「世界と未来をみつめ 新しい価値の創造を通じて 人々の幸福に貢献する」を使命に、魅力ある製品で顧客満足を提供する株式会社デンソー。従業員の個性を尊重し、同社の生産技術部門では、2022年より『キャリア・コーディネート・プログラム(CCP)』をスタートさせ、若手生産技術者の主体的なキャリア形成に取り組んでいる。2026年2月6日(金)に開催された第5回キャリア自律セミナーでは、CCP導入の背景、施策の立ち上げから継続・自走に至る創意工夫、効果測定について事例発表を行った。
「100年に一度のパラダイムシフト」と呼ばれる大きな変化が起きている自動車市場。右肩上がりに成長していた頃と異なり、この業界で働く人にとっても、会社が用意する機会にチャレンジをしていれば、自然と成長できる時代ではなくなってきている。
このような変化の中で、デンソーでは「人と組織のビジョン&アクション」をまとめた『人財・組織改革ビジョン「PROGRESS」』を策定。人事制度・施策の一つの柱として「キャリア自律」に取り組んでいる。目指す姿は、個人と組織のWill・Can・Mustをすり合わせ、その重なりを最大化し続けること。そのための支援策として、面談や対話、キャリア研修の見直しなどを行っている。目指す姿を実現するカギは、現場の運用力にある。だが組織規模が大きく全社で一気に推進するのは難しいとの判断から、まずは生産の要となる生産技術部門で「キャリア・コーディネート・プログラム(以下 CCP)」を立ち上げた。CCPの立ち上げメンバーである西畑氏と石原氏は、それぞれ次のように語る。
「デンソーの教育体系は内容も充実していて実践の場もあった。しかしある日トップから、『人を育てていないんじゃないか?』と言われたんです。そこで現場に行っていろんな人と話をする中で、それぞれのプログラムが独立していて連携できない、だから実践の場でしっかり使えていないということが見えてきました。そこで思いついたのが、いわゆる“ライザップ方式”で、人が育つためには従業員が主体的に考えることが必要で、そのためには伴走者も必要で、現場をよく知る人で、カウンセリング、コーチング、コンサルタント的な関わり方ができる人を育てるべきだと考えました」(西畑氏)
「生産技術部門では、技術の専門性を深めたり、プロジェクトを牽引したり、海外拠点のマネージャになったりと、深めることも広げることもできる、キャリアという視点では恵まれた環境にあります。一方で、変化のスピードが速く、従来の延長線上では通用せず、将来が見えにくくなっていることで、社員の不安が高まっていました。近年の若手社員は成長や自己実現をより重視しますが、目の前の仕事に追われてキャリアを考える余裕がないとの声が多く聞かれました。また上司の側も、管理業務の複雑化や育成に割ける時間的制約の中で、部下のキャリアに向き合いたくてもできないジレンマがあることもわかりました。このような悩みを抱えている上司・部下の両方にアプローチするような、職場で人材が育つ施策が必要だと考えました」(石原氏)
CCPでは、キャリアを主体的に考えたい若手社員をキャリアオーナ(以下CO)と呼び、直属の上司だけでなく、キャリアコーディネータ(以下CC)と呼ばれるベテラン社員を配置して、若手社員がWillを描くサポートを担う。このCCの存在が、プログラムの最大の特徴だ。
CCPを機能させるため特に力を入れたことの1つが、プログラムの全体設計だ。上司の指導による受け身の姿勢ではなく、本人自らキャリアの棚卸しと自己理解ができるよう、プログラムの前半は、CCとの面談を通して、自分のこれまでを振り返り、ありたい姿を描く流れとし、過去、現在、未来という順番で段階的に考えてもらう構成にした。ここでのポイントは、最初のCCとの面談に主旨の理解と信頼関係構築のための面談を組み込んだこと。プログラムの後半では、描いたWillと現状のギャップを整理し、上司も参加して、ジョブクラフティングの考え方で何をどう伸ばすかを具体化。最終的には、短中期の実行計画まで落とし込んで、行動までしっかりつなげていく設計にしている。
一方、本施策の最大の特徴であるCCの育成はどのように行ったのか。COである若手技術者からWillを引き出せるように、CCには指導者から伴走者へのスキル転換が必要となる。そこで社外のプロ講師から傾聴力、引き出す力、キャリア面談の進め方を学ぶキャリアコーディネータ養成研修を実施。実際の面談にも講師が同席し、フィードバックを受けてCCのスキルを向上させた。
CCP導入初年度の実施後アンケートでは、COからは「仕事の向き合い方が変わった」「キャリアを意識するようになった」「相談できる相手ができた」という声が多く見られ、上司からも「人生経験のあるCCが伴走してくれることで、仕事の意義やWillが言語化でき、部下が腹落ちしてきている」といった評価が得られた。一方で、気づきの提供や一歩を踏み出すきっかけに留まり、この気づきをどう日々の業務や行動変容につなげていくかが次の大きな課題として見えてきた。
「キャリア自律を実現するためには、現場の忙しさや制約を前提にした上で、本人・上司・職場が少しでもよくなりたい、自分でキャリアを切り開いていきたいとの思いをもって前に進める仕組みを作っていくことが、本当に大切だなと改めて感じました」(石原氏)
初年度で明らかになった課題を解決するため、デンソーはCCPを一過性の取り組みで終わらせず、職場で自走させていくための取り組みを進めていく。CCPを3年目から引き継いだ山本氏は次のように語る。
