人的資本経営のためのミドル・シニアのリスキリング

公開日 2022/12/26

【イベントレポート】人的資本経営のためのミドル・シニアのリスキリング

ミドル・シニアのリスキリングに関する問題の背景には、人材開発の予算配分が新卒入社・中途入社の人材に偏っている、階層別・選抜研修や管理職初任者研修以降、ミドル・シニア層に研修ブランクが起こり、育成対象外となっているなど、さまざまな要素がある。こうした現状のなか、スキルだけを注入しようとしても、ミドル・シニアの自発的な学びは起こらない。では何が必要になってくるのだろうか。人的資本と関連のある社会的資本からの見地も含め、ミドル・シニアの学び直しを促進させる「3つの仕組み」を紹介する。

小林 祐児

株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員
小林 祐児

NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。

  1. 「工場モデル」のリスキリングではうまくいかない
  2. リスキリングを進める3つの仕組み
  3. 「キャリアの仕組み」をどうつくるか
  4. 「目標管理の仕組み」では手直しが必須
  5. 最も有効な手立ては「学びのコミュニティ」創出

「工場モデル」のリスキリングではうまくいかない

ミドル・シニアのリスキリングを考えるにあたって、まずパーソルが実施した各種調査からポイントをいくつか見てみよう。(図1)

リスキリングの実施について、「新しいツールやスキルを学んだことがある」などの一般的なリスキリング経験者は、全体の3割程度。デジタルに関するリスキリングについては2割前後に留まる。またリスキリングが習慣になっていると答えた人は3割ほど。

これが高いのか、低いのかということだが、国際調査で比較してみると結果は歴然だ。社外学習や自己啓発を何も行っていない割合は、日本がダントツのトップ。5割近くの人が、「学び」を行っていない。リカレント教育や生涯学習が重要と言われながら、自発的に学ばない習慣がついてしまっているのが、学びに関する日本人の現状だ。

さらに年代別に見ると、20代後半をピークに学習時間は減り続け、40代以降は目に見えて学習時間が減少していく。

学ばない人が圧倒的に多い、とくにミドル・シニアになると、それが顕著――こうした現状に対して、現在多くの企業が行おうとしているのが「工場モデル」のリスキリングだ。

「リスキリングに関しては、自社に必要なスキルの人材要件を最初に明確にし、これぐらいの人数がほしいよね、から始まるケースが多い。不足スキルを明確化して、必要なスキルの型をつくり、スキルを注入して人手不足のポストに当てはめていく。鋳型をつくって、スキルを流し込むタイプの人材育成が〝工場モデル〟です。でも、こうした発想をしていると、リスキリングはうまくいきません」

なぜなら組織は流動的に変化し、しかも環境変化も激しい時代だ。求められるスキルもどんどん変化していく。また、注入したスキルをどこで、どう発揮するのかまで考えている企業も少数だ。スキルの発揮こそが「リスキリング」であることを考えると、「工場モデル」の考え方は、人材育成においてムダが多いと言えるだろう。

図1.ミドル以降にさらに縮小する学び

ミドル以降にさらに縮小する学び

リスキリングを進める3つの仕組み

では、リスキリングを進めるにはどうすればいいのか? 

学び直しを行っている人と行っていない人との違いを分析してみると、一般的なリスキリングについては、組織目標と個人目標が紐づけられ、目標設定時に上司としっかり話し合って、個人として目指すべき目標がクリアになっているほど、学び直しが促進されている。

デジタル・リスキリングでは、社内のキャリアパスが明確にされている、社内公募といったスキル発揮の道が用意されているなど、キャリアが見える化されているとリスキリングは促進されることがわかった。

つまり「目標の透明性」と「キャリアの透明性」が大事ということである。

加えて、自発的な学び、自律的な学びを継続させている人が日本人には少ない。一部の人しか学び続けていない現状を考えると、学びの仕組みの構築も必要だ。求められるのは学びのコミュニティ化である。

研修や訓練、学習支援への投資増を前提として、「キャリアの仕組み」「目標管理の仕組み」「学びのコミュニティ化の仕組み」の3つの仕組みの見直しが、リスキリングを有効に機能させるうえで不可欠なポイントになる。(図2)

