未知という具体に向き合うこれからの学び

公開日 2016/03/24

■学びにかかわる課題

「言われたことはやるが主体的に行動できない」「新しい発想ができない」「正解を探してばかりいる」。お客さまからよくお聞きする課題です。知識を習得するタイプの研修のみならず、比較的実践的だといわれている妥当解付きのケーススタディでも、限界があることを示す例といえます。

このような事象は、実は子どもたちの学校現場からすでに表れています。詰め込み型教育が批判され、ゆとり教育の反省を経て、新学習指導要領は「変化の激しい世界に備え『生きる力』の獲得を目指す」となりました。しかし依然として、細かい指示や持ち物の統一がなされ、読書感想文には「書き方のテンプレート」が与えられています。事前制御された世界で、期待通りの解答だけに丸がつくような学習方法に、大きな変化が見られたとは言い難いと思います。こうした学校教育の中で、果たして、子どもたちは生きる力を学べるのでしょうか。

そしてそのような子どもたちがいずれ社会に出て企業に入ってきます。前述の課題は、学校現場から境界を越えて連鎖し、共通の「これからの『学び』にかかわる課題」として表れているのではないでしょうか。

知の伝達を超える

企業が右肩上がりの成長を遂げていた時代には、効率的に知識と技術を与え、業務をこなせる人を次々に育てる必要がありました。新しく採用された人は、多くの場合、業務に必要な知識やスキル、技術を上司や先輩から教えられてきたのです。そのため、ベテラン社員の知識や知恵、言語化できない勘や経験知をディープスマート*)と位置づけ、その伝達を重視しました。

また、与えられた問題を決められた方法で解決する「妥当解」付き問題解決手法の獲得が求められる中で、「過去問」を数多く解き、その知恵を蓄積してきました。そこから「知」を獲得することが次の成功を生むと信じられたのは、過去から未来を予測できることを前提としていたからでもあります。

変化の激しい、不確実性の高い未来に向かうとき、過去の知識と経験の辞書からの模索だけでは太刀打ちできません。インターネット環境の世界的な発達により、人々は世界中の情報を瞬時に入手できるようになり、固定した知識の価値は一気に下がりました。知の伝達を超えて、改めて私たちの学び方を再考する時が来ていると私は考えています。

*: ディープスマート:その人の直接の経験に立脚し、組織と個人に大きな優位をもたらす専門知識

「今ここで」わからないまま引き受ける

以下を読まれてどう感じるでしょうか。

「知識基盤社会、高度情報社会、多文化共生社会など、社会が急激な変貌を遂げるのに伴って、高度で専門的かつ複合的な知識、思考、能力、スキル、対人関係が要請されている」 (上野 2013)

具体的に何が起こっているのか、現実が見えないこのような抽象的で乾いた言説は、人々を不安にさせることはあっても、何の学びも促進しないでしょう。

このような一般論に惑わされずに、目の前の具体にそのまま向き合うときに、また前例のない事象や変化し続ける環境をわからないまま引き受けるときに、人は過去にとらわれずに未来に向かって自ら考えようとします。この迷いながら進むプロセスそのものが学びだといえないでしょうか。

例えば、グローバル人材という抽象を恐れて英会話コースに通うのではなく、来週ベトナムのハノイで行われる営業会議で、日本の販売戦略を伝えることになったとき、何をどう言おうかを準備する。異文化とは何かについて知識をインプットしてきたことを否定するつもりはありません。ただ、それでは何も起こりません。

自部門のトップとして突然本社から派遣されて来たドイツ人が、まったく新しい戦略を話すとき、わからなくても黙っているのではなく、「なぜそれが重要なのですか?」と聞ける力、これが必要なのではないでしょうか。持っている知識と培ってきた経験だけでは解けない事象を前にしても、慌てず進む力。うまくいかなくとも引き返すことなく問い続け、リアルな現象をとらえ直して常に試みていく覚悟こそが、まさに生きる力につながり、同時に「これからの学び」の土台になるのではないでしょうか。

根源を問い続ける力

未知に立ち向かっていく行為こそが、これからの学びなのではと考えていたとき、意外にも過去の偉人から学びの原点を得ることができました。ソクラテスと宮沢賢治です。

小玉(2008)によると、哲学の祖であるソクラテスは、当時のアテネで流通していた法やルールの根拠を疑い、徹底的に批判することが市民の成熟と都市国家の活性化に不可欠と考えていました。異なる思想の対立した緊張関係を、むしろ持続的な力にして両者を育てようと試みたのです。最終的には、彼は秩序を乱す者として死刑にされてしまうのですが、このような論争をしかけるソクラテスの姿勢は、既存のシステムに挑む行為であり、安定を乱す「危なさ」を持っていると同時に、物事を常に批判的に吟味し、対立する立場の優劣をつけるのではなく、両者をともに成長させることを可能にしているといえます。これを小玉は「ソクラテス的センス」と表しています。

人は未知の世界に入っていくとき、従来の考えでは解けない問題、対立する関係、価値観の差などにぶち当たるでしょう。多様で変化し続ける世界で、自分とは異なる人たちと一緒に生きるために、まさにこれから必然となる学びの姿勢ではないでしょうか。

そして、正解のない問いを探す旅を描き続けた宮沢賢治からも学べることがありました。学ぶことは本来生きるためであることを考えれば、生きている現実から切り離された学びはあり得ません。絶望することなく「ほんたうの幸い」を問い続けた彼の生への葛藤は、つねによりよく生きるための終わりのない根源的な問いとなって作品に表れています。これこそまさに、正解のない未知に向かって愚直に問いを立てていく力であり、学びの原点であると思っています。

これからの学び:未知に向かって探求する

私が提案したい「これからの学び」とは、過去から導き出された知を獲得することではなく、疑問もなく受け入れていた前提を批判的に吟味し、改めて根底から問い直し続ける行為です。この問い直しができること、とらえ直しができること、とらえ直そうとする試みこそがこれからの学びであり、それが未知の世界へ飛び出し、わからないまま全部引き受けてみる力につながります。未知で出会う多様性にとまどい、驚き、悩み、感じ、愚直に問い続ける。事前制御されないわからなさの体験を、素手で引き受けていくプロセスそのものが、複雑で多様な社会を生きていくための探究する行為であり、これからの学びであると、私は提案したいのです。

<引用文献>
上野正道 (2013) 「民主主義への教育–学びのシニシズムを捉えて」東京大学出版会
小玉重夫 (2008) 「シチズンシップの教育思想」白澤社
D.Leonard & W.Swap(2005) How to cultivate and transfer enduring business wisdom, Harvard Business School Press 2005.「『経験知』を伝える技術–ディープスマートの本質」池村千秋訳、ランダムハウス講談社

(2016.03.24)

 

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