イベントレポート

ポストAI時代における育成とキャリアの「3つのリスク」―― 会社ができる成長支援の再設計(キャリア自律セミナー2025|第6回)

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ポストAI時代における育成とキャリアの「3つのリスク」―― 会社ができる成長支援の再設計(キャリア自律セミナー2025|第6回)

キャリアを形成していくには、中長期的な視野で自らのスキル・能力を高めていくこと、そして経験からの学びを積み重ねていくことが必要だ。しかし、昨今の生成AIの浸透によって重要度が増しているのは、「目の前の業務を超えた学び」であり、それは日本人が苦手とする学びでもある。2026年2月27日(金)に開催された第6回キャリア自律セミナーでは、AI浸透後に見えてきた「人材育成の3つのリスク」と、人事・人材開発部門に求められる役割について、パーソル総合研究所主席研究員の小林祐児が解説した。

リスキリング・ブームの後に起こった「学習恐慌」

2022年頃から「リスキリング・ブーム」が起こり、企業が従業員の研修にかける時間や費用も増えた。学び直しの必要性が叫ばれる中、このブームによって学ぶ人は増えたのだろうか。残念ながらそうではない。中でも20代・30代の若手社員においては、急速に学びから遠ざかる(図1)と同時に、仕事を通じた成長を重要だと思わなくなっている人たちが増加している。このような成長停滞の現象を「学習恐慌(ラーニング・リセッション)」という言葉で表現する小林は、その要因として「内圧の低下」と「外圧の低下」の二つを挙げる。

「内圧の低下というのは、動機づけの喪失です。キャリアの複線化や管理職の罰ゲーム化で、縦のキャリアアップはコスパ・タイパが悪いといった感覚が生まれました。また、賃上げ傾向・未婚化・副業解禁などにより、自分ひとりが生きていくだけだったら何とかなるという感覚も広がって、ひとつの会社でずっと働いて成長していくといった心性も失われつつあります。外圧の低下というのは、かつて会社や上司が厳しく指導し残業もさせていたのが、働き方改革、ダイバーシティ推進、ハラスメント回避型のマネジメント、リモートワークの定着などで、それができなくなった。いわば強制的な成長時代の終わりです」(小林)

図1:若手社員で減る、学習・自己啓発活動

小林は、よりミクロな要因として、「そもそも日本の従業員には、学ばないことを後押しする非常に強いラーニング・バイアスがある」とも指摘する。たとえば「学びは学校で生徒が行うものである」といった学校バイアス、「経験だけが重要であり、学びは必要ない」といった現場バイアス、「手っ取り早く、正解だけを学びたい」といったタイパバイアスなど、様々なバイアスが存在し、これらのバイアスが強いほど学んでいないことも明らかになっている。

「新しい領域、もしくは自分のキャリア、将来のための学びがなく、現場経験だけでの学びは既存ビジネスを回す人材しか作らない。その結果「DX・AI推進、新規事業、イノベーションといったことは起こりにくいし、起こすための知識、スキル、知見も溜まりにくくなります」と小林は警鐘を鳴らす。

一人ひとりの心に火を灯す…ではなく、「他者からのもらい火」を仕掛ける

OJTや経験学習といった現場での学びも大切だが、組織と人の未来のためには、目の前の業務を超えた学びが不可欠なものとなってきていることは間違いない。では、どうしたらそのような学びが起こるのか。そもそも、一人ひとりのバイアスをなくし、学びのために心に火を灯していく「ろうそく型」の動機づけは、かなりハードルが高い。よってこれからの人材開発はそれを前提に考えていく必要がある。日本人には「ろうそく型」ではなく「炭火(もらい火)型」で学びをデザインしていく方が向いている、と小林は話す。

「私は、リスキリングの中心にはスキルではなく他者を置いてくださいということを、ずっと言っています(図2)。他者からの影響を受けやすいのが日本人であり、逆に言えば個が弱い。個が寄り合って、もらい火的に動機づけを高めていくしかない。一方で、たとえばコーポレート・ユニバーシティ、ピア・ラーニングやグループワーク、越境プログラムといった外での学びなど、もらい火のチャンス自体は会社の中に増え始めています。これらのうちひとつでもやっていると、仮に学習意欲は低くても、学習時間は大きく増えていきます」(小林)

