ミドル・シニアのアンラーニングを科学する

公開日 2022/12/20

【イベントレポート】ミドル・シニアのアンラーニングを科学する

数年前から注目を浴びるようになったリスキリング=学び直し。人的資本経営が大きな潮流となっている今、リスキリングは市場が必要とする人材の育成に不可欠となっている。だが、「リスキリングとは何か、何をやればいいのか」と悩む企業、個人も多いのではないだろうか。パーソル総合研究所独自の定量調査でも、必要性を実感していながら、実際に新しいツールやスキルを学んだ経験のある人、あるいは学び続けている人は全体の約3割程度に留まり、業種・職種においてもリスキリング経験の有無には偏りが見られる。今回はミドル・シニア層の成長に何が大切かを考えるうえで、学び直しのひとつである「アンラーニング」に着目し、解説していこう。

小林 祐児

株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員
小林 祐児

NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。

  1. 定量調査から見えてきたアンラーニングの現在地
  2. アンラーニングを阻害する要因「変化抑制」と「多元的無知」
  3. アンラーニングを加速させるために必要なこと
  4. アンラーニングを加速させるための処方箋とヒント

定量調査から見えてきたアンラーニングの現在地

アンラーニングとは、古い仕事のやり方やスキルを捨て、新たなものを獲得し実践する学び行動を言い、「捨てる学び(アンラーニング)」「巻き込む学び(ソーシャル・ラーニング)」「橋渡す学び(ラーニング・ブリッジング)」というリスキリングのための3つの学び行動のうちのひとつだ。

知識やスキルは蓄積していくだけのものではなく、状況、環境、成長度に合わせて「差し替える」「新たに獲得する」ことも不可欠となる。

パーソル総合研究所で実施した独自の定量調査からは、何が従業員のアンラーニングを促進させ、何が阻害要因となるかが見えてきた。

調査から明らかとなった実態をまずは紹介しよう。(図1)アンラーニングの経験の有無では、有りが49.8%、無しが50.2%とほぼ拮抗している。特徴的なのは、性年代別の傾向だ。「平均値を見ると、ミドル・シニアになるほどアンラーニングが減っていくこと、さらには男性よりも女性のほうがアンラーニングできなくなっていくことがわかりました」

また、役職滞留年数と人事評価もアンラーニングと関係していることがわかった。

役職滞留年数では、何かしらの役職に就いて「3か月から半年未満」で数値が跳ね上がり、滞留年数が長くなるほど下がっていく。人事評価では、5段階中「5」と「1」の評価の人はアンラーニングの度合いが高いが、「4」と「3」の人はアンラーニングをしない傾向が見られる。

図1.ミドルシニアになるほどアンラーニングが減少

ミドルシニアになるほどアンラーニングが減少

こうした傾向を読み解く背景にあるのが「限界認知経験」である。

限界認知経験とは、仕事において「これまでのやり方ではうまくいかない」と限界を感じること。それが学び直しの意識を高めてくれる。

具体的な促進要因には

    • 業務上の修羅場(顧客トラブル、プロジェクト撤退など)
    • 越境的業務(他組織との共同プロジェクト、副業、海外勤務など)
    • 新規企画・新規提案業務(事業・プロジェクト立ち上げ、企画・アイデア提案など)

の3つがあり、限界認知を経験している人ほどアンラーニング意識が高まる。つまりはアンラーニングを促進させるのが「限界認知経験」といってよい。

アンラーニングを阻害する要因「変化抑制」と「多元的無知」

一方、アンラーニングから遠ざける要因もある。それが「変化抑制」と「多元的無知」の2つだ。(図2)

      今の組織の中で変化を起こすのは大変、仕事の進め方を変えると混乱を招くだろう、他の人は現状のやり方を好むだろう、自分だけが変えても仕方ないといった気持ちから、変化を負荷(コスト)と捉えてしまうのが変化抑制だ。

「自分は違う意見や考えを持っているが、周りはきっとそうではないだろう」と思い、本当は周りも自分と同じように考えているのに、それを知らない(無知)ことで結局いつも通りの行動を選び、変化を抑制してしまう。そうした個々が多元的に重なり合っている状態が「多元的無知」だ。

「変化抑制の意識が高ければ高いほど、アンラーニングも、さらにはリスキリングも低くなっていきます。しかも男女ともにミドルになるほど変化抑制の意識は高くなっていきます」

変化抑制意識と多元的無知を高めている大きな要因が伝統的な日本組織の働き方だ。 「ジョブディスクリプションがなく、ひとつの仕事をチームメンバーが分け合い、調整しながら進めていく。メンバー同士の相互依存性が強いため、ひとりの自律的で自由な行動がチームに影響を及ぼしかねない。このような働き方が当たり前になっていることが、変化抑制意識につながり、アンラーニングにも影響しているのです」

図2.変化を起こすことが「コスト」である=「変化抑制意識」が学びから遠ざける

変化を起こすことが「コスト」である=「変化抑制意識」が学びから遠ざける

アンラーニングを加速させるために必要なこと

では、そうした構造はどのように変えていけばよいのだろうか。ポイントは2つある。まずひとつは「挑戦的な目標を組織で共有すること」だ。(図3)

「挑戦的な目標を個人にもたせるだけでなく、メンバー間で目標を公開し合い、組織で共有すること。みんなも挑戦的な目標をもっているとわかることで、変化について負荷を感じさせない、負荷を予期させない状態にすることができます」

もうひとつは「変化することによる見返りを用意すること」である。給与が得られそうだ、経験が積めそうだ、学びが活かせそうだ、役職に就けそうだなどの報酬への予期が、変化に対する負荷を打ち消すのに役立つ。

また経験も大切だ。
「ミドル・シニアになるほど経験の機会が減っていきます。それも限界認知の意識がもてず、アンラーニングにつながらない要因となっているのです。それでも、男性は修羅場経験や越境経験など何かしらがありますが、女性はほとんどありません。いかに女性にも経験を開いていくかが大事でしょう」

図3.アンラーニングのためにできること

アンラーニングのためにできること

アンラーニングを加速させるための処方箋とヒント

次に具体的な処方箋として、どのようなものがあるのか。

「目標挑戦的な風土をつくるといったソフト領域に入る前に、まず見直してもらいたいのが目標管理制度や人事制度といったハード領域です」

目標管理はアンラーニングとも紐づいている。ところが制度が形骸化し、課題だらけとなっている企業は少なくない。

「ミドル・シニア問題の根本にあるのも、制度化されてはいるが運用プロセスはボロボロといった目標管理制度にあります。社員のモチベーションを引き出せていない、成長や能力開発につながっていない、成果に報いる処遇が実現できていないなどの課題がある企業は少なくありません」

同時に評価者研修の在り方も見直しポイントとなる。

「評価者研修の大きな問題は、評価者研修を受けたことのない上司層が4割近くいること、それから研修が評価するほうの側にばかり偏って行われている点です」

目標管理をしっかり回していくには、評価プロセスをきちんと遂行することが重要になる。また被評価者(部下)にも研修を受けさせ、目標の立て方や目標設定の意味と目的などを学んでもらうことが目標管理制度そのものの質を上げることにつながる。つまりは目標を立てる部下と、目標を評価する上司の両側からのトレーニングが重要ということだ。

まとめると、ミドル・シニア層のアンラーニングのための原則は「挑戦を共有する」「経験を開く」「報酬を与える」の3つ。(図4)そのためには、評価制度である目標管理制度の見直しと、評価者・被評価者への両利きのトレーニングがポイントになるといえる。

図4.アンラーニングのためにできることまとめ

アンラーニングのためにできることまとめ

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。

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