた。
図2.職務経験・異動経験からの学習
職務経験や異動経験を経てきたミドル・シニア層は、言うなれば、企業ならではの企業特殊性と汎用性を蓄積してきた人材だ。その彼らにとって「役割定年制」や「定年再雇用制度」といった施策は、どのように影響するのか。
これまでの日潟(2009)、石山・高尾(2021)、須藤・岡田(2022)、竹本(2018)などの研究によると、主に次のようなことがわかっている。
まとめると、ミドル・シニア対策と言われる制度は、会社との関係を毀損してしまう可能性がある。一方で新たな知識の獲得・新たな経験からの成長は、ミドル・シニアの仕事へのエンゲージメントを高め、仲間を大事にしたい、後輩の育成を応援したいなど、過去の経験の蓄積を大事にし、活用することで前向きな態度が形成されている。
「また、第5世代技術が登場しているなかで、第2世代技術を活用した非接触型カードのFelicaが開発されたり、パナソニック・インドが新中間層向けに、室内機と室外機が分かれたスプリット型のエアコンを、必要最小限の機能+低価格で製造販売し成功するなど、過去の知識や技術を活かせる分野・市場はまだあります」
つまりはミドル・シニアがもっている企業特殊性、すなわち知的資本の活用領域や活用対象はなくなったわけではない。まだ存在しており、ミドル・シニアの力を活かすことは十分可能ということだ。
日本企業には他国の企業などが持ちえない優れた知的資本がある。企業特殊性という、競争優位の源泉となりうるものを蓄積しているミドル・シニア人材も、会社にとっての財産といえる。
ミドル・シニアの活用ということでは、旧来の知識・技術などを活用できる領域を見つけ、人材を適切に配置していくことが挙げられる。
先ほどのパナソニック・インドのエアコンやFelicaのように、最新の高度な商品サービスが好まれず、旧い技術や知識のほうがかえって市場を創り出すケースもある。知識・情報である知的資本は、組み合わせにより新たな相互作用効果、すなわちシナジーを生み出すが、これらの製品もシナジーによって生まれたものだ。
また、SONYでは「コーポレートプロジェクト推進部」という部署が新設された。これはグループ内に散らばる技術やノウハウをつないで新規ビジネスの芽を作る、まさに知的資本のシナジーを推進する部署である。
「こうした部署には、社内にさまざまなネットワークを有し、会社の強み弱みなどを考慮しながら企業全体を動かしていくゼネラリストが必要となります。このような企業特殊性が強く求められる新領域をつくることは、ミドル・シニアの積極的活用に直結するでしょう」 これまではどちらかというと、ミドル・シニアの活用は消極的な施策が多く、コスト削減を志向するものが多かった。だが、これからは人的資本への投資効率を高めることも考えていくことが大事になる。
ミドル・シニアが有している知的資本を、一から若い人たちに習得してもらうのは無駄も多い。反対に、これまでの経験で使ってきた彼らの知識・技術を活用していくことは、人的資本への投資効率を高めることに加え、ミドル・シニアの自己肯定感の醸成やウェルビーイングにもつながる。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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