生産性向上化のための人事施策=労働時間短縮か?

公開日 2017/11/08

生産性向上化のための人事のステップ

総選挙が終わり、第4次安倍内閣が発足した。安倍首相は、今後の経済運営について「生産性革命と人づくり革命を車の両輪とする」と言っている。今後、ますます生産性向上に向けての人事の役割は重要となっていきそうだ。しかし、生産性向上化のための人事施策とはなんであろうか。業務のやり方、会議の進め方を効率化し、無駄な時間を減らせば生産量が上がるというアプローチ、確かに即効性はあるが、中長期軸で考えるとどうだろうか。今盛んにおこなわれている働き方改革。それを継続していけば、その延長線上に本質的な生産性向上があるのか。残念ながら、おそらくその延長線上にはないであろう。大きく意識を変え、視点を変え、より本質的な変革が必要となる。その意識転換が何であるか。「生産性向上化に向けて、人事の役割は何であるか」を整理するために、下記の様なステップに分けてみた。

生産性向上化のために必要な人事施策


〈図1〉生産性向上のために必要な人事施策 3つのステージ

図版1_生産性向上のための必要な人事施策_コラム(為田さん)_171107.png


ステージ1:長時間労働の削減

冒頭で、「業務のやり方、会議の進め方を効率化し、無駄な時間を減らせば生産量が上がるというアプローチ、確かに即効性はあるが、中長期軸で考えるとどうだろうか」と述べさせていただいたが、そうはいっても、生産性向上のための第一ステップは、労働時間の短縮であり、長時間労働の削減である。10月に実施した生産性向上化セミナーでも、実はこのステージでまだまだ多くの企業が苦労されていることを感じた。その労働時間の削減であるが、人事や経営の方々にまずアセスメント(事前調査)をすることをお勧めしている。客観的なデータなしに、想像と勘で実施をすると、肝心の社員のやる気をそいでしまう可能性があるためだ。事前調査では、労働時間そのものがどのように活用されているかも確認するが、それ以外の、たとえば上司とのコミュニケーション、仕事の配分の適正さや、経営からのメッセージの浸透度などについても聞くようにしている。

〈図2〉事前調査例

図版2_事前調査例_コラム(為田さん)_171107.png

単純集計、現場コメントとともに、部門別に、各質問の相関を確認し、「やりがい」「時間マネジメント」に作用している要素を特定し、部門長に報告している。調査結果をみる前、部門長が「うちは個人商店」と言っていた組織で、実は「上司の適切な業務把握」「上司との密なコミュニケーション」が求められていた、などという意外な結果もでてきた。調査に続き、部門長、部長とアクションプランを考えるワークショップを開催している。事前調査では、従業員が何にどれくらいの時間をかけているか、それぞれ業務の重要度はどれくらいか、についても確認している。その中で、無駄が見つかれば削除する。下図で示している"フロー時間"がそれである。労働時間を種別せずに、一律に「時間を削減せよ」としてしまうと、本来は大事な(付加価値を生む時間である)ストック時間を縮めてしまうことになりかねない。そのために、労働時間の中身をみていくことは重要である。

〈図3〉ストック時間とフロー時間

図版3_フロー時間_コラム(為田さん)_171107.png


ステージ1の人事施策は、事前調査であきらかになった労働時間の長時間化の問題を一つ一つつぶしていくことである。ステージ1の要となるのは、やはり労働時間の見直しで、これが成功のカギを握る。労働時間見直しの際に気をつけて欲しいのは、従業員のやる気の源泉を阻害せずに行うことである。運用の見直し、働く環境の見直し、マネジメント教育など様々な形で従業員を後方支援することも必要であろう。貴社の従業員にとって、何がやる気の源泉となっているかは、これも事前調査で確認されたい。

〈図4〉労働時間長時間化の見直しに必要な施策

図版4_長時間労働の削減例_コラム(為田さん)_171107.png

ステージ2:成果主義から生産性主義への転換

労働時間削減がある程度めどがついてきた企業は、次のステップに進んでいる。それがステージ2である。下図の数式でいうところの①から②へ皆の意識を転換させることが重要となる。

〈図5〉成果主義から生産性主義への意識転換

図版5_経営側の意識に必要な変化_コラム(為田さん)_171107.png

そのためによく実施するのは、②の頭で考えたアクションプランを管理職とつくるワークショップである。①の価値観で育てられてきた管理職たちは、なかなか②の頭で考えろと言われても意識が切り替わりにくい。そのため、具体的なアクションプランを、"②の頭で考えるワークショップ"というタガをはめて考えてもらっている。現場のやる気の源泉をよく知っている中間管理職層は、やる気を失わない方法を考える。

また、「成果主義から生産性主義」への転換を図ろうとしている管理職をサポートする「生産性が高い人を称賛する」仕組み・制度などの検討も必要である。すでに残業削減を実現したいくつかの企業が、その原資を別の形で従業員に還元し始めている。日本電産では、残業ゼロで削減できた残業代原資を、成果を上げた人に賞与として分配している[i]。 オリックスは、2017年度評価から、より短い時間で成果を上げた非管理職の賞与を手厚くする方針を決め、管理職の評価指標には、「適切に仕事を配分し、部下の労働時間を管理できたか」を取り入れるようにした[ⅱ]大和ハウス工業は、2015年3月に賞与の算定基準を「社員1人当たり利益」から「社員が働いた1時間当たりの利益」に切り替えた。管理職は、残業がマイナスに働くため、部下への仕事の割り振りや、はかどり具合に目配りをするようになった。2016年の残業時間は基準変更前の2014年に比べ約2割削減され、営業利益は2431億円と過去最高を記録した[ⅲ]