「参加者の満足度は高いのに、改善要望はなぜか65%と高かった。これはどうしてなのか。現場にとって何が負荷になっているのか。納得感の醸成において何が不足しているのか。見つめ直す必要があるのではないかと考えました。ただしWillを探索することはCCPのコアですので、ここだけは絶対に崩さないと決めていました」(山本氏)
最初に行ったのが、現場の声を徹底的に取りにいくことだった。CC養成研修のフィードバック面談への同席、COの上司への全数ヒアリング、製造部門を統括する部長へのヒアリングも行った。現場との対話によって、数字では見えてこなかった課題が見えてきた。それは、COのWillと会社のMustをすり合わせ、実行していくことの難しさだった。
「若手のほうは、CCのサポートを受けてWillが見えてきたのに、業務に落とし込もうとしても仕事への生かし方がわからない。上司のほうは、よかれと思ってつい答えを与えてしまう。そのため若手のWillが薄まっていくといったことが起きていて、WillとMustのギャップを埋めていくことがプログラム継続のポイントと考えました」(山本氏)
そこで山本氏はプログラムの見直しに着手。たとえばCOの「〇〇が好き」といった表面的な言葉に反応するのではなく、その奥にある「なぜ好きなのか?」という、本質的なWillを捉える姿勢が、Willを業務につなげる最初の一歩となる。このことをCC養成研修、COとの実際の面談で学んでもらい、上司にもきちんと理解してもらった上で、定期キャリア面談や日々の業務で活用してもらうように設計し直した。またCC養成研修の時間数を40時間から24時間と半減させて、CCの負担も減らした。
プログラムの見直しとともに行ったのが、CCPを現場主導で自走させるための工夫だ。各職場では独自の研修が行われており、育成の仕組みも既に持っているため、CCPが全社一律の運用である必要はなく、「Willの探索」というコアは共通としつつ、運用は各職場の既存の仕組みをふまえた自由なアレンジに任せることにした。さらに「帳票記入が負担」という声を受け、面談シートの記入例を充実させる、帳票ライブラリーをつくるなどして負荷を削減した。プログラムと運用の見直しを図った結果、インプットの時間数は3割減。アウトプットは「行動変容」が10%から24%と約2.5倍に増え、「気づき」は82%から95%と10%改善した。また、「要改善」の声も、23年度には65%だったものが25年度は19%と約7割減少し、COの上司からの「この活動が必要」という回答も100%に達した。
「回数、時期、併用する研修、独自の施策などは現場で自主的にアレンジしてくださいと繰り返し伝えて、各部署でどのように運用しているのかを共有してもらいました。既にある仕組みの中で足りない部分を埋めるために使っていただく。職場の課題解決のために必要なかたちにアレンジして使ってもらう。ここが自走への転換点になったと思っています」(山本氏)
「導入時はフルセットのプログラムになってしまい、忙しい現場の方々が実践できるか不安に感じていましたが、新しい視点でプログラムを見直せた。ここがプログラムの継続につながっています。山本に入ってもらったことで、本当に重要な部分はどこか、残さなければいけないところはどこかを議論し、見極めていくことができました。“作って終わり”ではなく、どう改善していくかを議論する過程が継続に大切ではないかと思います」(石原氏)
セミナーの最後は、法政大学キャリアデザイン学部の坂爪教授により、CCPの測定検証が報告された。学術的観点からCCPの効果を検証したこの研究は、日本キャリアカウンセリング学会の個人研究発表で優秀賞を受賞している。
「COと上司の関係性にCCが加わることで、COとCCの関係性、上司とCCの関係性ができ、「場」が作られる点、管理職以外の人も関わっている点が非常によいと思いました。またキャリアコンサルタントの有資格者は増えていますが、技術についてわかっている人はそれほどいない。デンソーはベテラン社員という社内リソースを活用し、トレーニングを行っています。そこは他社にも汎用可能なスキームではないか」(坂爪氏)
CCPの効果測定と分析から得られた示唆について、坂爪氏は以下の3つの観点で解説した。
「CCPの狙いであった、Willを明確にして能力開発の機会を知るといった効果に加えて、CO本人の行動変容など、職場での活躍につながる効果は大きくかつ幅広いと感じます。また上司のほうも積極的に部下のキャリア形成支援に関わろうとしていた。“場づくり”を考えたとき、ここは非常に大事な効果ではないかと思っています」(坂爪氏)
「人事施策は短期ではなかなか結果が出せません。長期的な効果をどのように出していくかをいかに説明し、いかに納得感をもって参加してもらうか。まずは1年間やってみて、坂爪先生に効果検証をしていただき、しっかり効果を示して、今後の継続の仕方を考えていく、と伝えて社内には理解をいただきました。効果を発揮するところ、発揮しないところを検証で明らかにし、目的をしっかり絞って次の活動につなげていくことを重視して設計を進めていったことが、ここまで続けられた秘訣だと思います」(石原氏)
ここからは質疑応答で寄せられた質問のうちのいくつかを紹介していこう。
【Q1】どのような人がCC(キャリアコーディネータ)、CO(キャリアオーナ)として参加していますか?