図2:リスキリングの「中心」には「他者」がいる

では、この「もらい火型」のアプローチをどのように設計していくか。小林は、企業によるOFF-JTの設計が、現状として「ピラミッド的人材開発」に偏ってしまっていると指摘する。「ピラミッド的」とは、スキルを中心に置いて人材ポートフォリオを計画し、プログラムを設計し、ナレッジを管理して成果測定や評価をするような設計の仕方。一方、これから求められるのは、「ラーニング・カルチャーの構築」「ネットワークや繋がり作り」「コミュニティ形成支援」といった「祝祭的」な人材開発だ(図3)。資格取得を支援し、eラーニングを増やして、「機会は与えたのであとは自律性に任せます」では何も変わらない。人事や人材開発にとっては、学びの企画・調整・運営だけでなく、もらい火を仕掛ける発想をもっと増やし、学び合ってくれる組織づくりをしていくことが役割として求められる。

図3:職場外:OFF-JTの設計

AIで顕在化した「スキルのだるま落とし」問題。人材育成の難度も上がる?

「目の前の業務を超えた学び」の重要性を高めている生成AIの台頭。生成AIの業務活用は普及期を迎えている一方で、AIが企業によるキャリア自律支援に与える影響やリスクについては、まだ十分に議論されていないのが現状だ。

まずおさえておきたいのは、生成AIで本当に効率化ができているのか、である。パーソル総合研究所が2025年に実施した「生成AIとはたらき方に関する実態調査」では、AIによって浮いた時間の多くが「普段の仕事への再投下」に充てられており、新しいプログラムを考える、企画書をまとめる、探索的な業務を進める、といった「付加価値業務への投下」は低いことがわかっている(図4)。つまり、部分的なタスクでは効率化の実感はあるものの、マクロ的にはほとんどその効果はないということだ。

図4:生成AIで「本当に効率化してる?」

では人材育成という観点ではどうか。様々な研究から明らかになりつつあるのは、生成AIで制作したものは数分後には内容を忘れてしまい、身になりにくい。にもかかわらず、「自分が創作したもの」との思いは残り、自己効力感だけは上がる。現在、生成AIの普及によって現場で起こっているのは、スキルとタスクが下から抜けていく「スキルのだるま落とし」現象(図5)と小林は言う。

基礎的なタスク、中間的なタスク、応用的なタスクのうち、基礎的なタスクや中間的なタスクは生成AIが代替することで、基本的な部分を経験しないまま応用的なタスクに行くことになる。いわば、だるまの顔が宙に浮いた状態で、そこから生じているのが、AIの出力を判断できない「妄信リスク」、AIを使えず即興的対応が必要となる場に弱くなる「即興リスク」、そして自己効力感の高まりからくる「自信過剰リスク」の3つだ。特に新卒として入ってくるAIネイティブは、3つのリスクを抱えやすくなる。

図5:AI普及で起こっている「スキルのだるま落とし」

「だるまの頭の部分が担うのは、タスクに対する“メタ・タスク”です。メタ・タスクとは、タスク全体を整理したり、成果を検証したり、優先順位をつけたり、ガバナンスや倫理を説明したり、説明責任を果たしたりすること。AIを使ってタスクをやればやるほど、メタ・タスクができなくなる、AIに代替される人が増えていくことになります。普及合戦の裏側で、育成の問題が生じていて、しかも育成難度は上がっている。これをどうするか考えるのは人事の方の役割です」(小林)

では、人が「だるまの頭」であり続けるためには何をしたらよいのだろうか。ひとつ目は「生成AIのリテラシー」をもう一歩高いレベルにすること。技術的なリテラシーに偏り過ぎず、AIの能力を過大評価し過ぎず、正確な概念・知識やリスクもリテラシーとして持つということだ。これは誤解の抑止にもなる。二つ目が視野の広さを養うこと。それには俯瞰して状況を見る、角度を変えて考えるといった「メタ視点」をもつ、長い「時間軸」で考えるなどが大切だ。「キャリアという言葉もそうですが、5年後・10年後どうなっているんだろうか?――こうしたことを考えられない限り、今期の今月の今、目の前の仕事に縛られ続けます」(小林)