図2.有効なリスキリングのために

有効なリスキリングのために

「キャリアの仕組み」をどうつくるか

ひとつめの「キャリアの仕組み」に関しては、社内公募、社内FA、社内副業といったジョブ・マッチングシステムが、効果的に機能する仕組みに変えていくことが重要だ。

そのためには、ポジションごとの職務情報の整理・整備といった仕事の見える化とキャリアパスの見える化を進めると同時に、個人のキャリア意識の自律化も図っていく必要がある。具体的には、その人の保有スキル・異動希望といったものを可視化させ、社内外のカウンセリングや研修、上司との面談などを通じ、自身のキャリアについて対話する機会を増やしていくことである。

それらが仕組みとしてできて、はじめてジョブ・マッチングシステムが機能する。

学びの意識はキャリアと結びついている。「どこに異動になるかわからないし、自分のキャリアは運や偶然に左右される」「自分の職業人生は会社が握っている」。こうした感覚がある人は学ばなくなる。「見える化」と「自律化」を置き去りにして、マッチングのための制度だけ整えても、自分のキャリアを自分で選択する環境が社内になければ、自発的に手を挙げ、キャリアアップのために学び続けようとする人を増やしていくのはむずかしいということだ。

「目標管理の仕組み」では手直しが必須

ふたつめの「目標管理の仕組み」では、目標管理制度の見直しが重要ポイントになる。

リスキリングを考えた際、目標管理制度への暗黙の評価感がポジティブであるほど、スキルの更新にも意欲的になる。たとえば目標管理に対し、「自分がどれくらい成長できているか確認するためのもの」「自分の課題を明らかにするためのもの」あるいは「評価基準には公平さと正確さが重要だ」「人事評価は継続的に仕事の意欲を保つのに役立つ」などの前向きな評価感を暗黙のうちにもっている人は、受けた評価を次の仕事に活かそう、ここを伸ばしていこうといった前向きな行動をとっている。

反対に「仕事は強制してやらせるもの」「人事評価がないと仕事しないと思う」など、ネガティブな評価感をもっていると、目標にないことはやらないといった態度につながりがちだ。

目標管理制度においては、「モチベーションを引き出せていない」「能力開発につながっていない」などの課題を多くの企業が抱えている。これには上司が評価プロセスの遂行をしっかりできていないことのほか、被評価者となる部下たちが目標管理のやり方について知らないことも大きい。被評価者研修や目標設定に関する研修・トレーニングなどを導入し、目標管理に対する意識を変えていく。形骸化をなくし、目標について上司と部下がしっかり話し合っていく。こうした見直しに取り組むことは、学びに前向きな意識をもってもらううえでも大事だ。

最も有効な手立ては「学びのコミュニティ」創出

最後の「学びのコミュニティ化の仕組み」は、学ぶ人は学び、学ばない人は学ばないという学びの偏在性をどう変えるかだ。

学びへの動機付けを「心に火をつける」ことに例えると、リスキリングにおいて、個々人の内発的動機に一つひとつ火を灯していく「ろうそく型」は現実的ではない。むしろ人間関係のネットワークの中から、もらい火で火がついていく「炭火型」の動機付けのほうが適している。

「実際に学び行動をしている人たちは、他者を積極的に巻き込みながら共に学ぶ、いわゆるソーシャルラーニングをしています。リスキリングでは何をどう学ばせるかではなく、誰と学ぶか、誰とどうつながっていくかなど、他者との関わり合いをどう設計していくことが重要になっていくでしょう」

そのために考えていきたいことは次のようなものだ。(図3)

  • 集まる場の提供、コミュニティ化の促進、チームラーニングやピアカウンセリング的な仕掛けで「私の学び」から「私たちの学び」に変えていく
  • 学びをフックにした、部署と部署をつなぐ「一次的な橋渡し」の再構築に加え、他企業・他組織とつながる「二次的な橋渡し」を創出する

また近年は、『ダイキン情報技術大学』『Z AIアカデミア』『Yamato Digital Academy』に代表される、開放型の企業内大学(Corporate University)にも注目が集まる。

若年層のリスキリングは、組織内ネットワークに組み込む一次橋渡し系の施策が向いているが、ミドル・シニア層については、組織外の人脈・ネットワークづくりにつながる二次橋渡し系の施策が、学びへの意欲や姿勢を高めていくカギとなる。

「教育訓練を担当する方たちは、学びをフックにして、社外の人まで含めた人との関わりがつくれる〝箱づくり〟を検討いただくのも方法ではないかと思います」

図3.「他者」と学びのかかわり

「他者」と学びのかかわり

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。

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