CCについては、各部署のCCPリーダーに人選をお願いしています。一番多いのが室長、次いで課長職、そして再雇用の方です。部下をもつライン長が約6割、部下を持たない方が4割です。CCとCOは斜めの関係にしていて、同じ部課内で自分の部下じゃない人をCOとして受け持つ体制にしています。COについては、係長になる前の入社5~6年の人たちがメイン層です。係長になっている入社7~8年の方もいますし、自分を見つめ直したいと考えてCOになっている室長クラスの方もいます。(山本氏)
【Q2】 CCは自業務と兼務で負担感も大きいと思うが、2年目以降も継続して担っている方もいるとのこと。なんらかのインセンティブがあるのでしょうか?
私がCCを育成していて感じるのは、彼ら自身が学びを通して自分を成長させているということです。こうした学びによる成長は一つのインセンティブといってよいかもしれません。(西畑氏)
金銭での報酬はありませんが、CCさんの声を聞くと、「若者が目の前で考えたり、悩んだり、自分を発見していく姿を見ることが面白い」と言います。再雇用の方でCCをしている人は、若手との接点ができることにインセンティブのようなものを感じていただいているのではないかと思います。(山本氏)
【Q3】COの行動変容について、具体的なエピソードがあれば教えてください。
たとえば、等級が一つ上がるタイミングで「次の役割に求められるマインドセットにCCPが活用できるのではないか」と考え、COになった社員がいます。その社員は、CCPを通して、理想のマネージメント像を考える中で、これまでのOJTにおける後輩への接し方が、知らず知らずのうちに相手の方向性や主体性を狭めていた可能性に気づき、自身の関わり方を見直したそうです。その変化は上司の目にも明らかで、チーム全体の雰囲気や動きが良い方向に変わってきていると評価されています。
【Q4】 様々なキャリア施策を行う中でどのように効果測定をしていくのか、たとえばアンケート設計のためのヒントがあれば教えてください。
基本的には、施策の実施前と実施後で測定することですね。これは人事としてデータを取っておきたいというのもありますが、アンケートの回答者にとっても、施策を通して自分自身が何をやってきたのか、腹落ちにつながるという側面もあります。そういう意味で、本人のその後にもつながるような形でアンケート設計ができるといいのではないかと思います。(坂爪氏)

株式会社デンソー 生産革新センター 生産革新企画部 統括企画室 人財組織課
石原 香氏
大学卒業後、デンソーへ入社。海外拠点における生産技術教育の講師育成をはじめ、グローバル会議の運営や働き方変革、オフィス改革など幅広い業務に従事。2018年より、技術系新人採用の生産技術コースを立ち上げ、現在まで主に生産技術人財のリクルーティング・タレントマネジメントを担当。

株式会社デンソー 生産技術部 生産システム戦略室
山本 もと子氏
College of Eastern Utah、横浜国立大学経営学部卒業後、豊田自動織機入社。事業企画、同行秘書等に従事。リクルートエージェントへ転職し、転職をサポート。出産を機に退職。2018年から、デンソーにて自動車部品製造で培ってきたモノづくりのノウハウを体系化した「Lean AutomationⓇ」の社内外への展開と、生産技術者の人材育成を担当。

法政大学 キャリアデザイン学部 教授
坂爪 洋美氏
慶應大学文学部卒業後、株式会社リクルート人材センター(現:リクルート・キャリア)での勤務を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科にて2003年博士(経営学)を取得。和光大学を経て、2015年4月より現職。専門は組織行動論。主たる研究テーマは、多様化した働き方の下での管理職のマネジメントのあり方。近著に「管理職の役割」(共著:中央経済社)。

Crafting Leaders & Management 代表
西畑 慎也氏
大学卒業後、株式会社デンソーで、生産技術や組織マネジメントの実践経験を積む。国内外の製造拠点統括として、生産体制強化や製造基盤構築を推進し、事業戦略を実行。その後、人材育成と組織開発を担当し、個々人のキャリア形成と事業成果を両立する仕組みを構築。2023年に独立し、多様な人々との経験を通じて得た学びを活かし、未来を創造する支援を行う。
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