目次
はじめに
「従業員意識調査を実施したはいいが、調査結果をうまく活用することができなかった。」
「もっと分かりやすく問題が明らかになると思っていたのに、意外とそうでもなかった。」
「日頃感じていることと、調査結果が食い違っているように感じた。」
声の主は、どれも自社内で従業員意識調査を運用している担当者です。私自身、現在の職に就いたばかりの頃は、同様の感想を持ち、途方にくれる毎日を過ごしておりました。従業員意識調査の担当者は、どのようなことに悩んでいるのか。また、どうすればその悩みを乗り越えられるのか。本コラムでは、従業員意識調査の担当者が最初にぶつかる壁と、その対処方法について、ご紹介いたします。
3つの壁とその対処方法
1つ目の壁「情報の洪水」
電子機器の販売会社であるA社(架空企業)は、150名の従業員を抱えている。
ここ数年、A社は業績不振に苦しんでいた。社内には疲弊感が漂い、若手社員の離職も続いていた。こうした状況に、社長は危機感を募らせていた。
そんな時、社長は経営者懇談会で旧友に再会した。旧友はおもむろにこう言った。「従業員意識調査は、まさに組織の健康診断ですね。」社長は考え込んでしまった。数年前まではA社でも従業員意識調査を実施していたが、ここ何年かは実施していない。一晩考えた末、社長は人事担当者を呼び出した。「今年は従業員意識調査を実施しよう。準備を進めて欲しい。」
実施費用を圧縮するため、調査会社には調査の実施と集計作業のみを依頼し、分析と報告書作成は自社で行うことにした。短期間で準備は進められ、従業員意識調査は実施された。そして、いよいよ、調査会社より従業員意識調査の集計結果が納品された。
覚悟はしていたものの、情報の膨大さに人事担当者は茫然となった。千里の道も一歩から。とにもかくにも人事担当者は調査結果と向き合うことにした。しかし、丸2日を費やしたものの、何の手応えも得られなかった。「いったいどのようして、この結果から意味を見出せばよいのか。」人事担当者の前に1つ目の壁「情報の洪水」が現れた。
1つ目の壁「情報の洪水」を乗り越えるために
従業員意識調査に限ることではありませんが、調査結果の情報量は膨大なものになります。そのため、気ばかりが急いてしまい、手を動かしはするものの、なかなか分析が前に進まないという方も多いと思われます。確かに、効率よく分析を進めるには専門知識と経験が必要です。しかし、ポイントさえ押さえておけば、誰でもある程度の分析を行い、意味を見出すことができます。以下に3つのポイントを紹介します。
- ポイント1 比較を通して、意味を見出す
データの読み取りには、“比較”が必要です。単体のデータを見ても、そのデータの特徴をつかむことはできません。“特徴”とは他と比べて目立った点のことです。つまり、比較するものが必要なのです。何らかの基準と照合する、もしくは、データとデータとを比較することで、特徴をつかむことができるようになり、意味を見出すことができます。従業員意識調査で言えば、全体平均と属性平均、属性間の比較、前回実績との比較などから、自社の特徴が見えてきます。
- ポイント2 細部にとらわれず、傾向をつかむ
設問の構成にもよりますが、最初は一番大きなカテゴリを単位とすることをお勧めします。まずは傾向をつかみ、詳細を確認すべきカテゴリを特定することが、膨大な情報を処理する際の定石です。確かに細部の情報は問題を具体的に捉えるのに有効ですが、最初から細部にとらわれてしまうと、思考の観点が限定的なものとなってしまいます。
- ポイント3 平均値だけでなく、ばらつきも確認する
回答スコアを平均値のみで確認していると、誤った判断をしてしまうことがあります。例えば、5段階で問う設問に対し、全員が「3」と回答した場合も、半数が「5」で残りの半数が「1」と回答した場合も、平均は「3.0」となります。前者は全員一様の傾向となりますが、後者は二極化の傾向となるわけです。平均値を確認する際には、あわせて回答割合(ばらつき)も確認することが大切です。
2つ目の壁「結果への違和感」
人事担当者は、全体の傾向を頭に入れた後、部門別の回答スコアを比較することにした。「営業部門に離職者は集中している。きっと、職場の満足度は、管理部門より営業部門の方が低くなるだろうな。」と、予測していた。 ところが予測に反し、営業部門の職場の満足度は管理部門をはるかに上回っていた。今年も調査を実施した背景には「若手社員の離職の増加」がある。営業部門における職場への不満があぶり出されなければ、調査を実施した意味がないのではないか。人事担当者は青ざめた。2つ目の壁「結果への違和感」が現れた。
2つ目の壁「結果への違和感」を乗り越えるために
多かれ少なかれ、大抵の人は調査結果に何らかの違和感を抱きます。設問設計に問題がある場合もありますが、分析結果を見た人の‘勘違い’のようなものが原因になることもあります。ここでは、その‘勘違いのようなもの’への対処方法について、3つのポイントを紹介します。
- ポイント1 仮説を疑う
調査を実施する場合、事前に仮説を立てることが通常です。それ自体は悪い事ではなく、推奨すべきことです。しかし、仮説を重視しすぎるあまり、仮説に反する分析結果に対してネガティブに反応し、問題の認識を誤ることがあります。それでは本末転倒です。違和感を頂いた際には、まず仮説を疑ってみることが大切です。