この視野を広げるために有効なのが、「お出かけ」「見渡し」「のめり込み」の3つの経験だ(図6)。これらの経験が多ければ多いほど、視野は立体的に広がっていく。

図6:視野を広げる3つの経験

この3つの経験を社内にビルトインするとしたら次のような施策が考えられるだろう。

「お出かけ」経験

…社外交換プログラム、地域・NPO連携プロジェクト、ラーニング・ウィークなどを活用しての社外の学び・交流の制度化

「見渡し」経験

…ひとつ上の役職会議への参加・オブザーブ、育成相談役へのアサインとメンターとしての指導・訓練、外部講演・部署紹介・活動共有会での発表、採用活動への参加

「のめり込み」経験

…サービス・商品が届いている現場の体験、研修訓練への体を使うアクティビティの取り入れ、ワークショップ・車座・対話会など意見をぶつけ合う場の提供

このようにもらい火型の学びを活用しながら、生成AIにはできないメタ・タスクの質を上げていくことが、本格化するAI時代の効果的な育成支援になっていくはずだ。

「祝祭的人材開発」の実践で使える、いくつかのツボ

ここからは質疑応答で寄せられた質問のうちのいくつかを紹介していこう。

【Q1】「もらい火」的な学びの動機づけができるよう、組織として取り組むためには何から着手すべきでしょうか? また、「既に火がついている社員」を見極めるポイントはありますか?

機会だけ提供して後は自主性に任せるだけだと、何も変わりません。たとえばeラーニングにしても、「学んでください」だけでは、おそらく学ばないでしょう。プログラムを複数用意したら、そこに社長や役員、エース社員から「これを受けてすごく良かった」といったレコメンデーションを入れる、それだけで人は一気に動きます。学びの行動を誘発する工夫は色々ありますので、そういったことから始めてもよいかもしれません。

「既に火がついている社員」の見極めは結構難しいですが、「もらい火」を広げてくれる人には、二つの特性があります。ひとつは、新しいことへの興味関心が強く、放っておいても勉強するような「なぜ、なぜ、なんで?」タイプ。もうひとつが、「こんなことができるんだけど、ちょっと見てよ」と周りを巻きこむ「見て、見て、聞いて」タイプです。いわゆる「のめり込み型」と「ぺらぺら型」ですが、同じ火でも、ついている火の種類が違う人同士を引き合わせ、組み合わせて火を大きくしていくこともできると思います。

【Q2】 キャリア研修で、参加者同士の自己開示を「したくない」「苦手」という人が結構いるのですが、このような社員が「もらい火」を得るのは難しいのでは

自己開示が苦手な人向けに、私が研修でよくやっているのは、「話す前に書いてもらう」ことです。いったん思考の整理の時間を取って、それを互いに見せ合ってからだと話しやすくなり、自己開示のハードルが下がりやすくなります。「コミュニケーションしましょう」だけでは、つながりは作れません。私は「つながりの副菜化」「対話の副菜化」と言っていますが、研修という「主菜」のあとに、「副菜」としてコミュニケーションの時間を用意する。別の目的で集まったところに、コミュニケーションとつながりを仕掛けていくというのが、「対話の副菜化」です。このように、戦略的に「もらい火」を作る方法を考えるとよいと思います。

【Q3】「祝祭的人材開発」(つながり・コミュニティの形成/ラーニング・カルチャー構築)の役割を担う人事として、従業員の学びのKPIはどのように設定したらよいですか?

研修の効果は「これを学んだから、これができるようになる」だけではありません。たとえば「いろいろな人と出会えて楽しかった」「こんな視点もあると知って面白かった」も効果です。こうした効果は、「もらい火」的な仕掛けをすればするほど生まれるので、「何人と知り合いになれたか」「誰から刺激を受け、自分は誰に刺激を与えられたか」「思考の広がりをどれぐらい体感できたか」もKPI化できます。学びの効果を多角的に捉えるとよいのではないでしょうか。また受講アンケートの分析をAIで行っているのであれば、過去のアンケートも同様にAIで分析して、経年変化を見ていくとい方法もあると思います。

登壇者紹介

株式会社パーソル総合研究所 主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長

小林 祐児

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『学びをやめない生き方入門』(テオリア)、『残業学』(光文社)など多数。

  • 文中の内容・肩書等はすべて取材当時のものです。

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