ステージ3:中長期を見据えた生産性の追求

また、冒頭の話に戻る。「無駄な時間を減らし生産量が上がるアプローチの限界について申し上げた。ステージ1や2で労働投入量を改善できたとしても、ドラスティックな改革にはならない。大事なのは、「成果」を高めることである。将来を見据えた生産性向上化施策として、重要だと考えるのは、将来どのような人材群構成で戦うのか(人材ポートフォリオ)の設定と、そのための人材教育である。

まずは、人材ポートフォリオの設計。現状認識を踏まえ、中長期に向けた適切な人材ポートフォリオを検討することが重要である。人材ポートフォリオは施策を具体化する将来図のような役割を果たす。

〈図6〉中長期を見据えた生産性向上化フロー

図版6_中長期を見据えた生産性の追求_コラム(為田さん)_171107.png

例えば10年後の業務構成と人材構成を鑑み、あるべき人材構成を設定する。そうすると今後採用すべき人数×層もある程度、想定できるようになるし、課題(たとえば中高年層のキャリア設計など)もより明確となってくる。設定した人材ポートフォリオ、それぞれの人材のキャリアパスを検討し、新規事業や外部に新たなキャリアパスを急ぎ検討せねばならない。下記例では、有期社員人事制度、業務委託の活用ガイドライン設計なども整備し、人材構成方針に則って様々な人材群の活用方針を設定している。

〈図7〉将来の生産性担保に向けての施策

図版7_将来の生産性担保に向けての施策_コラム(為田さん)_171107.png

そして、教育である。先にも例として挙げた日本電産は、生産性向上のために1000億円の投資を実施すると表明した。その中には、業務に必要な専門知識や語学などの社員教育費用も含まれている[ⅳ]。 アメリカの最大手電話通信会社のAT&Tは、ケーブル事業からネット・モバイル事業への転換を迫られる過程で、社員の再教育に275億円投資する決断をした。インフラ事業で働く固定電話のインフラ設計者やメンテナンスエンジニアをクラウドエンジニア、データサイエンティスに転向させるための支援である。ネット上に社員向けの変革ツールを立ち上げ、各人の技量を定量化。新業務の要件を満たすために獲得すべき技能を明示している。また、従業員自身でお金を払って受講できるような新技術講座を設け、修了すると半額を会社が負担するようにしたり、大学の修士号を授けるプログラムも設置した[ⅴ]。

AT&Tのケースは、事業転換期にアメリカ企業が人員整理を行うのは珍しくない中で、あえて人員整理を行わず再教育を行ったということで、世界的に有名な話となった。AT&Tが先の人材ポートフォリオを見据え、早くに再教育という決断を下したからこそ実現できた施策である。従業員側も、自腹で受ける教育を自ら進んで志願したと聞いている。

より本質的な「生産性向上化」へ

長時間労働に関するプロジェクトを実施したのは大よそ10年前だ。それから10年間、今も多くの会社がステージ1で長時間労働の削減が進まずにいるようにも思える。しかし、弊社シンクタンク本部が昨年発表した『パーソル総合研究所 「労働市場の未来推計」(2016年)にもあるように、2025年には現在の2倍以上の人手不足が起きると言われている。この打開策として生産性向上は経営、人事には避けて通れない問題となっている。

この1年間目につくのは、人事の方からの下記のような相談だ。「これまでのロジックで要員計画を作成したら経営に根拠を示せと言われた」「無期化の件を経営に相談したら雇用ポートフォリオを検討せよと言われた」。先をみている経営はすでにあせっている。それに対し人事側は、前例やルールをなかなか崩せないでいるようにも見える。前例やルールを守り、万人に公平に処すことで信頼を気付いてきた部署ゆえ仕方のない部分もあろう。しかし、人事の動きが遅いと経営はますます苛立っているようにみえる。

長時間労働削減は、冒頭で描いたステップ図の通り、生産性向上化のための重要な第一歩である。しかし、労働時間の見直しだけでは未来において勝つための戦略とはならない。管理職層とともに成果から生産性追求への意識変革を行い、経営とともに適正な人材構成の検討、人材開発への投資など抜本的な見直しを行うことが求められる。手前味噌ではあるが、弊社で取り組む「経験と勘の人事配置を「科学」する」なども生産性向上化の一助となるものだと思う。

「公平性」「信頼」を築くがため、ルールや前例に則ってきた「守り」の人事から、未来を予想し、未来のための手立てを打っていく「攻め」の人事が、この生産性領域でもまさに求められている。


[i]永森重信"世界で勝ち抜くには生産性向上が必要である"『Harvard Business Review』(2017年7月号)
[ⅱ]日本経済新聞『人事評価、時間から質へ』(2017年9月16日付朝刊)
[ⅲ]日本経済新聞『人事評価、時間から質へ』(2017年9月16日付朝刊)
[ⅳ]永森重信"世界で勝ち抜くには生産性向上が必要である"『Harvard Business Review』(2017年7月号)
[ⅴ]日本経済新聞『ヒト再創造で「断絶」超える』(2017年6月7日付朝刊)

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