- ポイント2 異なるレンズを通して見る
たいていの人は思考の枠組みを持っています。自分自身のこれまでの経験や見聞きした情報を通じ、物事を判断するのです。この枠組みのおかげで、人は短時間でものごとを把握できるようになります。しかし反対に、考えを固定化してしまうという欠点もあります。 そのため、異なるレンズを通して分析結果を眺めることも必要です。自分とは異なる思考タイプの人に分析結果を見てもらうことも有効でしょう。
- ポイント3 「誰の視点か」を意識する
経営者の視点、人事担当者の視点、従業員の視点。立場が異なれば問題意識も異なり、その結果、同じ調査結果に対しても注目する箇所が異なります。例えば、現場の若手社員であれば、現状の困りごとなど、短期的な視点に基づき問題意識を持ちがちですが、経営者の視点であれば、中長期の視点に基づき問題意識を持ちます。報告としてまとめる際には、誰の視点で捉えた問題なのかという点を明確にすることが重要です。
3つ目の壁「解決策の拡散」
人事担当者は、「営業部門では職場への不満が募っている」という仮説を疑うことにした。するとどうだろう。調査結果が、別の問題点を物語っていることに気が付いた。ビジョンや中期経営計画に対する従業員の納得感が低いのである。どうやらその点が、会社の将来に対する不安につながっているようだ。人事担当者はつぶやいた。「納得感が低いのならまだしも、この様子では理解すらされていないかもしれない。」 人事担当者は、ていねいに調査結果を読み直し、いくつかの問題点についてまとめ、社長に速報として提出した。 「多くのことに気付かされた。取り組むべき解決策の案を早急にまとめて欲しい。」社長の言葉を受け、人事担当者は問題に対する解決策の検討に着手した。 「それにしても、問題が山積みだ。」人事担当者はため息をついた。そして、また頭を抱えてしまった。これらの問題を解決するためには、いったいどれほどの解決策が必要なのだろうか。費用も時間も限られていると言うのに。3つ目の壁「解決策の拡散」が現れた。
3つ目の壁「解決策の拡散」を乗り越えるために
真摯に調査結果に向き合えば向き合うほど、どの問題も取り上げるべきものに見えてしまうものです。しかしながら、全ての問題に等しく解決策を用意する訳にはいきません。有限の時間や費用の中で、最大の効果をあげる解決策を選択しならないのです。 解決策の絞り込みには様々な方法がありますが、ここでは2つのポイントを紹介します。
- ポイント1 優先順位付けする
施策の優先順位を考えるときによく使われる方法が、重要度と実行可能性という2つの側面から考えることです。ペイ・オフマトリクスなどとよばれます。仮にその施策が重要だとしても、つまり問題の解決に大いに役立つとしても、それを実施するために多くの時間や費用を費やさなければならなかったり、あるいは実行を阻害する大きな障害が横たわっていたりすれば、やはり優先順位を下げざるを得ません。 まず、その問題を放置した場合に想定される影響を考え、重要な問題を特定します。そして、実現可能性という視点で、問題に対する解決策をふるいにかけます。その後に、その問題はいつまでに解決されていなければならないのか、また、その問題の解決にはどのぐらいの時間を見込むべきか、という視点で緊急度を勘案し、実行スケジュールを立案します。
- ポイント2 問題を構造化する
あぶり出された問題をさらに突き詰めていくと、共通の真因に辿りつくことがあります。また、異なる問題同志が、それぞれの解決策になる場合もあります。例えば、ある部門の問題が「リソース不足」であるのに対し、違う部門の問題が「業務経験の偏り」だったとします。部門の壁を越えた業務支援を推奨することで、両部門の問題は相互に解決しあうことになります。問題と問題の関係を構造的に捉えることで、取り組むべき解決策を絞り込むことができます。
おわりに
従業員意識調査は、従業員の本音を垣間見ることのできる、貴重な機会です。また、その回答には、不平不満も勿論含まれますが、従業員の会社への期待が込められているものです。従業員の本音や期待を正しく吸い上げ、価値ある情報へと整形していく。従業員意識調査の担当者の担う役目は重大です。
その重大さを認識されるがゆえに、従業員意識調査の分析や報告書の作成は、骨の折れる作業となります。ましてや、普段データの集計や分析業務に携われていない方が担当される場合は、そのご苦労は尚のことです。 本コラムでは、分析や報告書を作成する際の基本となるポイントを説明しました。もちろん、これだけで完璧な報告書を作成できるわけではありませんが、一定レベルのものは必ずできると考えています。お読み頂いた皆さまの肩の荷が、少しでも軽くなりましたら、幸いです。
(2016.1)
著者プロフィール
和田詩子
2007年富士ゼロックス総合教育研究所(現 パーソル総合研究所)に入社。前職での大手企業向けソリューション営業の経験を活かし、営業力強化を中心としたトレーニングの企画・提供に従事。その後、経営企画部門、マーケティング部門を経験し、幅広く組織の課題を捉える視点を養う。現在はリサーチコンサルタントとして、お客様の現状把握や各種施策の効果測定のコンサルティングを展開している。